女神と老人
「女神ファルナスよ。聞いてください」
その石像は、街の中にそびえ立っていた。
長い髪を後ろに束ね、鼻筋の通った美しい顔立ちの少女。
表情は穏やかだが、真剣な眼差し。
左手で本を開き、右手には剣を持っている。
そして、何故か本を読まずに、左の方を向いている。
これは彼女が知性と武力に優れ、常に周りを見渡す広い視野があることを示している。
女神ファルナス。
それが人々に職業を授けてくれる神の名だった。
「僕は落ちこぼれの役立たずだそうです。ラグエードの名を汚したとも言われました。父上は僕のことをゴミを見るような目で話し、弟は僕を見下し、罵詈雑言を浴びせてきます」
洗礼を受けてからの数日間を、僕は実家の中で過ごした。
その間の息苦しさは、川で溺れかかった子供の頃に匹敵する。
「でも、不思議なんですよね。酷い扱いを受けたはずなのに、父上にも弟にも恨みも憎しみも感じないのです。それはきっと彼らの言葉が正しいからだと僕は思うのです」
膝を突き、感情を込めて話す。
僕の告白にも、ファルナスは前を向かない。
だが、構わず続ける。
「一つだけ、質問させてください。あなたは何故、僕に『墓守』などという職業を授けたのでしょうか?」
答えは返ってこない。
「やはり、僕が嫌いだからでしょうか? 僕が魔導師になりたがっていたのを知っていて、わざと外れ職業を授けたということなんでしょうか?」
立ち上がって、叫んだ。
「神よ! どうか答えてください!」
「それが君の天職だからだよ」
声が聞こえたのは、僕の後ろからだった。
振り向くと、老人が僕を見ていた。
皺があり、白髪があり、腰が曲がっているので杖をついている。
僕は少し奇妙に思った。
というのも、この石像は町の中央通りからは外れた場所に位置している。
普通なら、教会にあるもっと大きな石像を利用するはずだ。
僕は静かな場所を選んでここに来たつもりだ。
特に正午の時間帯は、この近辺にはまったく人通りがなくなる。
「すまない。告白中に邪魔をしたかな」
「いえ、家がファルナス教だったから、これは日課みたいなもの。僕には信仰心なんてありませんよ」
僕の言葉に老人が笑った。
「しかし、君は実家から追放されたのでは」
「ええ。そうですよね。どうして女神の像にこんな話をしてるんだか」
この老人は誰なんだろう。
僕はたずねてみる。
「私かい? そうだな。強いて言うなら、管理人。普段は墓を管理している。それで、君のことを探していたんだ」
「どうして、僕がここにいると」
「噂を聞いてね。ラグエードの長男は落ち込むことがあると、女神に相談すると」
老人は上着のポケットに手を入れると、僕のところに歩み寄って来た。
「手を出してみなさい」
言われたとおりにすると、老人は僕の手に何かを握らせた。
「これは、鍵ですか?」
「そうだ。それは墓場の鍵。一つしかないから、失くさないように」
いきなり、こんな大事そうなものを渡されても困る。
そう思って返そうとしたが、老人は断った。
「私はもう疲れたんだ。たった今から、君が管理人だよ」
そして、指をさした。
「北だ。ここから進んだ先に、赤い看板が見えてくるはずだ。そこから更に、東に128歩、南に104歩。そこに鍵穴がある」
老人は、僕の肩を叩いた。
「その力をどう使うかは、君の自由だ」
「え? それはどういう……あれ?」
僕が老人の方を向くと、そこには誰もいなかった。
「おじいさん。どこに行ったんだ」
不思議な老人だった。
夢でも見てたのかと思ったが、僕の手には先ほどの鍵がしっかりと握られていた。
「……北か」
それはちょうど女神ファルナスが見つめる方角だった。
「行ってみるか」
どうせ、僕には行く当てなどなかったのだ。
準備を済ませて、町を出ていくことにする。




