移動の魔法
墓場の文字が全て表示されたようだ。
No.2
魔法名: シフト・クイン
効果: 矢印を貼り付けたものを移動させる。
説明: 属性配合率は、土80%。闇20%。
もともとは、進入禁止区域に進入するための魔法。
性格は気分屋。その日の気分で矢印の向きが変わる。
解放条件: 魔法陣を使用する。
「……あれ?」
おかしいな。誰も現れない。
バニのような女の子が出現すると思ったのだが。
「ごめん。バニ。こっち来て」
分からないので、バニに聞いてみた。同じ魔法なら、その事情にも詳しいはずだ。
「シフちゃん。出たくないって」
バニのような少女の姿はあるが、僕に姿を見せたくない。
そういうことのようだ。
「なんで?」
「さあ。シフちゃん変わってるからね」
性格は気分屋になっているし、気分が乗らないのだろう。
僕も経験がある。魔法は好きだし、魔法の勉強も好き。でも、父上に強制されると、やる気が起きない。教科書を閉じてしまう。
彼女もきっと同じ気持ちなのだろう。
他人に強制されると、やる気は失せてしまうものだ。
というわけで、彼女については保留。出たくなったら、出てくればいい。
「……うんうん。そうなんだ」
バニが壁を見ながら、頷いている。
テレパシー? 魔法同士には、何か繋がりがあるのかもしれない。
「代わりに、私が解説するよー」
「できるの?」
「うん。シフちゃんに話を聞いたからー」
【シフト・クイン】の効果は、物を移動させること。
「この矢印というのは、どこにあるの?」
「ここでーす」
ペラペラした矢印を手に持っている。
光沢はあるが、色が薄くて目立ちにくい。
「触っていい?」
「どうぞー」
いくつかの矢印が重なっている。
爪でめくってみると、剥がせそうだ。
ペリペリ! 剥がしてみると、紙よりも薄い。
その面に触れてみると、粘り気があり、指に貼り付く。
シール状になっているわけだ。
「魔力を注いでも?」
「いいよー」
注いでみると、ペラペラだった矢印がピンと張りつめた。
もう少し、魔力をコントロール。
今度は広がるイメージで……。
すると、矢印が広がり、大きくなった。
同じようにすれば、縮小させることもできる。
「これを貼り付けると、物を動かせるんだよね」
「そうだよー」
墓場に転がっている石ころに、矢印を貼り付けた。
物にはしっかりと密着し、簡単には剥がれない。
それから、魔力を注ぐ。
矢印がピンと張り詰めた。
しかし、まだ動くことはない。
「呪文……あるんだよね?」
バニに呪文を教えてもらった。
僕は、石に右手をかざす。
そして、唱える。
「シフトオン!」
短い言葉だが、対象はしっかりと反応した。
ズズズズッ! 地面を引きずるように、移動を始める。
「おう! 動いた!」
立ち上がって、距離を置く。
石は貼り付けた矢印の方向へ移動している。
どうやら、僕は石の進行を邪魔していたようだ。
「止まった!」
移動時間は数秒ほどだった。
スピードは、亀より速い。人間よりは少し遅い。
でも、魔力は抑えめにしていた。
もっと大量に注げば、スピードも上げられるし、移動距離も伸ばせるはずだ。
「『移動できるものは、地面に付いているものに限る』。これがポイントなんだって。シフちゃんが何度も言ってるー」
土属性の魔法だから、地面に関連しているのだろう。
「うん。魔法の使い方は分かった。バニ。僕は大丈夫だから、もう寝ていいよ」
「はーい。寝るー」
僕はもう少し、魔法の利用法を考えてみるとしよう。
☆ ☆ ☆ ☆
次の日、僕たちはロナンス峠を訪れた。
「ライド。今日の予定についてなんだが」
「僕は勝つよ」
「……まだ何も言ってないんだが」
「僕は勝つ! 絶対に勝つ! なにがなんでも勝つ!」
「……おう、そうか」
「あと昨日も負けたわけじゃないから! あれは一時休戦だから! 僕に負けとかないから!」
「……朝から元気だな」
そういうわけで、草むらまでやってきた。
ここはロナンス峠の中腹で、昨日ネズミが出没した場所だ。
名前は『ラララ・ラット』。
歌うように鳴くことから、そう名付けられた。
「……ふう」
僕は草むらに膝を付いた。
何か黒いものが落ちている。
「これはネズミのフンだな。奴がこの辺りにいるのは間違いないだろう」
僕は周囲に目を光らせた。
「これは足跡だな。大きさや形から言って、ネズミのものだ。これを辿って行けば、ネズミが見つかるはずだ」
「どしたのー? 今日のライド、冷静だよー」
「……ふっ。僕には人並外れた学習能力があるのだ。同じ轍は踏まない」
「ところで、聞いていいー?」
「なに?」
「その矢印はー?」
バニは、僕の背中に貼り付いている矢印のことを言っている。
「全部で、1、2……8もあるよー」
「バニ。君は、目ざといな。まさか、この矢印に気づくとは」
「すごく目立ってたよー」
「実はこの矢印は……」
ガサガサ! 近くの茂みから、音がした。
「この音は……ネズミだ!」
「そう? イヌやネコかもしれないよー」
「いや、僕の勘が告げている。これはネズミだ。奴もきっと、僕との再戦を待ちわびていたんだ」
茂みから、何か出てきた。
「チュチュチュ~チュ~」
歌うような鳴き声。
間違いない。『ラララ・ラット』だ。
僕は立ち上がった。
「ネズミ。君のことを待っていたよ」
「チュチュ~」
「さあ、決着を着けようじゃないか」
ネズミは立ち止まったまま、そこから動かない。
距離は2~3メートル。これなら【トゥルー・バニッシュ】も届くだろう。
だが、今回はその魔法を使用しない。
僕の職業は『墓守』。
【スペル・セメタリー】にある魔法は、全て活用していきたい。
「「…………」」
お互いに声を出さない。睨み合いの時間が続く。
風が吹き、草が揺れた。
ネズミが、わずかに体勢を入れ替えた。
逃げるつもりだろう。
しかし、まだ方向は分からない。
後ろ、それとも左右。こいつはどこへ逃げようとしているのか。
「……行くよ」
僕は右脚に重心を傾けた。
そして、呟き、唱える。
「……シフトオン!」
体が急激に軽くなる。
それから、押し出されるように前に出た。
高速移動だ。
僕は地面を滑るように進む。ネズミとの距離を一瞬で縮めた。
「チュッ?」
その間、ネズミは指一本動かせていない。
当然だ。僕の方が速いから。
「チュチュ~」
すぐに右に走った。僕をまくつもりだろう。
だが、甘い。
「シフトオン!」
僕は素早く足を入れ替えると、右にダッシュ。
ネズミの動きに完全についていく。
「チュ~」
今度は左。なんとかして、僕を突き放すつもりだな。
「シフトオン!」
「チュ~」
ネズミは前に突っ込み、僕の股を抜き去る。必死だな。
「シフトオン!」
後ろに、ダッシュ。
ネズミの前に、立ち塞がった。
「まだやるのか?」
「……チュ~」
ネズミは観念した。
「……勝った。僕の勝ちだ」
僕に敗北はないのだ。
ネズミを掴むと、用意してた籠の中に入れた。
「バニ。僕は勝ったよ。ネズミに勝ったんだ」
「うん。見てたー。でも、どうやったのー?」
「それはもちろん、この矢印さ」
↑
↑
← ← → →
↓
↓
背中には上のように矢印が貼り付いている。
このように貼ることで、【シフト・クイン】の力により、前後左右に移動することができる。
【シフト・クイン】には上下の移動はないので、上下に貼ると前後に移動する。
さらに同じ方向に二枚重ねで貼る。
これにより、高速移動ができる。昨晩の実験により、分かったことだ。
僕の背中に貼るので、僕の好きなタイミングで魔力を注ぐことができる。
【シフト・クイン】。便利な魔法だ。
僕は高速移動を手に入れることができた。




