第20話 アンとノウン
僕とミレルさんは一枚の毛布に包まって恋人同士のように冷え切った身体を温め合うために抱きしめ合っていた。
そして無事に国境を越えられた安心感から疲れが一気に出てしまい、二人して泥のように眠ってしまったのだ。
だから何時の間にか近寄っていた人の気配にも気付かなかった。
「おい、君達どうしたんだ? こんな所で野宿などしたら風邪を引くぞ」
微睡みから眠い目を開けると一人の男性が心配そうに僕達を見下ろしている。
初老の細っそりとした男性で頭髪にも白髪が目立つ。
見た目は頑固親父って感じがする。
手にした釣り竿から僕達が渡河した川に釣りに来たようだ。
「ミレルさん、起きて!」
突然の事態に慌ててミレルさんを起こす。
どうやらミレルさんの疲れもピークだったんだと思う。
僕に起こされて漸く目を覚ます。
「マ、マオ…… えっ、この人は?」
一瞬身構えようとしたミレルさんだったけど、彼が釣り人だと察してホッと安堵の息を吐く。
「旅人かい? 野宿などせずとも村に泊まれば良いものを…… 私に付いて来なさい」
呆れた表情を浮かべると竿をしまいながら僕達を何処かに誘う。
「あ、あの〜 あなたは一体……」
悪い人では無いと思うけど不安は残る。
ミレルさんも気を緩める事無く、僕と一緒に包まっている毛布の中で小剣を握り締めているのが身体を通して伝わっていた。
「これは済まなかった。 近くの村に住むただの親父だ…… いや、もう爺さんになったんだったな。 名をノウンと言う」
お孫さんが産まれたって事かな?
嬉しそうな笑顔を見てノウンさんって言う人が悪い人じゃないと悟る。
「私の家に来るといい。 君達を見付けて放っておいたなどと妻に話したら後で何を言われるか分からんからな」
バツが悪そうに頭を掻くノウンさん。
奥さんに頭が上がらないって言うより、きっと凄く愛しているんだと思う。
「ノエルさん、折角のご好意に甘えようよ。 村に行けば針も売れるかも知れないし」
帝都で仕入れた縫い針はまだまだ在庫があるし出来れば売ってお金に変えておきたいしね。
「そうね、ありがとうございます。 ノウンさん、お宅にお邪魔させて貰います」
ミレルさんの言葉に黙って頷くノウンさん。
「旅商人か、私の妻も結婚する前は旅商人でな。 旅の話でも聞かせてくれれば妻も喜ぶだろう」
うっ、アクバル帝国から逃げて来たなんて話せないよ。
でも好意を受けて嘘は吐きたくないし、正直に言っても大丈夫なのかな……
僕が荷物を背負おうとするとノウンさんが無言で手を差し出す。
「マオ、荷物を持ってくれるそうよ。 お願いしたらどう?」
やっぱり…… 優しい人だ。
出来れば男の僕の荷物よりもミレルさんの荷物を持って欲しかったけど、ミレルさんは既に荷物を背負って移動する準備を終えていた。
僕は申し訳ない気持ちになりながらも、ノウンさんに軽く頭を下げながら荷物を手渡す。
「それじゃあ、行くとしよう」
ノウンさんに連れられて暫く歩くと小さな村に辿り着く。
寂れた感じがする僕の故郷、カタリナ村に似た田舎の村って感じ。
案内されたのは赤い屋根だった。
「帰ったぞ、アン。 客を連れて来た」
玄関を開けて家の中に声を掛けるとニコニコしながら一人の女性が姿を見せる。
黒髪に黒目の中年の女性だけど人懐っこい笑顔が印象的だ。
「あらあら、可愛らしい子ね。 ふふっ、もしかして恋人同士かしら?」
アンさんの言葉にギョッとして僕を見るノウンさん。
ごめんなさい…… 荷物を持って貰ったけど、僕の方が男でした。
チラッとミレルさんを見れば人差し指を唇に当てて顔を赤くしているんだけど…… 昨夜のキスを思い出しているんじゃないのかな。
「初めまして、アンさん。 僕はそうなれればいいなと思ってますけど……」
「ちょ、ちょっとマオ! もう…… 恥ずかしいじゃないの。 初めまして、アンさん。 私はミレルと言います。 旦那さんの優しさに甘えて不躾ながら、急にお邪魔した事をお許し下さい」
ミレルさんが恥ずかしそうに顔を赤くしながらも、気を取り直してアンさんに挨拶をする。
いつも年上のお姉さんって感じで僕に接して来てたから、恥ずかしがるミレルさんが凄く可愛らしく思えてしまう。
「あなた、お風呂の用意をお願い出来るかしら? この子達はすっかり冷え切っていたようね。 私は食事の用意をするわ」
アンさんの言葉に無言で頷くとノウンさんは家から出て行った。
ノウンさんが出て行くとアンさんの表情が一変する。
「ミレルさん、あなたはアクバル帝国の人間ね。 言葉に僅かだけど帝国北部の訛りがあるわ。 密偵って感じはしないけど正体は明かして貰えるかしら?」
アンさんからは先程までとは違う冷たい印象を受ける。
ミレルさんの素性を言い当てるなんて…… この人は一体何者なの?
僕とミレルさんは迷っていた。
嘘は吐きたくないって思いはしたけど目の前にいるアンさんから感じる威圧感にも似た雰囲気に飲まれてしまう。
でも…… あんなに優しいノウンさんの奥さんが悪い人の筈が無いよ。
僕は全てを話す決心をする。
「僕はウルスラ王国百合騎士団所属の従騎士、マオと言います。 彼女はアクバル帝国軍に所属する看護兵のミレルさんです。 先に行われた両国との戦いで僕はミレルさんに助けられて、今はウルスラ王国へ戻るために旅をしています」
かなり省いちゃったけど、そんな感じかな。
「食糧貯蔵基地を焼き討ちした若い少女と言うのが実はマオ君なのね。 それを追っている帝国軍から彼を守って軍を抜け出したのがミレルさんと言う事でいいかしら?」
アンさん…… 話していない事まで知ってるなんて!
「マオ! 退がりなさい…… あなたは一体何者?」
ミレルさんが僕を庇うように前に出ると小剣を構える。
「ハイランド王国諜報部所属の諜報員よ、元だけどね。 昔取った杵柄って奴かしら、おばさんは色々と詳しいのよ。 大体理由は分かったわ、力になってあげるから武器は収めて頂戴。 ミレルさん、マオ君を愛してるのね。 隠していたっておばさんには全部分かっちゃうんだから」
アンさんがハイランド王国の元諜報員!
ノウンさんは奥さんは旅商人だったって言ってたけど、自分の過去は秘密にしてるのかな?
愛してるの言葉に僕達が顔を赤くするとアンさんは満足そうに頷いていた。
「私の過去は、あの人には内緒よ!」
口元に人差し指を立てて悪戯な笑みを浮かべるアンさん。
先程のキツイ雰囲気は感じさせず、最初に会った時のような感じに変わっていた。
どうやら僕達の敵では無いみたい。
「でもマオ君が百合騎士団所属ってどう言う事かしら? 男子禁制の筈よね」
それは僕も知りたいです。
「マオは食糧貯蔵基地の近くに倒れていた所を救助されたのですが、何かのショックで以前の記憶を失っているのです。 ですから彼が百合騎士団にいた理由は分かりません。 その理由を知るためにも彼をウルスラ王国に帰そうと昨夜は渡河で国境を越えて来ました」
うんうんと頷きながらミレルさんの話を聞くアンさん。
「まぁ…… それは大変だったわね。 ハイランド王国経由で帰国させるのは良い判断だったと思うわ、グッジョブ!」
ミレルさんに親指を立ててみせるアンさん。
彼女の変わり身にミレルさんも困惑の様子だ。
「私の元上司への紹介状を書いてあげるから持って行きなさい。 失脚したアンダーソン伯爵に代わり、彼の領地を新たに治める事になった娘の補佐で名を変えたジーニアス伯爵領にいるわ。 きっと二人の目指している場所の筈よ」
貴族が失脚ってハイランド王国でも政変があったって事かな?
それにしてもアンさんって凄い人だったんだ。
これでハイランド王国での道標は出来たけど、ミレルさんとの別れが徐々に近付いて来たって事になるよね…… そう考えて僕の胸が痛むのを感じていた。
この小説を読んでいる人は気付いているとは思いますが、世界背景は【めいど・いん・はうす】の第1章で大剣使いの主人公が死んだ一年後になります。
書ききれなかった、彼が死んだ後の話を回収しながらストーリーは進む予定です。
でも向こうしか読まない人には教えません。
私は意地悪ですから!




