〇〇よ、消え去れ
女性が墓の前に立っていた。
「困った……」
僕は危険な魔法【レッド・スペル】を解放したはずだ。
なのに、何故か墓の前に女性が現れたのだ。
顔立ちのあどけなさを見るに、少女ではないかと思う。
それなりに肉つきは良いが、手足が長くて、全体的にはバランスの良い体型。
身長はなんと僕より高い。
ショックだ。まあ、僕は男性の平均身長より少し低くはあるのだが。
それにしても、服が気になる。
布切れ一枚を羽織っているだけなのだ。
これでは彼女の柔肌が見えてしまい、大事な部分も隠せていない。
「仕方ないな」
僕は手持ちのローブを彼女に着せてあげることにした。
ローブは魔導師にとっては正装なので、誰でも一着は所持している。
「……」
彼女の目は虚ろで、焦点が定まっていない。
長い眠りから覚めたばかりのような顔をしている。
「……ケホッ、ケホッ」
酷く咳き込んでいる。喉の調子が悪いようだ。
「えっと、たしか……」
僕は水筒を用意し、彼女に水を飲ませてあげることにした。
街を出てここに辿り着くまでに、川で水を汲んでいたのだ。
常に準備を怠らない。それが僕――ライド・ラグエードなのだ。
「……あうう。頭が痛い」
「大丈夫?」
「気持ち悪い。吐きそう」
酔っ払いを介抱するときのように、背中をさすってあげる。
「うえっぷ! うるっぷ!」
「気をしっかり持って」
それから、少しして。
「ふっか――――――っつ!」
復活したようだ。
「私の名前は、バニ。【トゥルー・バニッシュ】だから、バニ。誰だか知らないけど、起こしてくれてありがとう」
彼女はニコっと笑顔を作ると、その場でクルっと一回転した。
「僕はライド・ラグエードだ」
「ライドって言うんだ。えへへ、良い名前だね」
それから、僕に体をくっつけてくると、
「ねえ、ライド。私を使って」
「君を使えと」
「そうそう。私を、いっぱい、い――っぱい、使って欲しいの」
彼女は自分のことを【トゥルー・バニッシュ】だと名乗った。
つまり、文脈から察するに、彼女が魔法そのものなのだろう。
そういえば、昔、本で読んだことが……いや、ないな。
寓話や小説の比喩なら見たことはあるが、実際に魔法が生きてるのか。
正直なところ、信じられないものを見た気持ちだ。
「君の魔法は使うよ。そのために君を起こしたんだ」
「ほんと? やったあ!」
彼女は飛び跳ねたあと、その場にへたり込んでしまった。
「あれー、力が入らなーい」
「よし、分かった。とりあえず、場所を変えようか」
「お待たせしましたー」
やってきたのは、街にある食堂≪鳴狼亭≫。
運ばれてきた料理を見て、バニは目を輝かせた。
「わー。おいしそうー」
彼女はどうやらお腹が空いているようなのだ。
しっかり食べて元気になってもらおうと、僕は考えた。
「食べていいの?」
「もちろんだよ。好きなだけ食べて」
「わーい。いただきまーす」
彼女はフォークを逆手に持つと、ハンバーグに突き立てた。
「この店のメインディッシュ『香草入りチーズハンバーグ』だね。噛むと、中からトロトロのチーズがあふれ出て来て、それはもう……」
「あ――っむ!」
一口で食べてしまった。
「おかわり――っ!」
一つでは足りないか。
仕方ないので、もう一つ注文する。
「お待たせしましたー」
「あむっ! おかわり――っ!」
「……」
「え? おかわりないの?」
「いやいや、あるよ。すぐに注文しよう」
好きなだけ食べていいと言ったのは、僕だ。
きちんと約束は守る。
それから、何度かお代わりを繰り返し。
「またまた、ふっか――――っつ」
復活したようだ。
「お腹いっぱいになった?」
「うん。なった――っ!」
「……ふう」
僕は財布の中身を確認した。
なんとか足りている。
食い逃げする羽目には、ならなかったようだ。
「ねえねえ、使って。私を使って――っ」
会話が振り出しに戻った。
「そうだね。まずは、魔法を使ってみようか」
危険な魔法を使うことに、わずかなためらいはあるが。
僕は魔導師の名門ラグエード家の長男で、魔導師のエリート候補。
したがって、僕は女神ファルナスにより、【レッド・スペル】の管理者に選ばれたのだ。
そう割り切ることにしよう。
No.1
魔法名: トゥルー・バニッシュ
効果: あらゆるものを一分間だけ消し去ることができる。
説明: 属性配合率は風70%、闇30%
もともとは、防御魔法。
性格は明るく、能天気。重い悩みも、一日経てばすべて消え去る。
解放条件: スペル・セメタリーに入る
墓の文字は全て解読できている。
魔法の効果はシンプル。物を消すというものだ。
しかし、これは危険だと、僕は確信した。
効果についてのテキストが、たったの一行。
こういうタイプの魔法は、強力なものだと相場が決まっている。
「では、最初に消すものを選ぶとしよう」
僕はテーブルの真ん中にある皿を手にした。
上には、緑色のものが、こんもりと盛られている。
「バニ。これは何かな?」
「にがいやつ――っ!」
「そう。正確には香草。名前はバダル草」
これは料理に香りを付けるためのもので、ハンバーグの上に添えられていたものだ。
バニは一口で食べたあと、香草だけを吐き出していた。
それを集めたものが、この皿というわけだ。
「僕は、バダル草を消す」
「うん。やって――っ」
「呪文を教えて欲しい。魔法を発動させるための呪文は、君が知っているはずだ」
バニは教えてくれた。
それでは、唱えてみよう。
「トゥルー・バニッシュ」
僕は皿に手をかざし、
「バダル草よ、消え去れ!」
すると、
プシュウウウウッ
白い煙のようなものを上げると、バダル草が瞬く間に姿を消した。
「うーん」
どこからどう見ても、消えている。
念のために、皿の上に触れてみる。
だが、何も掴めない。
一応、机の周りも探してみるが、どこかに移動したという様子もない。
ついでに頬も抓ってみるが、僕は正気だった。
「消えてるな」
「ねーねー、すごいでしょうー」
認めよう。凄い効果だ。
光魔法の応用で、物を見えなくさせることはできる。
しかし、完全に消し去る魔法というのは、初めて見た。
指で机を叩き、カウントは取っていた。
もうすぐ、一分が経とうとしている。
「あーっ、戻ってきたよーっ!」
彼女は『戻る』という呼び方をした。
実際に、バダル草はその姿を取り戻そうとしている。
一秒とかからずに、皿の上には緑色のものが盛られていた。
「ちょうど一分だ」
呪文を唱えれば、ものが消え去る。
そして、一分後には姿を取り戻す。
これがバニの魔法【トゥルー・バニッシュ】の効果。




