ネズミと墓場
「ねー、ライド。まだなのー?」
バニの急かすような声。
僕は下を向いたまま、答えた。
「待って。もう少し。もう少しだから」
草むらに顔を突っ込み、顎を地面に付ける。
さっき。そう、ついさっきだ。
この辺りで、声がしたのだ。
あの特徴的な声。
「チュチュチュ~チュ~」
という鳴き声が。
「……いた」
ちょうど木の根あたりから現れた。
丸っこいネズミが、木の実のようなものを食べている。
「ふふっ、ついに見つけたぞ」
僕は四つん這いになると、ゆっくりと近づいた。
ネズミは僕と目が合った……しかし、動かない。ひたすら木の実を食べ続けている。
これはいけるかもしれない。
「ようし。良い子だ。そのまま、そこで大人しくしているんだ」
僕は優しく声をかけながら、両手を上げてネズミに迫った。
手のひらを広げ、包み込むような動作で。
ネズミは……。
「チュチュチュ~チュ~」
逃げた。
勢いよく掴みかかるが、間に合わない。
顎が地面に付いた。
視線の先では、奴の尻と短い尻尾が通り過ぎていく。
「わああっ、ちょっ、逃げないで。悪いようにはしないから」
そう言ったところで、ネズミには伝わらない。
僕の方を振り向くことなく、そそくさとその場をあとにした。
「……失敗だ」
頭を抱えるが、すぐに持ち直す。
「もう一回だ」
僕は立ち上がり、顔を叩いた。気持ちを切り替える。
後ろで、また声がした。
「ねー、まだやるのー?」
「まだやるよー」
バニが頬を膨らませた。
「剣を使いなよー」
「ダメ。剣は使えないんだ」
属性剣を使えば、楽に捕らえられるかもしれない。
だが、倒してしまう可能性もある。
あのネズミ、とても弱いのだ。
一度の通常攻撃でも、あの世に行ってしまう。
どこぞのスライム張りの耐久力しか持ち合わせていない。
同じ理由で、攻撃魔法も使うことができない。
「もしかして、私のせいなのか。私が『ラララ・ラット』の話をしたから」
「いや、違う。これは僕とネズミの戦いなんだ。君は関係ない」
「どこが戦いなのー?」
「バニ。人生とは日々が戦いなんだ。勝つか負けるか。いつも勝負事の繰り返しさ」
僕は草むらに視線を戻した。
さあ、バトル再開だ。
地面に耳を当て、足音を聞く。
「僕はライド・ラグエード。どんな勝負にもベストを尽くす男。それが例えバトルであっても。クイズであっても。追いかけっこであっても」
そして、最後には必ず、この僕が勝つ。
「なあ、彼はいつもこんな調子なのか?」
「ライドは勝負事にはムキになっちゃうのー」
もちろん勝負も重要だが、金銭的な問題もある。
歌うように鳴くという『ラララ・ラット』。
その特徴から興行師の間では人気が高いという話だ。
彼らにはスターの素質があり、芸を仕込めば、何千何万という観客を呼べるのだと。
そんなわけで、生きたままギルドに連れていけば、一万Gで交換をしてもらえる。
ただネズミを捕まえるだけで、一万Gである。僕にとっては非常にありがたい。これでしばらくはバニの食費もまかなうことができる。
「ふふっ、ネズミよ。僕は負けないぞ」
そうしていると、またネズミが姿を現した。
「もう日が暮れる。暗くなれば、『ラララ・ラット』を見つけることはできないぞ」
「ライド。もう帰ろうよ」
僕は首を横に振った。
「ダメだ。ネズミを捕まえるまで帰らない」
それを聞くと、ミネアとバニが顔を見合わせた。
そして、ミネアが僕を担ぎ上げた。
彼女は僕より背が高く、鍛えてもいる。僕ぐらいの体重なら、簡単に持ち上げることができる。
「また明日でいいだろう」
ミネアの肩の上で、僕はジタバタする。
「バカ、やめろ。まるで僕が逃げてるみたいじゃないか」
「……」
「離せ……くっ! 僕は負けてない! これは一時休戦なんだ!」
「……」
「僕は負けてないんだ――――っ!!」
☆ ☆ ☆ ☆
腐った匂いがする。
いや、冗談だ。カビとホコリ、それから草や土。そういう匂いはしている。
決して良い匂いとは言わないが、少なくとも鼻がねじれるような匂いではない。
「ここは墓場なんだよな」
墓場と言えば、死体が埋まっているものだ。だから、地中から色んなものが溶け出し、変な匂いがする。それを餌に獣や虫が寄りつき、気味の悪い音を奏でる。
夜中に獣が目を光らせ、死体に貪りつく。そんな光景を見たら、誰でも逃げ出す。
僕の中の墓場のイメージは偏っているのかもしれない。
とにかく僕が言いたいのは、思ったよりも過ごしやすいということだ。
魔法は、どれだけの年月が過ぎようと腐ったりはしない。
その墓場というのだから、見た目よりもクリーン。空気が濁っていないのだ。
以上が、【スペル・セメタリー】で寝泊りしたうえでの僕の感想だ。
「正確には、扉の外だけど」
ひんやりとした石畳の上に、ワラを敷き詰める。
近くの民家で譲ってもらったものだ。それをベッドの代わりにしている。
今の時期は夜でも暖かいので、特に辛くはない。
問題は一緒にいるバニだ。
ここは壁のような隔てるものがない。いつでも彼女の姿を見ることになるのだ。
当然、、彼女が服を脱げば、僕はそれを見ることになる。
そして、彼女は服を脱ぐ。
二人きりになったとたん、当たり前のように裸になる。
もう慣れたけど。
「いっぱい歩いて疲れたー」
ワラの上に、ゴロンと横になる。
気持ちは分かる。僕も疲労がたまっている。
ダンジョン探索は初めてなのに、少しはしゃぎ過ぎてしまった。
だが、僕にはやることがある。
【スペル・セメタリー】のナンバー2。その解放条件を満たしたのだ。
それを確認するまでは、寝落ちするわけにはいかない。
僕は墓場に入り、二番目の墓を調べた。
No.2
魔法名: シフト・クイン
効果: ???????
説明: ???????
解放条件: 魔法陣を使用する
魔法陣の使用が、解放条件だったようだ。
『クイン』ということは、女性なのか。
またバニのような娘が増えるのだろうか。
『No.2【シフト・クイン】を解放しますか? 【A:はい B:いいえ】』
新しい文字が表示された。
もうすでに一体を解放しているのだ。あといくつ解放しようと変わらない。
迷うことなく、選択肢を決めた。
「僕は【シフト・クイン】を解放する」
呪文の文字が、赤い文字へと切り替わった。




