兄、ネイが消えた理由を推察する
目を覚ますと、全てが終わっていた。
いや、それ以前に、自分はいつから意識を失っていたのだろう。
レオの記憶は、呪いの剣を破壊しようと攻撃を仕掛けたところで止まっている。
しかし周囲を見回せば、黒かった卵の殻は白さを取り戻し、エルダールの怨念の塊であった復讐する死者はすっかり消えてしまっていた。
「レオ兄さん、大丈夫? 戦闘はもう終わって、ゲートのクリアもできているから、少し休んでも平気だよ」
身体を起こしたレオの顔を、ユウトが気遣わしげに覗き込んでくる。一瞥したところ、兄の意識のない間にこの弟が怪我を負うことはなかったようだ。ひとまずそれを確認できただけで、レオは安堵の息を吐く。
エルドワはすでに子犬に戻っており、ユウトの足下で尻尾をぴるぴるしていた。
「……お前たちだけで敵を倒したのか?」
「ん? ……ええと、うん、エルダールの怨念はね。一番頑張ったのはネイさんだけど」
「……その狐はいないようだが」
「ネイさんは……その、少し怪我しちゃったから、先に帰るって」
「先に帰った?」
ユウトの言葉に、レオは目を瞬かせる。
ネイが自分より先に現場を離脱することなど、命令でもしない限りついぞなかったことだからだ。そもそも多少の怪我ならユウトの魔法や回復薬でどうにでもなるはず。なのにそうせずに離脱したということは。
レオは眉を顰めた。
見れば自分のすぐ近くに、憎悪の大斧が落ちている。そこにある血だまりは、生身の人間のものだ。そして斧の柄に、ネイの短剣を受け止めた刃痕が残っている。己の脇腹のあたりには、あの男に蹴られたらしい靴跡。
それだけで、意識を失っている間に起こったことが推察できてしまった。
おそらく己はエルダールの怨念に身体を乗っ取られ、ネイと戦ったのだろう。そして、魔法やアイテムで回復不能な傷を負わせる羽目になったに違いない。
これまでのネイならレオとのタイマン勝負でもそこまでの大怪我をすることはなかったが、あの男は折悪しく前の階で能力を落としている。その状態でレオとやりあったのだ。自身の実力不足を痛感し、身を挺することでなんとか状況を打開したのかもしれない。
結果的に、エルダール王族の怨念は退治できたようだけれど。
(……今後、狐の帯同は不可能か)
さすがにネイを責める気にはならない。そもそもこれはレオの焦りが発端だからだ。
「……ユウト、狐はどこを怪我したんだ?」
「右腕だよ」
「よりによって、右腕か……」
ネイは右利きである。当然剣を振るのも、ピッキングするのも、罠を解除するのも右手がメインだ。それらが使えないというのは致命的。
もちろんあの男は戦闘以外でも使い道はあるが、代わりになれる者がいない現状、パーティの戦力ダウンは否めない。ユウトもさぞかし悲しむだろう……と思ったところで、そういえばあんまり落ち込んでいるようには見えないことを、レオは不思議に思った。
ネイが少し怪我をした、どこか歯切れ悪くそう言った弟は何かを隠している感じだったから、あの男に深刻な怪我の内容を口止めをされているのだと思っていたけれど。
「ユウト、狐は何か言っていたか……?」
「ネイさんが? ……ええっと、怪我が治るまで時間が欲しいって」
「は? 戦線に復帰するということか?」
「うん、もちろん。もっとレオ兄さんの役に立てるようになるからって、ネイさんめちゃくちゃ張り切ってた」
「張り切ってた……?」
何だか状況がよく分からない。能力が下がったはずなのに、右腕に大怪我をしているに違いないのに、もっと役に立つとは……?
だがその様子から、ユウトがネガティブな感情を隠しているようには見えない。ならばあまり気にする必要はなさそうだ。ネイが復帰してきたら聞けばいいと割り切って、レオは立ち上がった。
「他の状況も報告を頼む」
「うん。クリスさんはさっき目を覚まして、それからずっと考え事してる。キイさんとクウさんは僕の魔力で酔っ払っちゃったみたいで、酩酊して寝てる」
「キイとクウがお前の魔力に酔ったって?」
「えと、なぜか魔妖花が一時的に二人に効かなくなって……」
味方である竜人二人に魔妖花が効かなかった。それはつまり、二人の召喚者であるレオが敵に回っていたということの裏付けだ。しかし言葉を濁すユウトは、それを明かす気がないように見える。
兄の失態を責めるつもりがないのか、それともその間に何かレオに知られたくない展開があったのか。ユウトはすぐに話の矛先を逸らしてしまった。
「そうそう、クリスさんは途中で初代王さんに憑依されてたんだ。父さんとも、レオ兄さんの身体を介して話ができたよ」
「何? 魔王が俺に憑依したのか……?」
「ううん。父さんは一時的に使役しただけって言ってた。二人から色々聞けたから、ここを出て落ち着いたら話すね。……ひとまず分かったのは、ランクSSSゲートは力任せに敵を倒せばいいだけの場所じゃないってことかな」
「……そういえば、このゲートのクリア条件は結局何だったんだ? お前たちだけでどうにかなるものだったのか? 俺はその条件が、エルダール王族の怨念がこもった呪いの剣の破壊、だと思っていたんだが」
過去の再体験の中で、魔王はレオに対して『世界最強レベルの力をつけて剣を破壊』しろと言っていたはずだ。つまり、ユウトやネイでは難しい。
ならばグラドニから力を授けられたエルドワが、力尽くで壊せたのかと思ったけれど。
「……クリスが手元に持って眺めてるの、呪いの剣だよな?」
「そうだけど、もうあれは呪いの剣じゃないんだ。父さんが破壊の定義を変えてくれて……そっちも後で話すよ。初代王さんにお願いとかもされちゃったし。ひとまず呪いが消えたことで『呪いの剣はなくなった』という解釈になったから、クリアできたってこと」
「剣から呪いだけが消えたってことか? あの剣、何も変わりないように見えるが」
「レオ兄さんには悪魔の水晶が見えないからね。今はもう呪いの元凶だった悪魔の水晶が壊れてなくなってるんだ」
「悪魔の水晶が壊れてなくなってる……?」
それを聞いてレオは目を丸くした。基本的に悪魔の水晶には術式が封じられているのだ。特に悪意を持って設置された水晶は、半魔に悪影響を与えるものばかり。だからユウトもエルドワも触れない。
となると悪魔の水晶に触れられるのはネイのみとなる。
しかし見たり触れたりまではどうにかなるとしても、壊すとなると別だ。悪魔の水晶は力だけで割れるものじゃない。……というか、あれ自体が”人間が壊せるものじゃない”はずだ。
ならばあの男が破壊したわけでもないのか、と思うところだが。
……さっきユウトは『一番頑張ったのはネイ』だと言っていた。それはきっとここに通じる言葉だ。
この戦いで、ネイには予想も付かぬ某かの異変があったに違いない。……おそらくレオの失態を起因とする、何かを犠牲にした変化が。
(……いつもはウザいくらい絡むくせに、こういう時に限って恨み言の一つも置いていかないのがまたムカつくな……)
だがまあ、ここにいない男に腹を立てているのも馬鹿らしい。
レオはひとまずネイのことを思考の外に追いやって、ずっと剣を見つめながら考え事をしているクリスに目を向けた。少々マッドなあの目付き……こちらもまた、何か変化があるようだ。
「おい、クリス。呪いの消えたその剣に、何か気になることがあるのか?」
クリスにも悪魔の水晶は見えない。だから見た目の変化など分からないはず。しかし声を掛けられた男は、こちらを向くとぱあと笑顔を見せた。
「うん、大いにあるね。……けどその前に、いとも簡単に初代王のカリスマに掛かってしまったこと、謝っておくよ。戦力にならずごめんね」
「めっちゃ良い笑顔で謝るな。全然悪いと思ってねえだろ」
「いや、悪いとは本当に思ってる。ただそれ以上に収穫があったものだから、表情が付いてこないんだよ。まさか賢者の石の欠片の中に囚われるなんて激レアな経験、できると思わなかったから」
「何? ……あんた、憑依されていた間の記憶があるのか?」
「意識があったわけじゃないよ。ただ、初代王のカリスマに引き込まれてシンクロを起こした結果、賢者の石の欠片を介したその知識の一部が私に流れ込んで来たんだ。もちろん、意識を回復してから気付いたことだけど」
クリスは剣を鞘に収めると、身体ごとくるりとこちらを向いた。
「ね、この剣はまだ壊さないんだろう? だったら私が持ってていいかな?」
「……目的は賢者の石の欠片か?」
「もちろんそれもなんだけど、術式の媒体だった刀身が残ったままだから、色々試してみたくてさ。どうせ現状じゃ術式の増幅器くらいにしかならないから、預けて欲しいなあって。ねえねえ、お願い。だめかな?」
「おっさんがぶりっ子すんな。……まあ、欠片について調べるのはどうせあんたがメインだから、俺は構わんが」
魔法の護符の役割を果たすのならユウトに持たせたいところだが、欠片では大して意味があるまい。何よりこの欠片は剣によって術式用に特化しているから、その知識に明るいクリスが持つ方がいい。
そうして許可を出すと、クリスはそれをほくほくとベルトのホルダーに下げた。
「これでよし、と。私が初代王から得た知識の共有の方もここを出てからにしよう。ユウトくん、ボス宝箱はもう空けちゃったんだろう?」
「あ、はい、ネイさんの勧めでレオ兄さんとクリスさんが目を覚ます前に。後はキイさんとクウさんが起きたら、いつでもここから出られます」
「今ならユウトの状態異常回復魔法で起こせるだろ。掛けてやれ。二人がいないと、転移魔法陣で外に出た瞬間に俺たちは真っ逆さまだ」
「うん」
色々判然としないことはあるが、細かい話は村に戻ってからにしよう。ひとまずはこれでゲートとはおさらばだ。
何よりこのSSSゲート消滅によってグラドニが自由に動けるようになり、レオは対価として世界の理に反する願いを一度だけ叶えてもらう権利を得たのだ。
こんなところでグズグズしている暇はなかった。
「ゲートを出たら、一度グラドニのところに行くぞ」




