第24話 ヴァレンタイン公国からの使者
「ここが王都カラミティか…… 想像していたよりも広いな」
アクバル帝国の皇帝インシュランスよりも大きいんじゃないかな。
ウルスラ王国の王都グリムに関しては今の僕には記憶が無いから分からない。
「取り敢えず今夜の宿を探しましょう。 私もカラミティに来るのは初めてだから、詳しくは無いけど路銀も乏しいし安めの宿になるわよ」
ミレルも少し緊張気味みたいだ。
考えてみれば敵国の首都に来たんだし、それも当然かもね。
乗り合い馬車を降りた僕達は華やかな王都の雰囲気に戸惑いを感じていた。
帝都インシュランスは堅苦しい雰囲気がするけど、王都カラミティは開放的な感じがする。
「マオ様! 漸く見つけましたわ!」
僕の名前を呼ぶ女性の声に驚く僕達。
その黒髪に赤い縁の眼鏡が印象的なメイド服を着た女性だった。
「えっと、どなたでしょうか? 僕の事を知っているんですか?」
王都に知り合いがいたのかな…… 僕の反応にメイド服の女性は不思議そうな顔をしていた。
「アリエルお嬢様の侍女を務めているドロシーですが…… 私の事が分からないとは一体どうなさったのですか?」
アリエルお嬢様? ドロシー? ダメだ…… 全く思い出せないよ。
「マオは食糧貯蔵基地の爆発火災で記憶障害になっているの。 早い話が記憶喪失よ。 あなたの言うアリエルお嬢様って誰かしら?」
ミレルが助け船を出してくれる。
ちょっと言い方がキツイのはアリエルお嬢様が気になっているのかも。
それくらいで嫉妬するなんて…… ミレルって可愛い。
「アリエル・ヴァレンタイン公爵令嬢。 マオ様と同じくウルスラ王国百合騎士団に所属していた同期の従騎士を務めていた方です。 マオ様とは親友としてお付き合いなさっておりましたわ。 今は公女としてヴァレンタイン公国でマオ様をお待ちしております」
ヴァレンタイン公爵令嬢? ヴァレンタイン公爵って言ったら先の戦いでアクバル帝国に内応してウルスラ王国を裏切った人だよね。
僕の親友がその娘だなんて……
「やっぱりマオは何も思い出せないの?」
ミレルが心配そうに僕を見る。
「マオ様、その女性はどなたですか?」
ドロシーさんが不思議そうに尋ねて来る。
「ミレルは僕の命の恩人で今は婚約者なんだ」
二年経ったら僕達は結婚する。
それは既に二人で話して決めた事だ。
「婚約者…… そうですか……」
何やら思案しているみたい。
再会した僕に婚約者がいたから驚いたのかも。
「あなたが僕を知る人なら教えて欲しい事があるんだ。 どうして男の僕が百合騎士団に所属していたの? 何か訳があったんじゃないかと思うんだけど……」
ドロシーさんは僕が男だって知ってたのかな。
何となくだけど驚いてない気がするもん。
「マオ様が男性だとは誰も存じておりません。 ただアリエルお嬢様の様子から察すると、お嬢様だけは知っていたのでは無いかと思います」
女性の格好をして百合騎士団に入団した僕を親友だと言ってくれるなんて随分と心が広い女性なんだなって思う。
しかも公爵令嬢でしょ?
「そうなると僕も貴族だったりするの?」
じゃないと釣り合わないし……
「いえ、マオ様はカタリナ村出身の平民です。 ウルスラ王国と敵対する事になったヴァレンタイン公国にマオ様を連れ帰るよう仰せられ、この私が帝国からの情報を頼りにして迎えに来た次第です。 マオ様ならウルスラ王国では無く、ヴァレンタイン公国に来てくれるとアリエルお嬢様は固く信じているご様子でした」
う〜ん、平民だったか。
平民で騎士を目指すなんて、よっぽど騎士に思い入れがあったのかな。
「僕は自分の出自や百合騎士団に所属した理由とかが知りたくてウルスラ王国を目指しているんだけど、その百合騎士団は今はどうなってるの?」
ドロシーさんが仕えるヴァレンタイン公国陣営から見たら敵になるんだけど……
「所属する騎士の半分が我らヴァレンタイン公国側に賛同して抜けた事で死に体と言っても過言ではありません。 実質的に騎士団を率いていた副団長のマリアナ・オーガスタは深手を負って未だにベッドの上との噂です」
マリアナ副団長…… マリー?
「もしかしてマリアナ副団長はマリーって呼ばれて無かった?」
何か思い出せそうな気がする。
ミレルが僕にマリーって言う偽名を付けた時に感じた違和感が、ずっと気になっていたんだ。
「はい、エレナ・バルデラ団長からマリーと呼ばれています。 二人は同期の親友として有名で大変仲が良い方達です」
エレナ団長にマリアナ副団長か…… 一体どんな人達なんだろう。
「アリエルお嬢様からマオ様を探し出して連れて来るように命じられたのですが、私と一緒に来て下さりますよね? こうしてマオ様を探し出す事が出来たのもアクバル帝国と誼みを通じているヴァレンタイン公国の力があっての事。 マオ様なら、どちらを選べは良いかご承知の筈」
それって僕にウルスラ王国では無く、ヴァレンタイン公国に来いって事だよね。
百合騎士団の仲間を見捨てて有利な方に加われって言う脅しみたいにも聞こえる。
「悪いけど僕はウルスラ王国百合騎士団の従騎士らしいから一度戻ってみようと思ってるんだ。 そうしたら何か思い出すかも知れないし…… 迎えに来てくれたドロシーさんには申し訳ないけどアリエルさんにも、そう伝えて貰えるかな?」
ミレルと何処で一緒に暮らすとしてもケジメをつけておきたい。
ウルスラ王国百合騎士団には僕を心配してくれている仲間がいる筈だもん。
思い出す事の出来ない仲間に思いを巡らせる。
「危ないマオ!」
何かに気付いたミレルが僕を突き飛ばす。
「クッ、邪魔な女ですね…… マオ様がウルスラ王国に戻る必要はありません。 ウルスラ王国の救国の聖女…… その存在はヴァレンタイン公国には危険な存在なのです。 それに未来あるアリエルお嬢様にとっても下賤の出のマオ様は邪魔な存在でしかありませんから」
ドロシーさんの手には短剣が握られていた。
そして…… その刃先には赤い物が付着している。
「ミ、ミレル? 大丈夫、ミレル!」
僕は目の前で地面に横たわるミレルへと慌てて駆け寄る。
「マオ…… ううっ…… ハァ、ハァ……」
脇腹の辺りを押さえて苦しんでいるミレルの息が異常に荒い。
傷はそんなに深くは無さそうなのに…… もしかして毒が短剣の刃先に塗ってあったのか!
この状況が未だに受け入れられない僕は何かの間違いであって欲しいとドロシーを振り返る。
「アリエルお嬢様のために消えて下さい」
でも冷酷な笑みを浮かべながら僕を狙ってナイフを振り上げているドロシーさんを見て、これが紛れもない現実だと理解する。
僕の腕の中で苦しそうな声で呻いている最愛のミレル。
でも僕は彼女を抱き締めて呆然としたまま身動き一つ出来ずにいた。
僕は怖かった。
自分が殺されそうになっているからじゃない。
彼女を永遠に失うんじゃないかって言う事が、ただ怖かった。




