負けを認めると進歩がある事例
本来、自助会で話された元アルコール依存症者の言葉を他言してはいけません。自助会におけるタブーは『ここで聞いた話は一切、口外してはならない』と政治、宗教に関する話は禁止です。
ひとりの体験談のために与えられる時間はせいぜい5分程度で、長時間話を続けると司会者からSTOPがかかります。
わずか5分程度の持ち時間ですので自己紹介でも乗り切れます。
自助会参加で得ていただきたいのは他者の体験なのです。
『体験したことを経験談として言葉にする』
初めて聞いた時、『なにを言っているのか?わからん。大体、体験と経験の違いはなにか?』と思うでしょう。
『経験したことを体験談として言葉にする』でも同じ意味です。
わかりやすいように背理した言い方にすると・・・
『経験してもいないのに、分かったフリして話すんじゃあない!』ということです。 キツイ言い方ですが、このフリをする人は増えています。
スマートフォンの普及により、まったく経験した事がない事でも検索して知ったかぶりできてしまうのです。この結果、『釈迦に説法』する人がいるのです。
確固たるアルコール依存症者は見抜いています。無知、無能なる発言を・・・
自助会における体験話だけではありません。心当たりがきっとあるでしょう。
アルコール依存症者はまず負けを認めることです。負けを認めず、さらなるトライ(再飲酒)しても構いませんが、行き着く先は同じです。
どうにもならなくなった自分に気が付く。
(ここからは引用です)
日本は先の戦争でコテンパに負けました。アメリカに対して無条件降伏したのです。
この結果、日本は高度経済成長時代に突入していくことになります。
もし昭和20年8月、負けを認めずに戦争を続行していたら第3の広島、長崎が生まれ、大空襲は地方都市に及んでいた。日本の領土の大半は分割されてアメリカ、ソビエトなど連合国の植民地になっていたでしょう。
経済的成長もなければ自由もない。
今の日本があるのは『負けを認めた』からなのです。その結果、先進国になったのです。




