ロブソン
僕は耳をすませた。
カ――ン! カ――ン! カ――ン!……
鐘が鳴った。その回数は9。
「9時になったな」
もうそろそろいいだろう。
「というわけで、よろしく」
僕は男の肩を叩いた。
「もう一度、聞いてもいいか?」
「どうぞ」
「この路地裏を通ればいいんだな」
「そう。通ってくれれば、500G。な? 簡単だろ?」
男は腹をボリボリと掻いた。
髭面で恰幅の良い男だ。僕が酒場で厳選して、ここまで連れてきた。
「なんか、あるよな」
「ロブソン。考えすぎだ。何もない。ただの路地裏さ」
「いいや! 絶対、何かある! 俺のセンサーがビリビリ言ってるんだ。この先には絶対、危険なものがあるんだ」
ロブソンのセンサーは、なかなか侮れないものがある。
危険なもの。
たしかに、あるな。
具体的には、危険な女。
『クロ』とかいうイカれた魔導師がいる可能性がある。
いや、居てもらわないと困る。
そのために僕はここまで来たわけだし、ロブソンもそれが目的で呼ばれたのだ。
「俺は酒場で飲み直す。帰らせてくれ」
「待ってくれよ。500Gだぞ」
「お金はいらねえ。命の方が大事だ」
やはり、500では安すぎたか。
仕方ない。僕は指を立てた。
「10倍だ! 10倍の5000! これでどうだ!」
「……5000……だと!」
ロブソンの足が止まった。
「ねー、ライド。そんなお金、払えるのー?」
「問題ないよ。ミネアが出してくれるそうなんだ」
それに、アンバーには賞金がかけられてはいないが、倒せば町から報奨金が出るはず。
5000程度なら、容易に支払うことができるだろう。
「本当に、くれるのか?」
「僕を誰だと思ってるの? ライド・ラグエードだよ? なんなら、半分の2500を今から前払いしてあげてもいい」
「分かった。通る。俺はこの路地裏を通るぜ」
「危ないことがあれば、僕が必ず助けてあげるから。心配しないで」
「チュー」
「ひいっ!」
「……いや、ただのネズミだから」
ロブソンは怖がりか。
とはいえ、これでは近づきすぎだ。
「僕は後ろから、追いかけるから。気にせずに突き進むんだ」
そう言い残して、数メートルほど距離を置く。
ロブソンは必要だ。
ブラックオークは、ならず者にレアアイテムをばらまくと言っていた。
僕が一人で出て行っても、たぶん現れないはずだ。
そのためのロブソン。いかにも、ならず者の雰囲気をしている彼なら、『クロ』という女も飛びついてくるはずだ。
「俺は大工だ――っ!」
ロブソンは職人だったか。
これは失礼した。明日も朝早いかもしれない。できるだけ、すみやかに終わらせるとしよう。
僕は左右を確認する。
路地裏だけあって、道幅は狭い。だいたい4~5メートルほどで、両脇は壁で挟まれている。
遮蔽物もある。木箱が積まれていたり、ゴミが地面に転がっていたりする。
これで剣を振り回すのは難しいだろう。
となれば、魔法だな。
右手を開き、手のひらに電気を溜める。
バチバチ! 小さな球体が現れ、それが徐々に大きくなる。
「……こんなものか」
僕の魔法『スパーク』だ。
拳程度の大きさだが、威力は強。命中すれば、大ダメージになるはずだ。
「……」
焦げるような匂いが漂ってきた。
でも、不快な匂いってわけじゃなく、どことなく良い香り。
なんとなく、食べ物を思い出す。例えば、パイのような甘くて芳ばしいものだ。
僕は食べてきたばかりだが、意味もなく自分のお腹をさすってしまった。
ロブソンの歩調が変わった。
おそらく、前方に何かが見えたんだろう。
僕も背を屈めて、ロブソンに近づく。
焦げ臭さもどんどん強くなってきたとき、ロブソンが立ち止まった。
彼の視線の先を辿ると、誰かいる。
ローブ姿だが、あの体のラインは女性特有のもの。
やはり、出て来たか。ローブ姿の女。セリスの情報通りだ。
「……よし、この位置なら」
僕の魔法は充分に届く。
僕は電撃を溜めた手の平を、女の方へ向けた。
「スパーク!」
電撃が放たれた。
球体がバチバチと音を立てる。
わずかに楕円の軌道を描きながら、女の胸部を狙う。
僕の命中率は90%近い。ほぼ確実に当たる。
だが、相手は人間。当然、対応をしてくる。
女は僕に気づくと、そばにいるロブソンに掴みかかった。
「ひいっ!」
自分の腕を首に巻き付けながら、ロブソンを前に出した。
あの女、ロブソンを盾にするつもりか。
「だから、俺は嫌だったんだあ!」
ロブソンは首を締められ、拘束を解くことができない。
女性相手に情けないように見えるが、ロブソンは大工だ。
冒険者でもないし、戦闘の経験もないのかもしれない。
「……くっ」
あの位置では、ロブソンにスパークが当たってしまう。
まずい。なんとかしないと……。
「シフトオン!」
僕は高速移動で前に出て、右手をロブソンにかざした。
「トゥルー・バニッシュ! ロブソンよ、消え去れ!」
プシュウウウッ!
ロブソンの姿が、瞬く間に姿を消した。
「……なっ」
さすがに、女も動揺を隠せていない。
目の前から人間が消えたのだから、当然の反応だ。
スパークが迫っている。まだ一分まで時間もある。相手は防げるものがない。
「ヒートシールド!」
女の前に、橙色の盾が立ち塞がった。
マグマのように煮えたぎる盾に、スパークが衝突した。
ジュウウウッ! スパークが呑み込まれる。溶けるような音を立て、どんどん削られていく。
やがて消え去ると、女は何事もないように盾をしまった。
「あの盾、かなりの防御力だな」
僕のスパークを防ぐとはたいしたものだ。
盾の強度から考えて、前から準備していたものに違いない。
「僕がやってくることは、想定済みだったんだな」
シュウウウッ!
ロブソンが戻って来たので、彼の元へ駆け寄る。
どうやら、気を失っているようだ。
彼を抱えて脇に移動。ロブソンに頭を下げる。
素で悪いことをしたと思う。
彼は何の関係もないのに、危ない目に遭わせてしまった。
「ごめん。ロブソン。すぐに終わらせてくるから」
目を閉じた彼に、僕は謝った。
そして、振り返り、女を睨みつける。
「ロブソンは大工だったんだ。毎日を必死に生きていたんだ。その頑張りを、君は踏みにじったんだ。君は最低な奴だ」
「……」
「なんとか言ったら、どうなんだ! クロ!」
「……ちっ」
舌打ちすると、そばの壁を拳で叩いた。
「……巻き込んだのは、あんただろ。あたしのせいにするな」
そして、フードを脱いで、僕に素顔を見せた。
燃えるような赤い瞳。それと同じ色の赤髪は、クセッ毛ではねている。
彼女は僕を指さし、高らかに宣言した。
「あたしはブラックオークの一人、クロ。アンバー様の命により、あんたをここで倒す!」




