第21話 愛の形
「へ〜 夏にお孫さんが産まれたんですか! それはおめでとうございます。 お子さんとは離れて暮らしているんですか?」
お風呂に入り温まった僕達は遅めの朝食をご馳走になりながら皆でテーブルを囲んで、この家の方達の身の上話を聞いていた。
「私達の一人息子が去年の冬に始めに死んでしまったの。 しかも結婚式の夜よ。 残されたライリちゃんが可哀想でならなかったわ。 今は遠く離れたパープルトン子爵領で暮らしているのよ」
ライリさんって言うのがお嫁さんか。
一人で忘れ形見を育てているなんて大変だろうな。
「それはお悔やみ申し上げますわ。 そのライリさんも大変ですね…… 乳飲み子を抱えて一人で忘れ形見を育てるなんて」
ミレルさんもそう思うよね。
息子さんは産まれて来る子供の事を知ってたのかな…… 僕だったら子供の顔も見ずに死ぬなんて死んでも死に切れない。
「いいえ、ライリちゃんはお嫁さんだけど、孫を産んだのはアンナさんよ」
えっと…… 何だか話が見えないんですけど…… 息子さんは奥さんが二人いたって事かな?
僕とミレルさんは首を傾げる。
「うふふふっ、信じられないかも知れないけどウチの息子には婚約者が五人もいたのよ、凄いでしょ〜」
ご、五人? それは凄いって言うかなんて言うか…… 僕には信じられない話だよ。
ミレルさんも呆気にとられていた。
「皆を幸せにすると豪語していたんだがな…… アイツはライリさんを守るために戦って命を落としたそうだ。 最愛の妻を守りきったんだから褒めてやりたいが…… そう素直にはいかなくてな」
ノウンさんは苦々しい顔をしていた。
誰だって自分の子供の死を喜べる筈は無い。
「もう、何だか湿っぽくなっちゃったわね。 でもね、あの子は私との約束を守って孫を遺してくれたの。 それだけは感謝しているわ。 夏に会って来たんだけど可愛くって可愛くって…… この人ったら目尻が下がりっぱなしだったのよ」
「そんな事は無いぞ。 まぁ、孫が可愛くて仕方がないのは事実だがな」
今の二人の楽しみは孫の成長って事かな。
二人を見ていれば良く分かる。
「一緒に暮らしたりはしないのですか? パープルトン子爵領はかなり遠いと思いますけど……」
ミレルさんが尋ねるパープルトン子爵領がどれくらい遠いのか僕には分からないけど、そんなに遠かったら中々会えないから寂しいんじゃないかな。
「あの子との思い出深い、その家から離れたくは無いと言われたの。 私達だってそうだから気持ちは良く分かるわ。 会いたくなったら会いに行けばいい。 だから私達は今の生活で満足よ」
遺された家族を思いやっての配慮に二人の優しさを感じずにはいられなかった。
ウルスラ王国には僕の家族もいるのかな? 今は全く思い出せない。
「羨ましいな……」
僕は思わず呟いていた。
「マオ…… あなたにだって心配してくれる人が必ずいる筈よ。 私もその内の一人なのを知っておいて。 今だってそんなに悲しい顔をしているあなたが心配だわ」
ミレルさんが優しく僕の手を握ってくれる。
「ミレルさん……」
その手を僕はそっと握り返す。
「いいわね〜 若いって…… 羨ましいわ」
二人だけの世界に旅立っていた僕達はアンさんの羨むよう声に我に返って互いに顔を赤くさせて俯いてしまう。
そんな僕達に熱い視線を送るアンさんと、バツが悪そうに視線を逸らしてくれるノウンさん。
随分と対照的な夫婦だけど仲が良くって、僕は逆に羨ましい。
ミレルさんと目の前にいる二人みたいな夫婦になれたら幸せだろうなって思うもん。
「暫くこの村でゆっくりしていられればいいんでしょうけど、マオ君は早くウルスラ王国に行きたいのよね? せめて今日くらいは身体を休めていきなさい。 部屋は用意するわ、私達は何日でも構わないのよ」
アンさんの言う通り、今日は心と身体を休めておこう。
ミレルさんだって疲れている筈だもの。
「はい、そうさせて貰います。 でも明日には出発します。 確かハイランド王国には乗り合い馬車と言う制度があるんですよね。 それを利用しようかと考えています」
各地の貴族領から王都を往復する馬車で、これを襲う者は極刑になるとされる交通機関で安全性が高い。
「それがいいわ。 旅の無事が何よりだもの」
アンさん達もお孫さん達に会う際には乗り合い馬車を利用しているそうだ。
明日の朝に村を出発する乗り合い馬車に乗る事に決めた僕達は少し休んだ後で、気晴らしに村を散歩する事にした。
「漸くホッと出来るようになれましたね。 帝国領を移動している際にはドキドキしっぱなしでしたから」
「そうね、今日はゆっくり休んで明日からの旅に備えましょう。 ふふっ、不思議なものね。 この私がハイランド王国に来るなんて想像もしていなかったもの。 それも男性と二人っきりでなんて」
昨日の夜にミレルさんとキスをしてから僕はマオ君では無く、マオと呼び捨てにされるようになっていた。
今も僕を男性って言い表している事から考えても、一人の男として見てくれるようになったと思うと自然と頬が緩んでしまう。
「僕は記憶が無いから理解出来ない事が多くて困るけど、ミレルさんが一緒にいてくれる事が何より嬉しいんです」
横を並んで歩くミレルさんの手をそっと握ると、僕の思いに応えるかのように手を握り返してくれた。
「ミ、ミレルさん! 僕はミレルさんとお別れなんてやっぱり嫌だ…… あなたと生涯一緒にいたいです!」
記憶が無いから自分の事も定かじゃないけど結婚するなら…… 僕はミレルさんがいい。
「こ、困るわ…… そんな、いきなりプロポーズだなんて。 ウルスラ王国の救国の聖女は14歳の少女って噂だから、多分マオは14歳の筈よ。 私は18歳でマオよりも4つも年上なのよ?」
年の差なんて気にもならないよ。
本当に14歳だったら二年待てば僕も結婚可能な成人年齢に達するんだ。
それまでにミレルさんを誰かに盗られたく無い。
「姉さん女房なんて素敵じゃないですか! ミレルさんは僕が嫌いなの?」
ミレルさんの普段の様子からしても僕が嫌われてるとは思えない。
今だって手は握ったままだもん。
「嫌いな訳ないでしょ…… 私は嫌いな人とキスなんかしないわよ! あ〜 もう! こんなの私らしくないわね…… そうよ、私もマオが好きなの」
吹っ切ったように自分の気持ちを伝えてくれたミレルさんだったけど、何やら僕を見て溜め息を吐く。
「でもね…… せめてプロポーズされるなら、そんな可愛らしい女の子の格好をしていない時にして欲しかったわ。 一生の思い出に残るのよ」
うっ、確かに…… もう帝国領を抜けたんだし、女の子の格好をしなくても良かったんじゃないか。
この格好をするのが当たり前のようになってる気がする。
「ごめんなさい…… 着替えてから、もう一度やり直しますか?」
ミレルさんが望むなら急いで着替えて来なきゃならない。
「ぷっ、くくくっ…… ううん、いい。 やっぱり私はマオと一緒にいると退屈しないから楽しいわ」
そんな吹き出す程に可笑しかったのかな?
でも…… 僕のプロポーズを受け入れてくれたって思っていいんだよね。
「結婚するなら浮気なんて絶対に許さないんだから…… ちゃんと私だけを見てよね」
その言葉を聞いて本当に承知してくれたんだと改めて理解する。
「はい! 既にミレルさんしか見えません!」
やった! これでミレルさんとずっと一緒だ。
僕は天にも昇る気持ちになっていた。
「もう…… すっごく恥ずかしいんだから」
顔を背けたミレルさんだったけど耳が真っ赤になっているのを僕は見逃さなかった。
本当に可愛らしい人だと思う。
こうしてミレルさんと恋人同士になって結婚の約束もしたけど、やっぱりウルスラ王国には行かなきゃならない。
僕が一体何者なのかを知りたいって思うから。
ミレルさんと何処で暮らすかを考えるのは、その後でいいと思う。
二人共に祖国を離れて、このハイランド王国で暮らすのも悪くないかも。
だけど…… もしもウルスラ王国に恋人とかいたりしたら大変な事になると思う。
まさか女装して男子禁制の百合騎士団に所属していたくらいだから、そんな物好きもいないでしょ。




