剣とクロ
それは、ライドが初めて魔法墓場に入った日のことだった。
真夜中。二人の盗賊が袋小路を歩いていた。
「へへへっ。あの老人、たんまり金を持ってやがった」
無精髭を生やした男。名前はジョン。
彼が袋を持ち上げると、中からジャラジャラと音がした。
にんまりと口元を歪める。
酒が入っており、顔が赤い。千鳥足で先ほどから何度か壁にぶつかっている。
そんな様子を見て、エミールが頭を抱えた。
「だが、今日は良かったが、明日からはどうするんだ。ギルドの取り締まりが、また強化されたと聞いたぞ」
ジョンとエミールの二人は賞金首であり、冒険者たちから追われる身だ。
そして、その賞金額も最近になって2割ほど上乗せされた。
「エミール。おまえは心配性な奴だ。そんなだから、歳のわりに老け顔なんだ」
「……今は顔のことは関係ないだろ」
「難しいことはいい。明日のことは、明日に考えればいいんだよ」
軽い性格のジョンに、エミールはため息を吐いた。
だが、今日の稼ぎで数日分の食事にはありつける。
彼らはいつもの寝床まで戻ることにした。
少し歩くと、エミールが眉をしかめて、鼻をかいだ。
「そう言えば、さっきから焦げ臭くないか」
「たしかに。どこかで肉でも焼いてるのかもしれねえ」
焼いているものがゴミだとは思えない。
どことなく良い香りも混じっているのだ。
先ほど食べてきたばかりだが、男達の足取りは速くなっていた。
まっすぐ進んでいくと、袋小路の奥に人影が見えた。
「ありゃあ、女だな」
「ああ。女だ」
年齢は15~20ほどの娘だ。黒いローブで顔まで隠しているが、わずかに見える肌は白くなまめかしい。
腰のラインも扇情的で、男の目からは魅力的に映る。
ジョンが生唾を呑み込んだ。
「今日の俺たちはついてるぜ。金ばかりか、女まで手に入るとはな」
エミールも、この言葉には同意した。
「ああ。ラッキーだ」
明日のことよりも、まずは目の前の女だ。
二人は鼻息を荒くしながら、その娘に近づいた。
「お嬢ちゃん。具合でも悪いのかい?」
「夜中に一人で出歩くなんて、何をされても文句は言えねえよなあ」
「……」
彼女は反応しない。
退屈そうに足元を見ている。
「おいおい。連れねえなあ。こっちを向いてくれよ」
ジュウウウッ!
右肩に手を置くと、その手に激痛が走った。
「うわっ、あちちっ、な、なんだこりゃ」
すぐに離したから良かったものの、手が溶けそうなほどの痛みだった。
「……私に気安く触れるな。火傷するぞ」
女は何でもないように、二人の方を向いた。
ジョンの酔いは冷めた。赤い顔からは血の気が引き、青ざめた。
先ほどの焦げた匂いは、こいつから出ていた。それに気づいてしまったからだ。
いったい、この女は何を焼いていたんだ。
「……待て。逃げるなよ。話はこれからなんだ」
女が手を上げたので、男達はおののいた。
「……危害を加えるつもりはない。今夜はおまえたちにプレゼントを持ってきたんだ」
そう言うと、袖から何かを落した。
どうやら、剣のようだ。
「これをおまえたちにやろう。売れば、その袋の金の十倍はする代物だ」
二人は剣に詳しくないので、よく分からない。
だが、彼女が断言するので、なんとなく高そうな気がする。
「代わりに、一つ頼まれてくれないか」
「……」
「なに、難しいことじゃない。ライド・ラグエードという少年と戦う。ただ、それだけの頼みだ」
ライド・ラグエード。
少年のことは知らないが、『ラグエード』という姓には聞き覚えがある。
たしか、多くの魔導師を輩出したとか。魔法使いのエリート一族のことだったはず。
「その少年は、長男だ。なんでも外れ職業を引いて、一族から追放されたそうだ」
エミールは首を横に振った。
「無理だ。勝てねえよ。俺たちは魔法についてはさっぱりだ。相手にならねえ」
女は笑みを零した。
「誰も勝てとは言っていない。良い勝負をしろとも言っていない。戦ってくれればいいんだ。戦ってくれさえすればな。ふふふっ」
勝てなくていいから、とにかく戦って欲しい。
奇妙な頼みだ。それをすることで、彼女になんの得があるというのだろう。
「あんた、いったい何者なんだ。なんの目的があって、その少年を」
「私か? 私の名はクロ。目的については、おまえたちに教える義理はないな」
クロは人差し指を立てた。
「そうだ。もう一本やろう。ライド・ラグエードと戦ったら、同じ剣をもう一本。これで引き受けてくれないだろうか」
二人は顔を見合わせた。
こんな上質な剣があれば、俺たちでも太刀打ちにできるんじゃないだろうか。
それに相手は少年。しかも、一族の落ちこぼれだ。
もしかしたら、俺たちでも……。
「おまえたち、金に困っているんじゃないのか? その剣があれば、しばらくは遊んで暮らせるぞ」
二人は頷いた。
「分かった。その頼み、引き受けよう」
そして、剣を拾い上げた。




