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VSクロ


「あんたをここで倒す!」


 僕を指さし、高らかに宣言。

 ブラックオークの『クロ』という少女は、かなり好戦的な性格のようだ。


「……ふふっ」


 僕は口を抑えて、笑いをこらえた。


「え? 今、なんて言ったの? この僕を倒すって? 君、僕が誰だか分かってる?」


 おちょくるように言うと、クロは眉をしかめた。


「知ってるに決まってるだろ。ライド・ラグエード。ラグエード家の長男だ。ラグエードが魔導師のエリートなことも、あんたの父親が世界で五本の指に入ることも、全て知ってる」


「ふうん。それを承知の上で、魔導師の君が、僕に魔法で勝負を挑むつもりなんだ。料理やスポーツならともかく、魔法で勝負を」


 また舌打ちをすると、僕を睨みつける。


「あたしを舐めてるのか?」

「うん。舐めてる」


 その辺りの賊よりは強いと思うが、僕に勝てるとは思えない。


「あたしは知ってるぞ。あんたは魔法剣士で、剣術のレベルも高い。そのうえ、属性剣で攻撃速度をあげることができる。並の魔導師なら、魔法を発動させる前に切られてしまう」


 クロは壁に触れた。


「だが、これだけ道幅が狭ければ、剣を使うことはできない。あんたは自分の得意技を一つ封じられたわけだ」

「えーっと、つまり、君は僕に剣を使わせないために、わざと狭い路地裏に誘い込んだの?」

「そうだ」


 なるほど。僕は罠に嵌められたと。

 バチバチ! 先ほどから僕は右手に魔力を集め、手の平で電気を溜め込んでいる。


 魔法は物理攻撃とは違って、発動までに時間を要する。

 そのため、こうやって会話で気をそらし、魔法発動までの時間を稼ぐのだ。


「スパーク!」


 彼女が壁側に顔を向けた。

 そのタイミングで、ほとんど不意打ち気味に魔法を放った。

 雷球は一直線に、彼女を狙う。


「ヒートシールド!」


 橙色の盾が出現し、雷球の行く手を阻む。

 盾の出し入れは思ったより素早い。この至近距離からでも、きっちり防げている。


「……ふん。また、スパークだ」


 勝ち誇ったような笑みを浮かべるクロ。


「このスパークが、今のあんたの最大火力なんだろ? あたしなら受けられるぞ。あたしのこの『ヒートシールド』なら」


 彼女は見せつけるように、『ヒートシールド』を僕の前に出した。


「さあ。これであんたは攻撃魔法も封じられた。あとは、あたしが『ヒートビーム』であんたを仕留めるだけだ」


 彼女が地面に熱光線を放ったので、僕は後ろにさがる。

 光線は地面に敷かれた石畳を貫通し、小さな穴を開けた。


 僕は火属性に耐性があるので、こんな風に体に穴が開くことはないが。

 それでも、充分な威力がある。

 光線は盾の裏から発射されるので、軌道も読みづらい。回避しにくい。


 けっこう考えてある。

 僕も少しは頭を使わないとな……。


 クロは満面の笑みで、鼻を鳴らしている。

 僕から先手を取れたような気がして、嬉しいのだろう。


『ヒートシールド』を見てみる。

 盾は彼女をすっぽり埋めるほどの大きさ。しかし、その横幅は進行の邪魔になるほどじゃない。


 彼女に勝つなら、まずあの盾をどうにかする必要がある。


「【トゥルー・バニッシュ】か……」


 この位置からなら、充分に射程内。

 『盾よ、消え去れ』と唱えれば、消すこともできるだろう。


 だが、あの自信満々な様子から言って、二枚目の盾は用意してあるはずだ。

 頑張って盾を消しても、すぐに新しいものを出されたら、どうにもならない。

 それに先ほど目の前でロブソンを消して見せたから、警戒もしているだろう。


 盾は消さずに、スルーしていく方向で……。


 僕は落ち着いた声で、クロに話しかけた。


「クロ。君はなかなか実力のある魔導師のようだ。僕一人ではどうにもならない。ここは相棒に登場してもらうことにしよう」


 そう言うと、僕の足元から、何かが出て来た。


 魔法陣。

 半径10センチ程度の小さなものだが、彼女の位置からでも『魔法陣』ということは確認できる。


「紹介しよう。僕の相棒。その名も『シフ』だ。ちなみに、女の子。お手柔らかにお願いするよ」


 彼女は目を細めた。


「あたしをバカにしてるのか?」

「バカになんてするものか。僕は常に真剣だ」

「魔法陣が生きてるとでも言うつもりか? ふざけるな。名前をつけたところで、魔法陣は魔法陣。ただの道具だ。生きてるわけない」

「……そう。僕と君では、見解の相違があるようだ」


 僕はわざとらしい演技で、その場に座り込んだ。


「ああ! シフ! 君はなんてかわいそうな娘なんだ! 君は生きているのに! 本当は前に進むことだってできるのに」


 クロは鼻で笑う。


「前に進む?……はっ! できるわけないだろ。バカバカしい」

「へえ。それなら、君はシフが前に進めないと言うの?」

「当たり前だ。地面に描いた魔法陣だぞ。絵と一緒だ。生きてもいないし、前に進むこともできない」


 どうやら、彼女はバリバリの懐疑論者のようだ。


「では、賭けをしようか。シフが前に進めば、僕が1万Gもらう。進まなければ、君が1万Gもらう。これでどう?」

「おう、いいぜ。やってやろうじゃないか」


 交渉成立したので、シフに話しかける。


「ごめんね。このお姉ちゃん、頭が固いみたいなんだ。君の力を見せてやってよ」


 僕は立ち上がる。

 それから、呟くように呪文を唱えた。


「……シフトオン!」


 すると――。


 ズズズズッと、魔法陣が前に移動した。


「……え?……う、うそ」


 クロが、すごくいい顔で驚いている。

 不覚にも、ちょっとかわいいと思ってしまった。


「ごめんね。一万G、もらっちゃったよ。これは貸しだからね」


 彼女は何度も目をこすっている。そこまで信じられないか。


「さて、これでシフが生きてることは分かってもらえたと思うけど。彼女は僕の相棒。それに魔法陣。もちろん、戦闘でも活躍できる」


 クロが、ビクっと体を震わせた。

 僕が何をしてくるか、分かったのだろう。


「さあ、シフ。あの、お姉ちゃんに攻撃して。君の得意な魔法を見せてあげるんだ」


 僕が、ばっと右手に前を出すと、それにつられるように魔法陣が動いた。

 ズズズズっと地面を引きずるように、クロの元に突き進んでいく。


「くそっ。だが、あたしにはこれがある……ヒートシールド!」


 橙色の盾が現れ、魔法陣の進路を阻んだ。これでは彼女に攻撃を当てることは難しい。


「でも、無意味だ……」


 僕はクスっと笑って、呪文を唱える。


「シフトオン!」


 ギャリギャリっと、音が変わる。

 シフが右に動き、それから左に。


 さっきまでとはスピードも変化している。一気に三段階。橙色の盾の前で向きを変え、彼女の横側をあっさりと抜き去っていく。


「……へ?……え?」


 あまりのスピードにクロは反応できていない。

 魔法陣に後ろを取られた。

 さらに、そこから……バリバリ! 魔法陣の中心に電気が溜まっていく。


「スパーク!」


 雷球が撃ちだされる。


「……はっ、はああ」


 クロは無我夢中で、体を伏せる。

 彼女の真上を雷球が通り過ぎていく。


 バチバチ!音を立て、壁が削れる。

 そこにはすり鉢状の痕ができていた。


「……惜しかったな。もう少しだったんだけど」

「……はあ……はあ」


 彼女は動揺しすぎて、息を切らしている。


「どう? 僕のシフ。強いでしょ?」

「……どうやってるか知らないが、要は魔法だろ」

「でも、途中で見失ってたよね?」

「……あれは油断しただけだ」 


 まあ、当たるまでやれば済む話。


「シフトオン!」


 ふたたび魔法陣が動き出した。向かってくる敵に対して、彼女もすぐに対応。『ヒートシールド』を発動する。

 ギャリギャリ! また、ギアを上げる。速度を数段階アップ。


 右に回転。


「……くっ!」


 というのは、フェイント。実は左だった。


「くう……!」


 ダメだな。振り回されている。

 『ヒートシールド』は魔法と言っても、多少の重さはある。


 一方の魔法陣は重量がゼロと言っていい。

 同じ速度で追いつくのは、ほぼ不可能。


「ヒートビーム!」


 光線を放つが、シフは余裕で避ける。


「ヒートビーム!」


 ジュッ! ようやく光線の一つが命中。クロが笑みを零す。そこから、間髪を入れずに連射する。


「ヒートビーム! ヒートビーム! ヒートビーム!」


 光線の熱量によって、路地裏の中が蒸気で曇った。

 少しして晴れていくと、そこに魔法陣の姿はなかった。


「やった。シフを倒した!」


 大喜びで拳を握りしめると、僕の方へ向き直った。


「あんたの相棒を倒してやったぜ」


 鼻を鳴らす。

 僕は地面を見ながら、言った。


「一分!」

「……え?」


 プシュウウウッ!

 魔法陣が、その姿を取り戻した。


「……なんで。倒したのに」

「ごめんね。シフには高速再生能力があるんだ」


 本当は【トゥルー・バニッシュ】を使っただけだが、こう言っておいた方が彼女には効果的だろう。


 予想通り、彼女の表情が陰った。


 あんなに小さくて、素早く動くものを、ビームのような直線的な攻撃で当てるのは難しい。

 ミネアのようなフルアーマーならともかく、盾なら一方向しか防ぐことができない。周り込まれたら、その時点で終わってしまう。


 何とか倒したとしても、すぐに高速再生。

 きっと、彼女は八方ふさがりの気分なはずだ。


「スパーク!」


 魔法陣から、ふたたび電気が溜められる。


「……」


 クロは盾をしまうと、両手を上げた。


「…………負けだ」

 

 彼女の声が小さすぎて、よく聞き取れなかった。

 僕は聞き返す。


「え? なんだって?」


 彼女は顔を赤くし、大声を上げた。


「あたしの負け! あんたには勝てない! もう降参する!」


 負けを認めたか。

 無抵抗の相手をいたぶる趣味はないので、僕も魔法陣をしまう。


「で、アンバーの居場所はどこ?」


 クロは居場所を教えてくれた。


「そんなに、あっさり教えてもいいんだ」

「あたしは敗者だ。勝者のいうことには従う」


 物分かりがいいな。こういう性格の人は嫌いじゃない。


「だが、あんたはアンバー様には勝てない」

「どうして? 僕は強いと思うけど」

「あんたはアンバー様の恐ろしさを知らない。あの人は勝利を確信するまでは、絶対に前には出てこない」


 といっても、僕がクロから話を聞き出すことは、予測していたはずだ。


「もう準備はできてるってことだ。あんたには勝利できる。そう確信したから、アンバー様はあたしを差し向けた」

「アンバーには、必勝の策があると」

「ああ。あたしは知らないが、きっと恐ろしい策に違いない」


 必勝の策か。

 面白いじゃないか。


「では、行くか」


 アンバーとやらに、ラグエードの力を見せてやるとしよう。

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