他人を羨ましいと思うな!無意味です
アルコール依存症者はアルコールだけを断てればいいのです。(だから断酒)
眠剤もデパスの服用も気にしない。切れる時が来たら処方を止めてもらえばいいのです。
入院中は集団生活を強いられます。(結構、楽しかった!)
今まで自分とは無縁だった経歴の方達とコミュニケーションできます。
芸術家さんもいれば浮浪者のような人、教師、税理士、私自身も国家資格を持つ医療従事者ですが患者対医療従事者での出会いよりも入院患者という肩書をもらっての日々を送り、さまざまな職業の方たちとの出会いの方が有意義だったと感じています。
私は3回目の入院時に20年近く勤めた病院職を失ってしまいました。2回目の入院が決まった時に職場から『念書』の提出を迫られて書き込んでいました。
『今度、アルコールを口に入れたら依願退職をする』
結果、無職状態に陥ります。ただし、依願退職でしたので退職金360万円ほど頂きましたが、すべてネオンの下に置いていきました。年間、売り上げ貢献度の第1位を受賞しました。
入院中に思ったことは「手に職がある人ってうらやましいな!」でした。
医療従事者も「手に職がある』と言えば『ある』になりますが医業は狭いエリアでしか求人を見つけ出せません。狭いエリアとは路線の事になります。
率直に言えば『匠の技を持っている人』になるのでしょうか。
具体的には『魚を捌ける(さばける)腕を持っている人はいいなぁ〜退院したら即、職が見つかるだろう』でした。
埼玉県立精神医療センターに4回ほど入院をしている間、2名の魚屋さんに出会いました。この2人が入院中に話していた事は「退院したら○○店で働こうか、××店の方が給料がいいかな」でした。
退院後の未来予想図が無い私にとって、すぐ職に有り付ける人を羨ましいと感じていたのです。
逆に生活保護費受給者の方たちも羨ましく思えました。
生活保護で生計を立てている人って強靭な精神力の持ち主なのです。
退院時に所持金25円のみで自宅に帰っていった人がいます。
「金が無くて大丈夫なのか?」と聞いても「大丈夫さ、家に帰れば米があるから!」という返答だけです。
この方は入院中には「タバコを1本だけ恵んでくれよぉ」が口癖で嫌われ者でした。
タバコが買えないのに生活費はなんとかなる。食い物はどうにかなると思い込んでいるのです。
ひと言で表すと『楽観主義者』なのです。
アルコール依存症者は細かい事を気にする。まだ起きてもいない事件に不安を感じる。先取り不安症候群とでも名付けましょうか。
事件は起きてから考えればいいのです。起きてもいない事件に対して不安になり、酒を飲む。このパターンは結構多いと思います。
25円しか所持金を持たずに退院していった方も度重なる先取り不安の解決策としてアルコールに浸り切り、生活保護費を酒に変えていたのです。
たどり着いた結果、楽観主義者になったのでしょう。
アルコール依存症になった人にでも明日はやってきます。明日を不安に感じているとアルコールに逃げたくなります。見えていないものに不安を感じるのです。
何回目かの入院中に旧埼玉県立がんセンターと私が入院していた県立精神医療センターの間の敷地に県立犯罪者収容医療施設の施工が始まりました。
この施設が出来上がるまで埼玉県は『クスリの売人や度重なる使用者たち』を他県へ移送していました。
真夏にアンダーシャツだけを着た土木関係の男たちが汗水垂らしながら一生懸命、土を掘っている。重機を使い、整地をしてコツコツと働いている陽に焼けた男たちを病棟の窓から見つめていました。
うらやましいと思いました。彼らは今日、1日働いて、自宅に戻り、明日も同じ場所に来て働く。
明日の行動と生活費が確保されているので安定した日々を過ごす事ができます。
私には明日も未来も見えていなかったのです。
アルコールを断っておよそ15年になります。今、私は誰のこともうらやましいとは思っていません。
同級生の中には会社を継いだ人、起業した者もいます。年収で比較するなら私の2倍、いいえ3倍以上あるはずです。
でもうらやましいとは思いません。なぜなら、彼らはすでに決められた道のみを歩いていればいいのです。将来に対しての不安材料が無いという事はなにかにチャレンジする必要性がないという事です。
確かに毎日をノホホンと同じ工程の繰り返しでも楽しいんでしょうし、経済的にも安定はします。でもドキドキ感がない。
会社が定年退職後のお楽しみを用意してはくれませんので、自分自身でなんらかの趣味、一生涯を通してでも続ける価値があるものを見つけ出しておきましょう。




