魔法陣
「というわけで、ダンジョンまでやってきました」
「わー、パチパチパチパチー」
ダンジョンとは、洞窟や森などの自然の地形の一部が変化して生じるモンスターの住処のことだ。
放っておくとダンジョンでモンスターが異常発生して、近くの街を襲うことがある。
そのため、冒険者たちは定期的にモンスターを討伐する必要がある。
僕はダンジョンに関しては専門外なので、行き先はミネアに選んでもらった。
「ロナンス峠。Eランクのダンジョンだ。モンスターのレベルも低いから、踏破するだけなら簡単だろう」
峠というだけあって、目の前には傾斜の急な坂道が続いている。
右側には崖があり、ゴツゴツした岩肌に触れることができる。
見上げてみると、この崖はかなりの高さだと分かる。
頂上に辿り着くまでには、ずいぶんと歩くことになるだろう。
「ピクニックだねー」
「そう……なのか」
僕は坂道を歩くことに、楽しさなんて感じないが。
とにかく、僕たちは前に進んでいくことにする。
地面を踏むのには苦労しない。
道は舗装されていて、石や草などがほとんどないからだ。
「君はダンジョンに潜った経験は」
「そうだな……父上と一緒に狐狩りに行ったことがあるよ。年に2~3回ほど」
「狩りか。つまり、貴族の娯楽ということだな」
「坊ちゃんだー。ボンボンだー」
「……そうだ。僕はボンボンだ。それの何が悪い」
といっても、あれは訓練の一種だった気がする。
なにしろ武器の使用は禁止で、魔法だけで動くモンスターを狩るのだ。
加えて、狐は魔法感知に優れていて耐性まであった。
もちろん、これは勝負事だ。父上とは狐の討伐数で競い合っていた。
最初のうちは勝てなかった僕。
しかし、十二を過ぎた頃にコツを掴み、以降は父上に一度も勝利を渡さなかった。
「ダンジョンとは常に危険が付きまとう場所だ。死角から襲い掛かってくるモンスター。意表を付いてくるトラップ。気を抜いていたら、まっさきにやられるぞ」
「だから、僕もミネアのようにアーマーを装備しろと」
「そのとおりだ。フルアーマーなら、寝込みを襲われても安心だ」
寝込みって。この人は睡眠中もフルアーマーなんだろうか。
僕ならモンスターに襲われる前に、過呼吸であの世に行きそうだ。
「バニを見てみろ。人間の急所である頭をしっかり守っている。こういう危機意識が大事なんだよ」
僕は隣にいるバニを見た。
「えへへー」
自慢気に胸を張る彼女の頭部は、防具により守られていた。
だが、その防具は、もしや……。
名前:かわのぼうし
効果:守備力+4
説明:使い古し。ちょっと臭い。
革の帽子じゃないか。防具の中では最弱と呼ばれるものの一つだ。
そのうえ、使い古しだと。
おそらく、冒険者が捨てたものを拾ったんだろう。
装備やアイテムの投げ捨ては、以前に社会問題として取り上げられていた。
酷いものだと、カラのポーションを嫌いな奴に投げつけるという事件もあった。
「こら、バニ。汚いだろ。脱ぎなさい」
「えーやだよー。頭を守らなきゃー」
「それじゃあ、どのみち守れない。僕がもっと良い装備を買ってやるから」
「えー、やーだー」
バニは帽子から手を離そうとしない。
これは困った。
でも、僕が実際に装備を買ってやったら、彼女も考えを変えるに違いない。
上質な装備は良い匂いがするし、肌触りだって良いのだ。
そのために、まずは働いてお金を稼がないと。
小一時間ほど歩いただろうか。
「あー、上を見てー」
空から、モンスターが出現した。
「キイィィィィッ!」
高い声で鳴いている。
スマートな外見をした鳥。
おそらくタカだと思うが、普通のタカとは違っている部分がある。
翼が大きい。とにかく大きいのだ。
本体と比べて翼が膨らんでおり、表面には星型の模様が描かれている。
全体は茶色がかっているのに、星の部分だけ黄色く悪目立ちしている。
「スターシリーズだな」
「何それ? シリーズ化してるの?」
「同じ種類のモンスターでも、星型の入っているものは強力なんだ。場合によっては、属性まで変わってしまうこともある」
普通より強いのか。
でも、言われてみるとオーラが違う。
荒ぶってるというか、怒ってるというか。
「遭遇確率は低い。星狩りが専門な冒険者もいるぐらいだ。素材を売れば、良い値もするはずだ」
「強さはどのくらい?」
「あのモンスターは、ハリーホークという名なんだが。それのスターシリーズ……ランク付けするなら、Aの下位というところかな」
ロナンス峠は、Eランクダンジョンだったはずだが。
「……まあ、いいか」
モンスターの強さは僕にとって、たいした問題ではない。
相手が誰であろうと、戦うならベストを尽くす。
僕は前に出た。
「二人とも離れててくれ。こいつは僕がやる」
「そうか。では、ラグエードの力を見せてもらおうか」
ミネアは後ろにさがった。
「わー、帽子さん。私を守ってー」
「君はローブを頭から被って。あっちの木陰に入ってるように」
「わかったー」
二人が遠くに行ったところで、僕は空を見上げた。
ハリーホークは、円を描きながら旋回している。
だいたい、上空20メートル付近だろうか。
【トゥルー・バニッシュ】の効果範囲は5メートル。これでは届かない。
だが、僕は魔導師だ。
遠距離技の用意ぐらいはしてある。
「……よし。まずは」
相手の位置を確認。僕の手元に光輝く弓と矢が出現する。
矢をかけ、弓を引く。
「≪ライトアロー≫!」
僕は魔法を放った。威力は低いものの、命中精度が高いやつだ。
光の矢が、鷹の頭を狙って飛ぶ。
さて、どう動く。
「キイイイィッ!」
甲高い声を上げると、飛行ルートを変えて矢を回避した。
スピードが速い。それに矢が届く前から避ける準備を始めていた。
魔力感知が高いタイプだな。
では、今度は、三連続。一本ずつ軌道をずらして撃ってみよう。
「キイイイィ!」
ハリーホークが翼をはためかせた。
風が巻き起こり、矢の光が弱まる。
そして、最後には三本の矢が破壊されてしまった。
「この魔法では無理か」
それでは、僕のもっとも得意な魔法を披露することにしよう。
「ねー、ライドは何をやってるのー」
「おそらく、魔法陣を描いてるんだと思う」
「まほうじん?」
「普通は呪文を唱えれば、魔法を使うことができる。だが、魔法陣を利用することで、魔法に様々な条件を付けることができるんだ」
「じゃあ、ライドは、条件をつけるの?」
「ああ。たぶん、前から条件付けをした魔法陣を用意していたんだろう」
父上の本を理解できただけのことはある。
ミネアの説明はだいたい合っている。
魔法陣の利点は、軌道や発動タイミングを自分で設定できるところだ。
呪文の方が素早く簡単。
なのに、魔法陣が第一線で活躍できているのは、応用が利きやすいから。
自分で魔法を作る場合も、魔法陣が必要になってくる。
【レッド・スペル】も、もともとは魔法陣から生み出されたのだ。
で、僕がどんな魔法陣を描いたかと言えば。
「完成だ」
名前は【アースマイン】。つまり、地雷のことだ。
「さあ、喰らってもらうとしよう」
僕は背を屈めると、魔法陣の上に両手を置いた。
「その身に刻め! 対空用魔法陣!」
魔力を注ぐと、地面の模様が光り輝いた。
「≪スカイ・ボム≫!」
唱える。
すると、陣の中心から、白い光が放たれた。
エクトプラズムのような形だが、そのスピードは砲弾のように速い。
それは放物線を描きながら、ハリーホークめがけて飛んでいく。
「キイイイィィッ!」
鷹が鳴いた。
危ないものだと気づいたのだろう。
迎撃を諦め、背を向けた。
逃げるつもりだ。
だが、もう遅い。
魔法は発動している。
この光は標的をめがけてどこまでも追いかけていく。
僕がそうなるように設定したのだ。
翼をはためかせ、必死に飛んでいる。
白い光との距離はどんどん縮まっていく。
「キイイイイッ!」
鷹がふたたび鳴く。
もう白い光は、目と鼻の先まで迫っていた。
回避は不可能。誤差はとっくに修正済みだ。
ズキュ――ン!
撃ちぬかれたような音がする。
遠くの空で、ハリーホークが落ちていくのが見えた。
「……ふっ、勝った」
また、勝利してしまった。
狩りの腕なら、僕は父上にすら負けていなかったのだ。
「あれでは、どこに落ちたか分からない。ギルドにも報告はできないぞ」
「……あっ」
やってしまった。
「ライド。すごーい。かっこいい」
「……ふっ、もっと褒めてくれ」
「『No.2の解放条件を満たしました』」
「……ん?」
バニは自分の口を抑えた。
「あわわ。私、変なこと言っちゃった」
どうやら、『スペル・セメタリー』が僕に伝えようとしたらしい。
解放条件を満たした。
ということは、新しい魔法が使えるようになったのか。




