敗北の方程式
「……黒い屋根……ここか」
クラウンタウンは川に面している。
渡るには舟がいりそうな大きさなのだが、その川沿いには、倉庫が立ち並んでいる。
その倉庫のうち、この黒い屋根の倉庫は使われていない。
僕は扉を開き、中に入ってみる。
「……ゲホッ……ゴホッ」
焦げ臭い。むせ返るほどの匂いだ。
鼻と口を抑えながら、進んでいく。
倉庫は薄暗いが、中は灯りがついている。
ちょうど、中央あたりまで来た。
そこには誰かいるようだ。
「おまえがアンバー?」
僕は尋ねてみる。
年齢は20~30代ぐらいだろうか。
たぶん僕よりは10は年上だと思うけど、髪が長く、眼鏡をかけた男。
かなり痩せており、魔導師の正装であるローブを身に纏っている。
「クックックっ!」
男は腹を抱えて笑い出した。
「廃倉庫にいる怪しい奴に向かって、『おまえがアンバー?』って。普通に考えれば分かるだろ! ヒーヒッヒッ! ハーハッハ!……は、腹が痛い!」
笑いすぎて出て来た涙を拭って、僕の前に立った。
「実に間の抜けた質問だ。久しぶりだよ、これほど笑ったのは」
「……そりゃどうも」
「お察しのとおり、私がアンバー。ブラックオークの幹部の一人だ」
やはり、この男で間違いないようだ。
僕はアンバーに会ったら、まっさきに聞いておきたいことがあった。
「僕のこと狙ってたよな? どうしてだ?」
「魔法墓場だよ。これも少し間の抜けた質問だな」
「あれを欲しいってこと? 何に使う気なんだ?」
「それは秘密だ。君だって、たいして興味はないんだろう?」
その通りなので、深くは追求しない。
僕は剣を抜き、魔力を注ぎ込む。
さっさと終わらせてしまう。
こいつを見てると、むかっ腹が立ってくる。
態度や話し方も気に食わないが、何よりこの場所が苦手だ。
この倉庫、黒い塊が盛られて山になっている。
そして、その山がいくつも並んでいるのだ。
こんな死体の山に囲まれて、ヘラヘラ笑っている奴に、僕は構いたくはない。
「待ちたまえ。焦らなくてもいいだろう。どうせ、ここには我々しかいないんだ。ゆっくり話そうじゃないか」
アンバーは眼鏡をくいっと引き上げると、鼻で笑った。
「君は、私に勝てない」
そう断言するアンバーに、僕は眉をしかめた。
クロの話を思い出してみる。
彼女はこいつに必勝の策があると言っていた。絶対に勝てるから、前に出て来たのだと。
これほど自信を持って言える彼の策。
いったい、どんなものなんだ。
「少し焦りが出て来たようだね。剣が揺れているよ」
「口から出まかせだろ?」
「ヒヒッ! 違うんだよね。私は見つけてしまったんだよ。君の敗北の方程式をね」
「……敗北の……方程式?」
「そう。君の敗北は決まっている。あとは私が方程式を解くだけでいいんだ」
くだらない話だ。
この男は、勝敗が計算で決まるとでも思っているのか。
「ところで、昨晩はよく眠れたかな? ちなみに私は眠れたよ。昨晩は夜9時にベッドに入り、明け方の5時まで一度も目覚めることはなかった。約8時間、ぐっすりと眠ることができたんだ」
アンバーと世間話をする気はない。
僕は無視する。
「君は顔色が悪いな。あまり寝てないんじゃないか? よくないな。非常によくない」
僕の顔をじろじろと見ながら、続ける。
「魔導師にとって睡眠は大切だ。ある意味で食事より大切と言ってもいい。何故なら、魔力を回復させる唯一の方法。それは質の良い睡眠なのだから」
「……」
「おや? 気づいたようだね。わりと勘は鋭いんだな」
僕は胸のあたりを抑えた。
こいつ、もしかして……。
「君の魔力を言ってあげようか。1500だ。やはり睡眠が足りていないな。最大魔力の2500より、1000も少ない」
ライドの魔力: 1500/2500
「……おまえ!」
「とぼける気力もないようだね。まあ、当然か。敵に魔力を知られること。それは魔導師にとっては最大の汚点だから」
聞いたことがある。
相手の魔力の計測法。
戦闘データを集め、複雑な計算式を読み解けば、完璧な数値を割り出せるのだと。
そうか。ようやく分かった。
どうして、アンバーが僕を賊たちと戦わせたのか。
どうして、このタイミングで前に出てきたのか。
こいつはずっと測っていたんだ。
僕の魔力を。僕の限界を。
それを知るためだけに、時間をかけていたんだ。
「今さら、気づいたところでもう遅い。私はもう知ってしまった。君の魔力。君の魔導師としての底を」
アンバーがまた笑いをこらえる。
「魔法を使うには必ず魔力が必要だ。どんな優れた魔導師でも、どれだけ優れた魔法でも、魔力というのは絶対に必要になってくる。それがたとえ禁断の魔法【レッド・スペル】であってもね」
なるほど。敗北の方程式か。
たしかに、こいつの言っていることは当たってるかもしれない。
僕も自分の魔力を知られたのは、初めての経験だ。
「悪いことは言わない。魔法墓場の鍵を渡すんだ。渡してくれたら、君を解放してあげてもいい」
僕は剣を突きつけた。
「誰が渡すか。おまえに渡すぐらいなら、死んだほうがマシだ」
「……ヒヒッ! そう。じゃあ、かかってくるといい。君の魔力が0になったとき。それが方程式の答えだ」




