ベストを尽くせ
「なるほど。この魔法は使える……」
しかし、目の前にある草を消すだけなら、僕にもできる。
口に含むだけなら、数秒とかからない。
ターゲットを変えてみよう。
僕は周りを見渡した。
僕たちが来た時にはすでに正午を過ぎており、店内に人はあまりはない。
その中で冒険者の一人に目を付けた。
年齢は二〇代前半ほどで、僕たちと同じようにハンバーグを食べている。
よくいる剣士のような風貌で、腰には剣を装備している。
「あの剣を消してみよう」
相手の剣を消すことができれば、戦闘でも優位に立つことができるはずだ。
そのための実験として、彼には申し訳ないが犠牲になってもらおう。
「戻ってくるよー」
「そうだったね。剣は戻る。誰も傷ついたりはしない」
席からは立たずに、この位置から狙ってみることにする。
僕たちの席は窓際の入口近く。
一方、冒険者の男は、最奥の席。対角線上で考えて、最も距離が遠い。
だいたい5メートルはあるだろうか。
これが届くなら、射程距離は申し分ない。
「剣よ、消え去れ」
プシュウウウッ
ふたたび白い煙を上げると、剣は瞬く間に姿を消した。
男は気づいていない。まあ、食事中にいちいち剣のことを気にする人はいない。
ハンバーグからも湯気が出ているので、白い煙も見えづらいのだろう。
「成功だ。これなら……あれ?」
プシュウウウッ
白い煙は、他の場所からも出ていた。
それは僕のすぐそば。僕の愛用の剣からだ。
「え? え? なんで? なんで?」
おっと。これはいけない。
僕としたことが、みっともなく取り乱してしまった。
新しい魔法には、不測の事態はつきものだ。
どうせ、剣は一分後に戻ってくる。
バニに理由を聞いてみよう。
「ライドが剣と言ったから、剣が消えたんだよ」
つまり、『剣よ、消え去れ』と唱えれば、周りの剣はみんな消え去るということらしい。
「では、相手の剣だけを消したい場合はどうすればいい?」
「えっとね。もっと細かく言うの。例えば、ボブだったら、『ボブの剣よ、消え去れ』って。それか、剣の種類を言ったり」
この魔法には、色々と細かいルールがあるようだ。
僕は窓から店の外を覗いてみた。
通りがかった冒険者を見たところ、腰には剣が装備されていた。
「あそこの剣は消えてないみたいだけど」
「外に出てるからだよ」
彼女はたぶん魔法の効果範囲のことを言っている。
店の外までは届いていない。
ということは、範囲は半径5メートル程度だろうか。
バタンッ! 入口のドアが閉まった。
数人の客がぞろぞろと入ってきたのだ。
もう昼時は過ぎているが、今から食事なのか。
「おう、いたぞ。こいつだ」
彼らは何故か、僕たちの席の前に集まっていた。
「おまえがライド・ラグエードだな」
「父親に勘当されたんだって? はははっ、笑えるぜ」
今朝も似たようなことがあった気がする。
不運とは重なってしまうもの。
以前、僕の使用人が言っていたが、本当だったようだ。
「ねえねえ。話しかけられてるよ」
「……無視でいいんだよ。ゴロツキだから相手にしなくていい」
僕はコップを手にして、水でも飲むことにする。
「……」
無視したおかげで、相手も困っている。
このまま待っておけば、そのうち飽きて帰るだろう。
僕はチラッとだけ、相手の方を向いた。
「ブフ――っ!」
水を噴き出してしまった。
「……ゲホッ……ゴホッ」
まさか。いや、そんなはずはない。
あのナイフは……。
「……ブラッドナイフ」
効果は出血が止まらなくなるという微妙なものだ。
それもあって、あまり本数も作られなかった。
しかし、とある冒険者が必殺コンボを考案したことで、たちまち価値が跳ね上がる。
今では売値が数十万Gを余裕で超えるだろう。
驚きだ。リフレクト・チョーカーに続いて、今度はブラッドナイフ。
一日で二つもレアアイテムに出会えるなんて。
「……くっ」
思わず噴き出してしまったせいで、男の股間の辺りが濡れてしまった。
「わー、水遊び、楽しそう。私もやるー……ブフ――ッ」
バニも僕の真似をして、男の股間に水をぶっかけた。
男の顔がみるみる赤くなっていく。
「この俺をコケにしやがって……」
さすがに無視するわけにはいかなくなったな。
新しく覚えた魔法も実戦で使ってみたいし、戦ってみるとしよう。
「この辺りでいいだろう」
食堂≪鳴狼亭≫を出てから、街の外にある草むらまでやってきた。
街中には冒険者ギルドがある。食堂で喧嘩をやっていると、正義感の強い冒険者たちが駆けつけてくる。
そして、取り締まりを受ける。牢屋に入れられたり、罰金を払わされる。
僕はそんなのは御免だ。彼らも同じ考えだから、場所を移動したのだろう。
「ねーねー、戦うの?」
「そうだよ。危ないから、僕から離れててね」
「わかったー」
彼女は言われたとおりに、僕から距離を置いた。
手を振って、僕に声をかけてくる。
「ライドー。魔法を使ってねー」
「うん。使うから。しっかり見ておいて」
目覚めてからここまで、一度も僕に反抗する様子を見せないな。
もっと暴れたりするものだと思っていたが、彼女が僕に従順なので、少し安心。
「……さて」
戦いに移るとしようか。
まずは、彼らを見てみる。
身なりから察するに、彼らはおそらく冒険者くずれなのだろう。
最初は冒険者の道を志していたが、上手く芽が出ず、やがて野盗に成り下がった。
その境遇には同情するが、僕は手を抜いたりはしない。
『勝負事にはベストを尽くせ。そして、勝て』
父上の言葉であり、またラグエードの家訓でもある。
先祖であるメギド・ラグエードも勝負事を進んで引き受け、その全てに勝利してきた。
そうやって研ぎ澄ました実戦の勘が、彼を英雄と呼ばれる男にまで成長させたのだ。
それは決して、ラグエードの血や特殊能力のおかげではない。
日常レベルからの意識の違い。それが彼の強さだった。
「へっへっへ。覚悟しろよ、ライド・ラグエード」
男たちが武器を手に持った。
数は五人か。各々の武器は、三人が剣、一人が槍。最後の一人が杖。
ちなみに股間の濡れている男は剣士だ。
しかし、ブラッドナイフは腰に入れたまま。使う気はないようだ。
「……杖ね」
魔導師ということだ。
武器は持たなくても魔法は使えるが、杖を持つと安定感が増す。
具体的には命中精度が底上げされ、威力が平均値に近づく。
魔法は天候や体調でもムラが出るから、これはけっこう大事なことだ。
だが、僕は苦手で、杖は装備しない。
枷をかけられてるようで、窮屈な感じがするのだ。
「……汝の炎が……眠りに……」
そのうえ、詠唱をするのか。
コテコテな魔導師だ。たしかに詠唱すれば、より高威力の魔法が撃てる。
だが、その代わり詠唱中は隙だらけになってしまう。
「おりゃあああっ」
剣士の三人が突っ込んできた。
こいつらが時間を稼いでいるうちに、後衛の魔導師が詠唱を完了させる。
そういう作戦らしい。
僕も剣を抜く。相手との距離が五メートルまで近づいた。
三人の刃の長さはバラバラだが、彼らの間合いは2~3メートル。
剣に魔力を注ぐ。その刃が徐々に赤みを帯びていく。
彼らの間合いに入った。
「……はああっ!」
男の一人が僕の顔に突き込んでいる。
わりと鋭い突きだ。
バチバチ! 僕の剣に電撃が走る。
「紫電刃!」
僕は体を捻って躱し、相手は態勢を崩した。
もちろん、隙は見逃さない。
同時に、三度の連続剣を叩きこんだ。
パキっと音がした。
相手の剣をへし折ったのだ。
「ひいいっ! 俺の剣が……」
その剣は量産品の安物。おそらく、武器屋で一本が五百G程度で売られているものだ。
魔力を注いだ属性剣なら、簡単に折ることができる。
「よくもベニーを!」
ベニーとは、この男の名前か。
どうでもいいが、残り二人の剣士が同時に切りかかってきた。
さすがにこれでは彼らの剣を折ることはできない。
よし。それなら……。
「トゥルー・バニッシュ」
僕は両手を広げた。
「剣よ、消え去れ!」
プシュウウウッ!
白い煙を上げると、剣は瞬く間に姿を消した。
効果範囲は半径5メートル。剣士は二人とも対象に含まれている。
「……なっ!」
訳も分からずに呆然としている男達。
その隙に、僕は二人を蹴り飛ばした。
「これで三人」
もう、剣士はいなくなった。
今度は槍が迫ってくる。
僕は態勢を低くして、槍を回避。
「……どいつだったっけ」
倒れている男達の股間を調べる。
僕が探しているのは、水で濡れている奴だ。
「……いた。こいつだ」
ブラッドナイフを発見。すぐさま奪い取る。
それから、相手の槍を掴み取った。
「……くっ。離せ」
僕が離すと、槍使いは態勢を崩した。
そのタイミングで、彼の右腕をナイフで切った。
相手は槍を落して、右腕の傷を抑える。
これはブラッドナイフ。あの出血は簡単には止まらないだろう。
「四人目。あと一人だ」
シュウウウウッ!
魔法の効果が切れて、僕の剣が戻ってきた。
ブラッドナイフは草むらに投げ捨てた。
敵はまだ一人、残っている。
「…………その身をさらせ」
詠唱も済んだようだ。
魔導師が僕に杖を向けてくる。
その先端には、橙色の光が集まっている。
「メガフレア!」
魔法が放たれた。それは火球で、大きさは数メートルを超える。
なるほど。これならわざわざ杖を装備して、詠唱までしたのにも納得が行く。
魔力とは、魔法にとって血のようなもの。
そんな例え話があるが、この火球は血液がよく循環しており、非常に血行が良い。
威力は間違いなくある。
命中すればすぐさま火炎の海に飲み込まれ、大ダメージは確実だろう。
「まあ、命中すれば、だけど」
地面に生えた草が、チリチリと音を立てる。
僕の顔が、熱気で火照るほどの熱量。
その火球が、視界を覆いつくすところまで迫っている。
「トゥルー・バニッシュ」
僕は右手をかざした。
「炎よ、消え去れ」
プシュウウウッ!
白い煙が上がると、巨大な火球は僕の前から一瞬で消え失せた。
「……」
数メートル先には、魔導士が口をあんぐりと開けて立ち尽くしていた。
僕は剣を納めて、言った。
「悪いね。この勝負、僕の勝ちだ」




