馬車に乗る
準備を終えた僕は、次の日に馬車に乗り込んだ。
「私も連れて行ってもらえるのか。悪いな」
ミネアは、申し訳なさそうに席に座る。
でも、チャレンジハンティングはミネアとも一緒だったのだ。
彼女を置いて行くのは、僕としては不服だ。
「知ってる? ウエスタウンは、鉱山が近くにあってね。変わった武器や防具が手にはいるんだ」
彼女の装備はいつもフルアーマーだ。初めて見たときは兜までしていたが、最近は顔を出している。
防具の素材も良い物が使われている。
あの赤い色は魔法耐性を高めるための特殊な鉱石だ。僕の魔法でも、そう簡単にはダメージを受けないようになっている。
「防具が好きなんだよね?」
「好き、というわけではないが、関心はあるな。誘ってもらえて嬉しいよ」
とはいえ、彼女は冒険者。仕事もあったのではないだろうか。
「受けていたクエストは全て報告済みだ。今後の予定は決まってないよ」
それは良かった。
ミネアは袋から食料を取り出して、向かいのバニに与える。
「ソーセージだ。一つどうだ?」
「わー。食べるー」
バニは受け取ると、一気に半分を口に入れた。
この娘、肉を食べてばかりだな。
「ウィックという娘は来ないのか?」
「ああ。彼女は来ないよ。留守番したいんだって」
「変わってるな」
墓場を空けると何かあったとき困るから、と言っていた。
主様の留守に家をお守りするのが自分の務めだと。
彼女が出入りできないと困るので、鍵も預けて来た。
魔法を勝手に使われるということはないだろう。
そもそも墓のテキストが読めない。あれは一応、古代文字だし。
ウエストタウンまでの道のりは、約二日。
中継地点の村で一泊したあと、何事もなければ、明日の午後には着く予定。
村の宿屋では、久々のベッドを堪能した。
魔法墓場を手に入れてから、僕の寝床はずっと墓場。
ワラのベッドも悪くはないが、やはり羽毛には勝てない。
普段よりも、ぐっすり眠れた。おかげで、魔力も全快である。
「わー。岩だー」
バニが大騒ぎしている。
街道を抜けていき、草原から荒野へと景色が移り変わった。
ごつごつとした岩場は、赤みを帯びている。
見晴らしの良かった草原と比べ、周りは崖に囲まれている。
空気も乾いてきた。僕は荒野に入ってから、三杯目。バニも飲むから、水筒は空になりかけている。
ガタガタ。道が舗装されていないせいか、馬車が上下に揺れている。
「……ライド・ラグエード」
御者のおじさんが、独り言のように呟いた。
「どうしたんですか?」
「いや、今、お兄さん、ライド・ラグエードって」
たしかに、言った。
僕は、意味もなく名乗る癖がある。『僕はライド・ラグエード――』という奴だ。
それをおじさんは聞いていたのだろう。
運転中なので、前を見ながら話しかけてきた。
「やっぱり、そうだ。ライド・ラグエード。つまり、ラグエードの一族だよね」
僕が返事をすると、おじさんは感嘆の声を上げた。
「握手してもらっていいかな。あと、ついでにサインも」
もちろん、やってあげる。
おじさんは僕のサインを、大事そうに荷物にしまった。
「オレの娘も魔導師でね。ラグエードの大ファンなんだよ。これあげたら、きっと娘も喜ぶよ」
娘さん思いの良い父親だ。
しかし、娘さんのプレゼント用なのか。
せっかくだから、おじさんのも書いてあげよう。
「ああ、俺はサインはいらないよ」
「そうですか。もったいない。そのうち、すごい値打ちものになりますよ。馬車も、もう一つ買えちゃうんじゃないかな」
「代わりと言ってはなんだが、魔法を見せてくれないか」
「僕の魔法を? どうして?」
「だって、ラグエードの魔法だよ。娘への良い手土産になる」
まあ、目の前にいるのだから、サインよりは実物が良いのだろう。
「……やれやれ」
では、見せてやるとしようか。
魔導師の名門、ラグエードの力を。
バチバチ! 僕の右手が発光していく。
「スパーク!」
稲妻がとどろく。雷球が飛んでいき、そそり立つ崖に直撃。
壁が削れ、すりばち状の穴が開いた。
「どうです? すごい魔法でしょう?」
僕は胸を張った。安定してダメージを与える僕の得意魔法だ。
これなら、おじさんも納得だろう。
「……」
しかし、おじさんの反応が悪い。
もっと、『うひょおおおっ! ラグエードやべえええっ!』みたいな反応が欲しかったのに。
「……普通の攻撃魔法だ」
おじさんが、呟いた。
今、『普通』って……。
「でも、この魔法、凄い威力なんですよ。ここに娘さんがいれば、きっと大喜びしたはず」
「うーん。違うんだよね」
何が違うというのか。
おじさんに聞いてみる。
「魔法って、もっと便利なものだと思ってたんだけどな。ラグエードの魔法なんだから、そりゃあ、すげえ便利な奴。だが、雷を出すだけじゃな。なんというか、拍子抜けというか」
なるほど。便利な魔法か。
たしかに素人からして見れば、炎を出そうが、雷を出そうが、似たようなものだ。
僕の魔法がどう凄いかは、同じ魔導師だから分かること。
「いや、いいんだ、別に。俺が期待しすぎてただけだから。ありがとな」
おじさんはお礼を言うが、その肩はがくっと落ちている。
ダメだ。こんなところで終わってはいけない。
これはおじさんが仕掛けた勝負。彼からの挑戦状なのだ。
そして、僕は勝つ。勝ってこそのラグエードなのだ。
そんなに言うなら、凄い魔法を見せてやろうじゃないか。
「分かりました。おじさんが驚くような魔法をやってみせましょう」
僕はおじさんが見える場所に、魔法陣を描くことにする。
ガラス瓶から溶液を、ポタポタと垂らしていく。
「馬車を壊さないでくれよ」
ミネアから、釘を指される。
さすがに、そんな馬鹿ではない。危なくなくて、便利な奴だ。
あっという間に、円陣の形になっていく。
簡単なものなら、描くのに数分もかからない。
「……できた」
完成した魔法陣に手を置いて、起動させてみた。
「ライト!」
言葉と共に、ピカッと魔法陣が光る。
「どうです? 暗闇の中でも、光るんですよ。すごいでしょう?」
「うーん」
おじさんの反応が、また悪い。
何故だ。光ったら、便利じゃないか。
「そんなに時間をかけて、明かりをつけるだけじゃな。光が欲しいなら、火をつければいいだけだし」
少しイラっとする。
でも、めげずに新しい魔法陣を描く。
「どうです? 水が出ましたよ。すごいでしょう?」
「えー。水が欲しいなら、川で汲んでくればいいし」
さらに描く。これならどうだ。
「風ですよ。涼しいでしょう?」
「えー。うちわで扇げばいいし」
これでも、ダメなのか。
だが、僕には、まだ奥手がある。
究極の魔法を見せてやるんだ。
「犬の人形が『ワン』と鳴きます。すごいでしょ。人形が鳴くんですよ」
「えー。それなら、犬を飼えばいいんじゃないか」
なんだと!
女の子たちにやって見せたら、キャーキャーと言われたのに。
「……くっ」
悔しい。おじさんは手強い。なかなか驚いてくれない。
そのとき、バニが椅子から立ち上がった。
「あー、岩だー」
いや、岩はたくさんあるだろ。
僕も前を見る。すると、馬車の進行方向に大きな岩が立ち塞がっていた。
「おじさん! 前です! 前を見てください!」
おじさんは僕の魔法を見ていたので、後ろを向いていた。
なので、反応が遅れる。
「あわわっ! やべえっ!」
急いで馬を引き、進行を変えようとする。
なんとか右に曲がる。これで馬は避けられるだろう。
だが、馬車は確実にぶつかる。曲がり切れない。
「トゥルー・バニッシュ!」
反射的に、僕は右手をかざした。
「前の岩よ、消え去れ!」
プシュウウウ
目の前の岩が、一瞬で消え去った。
「……ふう」
ギリギリ。間一髪だった。バニが教えてくれなければ、僕も気づいてなかった。
馬車は右側に逸れて、ブレーキがかかる。
壊れそうな揺れだったので、おじさんが心配だ。
彼は手綱を持ち、首を前に出したまま、動かない。
僕はすぐさま呼びかけてみる。
「おじさん。無事ですか? おじさん?」
「……すげえ」
おじさんは叫んだ。
「うっひょおおおっ! ラグエードやべえええっ! 岩を消したあああっ!」
まさに僕のイメージ通りの反応だ。
おじさん、すごく驚いている。
勝った! 僕はおじさんに勝利してしまった。
「最初から、それをやれば良かったんじゃないか」
「うん。僕もそう思った」
しかし、この岩はなんだ。
道の真ん中にあった。いくら荒れているといっても、これはないだろう。
シュウウウッ
戻ってきた。他の人が転んだら危ない。どかした方がいい。
岩に近寄ってみた。
「動いてるー」
バニが指をさした。
言われてみたら、さっきと位置がずれている。
平地なので、転がったというわけではない。
グラグラ。僕の目の前で、明らかに動いた。
「……おい。これは」
ドシャッと音を立て、地面から巨人が出て来た。
全身が岩でできており、大きさは4~5メートル。
アースドラゴンも岩のような肌をしていたが、こちらはもっと無機質。
大きな岩をいくつも繋ぎ合わせた感じだ。魔法を使って動かしているんだろうか。
「ゴーレムだな」
「へえ。これが……」
「しかし、モンスターではないかもしれない。人工的に作った奴もいる」
魔導師が動かしているなら、索敵用かもしれない。
「迂闊に触れない方がいいだろう」
とはいってもな。
「わー。腕を振り上げたー」
この巨人、どう見ても臨戦態勢なんだけど。
ブン! 腕が振り下ろされた。
僕はすぐに呪文を唱える。
「シフトオン!」
避けながら、すぐに電気を溜める。
「スパーク!」
発光する稲妻が、ゴーレムに直撃、。
しかし。
「……効いてないな」
もはや、僕の『スパーク』は、かませ犬になりかけている。
ドラゴンに続いて、この巨人も耐性値が高いようだ。
だが、高い耐性値も、僕の前では意味がない。
僕には必殺の魔法【ウィーク・メーカー】があるのだ。
ちなみに、ウィックはそばにいないが、普通に撃つことができる。
「さあ、受けるがいい! ウィーク――」
ブン! 腕を振り下ろしてきた。
「シフトオン!」
咄嗟に避ける。
巨人なのに、動きが早いな。
「どうした? 何故、魔法を撃たない」
「ごめん。この魔法、使い勝手が悪いんだ」
「ドラゴンを倒した魔法だな。それなら、私が攻撃を防ぐから、その隙に撃て」
そう言うと、ミネアが前に出た。
フルアーマーでがっしりと防備を固めている。
頼れる背中だ。安心して、魔法の準備をしよう。
「ふふっ。この僕の魔法で消え去るがいい!」
「いいから、早くしてくれないか」
「……ごめん。ウィーク――」
ブン! ふたたび腕が降りてきた。
あまりにタイミングが良すぎる。
どう考えても、僕の魔法発動を阻害しようとしている。
わざと狙っているのだ。こんな知性の高い動きは、モンスターにはできないだろう。
つまり、誰かが命令しているのだ。
おそらく、内容は『魔導師が魔法を使ったら、邪魔をしろ』。
その証拠に、バニもミネアも眼中にない。僕の動きにだけ、注意を払っている。
「ライド。続けろ」
ミネアは、僕とゴーレムの間に割り込む。
武器は何も持っていない。
彼女は武器ならなんでも使えるが、今回は防御するだけと決めているのだろう。
「ロングガード!」
彼女の技だ。目の前に透明な壁が出現した。
ゴーレムの攻撃は、この壁により阻まれる。
彼女を倒すまでは、後衛がノーダメージになる。それがこの技の効果である。
ブン! ゴーレムは二発、三発と攻撃を繰り返す。
その全てのダメージを透明な壁が吸収している。
攻撃が単調になってきた。
僕はゴーレムの元に駆け出し、右手を前に出す。
「ウィークメイク!」
白いモヤのような魔法が、ゴーレムを追いかける。
どうやら、巨人には、さがるという選択はないらしい。
ひたすら、壁に突っ込んでいる。
直撃すると、ゴーレムの体が赤く点滅した。
こうなれば、こちらのものだ。
「シフトオン!」
僕は前に出て、剣を抜き、魔力を注ぐ。
バチバチ! 準備はできた。
「紫電刃!」
動きの遅いゴーレムに、六連撃を喰らわせる。
体中に線が走ると、その体はバラバラに崩れ落ちた。




