#028「広聞深識」
舞台は、吉原家と山崎家。
登場人物は、吉原、聡司、敦孝、山崎、聡音の五人。
「山崎家は、手土産に瓦煎餅を持参するのが慣わしなの?」
「夏場は、常温で持ち運べるものに限られるからな。生モノや水気の多いものを避けると、どうしても煎餅に落ち着く」
「それで聡司くんは、今日は何の用で来たの? 事前に連絡してくれなかったから、何のお構いもできないよ?」
「いやいや。留守でなければ良いんだ。宿題を手伝ってくれ。昨年、やっただろう?」
「たしかに、一年前に同じことをしたけどね。受験勉強の最中なんだけどなぁ」
「そこを何とか。二年生の範囲のおさらいだと思って、教えてくれ」
「そういうことは、山崎家で解決してよ」
「孝志兄ちゃんと一緒だと、すぐに遊んでしまって集中できないんだ」
「二人で遊んでるところを容易に想像できるところが、残念なところだね」
「引き受けてくれるか?」
「良いよ。ところで、山崎くんは何してるの?」
「詳しい様子は省くけど、卒業してからどうするか、あれこれ考えてるみたい」
「改めて通知表を見たが、赤点こそ無いものの、体育以外は低空飛行だな」
「ディー・エヌ・エーには、逆らえない」
「遺伝のせいにするんじゃないよ。もぅ。そういうことだけは、物覚えが良いんだから。卒業できないと困るから、言ってるの。分かってる?」
「留年することは無いから、安心してくれ。俺には、心強い助っ人が付いてるんだ」
「この前、店を手伝いに駆けつけてくれた三人か?」
「そうそう。あの三人がテスト前に助けてくれなかったら、一と二がズラッと並んでたところだ」
「頼りにしすぎないように」
「ウッ。以後、気を付けます」
「まぁまぁ、聡音。そう、睨んでやるな。それで、孝志。高校を出たあとは、どうするつもりなんだ?」
「俺の将来設計図は、白紙のままだ」
「進学か、就職か。それくらいは決めてくれないと、直前になって言われても、準備が整わないんだからね?」
「分かってるって。これ以上、机に齧りついて勉強するのは懲り懲りだから、大学には進学しないつもりだ」
「そうか。孝志には、そのほうが良いだろうな」
「知らない世界に触れて、もっと肌で色んなことを体験したいんだ」
「見聞を広めたいというのは結構だけど、もっと具体化してもらわないと」
「それなんだけど、実は選択肢が無い訳じゃないんだ」
「見識を深めるといっても、簡単なことじゃない」
「俺もそこまで、そう易々と事が運ぶとは思ってないって。実は昨日、宏至叔父さんに会ってさ。そのときに提案されたことなんだけど、卒業したら、しばらく、叔父さんの鈑金屋でアルバイトしないかって言われてるんだ。お好み焼き屋の手伝いより仕事はキツイけど、その分、時給が良いから早く稼げるからって」
「稼いだお金を、どうするつもり?」
「三ヶ月から半年ぐらい、旅に出ようと思うんだ。パスポートも取るつもり」
「何とも、叔父さんが考えそうなことだ」
「悪くないと思いつつも、店のことや家族のことが心配で、決めかねてるんだ」
「家のことを心配するなんて、十年早いよ。何も気にせずに、その眼でしっかりと、ありのままの世界を見届けてきなさい」
「良いのか?」
「可愛い子には旅をさせよと言うし、歳を重ねると、何で若いうちに冒険しなかったのだろうと後悔するものだ。すぐに、叔父さんに連絡しなさい」
「やったぁ。早速、伝えてくるぜ」




