第1話 殺意100%の罠が、神調整と呼ばれている
「……なぜ笑う?」
水晶盤の中で、俺が首を刈り取ったはずの男が、興奮で顔を真っ赤にしていた。
不可視の鋼線が喉を断ち、肉体は光へ砕けた。次の瞬間には入口の帰還室へ吐き戻され、床に膝をついている。
普通なら、そこで泣く。
だが男は震える指で配信映像を巻き戻し、叫んだ。
『見ろ! 床の粉塵、一筋だけ切れてる! ワイヤーのヒントあったぞ!』
『うわガチだ』
『初見殺しなのに、見返すと分かる』
『ノーヒントじゃないならフェア』
『神調整じゃん』
「神……調整?」
監視室の玉座で、俺は固まった。
俺は殺意をもって奴を殺したのだ。
褒められる理由が一つもない。
仲間の二人が焦って奥へ踏み込む。
一人が僅かに色の違う石板を踏んだ。
カチリ。
壁の小孔から毒矢が走り、二人まとめて光へ砕けた。
帰還室へ戻された三人が胃液を吐く。剣にはひび、防具には欠け。死に戻りは痛みも装備損耗も消してはくれない。
『再同期まで20分』
端末へそう表示される。
魔王軍を滅ぼした勇者は、地球から召喚された人間だった。
ならば、その故郷へ絶望を返す。
そのために俺――元魔王軍首席罠師ルークは、この星へ極悪迷宮を持ち込んだ。
ところが地球へ正規同期した瞬間、この星の法則が俺の迷宮にも流れ込んだ。
殺しても、戻ってくる。
ならば戻るたびに殺し、道があったのに見抜けなかったと理解させ、最後には心を折ればいい。
そう考えていた。
『あと20分! 次は石板の色から見るぞ!』
『毒矢、飛ぶ直前に風切り音もした!』
「…………」
もう次の攻略会議を始めている。
俺の罠には必ず、観測できる何かを残す。
粉塵の切れ目。石の摩耗。音。風。重心。
道を残したうえで死んでこそ、自分の失敗だと理解できるからだ。
だが人間どもは、その設計を絶望ではなく『攻略可能性』として受け取った。
『マスターに報告』
相棒のダンジョンコアAI、NAVIが淡々と告げる。
『切り抜き拡散中。投げ銭は観測熱へ変換され、階層拡張に使用可能です』
「……ふざけるな」
俺を褒めた金で、俺の殺意が強化される。
何だこの世界は。
NAVIが、さらに一枚の小窓を開いた。
『復讐計画の進捗を更新します』
【人類絶望達成率 0.00%】
【観測熱 急増中】
「逆だろうが!」
俺は設計盤を叩いた。
予算だけ増え、肝心の絶望は一欠片も積み上がっていない。
「なら次は、笑う余裕ごと奪う」
俺は未踏破区画の起動ルーンへ指を置いた。
「逃げ道は残す。そのうえで、自分の無能さを骨の髄まで理解させてやる」
その時、NAVIが新規入場申請を表示した。
『黒瀬迅。元プロゲーマー。現RTA系配信者』
水晶盤に、俺の全滅切り抜きを見つめる黒髪の男が映る。
男は床の粉塵を拡大し、短く笑った。
『……面白そうだな』
それだけ言って、入場申請を押す。
『探索者ライセンス認証。入場同意確認。魂アンカー生成。黒瀬迅、入場します』
「いいだろう」
俺は立ち上がった。
「次は貴様が死ね」




