第16話 戦争の恐ろしさ
「グレン君具合はどうかしら? でも本当にその可愛らしい顔に傷とか付かなくって良かったわね」
軍病院に入院させられた僕の病室へ見舞いに来てくれたのは帝国軍看護兵のミレルさんだった。
アラン先生もこの軍病院に所属しているから、回診の際には顔を合わせている。
どうやら僕の名前はグレンと言うらしい。
着ていた軍服に名前が書かれていた事から判明したんだけど、自分の名前の筈なのに…… どうもしっくり来ない。
アラン先生が軍に照会してくれたんだけど第三兵団にはグレンと言う名前の兵士は所属していなかったらしい。
そうなると僕は一体何処の部隊に所属していたんだろう。
「もう痛みもあんまり無いし、退院しても大丈夫だと思います。 でも僕は一体何処に帰ればいいんでしょうか?」
引き続きアラン先生が確認を取ってくれているそうだから、その内に判明するとは思うけど不安が残る。
「そうね…… もしも分からなかったらグレン君も私と同じ看護兵にならない? そうしたら一緒に働けるし、私としても安心だわ。 君みたいにひ弱な軍人は見た事も無いもの。 良く採用されたなぁって不思議なくらいよ」
ミレルさん…… 容赦無いな。
僕だって自分が軍人だなんて信じられないよ。
でもアラン先生やミレルさんと一緒に居られるなら、それも悪くないかも。
「酷いですよ、ミレルさん。 こうなったら僕がミレルさんの上官になって、こき使ってあげますからね!」
そんな僕の冗談にミレルさんが笑みを浮かべながら近寄るとおもむろに手を伸ばして来る。
「そんな事を言う悪い口は、すぐに治療しなきゃダメね!」
「い、痛いです!」
僕は下唇を摘まれて引っ張られちゃう始末だったりもする。
こんな感じで僕はミレルさんと毎日会うのが楽しみになっていた。
ウルスラ王国との戦いから二週間程が過ぎて、色々分かって来た事がある。
あの時に僕が巻き込まれた食糧備蓄基地の爆発火災を仕組んだのは、やっぱり忍び込んで来た王国側の人間の仕業だと言う事。
若いながらも上層部に作戦を立案して、自ら作戦にも参加したらしい。
それも麗しい女性だけで編成される百合騎士団に所属する一人の少女だと言うんだから驚きだ。
でも生死不明で王国では救国の聖女扱いされているとか…… 僕とは大違いだ。
更に我ら帝国軍を手酷い敗退に追い込みながらも王国軍が追撃出来なかった理由も明らかになっている。
どうやらウルスラ王国で内乱が起きたと言うのだ。
何でも王国でも最大の実力を持っていたヴァレンタイン公爵が帝国の侵攻と呼応して離反したためだと言う。
今回の王国侵攻に際してヴァレンタイン公爵の内応が帝国軍の切り札だったそうだから、それに賭けて離反したヴァレンタイン公爵は、まさか帝国軍が大敗するとは思ってもみなかった筈だ。
王国軍も先の決戦による被害は甚大で、既にヴァレンタイン公爵討伐の余力は無く、未だに睨み合いが続いているらしい。
まぁ、一兵士の僕には関係の無い話だけどね。
軍病院にいると色々な情報や噂を耳にするから退屈はしないんだけど、ベッドの上で寝たきりって言うのには飽きて来ていた。
「ミレルさん、少し散歩に行きたいんだけど…… 一緒に行きませんか?」
「あらあら…… お姉さんをデートに誘ってるのかしら? グレン君の頼みなら断れないわね。 いいわ、一緒に行きましょう」
デ、デートって…… 少し庭を歩きたいだけなのに、ミレルさんって彼氏とかいないのかな?
亜麻色の長い髪に茶色い綺麗な瞳で黙っていれば美人だしモテそうなんだけどな…… 黙っていればね。
「何よ、何かいいたそうね?」
「いいえ、ミレルさんって綺麗だしモテそうだなぁって……」
僕の言葉に一瞬驚いたような顔をしたミレルさんが顔を赤くする。
この感じだと彼氏とかはいなそうだ。
「こ、子供が生意気な事を言わないの! さぁ、行くわよ」
子供って…… これでもミレルさんと同じ帝国軍人なんだけど。
ミレルさんがぎこちない感じで壁に立て掛けてあった松葉杖を手にして僕に手渡そうとしてくれていた。
それを見た僕がベッドから降りようとしているとアラン先生が慌てた様子で駆け込んで来る。
「アラン先生、そんなに慌ててどうしたんですか?」
ミレルさんが廊下に顔を出して他には誰もいない事を確認していた。
誰かに追われている訳じゃないみたい。
「グレンはいるか? いや、グレンでは無かったな…… 君の名前はマオだ。 どうやらウルスラ王国百合騎士団の従騎士らしい」
ええっ! 僕がウルスラ王国百合騎士団の従騎士だって?
それじゃあ、ミレルさんやアラン先生の敵って事になっちゃうよ。
驚いたミレルさんが手にしていた松葉杖を床に落とし、部屋に乾いた音が響く。
「グレンと言う兵士は君とは似ても似つかない人物だったよ。 かなり前にウルスラ王国に捕まって捕虜になっていたらしい。 既に君の行方を軍が追っている。 ここにやって来るのも時間の問題だろう、だから早く逃げるんだ!」
敵の僕を逃してくれるの?
「アラン先生、百合騎士団って言ったら女性だけで編成されている騎士団の筈ですよ。 それなのに彼が所属って変じゃないですか? 見た目は女の子みたいだけど…… ちゃんと男の子でしたし」
ちゃんと男の子でしたしって…… それってどう言う事?
ううっ、多分だけど意識の無い間に僕のアソコを見たって事だよね。
思わずミレルさんに視線を送ると赤い顔をして目を逸らされてしまう。
「理由は分からないが事情聴取を受けた感じでは食糧備蓄基地に火を付けた犯人に間違いないようだった。 だが…… もしも敵だとしても君は私の患者だ。 軍に引き渡すつもりは無い」
アラン先生…… どうして敵の僕にそこまで優しくしてくれるんだろう。
「グレン君じゃなくてマオ君か…… うん、君にはマオって名前の方が良く似合ってる。 私もアラン先生と一緒よ。 君を黙って軍に引き渡すつもりは無いわ」
ミレルさんまで…… 僕が本当に王国軍の従騎士だったとしても、こんなに優しい人達と戦おうとしていたの?
もしかしたら殺していたかも知れないんだ。
そう考えると戦争と言う行為が、いかに恐ろしいかと思い知らされる。
「……僕は何処に逃げればいいんでしょうか?」
記憶も無いのに何処に行けばいいのか、どうすればいいのか全く分からないんだもん。
ウルスラ王国百合騎士団のマオ…… その名前を聞いても、僕は何も思い出せずにいた。




