#013「身辺調査」
舞台は、保健室。
登場人物は、堀、渡部の二人。
「フンフ、フンフ、フフ。フーン、フフ。フフン、フンフ、フフ。フーン、ッフ」
「ご機嫌ですね、堀先生」
「あぁ、渡部くん。聞いてたんだ」
「何という曲なんですか?」
「それが、メロディーは出て来るのに、歌詞が浮かばなくてね」
「その曲が、歌詞にメロディーをつけられたか、メロディーに歌詞を当てはめられたかで、どちらが印象に残るかが違うそうですけど、いまの場合は、後者のようですね」
「詞先か、メロ先か、それが問題だ」
「フフフ。作詞家や作曲家にとっては、死活問題ですものね」
「良い曲が浮かばないからといって、法に触れるようなことをしなければいいけどね」
「アーティストやクリエイターに、ゴシップやスキャンダルは付き物ですからね」
「叩いて埃の出ない人間はいないけど、常軌を逸脱したままでは、放置できないからね。火の無いところに煙は立たないから、誤解の元になるものがあるはずだし、噂が真実だとすれば、尚更いけないね」
「噂といえば、堀先生。森先生と、ただならぬ仲だそうですが」
「耳が早いね、渡部くん」
「来年の三月に私たちが卒業したら、森先生は教師をお辞めになるとか、ならないとか」
「そこまで知られてるんだ。参っちゃうなぁ」
「それでは、本当に退職されるんですね?」
「退職願は出すつもりでいるみたい。僕は、仕事を続けたほうが良いと思ってるけど、森先生は、区切りを付けたいらしいんだ」
「森先生ご自身の希望でしたら、タイミングとして、悪くないと思います」
「どっちにしても、ターニング・ポイントになることは確実なんだよねぇ」
「私が言えたことではありませんが、まだ先の話ですから、よく二人で相談されることです」
「お互いに忙しいから、まとまった時間が、なかなか取れなくてね。でも、どちらも納得のいく結論を出すようには努力してるつもりなんだ」
「お仕事を続けられるかどうかは、さておき。挙式の予定は、おありのようですね」
「ん? あっ、しまった」
「そういう雑誌は、鞄の奥のほうに入れておくべきですよ、堀先生」
「視力は下がったのに、目敏さは変わらないねぇ」
「趣味がいいとは言えませんけどね。いつですか?」
「言わなきゃ駄目?」
「ここまで来たら、白状してくださいよ。毒を食らわば、何とやらです」
「悪いことをしてる訳じゃないんだけどなぁ」
「でも、誰かに言いたくて、うずうずしてるのではありませんか? 王様の耳は」
「ロバの耳。渡部くんは、落としのプロだね。実は、来年の今頃に挙げる方向で、話を進めてるんだ」
「ジューン・ブライドですね。どちらで挙げられるのですか?」
「とことんまで、聞き出すんだね」
「誰にも言いませんから。口の堅さは、ご存知ですよね?」
「よぉく、存じ上げてます。それが、僕は鳥取に近いほうが、森家の親族が集まりやすくて良いと思ったんだけど、森先生は、北海道のほうが六月に晴れやすいし、会計が明朗だからって言ってて、まだ決めかねてるんだ」
「どちらにも、メリットとデメリットがありそうですね」
「すっかり話し込んでしまったけど、保健室に何の用事だったの?」
「ここ一ヶ月ほど体温計をお借りしてたので、その返却に」
「そういえば、貸したままだったね。誰か、体調が悪かったんだっけ?」
「いえ。正確な平熱を知りたかっただけです」
「もしかして、朝丘くんの?」
「そうです。ただ、一人だけ計るのも変なので、四人分、データを採りました」
「それで、その結果は?」
「明日の健康調査票に貼付しますので、そちらを」




