ネイ、悪魔の水晶を破壊する
「悪魔の水晶だけを壊す……ということは、この剣自体を、呪われた術式から解放することができるのか……?」
すると、今まで成り行きを見守っていた初代王が、思わずといった様子で身を乗り出した。どこか期待に満ちたまなざしが、レオの姿をした魔王に向けられる。
それに対し、魔王は軽く頷いた。
「本来なら為し得なかったことだが、剣を破壊するための力が二分されたからな。彼奴の構築した術式が壊れれば、禁術の媒体として剣の基盤となっていたお前の兄の魂も、解放はされるだろう」
「そうか……! ならばあの人も、輪廻に戻せる可能性が……!」
「穢された魂を浄化することができればな。……しかし残念ながら、それを為すための煉獄の檻は魔核を取り出した時点で世界から消え失せた。だから解放されたところで、輪廻に戻れるかは別の話だ」
「分かっている。その点に関しては、貴方を頼る気はない」
魔王の話を聞いた初代王は、その視線を迷わずユウトに向けた。
「世界の希望よ、我が兄を引き受けてくれまいか」
「えっ、僕?」
「そこの子犬が先ほど『地獄の門に似たアイテムがある』と言っていたろう。煉獄の檻は魔王が創ったものだが、そちらは大精霊が創ったものだ。その魔道具に、我が兄の魂を焼べて欲しい」
「えっと、僕にできることならもちろん構いませんけど……」
エルドワでなくユウトに頼むのは、その主人であるからというよりも、彼がその手の頼み事を断れないと知っているからだろう。そしてこの子が頷けばレオが動く。エルドワが動く。もちろんネイだって。
クリスの記憶を共有する初代王は、それを狙ってユウトに交渉を持ちかけたのだ。
その思惑通りに、ユウトは困惑しながらも頷いた。
「でも、呪いの剣を壊した時点であなたのお兄さんの魂は解放されてしまうのでは……? それをどうやって保持して行けばいいんでしょうか。賢者の石の欠片に一時的に留め置ければいいけど、悪魔の水晶で制御されてたってことは、これって多分術式がないと出し入れできないんですよね?」
「その通りだ。だからこの剣は、そのままお前に持って行ってもらいたい」
「そのままって……剣を破壊せずに、ってことですか? それじゃあこのゲートをクリアできないんじゃ……あ、でもそうか、破壊の定義を変えれば……!」
そこまで口にしたところで、ユウトははたと初代王の思惑に気付いたようだった。
胸の前でぱちんと手を叩き、ぱっと魔王を振り返る。
「父さん、さっきクリア条件の剣破壊の定義を変えられるって言ってたよね? 悪魔の水晶を壊して術式が機能しなくなれば、『呪いの』剣は存在しなくなる……つまりその時点で破壊されたっていう定義にできるんじゃない?」
「……生成時の未完部分を我の魔力で補った手前、このゲートには我の意向も反映されるから、まあ、不可能ではないが……」
「だったらお願い。僕、この人のお兄さんの魂を輪廻に戻してあげたい」
「む……ううむ……」
魔王としては、あまり乗り気ではなさそうだ。しかし、可愛い息子に上目遣いでお願いされては話が別か。ユウトなら魔王まで動かせる。初代王はそこまで狙っていたのだろう。
結局、幾ばくかの逡巡の末に、魔王は溜息と共にそれを請け合った。
「……仕方がないな。お前がそう言うのなら叶えてやろう。……今はその方が何かと都合が良いかもしれんしな」
「本当!? ありがとう!」
「だがその剣の始末はあまり後回しにしてはならぬ。我はこの後魔界に戻るが、完全体ではなくその剣の中に我が魔力の一部を残したままになるのだ」
「えっ……剣に魔力が?」
「……あー、もしかして俺の中に大精霊の魔力が残っちゃったのと同じ状態?」
ネイに残った大精霊の魔力も、体内魔力と絡み合ったせいで一度死ななければ取り出せなかった。だとすれば、魔王の魔力も剣に内包する魔力と絡み合い、破壊しないと戻らないのだろう。
そんな共通項をユウトに気取られないよう軽く確認すると、このゲートでの出来事を把握しているらしい魔王はうむと頷いた。その上で、言葉を続ける。
「ただ、今はまだ魔界と人間界の魔力バランスが非常に悪い。以前よりはだいぶマシだが、我が向こうに戻ればまたぐらつく可能性がある。故に、多少なりともこちらに我の魔力を残しておいた方がいいだろう」
「魔力の一部が欠けて……父さんはそれで大丈夫なの?」
「我や魔界は今のところ心配いらぬ。全なる赫が世界の中枢に置かれているからな。人間界の賢者の石が元の完全な形に戻せる目途がたった頃に、我の元に返しに来い」
「返しに来い?」
「しばらくは我の魔力をお前に預けておいてやるということだ。剣を破壊した後は、そこの光る狐のように世界樹の木片に宿しておけばいい。言っておくが、我の魔力は其奴以上にお前の役に立つぞ。その代わり、頃合いが来たらお前が直接我の元に返しに来るのだ」
レオの姿で、魔王は偉そうに腰に手を当てた。
ふんぞり返ってそんなことを言っているが、ネイの持つ大精霊狐への対抗意識が丸出しだ。直接返しに来いというのも、息子に訪ねてきて欲しいのが一番の理由だろう。
そんな親馬鹿魔王の茶番にネイは半眼で薄笑いを浮かべたが、一方で素直なユウトはぱあっと笑顔を見せた。
「ありがとう、父さん! 世界のために僕たちに魔力の一部を預けておいてくれるってことだよね。分かった、必ず僕が魔界まで返しに行くから!」
「うむ、それでいい」
魔王、めっちゃ満足げ。まあいいけど。
そして望んだ結果を得た初代王も、微笑みと共に安堵の溜息を吐いた。
「……私たちにこのような救いが訪れようとは、終ぞ考えていなかった。感謝するぞ、世界の希望とその宿命に導かれし者たちよ。これで私も、心置きなく消えることができる」
「え、消える……?」
その言葉のニュアンスに、ユウトが反応をした。それはおそらく魂の消滅を意味することで、兄や血族たちを浄化し輪廻に戻すべく腐心していながら、自身はここで潰えるということを差している。
初代王の覚悟に気付いた彼は、途端に眉を曇らせた。
「初代王さんの魂は穢れてるわけじゃなさそうだし、輪廻に戻れるんじゃないんですか?」
「……元々、私自身がこの剣の呪いの元凶のようなものなのだ。おめおめと輪廻に返る資格はない。……それに剣の呪いが解けた後は、この魂は対価としてルイスにくれてやることになっている。気にするな」
「ルイス……って、クリスさんのご先祖様の……? え、どういうことです……?」
「気にしなくていいと言っている。それにどうせ消えるとしても、賢者の石の欠片が集まった時だ。お前は大切な者たちを取り戻すことだけを考えていればいい」
もはや憂いはないという様子の初代王は、晴れ晴れとした笑顔でそう告げる。ユウトは未だ困惑しているが、そこに魔王も口を挟んだ。
「其奴の言うとおり、それに関してはお前が悩んだところでどうともならぬ。此奴ら一族同士の因縁だからな」
「一族同士……?」
一族。つまり当人だけの話ではなく、エルダール王家とルイス一族ということだ。だとすればレオもライネルもクリスも含まれる。その因縁に何か干渉をしようというのなら、そこにこそ一縷の望みがあるということ。
魔王の言葉はそれを示唆するものだった。ユウトもそれに気付いたようで、ぱっと表情を明るくする。そこにわずかでも希望があるのならば、救いに行くのがこの子なのだ。
そもそも復讐霊によって歪められた彼らの人生。歴史の改ざんによって彼らが受けた影響がどれほどのものかは分からないが、ユウトの特異性と大いなる幸運があれば、正すことは可能に違いない。
もちろん、簡単なことではない。行く手を阻む障害も奸策もあるだろう。しかし、それから彼を護るために、レオを筆頭とした自分たちがいるのだ。そしてそれをユウトが心から信頼してくれ、恩恵を与えてくれるから、自分たちは正しく進んで行ける。
そんな善行ごっこは確実にネイの中の何かを変化させていたが、当の本人はそれに気付かずに、ただユウトの善性に従っているだけなのだと結論づけて初代王を振り返った。
当事者ではない自分たちが詮索したところで、おそらくこれ以上の話は引き出せない。だったらレオとクリスを取り戻して次の行動に移るべきなのだ。
「さて、もういいでしょ、ユウトくん。今度こそレオさんたちを取り返そう」
「……そう、ですね。悪魔の水晶を壊したら、自動的にレオ兄さんたちの魂は戻るのかな。父さんはそのまま魔界へ飛ぶの?」
「そのつもりだ」
「初代王さんは?」
「私は術式の力で憑依しているから、それが失効すればこの者と入れ替わりで賢者の石の欠片の中に戻れる。……さあ、水晶の破壊をよろしく頼むぞ」
「はいはい、言われなくとも」
初代王は、鞘から出した呪いの剣をネイの前に差し出した。
そこにある悪魔の水晶を見るために、ネイは目を閉じて、手のひらにある眼球に意識を集中する。
「……あー、これか」
未だ視界のノイズは酷いが、魔力に反応しやすい瞳はすぐに水晶の場所を見付けることができた。そして、そこから剣の端々まで送られている、葉脈のような筋も。これが剣を支配している術式の魔力だろう。
それ以外に、刀身にぼんやりとした靄のようなものも見えた。
(……これ、何だ? 魔力とはまた違う見え方だけど……)
まあ、害はなさそうだからひとまず放っておこう。
思ったほど大きくない悪魔の水晶に合わせ、ネイは指先の部分をアイスピックのような硬質な錐へ変化させる。感覚はまだ繋がっていないが、思念の通りの形状だ。
それを勢いよく叩きつけると、悪魔の水晶はガラスが割れるような甲高い音を立て、魔力の粒となって飛び散った。
次回からやっとレオとクリスが復活します……!




