アルコール依存症病棟を退院する時に不安や未解決問題を抱えていてはいけません
埼玉県立精神医療センター(場所は埼玉県伊奈町、最寄駅はニューシャトルの丸山駅、もしくは上尾駅西口からバスです)に3回目の入院した時に私がおこなったことを書きます。
ズバリ『肉体改造』です。
朝の6:00くらいから病棟内に設置してあるエアロバイクで100km走る。腕立て50回。これを毎朝おこなってから朝食を待つ。
当然、汗だくです。水道水の蛇口から出る水に頭を突っ込んでシャワーもどき、身体はタオル拭きしました。
午後は自助会と言われる『断酒会』か「AA』に通う。一旦、帰棟して夕食を他の患者さんより先に用意していただき、19:00から始まる自助会に再度参加します。
自助会に参加しましょう!とおすすめしているのではありません。
せっかく60〜90日もの入院期間があるのですからこの際、何かを得ようと考えたのです。
この入院期間で私が自助会に参加した回数は55回です。プロ野球のホームラン記録を意識しました。
この自助会廻りを病院を起点にしておこなうと交通費が相当掛かります。
電車賃がもったいないと思い、病院近くにあったリサイクルショップに行き6500円で売っていた自転車を購入しました。
この行為は入院先病院では認められていません。入院患者が夜な夜な自転車で国道を走り回っている訳ですから事故が起きたら病院側にも管理責任が問われます。
自転車の鍵は靴下に入れて隠しました。病棟への出入り時には持ち物検査がありますので自転車の鍵は隠すべきものでした。
おそらく朝のエアロバイクと自転車移動で1日あたり200kmは移動していたはずです。筋力付きました。痩せました。
入院時しか会っていなかった職員さんは私が誰だかわからなくなっていました。
一言で言えば『ストイックになっていた』のです。
この行為がきっかけとなり入院している時に『断酒会』の会員になりました。約10年間、会員でしたが、5年ほど前から不参加になり、そのまま退会しています。
(仕事が忙しくなり過ぎて参加出来なくなりました)
ここで伝えたいのはアルコール依存症専門病棟へ入院するならば、なにかの目標を持つべきだという事です。
一例としてですが「退院したら家族のいる我が家に戻ることになる。妻とは離婚前提での話し合い真っ最中。職場での地位や位置付けも曖昧なまま入院してしまった。退院後、会社でのポジションがどうなっているのかわからない」
こんな状態での退院は不安だらけでしょう。
退院する前に結果を出し切ってしまいましょう。
私は入院中に支払いが出来なくなった自宅と自動車を手放しました。自宅は競売物件となりましたし、自動車の残債はきれいに無くなりました。
退院時に借金を消すことが出来たのです。綺麗サッパリと消すために自己破産の申請を地方裁判所に起こしました。
さらには「当分、働く場所が見つからないかもしれない」という不安を消し去るために生活保護申請もおこないました。
生活保護は簡単に受理されました。なにせアルコール依存症者は精神疾患ですので受理されやすいのです。
自己破産は大変面倒ですが破産手続きに入った時点で借金返済義務は当月より免除されます。
私が埼玉県立精神医療センターを退院した時には不安定材料の最大の問題点である借金返済がない状態になったのです。
ただし、私の場合、生活保護は受理されましたが金銭をいただいたことはありません。保護費をもらう前に『ゆっくりモード』で仕事が見つかり雇用されてしまったのです。
たまたま見つけた求人に応募して履歴書を送ったら不採用通知が送られてきました。履歴書には書いた日付けを入れてあったので送り返されてきたものを、全く別の求人に即、送ってみました。
この時、私は職探しの範囲を広げたのです。路線を変えたと言った方がいいかもしれません。
この行動が復活への第一歩になりました。
離婚問題、金銭、借金、会社へ復帰できるのか、職探しから始めるのか?
入院中は不安要素が次々と現れます。しかし、どの不安要素も退院してからの事であり、入院中にしなくてはいけないことはアルコールを断つ事のみです。
アルコール専門病棟に入院している期間は禁酒出来ているのですから脳はシラフな状態でしょう。シラフの頭脳で考えてみてください。
退院後、必ず訪れる問題をどっちの方向へ持っていけば断酒継続がより可能か?
家庭を維持する場合でも、住宅ローンを払い続けると決めても底辺にあるのはアルコールを断つ事が大前提になっています。
同じ病名で短期間に何度も入退院を繰り返していると入院補償金ももらえなくなります。




