VSアンバー
僕は目を閉じ、集中する。
バチバチ! 魔力を溜め込んだ右手から、火花が散る。
「シフトオン!」
呪文を唱え、高速移動。アンバーの横を一瞬で通り過ぎ、右手をかざす。
アンバーの背中が見えた。
バチバチ! ふたたび火花が散った。
「スパーク!」
稲妻がとどろく。僕の言葉に反応して、雷球が放たれる。
アンバーは振り向かず、呪文を唱えた。
「ヒートヴェール!」
彼のローブが橙色に輝いた。
体を覆うように膨れ上がると、僕の魔法を一瞬にして呑み込んだ。
「私はクロと同じようにはいかないよ。残念だったね」
彼女の盾とは違い、アンバーのものはヴェール。
しかも、膨れ上がることで、体を覆うことができる。あれでは、360度どこから狙っても、容易に防がれてしまう。
「また、君の魔力が減ってしまった。無駄撃ちはよくないな」
攻撃魔法はやめる。
僕は剣に魔力を注ぎ、構えた。
「シフトオン!」
一瞬でアンバーの前まで移動。
「紫電刃!」
稲妻を纏った剣。攻速と威力をアップして、敵に突きを放つ。
緋色の剣の刃先は、アンバーの喉を捉えている。
「……ふっ」
アンバーがほくそ笑む。
ぐにゃっと曲がり、ローブが彼の首を覆いつくした。
ジュウ! 焼けるような音を出し、僕の剣は防がれる。
「……ぐっ」
僕は構わず、力を込める。ローブを突き破ろうと考えたのだ。
しかし、途中で固いものにぶつかり、刃はローブを貫けない。
「それはなんだい? 攻撃のつもり?」
僕は後ろにさがると、ふたたび剣に魔力を込める。
「紫電刃!」
一、二、三と続けざまに斬撃を繰り出す。
手数で押し切り、活路を見出す。
「ああ、痛くも痒くもないな」
余裕そうな声を出すアンバー。ローブが全てダメージを受けきり、彼の体までは届いていないのだ。
「君の剣はこんなものではないはずだ。もっと本気を出してくれないと困るなあ」
僕はスピードを上げ、頭に数発の攻撃を加える。
ローブがまた膨らんだ。彼の頭を覆いつくす。
「魔力が足りてないんだよ。もっと魔力を注がなきゃ」
彼は面白おかしく笑っている。
「ふふ。分かってるよ。魔力を抑えてるんだよね。使い切ったら困るからね」
「……くっ」
僕は『シフトオン』と唱えて、後ろへ退避。
その場で剣を構えたまま、彼を睨みつける。
「そんなに離れていいのかな? 君も私の魔法については知ってるはずだろ?」
人間を溶かす魔法のことか。
たしかに脅威だし、情報も不足している。どんな風に人を溶かすのか、正確なことは何も分かっていない。
だが、アンバーはその魔法を使うことはできない。
何故なら、僕が鍵を持っているから。鍵まで溶かしてしまえば、彼は魔法墓場を手に入れられなくなってしまう。
だから、こんな回りくどい方法を取っているのだ。
僕を殺し、鍵を取得する。この二つの条件を同時に満たすことができなかったのだ。
「ライド・ラグエード。攻撃がぬるい。ぬるすぎるよ。私はここからまだ一歩も動いてはいないんだよ。君は魔力を失うことを恐れているんだ。魔力が0になれば、それは君の敗北だから」
たぶん挑発のつもりだろう。
僕が魔力を失わなければ、アンバーも僕を倒すことはできない。
「……とは言ってもな」
このまま戦っていれば、アンバーの宣言どおり、僕の敗北は確実だろう。
それに防戦一方なのは、僕の好きな戦い方でもない。
逃げ出す? そんなものは論外だ。絶対にやらない。
「これは勝負なんだよ」
そうだ。これは僕とアンバーとの真剣勝負。負けられない戦いなのだ。
だから、僕は考えないといけない。
ラグエードの一族として、この戦いに勝つ方法を。
「おっと。今の攻撃でまた魔力が減ってしまったねえ」
なかなか上手くいかない。
結局、僕の攻撃は全て防がれてしまっている。
「今の君の魔力を教えてあげよう。今のでちょうど残り300だ」
ライドの魔力: 300/2500
「ずいぶんと減ってしまったね。さあ、これからどうするのかな?」
どうやら、アンバーは僕の魔力の消費量まで計算し、残りの魔力を割り出しているようだ。
正直なところ、素直に凄いと思う。
僕にはできない。
かなり魔法についての勉強をしなければ、できない芸当だ。
「アンバー。聞いてもいい? どうして、君はブラックオークに入ったの?君ほど魔法に精通しているなら、研究者としてもやっていけると思うんだけど」
「それは何? 何かの作戦?……まあ、いいか。聞かせてあげるよ」
アンバーは少しだけ気分がよくなり、僕に話してくれた。
「お察しの通り、私は魔法の研究者。私は魔法が大好きで、若い頃は手に入れた魔法をなんでも試していた。ちょうど、今の君のようにね。私の近くにいた魔導師たちは、みんなよくしてくれたし、私の相談にも親身になって考えてくれた。私は幸せだった。そう、あのときまでは」
「あのときって?」
「私が魔法を作りあげたときさ。私の最高傑作『デスヒート』。まさに私の思い描いていた理想形。究極の魔法だったんだ。でも……」
アンバーは頭をかきむしった。
「でも、あいつらは理解しなかった。そればかりか、私の魔法を侮蔑し、罵った。その理由は『殺人魔法』だから。ふざけるな! 『人をいかに上手く殺すか』。それが魔法が追い求めていた命題だったはずだ。なのに、あいつらときたら! どいつもこいつも!」
息を吐くと、僕から顔を背けた。
「そのときから、魔導師って奴が信用できなくなったんだ……もう、いいだろ。要は悪者らしい浅はかな理由ってことさ」
「……そうか」
バチバチバチ! 右手に魔力を溜め込む。
アンバーが話し込んでいる間に、だいぶ魔力を蓄積させることができた。
これなら……。
「メガスパーク!」
魔法を放った。
いつも使っている『スパーク』よりも威力は上だ。命中すれば、大ダメージは必至。
「……ふふっ。やはり、魔力を溜めていたか。だが、それでも私の『ヒートヴェール』は貫けない」
アンバーのローブが橙色に輝き、大きく膨らんでいく。
僕は地面を蹴り、前に突っ込んだ。
そして、呪文を唱える。
「トゥルー・バニッシュ! ローブよ、消え去れ!」
プシュウウウッ!
ローブが一瞬にして姿を消した。
「……禁断の魔法か!」
アンバーが初めて焦りを見せる。
奴にはまだ『トゥルー・バニッシュ』は見せてない。
これはとっておきだ。
ローブがなくなれば、僕の『メガスパーク』は防げない。
いかにアンバーといえど、生身では受けきれないぞ。
「……がああああっ!」
アンバーが奇声を上げる。態勢を低くし、そばにある黒い塊の山へ突っ込んだ。
雷鳴が轟く。壁が軋み、削れる。そして、穴が開き、それがどんどん広がっていく。
だが……。
「……はあ。くそっ!」
アンバーはなんとか逃げ切っていた。
彼は無傷。僕の魔法はまたしても回避されてしまった。
「今のは危なかった。当たっていたら、私はやられていた」
息を切らし、服は乱れている。
相当、焦っていた様子は伺える。
だが、それでも彼は笑っていた。
「……ヒヒッ! 残念だ。君の魔力は0だ」
ライドの魔力: 0/2500
「さあ、これで君は魔法を使えなくなった。ここから、どう料理してくれようか!」
僕は剣を構えて、アンバーに刃を突きつける。
そんな僕を見て、アンバーがバカにするように言った。
「何をやっているんだい? それが無駄なことは君にもよく分かってるはずだ。属性剣は魔力を注がなければ、ただのナマクラと同じ。勇気を通り越して、無謀といえる行為だ」
「……はあ」
まったくもって、その通りだ。
剣は折りたくないので、鞘にしまう。
「これで君は敗北したわけだが、最後に何か言うことがあれば、聞いてあげよう」
僕は両手を上げた。
「何のつもりだ」
「助けてくれ」
「それを私が聞くとでも」
「鍵は渡すから。お願いだ。命だけは助けてくれ」
僕が懇願すると、アンバーが少し考えた。
「信用できないな」
仕方ないので、ポケットから鍵を取り出し、地面に投げ捨てる。
「これでいいだろ? 助けてくれよ」
「……ふん」
アンバーは落ちた鍵には目も暮れず、僕を見下ろした。
「助けるわけがないだろう」
「……え?」
「当たり前だ。私は初めから君を解放するつもりはない。鍵があろうとなかろうと、君は死ぬ運命なんだ」
「……そ、そんな」
僕は膝をつき、沈み込んだ。
「悲しむ必要はない。君は幸せものだ。なにしろ、君は私の最高傑作。究極の魔法で死ねるのだから」
アンバーは僕の頭を、右手で鷲掴みした。
「さらばだ。ライド・ラグエード。次に会うときは、死者の国だ」
そして、呪文を唱えた。
「その熱で、全てを溶かせ! デスヒート!」
だが、どうしてだろう。
魔法は発動せず、僕はノーダメージ。
アンバーは顔色を変える。
「どういうことだ。何故、何も起きない」
「……クッ、クハハ、クハハハッ!」
「何がおかしい? 何故、笑っている?」
「それはアンバー。おまえが罠にはまったからだよ」
わけが分からない様子のアンバーに、僕はあるものを見せる。
「これ? もちろん見覚えがあるよな? おまえがくれたものなんだ」
アンバーの顔から血の気が引いていく。
口をパクパクと動かしている。
しかし、声が出ていない。
答えられないようなので、僕が代わりに答える。
「リフレクト・チョーカー。その効果は『魔術反射』だ」
賊が落として行ったものを、僕が使わずに持っていたのだ。
「ま、ま、まて。そ、そ、それじゃあ……」
「そう。君の魔法はきちんと発動した。それを僕がこのアイテムで、反射させたんだ。つまり……これ以上は言わなくても分かるだろ」
アンバーの額から汗が零れ落ちた。
今までの余裕が嘘のように、頭を掻きむしり、体を震わせている。
「私の計算は間違っていたというのか」
「違うよ。勝敗が計算で決まらないというだけだ。君の計算はどこも間違ってはいなかった」
彼ほど魔法に詳しいものなら、魔術反射ぐらい簡単に対策できたはずだ。
だが、彼は『魔力を0にする』ことにこだわるあまり、アイテム使用の可能性を見落としていた。
それが彼の敗因だった。
「……くっ。あ、熱い。体が焼けるように……」
肺の辺りから込み上げてくる熱さだと聞いた。
そこから、更に息苦しくなり、内臓から溶けていくのだと。
しかし、それは彼が多くの人間にやってきたことだ。
その痛みを彼は身を持って知るべきだし、魔法を作ることの責任を痛感すべきなのだ。
「アンバー。君は幸せものだ。自分の最高傑作を、その身に受けて死ぬことができるのだから」
「お、おのれええええっ! ライド・ラグ…………エ……グ……フ…」
彼の体はどんどん溶けていき、やがて黒い塊になり果てた。




