12話 師匠に教える 後編
予想した通り、ビレムはただ私の授業を聞くだけにとどまらず、自分が知っている事象と私から聞いた説明を繋げる。そんな高い知性の持ち主を師匠として持つことがつい嬉しく思えて、笑顔がこぼれた。寄宿学校の教員たちもそれなりに論理的な考え方が出来る人たちではあったんだけど、ビレムはただ論理的なだけでなく、物事の本質を考える力がある。そう言うことを考える力は鍛えないと育たない。ビレムは数えきれない、それこそ万を超える夜をそれらを考えることに費やしていたのだろう。ふと、ビレムから聞いた言葉を思い出した。
「お師匠様は前に言っていましたよね。意味の中で生きるためには、限界に縛られないといけないって。だから不老を願うことはしないって。でも、自然なんてこんなものなんです。そうなるべくしてなったところも確かにありますけど、無駄を許容する豊かさと、人の意志によって行われる変化を受け入れる寛容さを備えかねている。だから…」
「だから不老になってもいいと、儂を説得したいのか?」
ビレムはそう、私が言いたいことを話す。
「別に無理強いをしたいわけじゃないんですけど。」
「仮に無理強いをしたかったとして、君は一体、儂にどうやって無理強いをするんだ?」
そう余裕の笑顔を浮かべるビレム。そう言う立場ではないという事はわかってはいるんだけど。答える必要のない挑発みたいなものだけど、まるで試されているように思えて、それに乗っかってみることにした。
「脅迫じゃなくて、説得なら出来る気がしますけど。例えば、死んでしまったとして、魂がそのままこの世界へ留まるという保証はないんじゃないですか。どこか酷い世界へ飛ばされてしまったらどうしますか?」
「君のようにか?」
ドキッとしそうになったけど、今のは多分引っ掛け。フォルマを使って私の心臓の鼓動の変化でも読み取っているんだろうか。考えすぎかな。
「さて、それはどうでしょう。私にそれを検証する手段はありませんから。」
ビレムは納得したように頷いた。
「君は星空に何が刻まれているのか知っているか?」
星座の話なんだろうか。
「星のことはあまり詳しくありません。」
「星を観測するためにいくら倍率がいい望遠鏡を使ってみても、星はただ光としてしか映らない。どこまで離れているのかもわからない。たどり着けるかどうかもわからない。その場所にただいるだけだからな。昔の人間は星を空を彩る照明みたいなものと勘違いしていたようだが、それは何期も前に違うという事がわかった。魔力を読み取る装置を使うと、異常なまでの量の魔力が検出される星もあれば、何の魔力も検出されない星もある。より繊細に検出して、フォルマを使って様々な検証をしてわかったことだ。魔力が検出される場合は、たった一つの星から数えきれない種類の魔力が検出される。これの意味がわかるか?」
星は魔力スペクトラムの塊とか、そんな感じなんだろうか。
「人は常に魔力を放出する。人だけではなく、この世の全ての生物は魔力を放出する。魔力を放出することが出来なければ、周りから放出される魔力に飲み込まれ、押しつぶされ崩壊する。これを証明するのが、生物の大きさには制限があるという法則だ。生物は一定以下の大きさになると、存在を保たれなくなる。」
なるほど、だから微生物は存在しえない。疑問の一つがビレムからの説明で解消された。ならこの世界では、例えば進化の過程で多細胞生物になった時点で、単細胞生物は多細胞生物が放出する魔力によって死滅したのではないだろうか。そもそも単細胞生物から進化してない可能性もあるけど、だったらどうやって生まれたという話になるし、高位の存在が創造しましたなんておとぎ話は、明確な根拠がなければ信じる分だけ思考が停止するので考えるだけ無駄。しかし収斂進化によって似たような生物へと落ち着いたとしても、単細胞生物との交流なしでは、様々なことを自力でしないといけなくなる。栄養素の分解と合成、そして吸収。それらを生物が魔力を何らかの形で利用しない手はないという事か。
この世界でも同じく、生物は必ず道を見つけ出す。そう結論が出たところで、私はビレムが言ったことから推論を行い、彼が言いたいことに気が付く。生物は常に魔力を放出していて、その波長は個体によって違う。そうでないと直接体内の魔力を用いて別の生物に干渉することだって容易なはずで、実際はそうではない。だから治癒術師という職業があって、自分の魔力波長を意図的に変える訓練をする。つまるところ。
「星は別の世界からの残響という事ですよね。」
ビレムは指をパチンと鳴らす。
「まさにその通りだ。実質的な距離は存在しない。別の法則を持つ別の世界なのだろう。しかし魔力は常に流れて来る。魔力が存在しない世界では光だけ。君は魔力が存在しない世界からこの世界へと来たのではないかと思っていたのだよ。そして何らかの理由で君は儂にそれを隠そうとしている。」
ビレムの洞察力は想像の遥か上を行っていた。動揺はせず、アルカイックスマイルを浮かべた。
「仮にそうだとして、なぜ隠す必要があったんでしょうか。」
「さてな。その世界は随分と物騒で、君は暴君でなければならなかったのやも知れん。魔法が存在しない世界でなら、何らかの形でエネルギーを利用し、生活に必要なものを備えることになるだろうからな。そのエネルギーが資源として存在しているならともかく、そうでないなら、支配される階級、例えばこの国では極めて少ない数の奴隷などを大量に使うこともあり得るだろう。資源としてエネルギーが存在していたとしても、その資源の利権をめぐって争いが耐えないやも知れん。極めつけに、君は触媒として一般的に使われる杖やワンド、装身具やアクセサリーなどではなく、短剣を選んだ。まるでそう言う物騒な世界から来たかのように。」
「この世界でも戦争は起こりますし、悪事を働く人間はいます。それに、命をかけての決闘は法律に反しません。」
「君はさも当然のようにこの世界と君が来た世界を比較している。」
確信に満ちたビレムの言葉に私は降参を示して、両腕を上げる。
「騙したくて騙したわけじゃありません。」
「君は恐れていたのだろう?儂が君の記憶を消してしまうのではないかと。記憶から得た様々な知識まで失うのは勿体ない、そう思うのも無理はない。君の洞察は一朝一夕で身に着けるものでも、ただ誰からそれを聞いただけで喋れるようになるものでもない。実際にそれなりの知識を持っているのだろう?」
私は一度ビレムから顔を逸らしてから戻し、一階ため息をついて答えた。
「それで、お師匠様は、私の記憶を消したいんでしょうか。」
「君には儂がそんな残忍な人でなしに見えるのか?」
見えない。むしろ下手したら聖人に届きうるのではないかと思われるくらい、人が出来ている。私が知らない貴族としての残酷な面とか、立場ある人間としての厳格なところはあるけど、それくらいで調度バランスが取れて人間味が出て来る気さえする。
「不愉快な思いをさせたなら謝ります。」
するとビレムはふっふっふっと好々爺のように笑った。
「確かにこの世界も完全に平和で安全とは言えない。命や尊厳を奪おうとする犯罪者もいるし、些細な喧嘩が決闘に発展するのは珍しいことじゃない、二十年前にも戦争は起きて、人に危害を加える獰猛な幻獣もそれなりにいる。儂はこの世界の守護者などではない、君がそれらの脅威に対抗することに反対などするものか。君がこの世界で生まれた、この世界の人間だ。君が生まれる前の、前の人生での記憶を思い出させたのは君ではない、この儂だ。その責任を君に負わせるわけがなかろう。だが疑問に思うのだよ。なぜ不老なのかとな。もしや君の世界の人間の中には不老の体質のものがそれなりにいたのか、気になったものでな。」
その疑問は納得が行く。ただ説明すると長くなる。一度の説明で語れるかも疑問で、理解するために前提となる知識が多すぎる。いずれ話すことになるなら、それらの知識を先に伝えた方がいいと思った。
「その前にいくつか説明させてください。」
ビレムはお茶目に手を指して続きを促した。
「生物には様々な要因に反応して、様々な要素が複雑に絡み合って一つの形を成しているんです。例えば体の中にある、私たちを更生している小さな情報単位があるんですけど、これを遺伝子と言います。この遺伝子は年を取ることで徐々に削られてしまって、だからエラーが発生しやすい環境へと体内が変化していくんです。まるで、長年使い込んだ古い書物のページが擦り減っていくように。そのエラーで小さな炎症が起き続けて、最終的には死に至る過程が老化なんです。じゃあその情報単位を守るために何らかの措置をすればいいんじゃないかって思いますよね。」
これは私が作った単語で、継承するという意味を持つレタルという単語に最小単位を意味するルテスという単語を合成して作り出した単語で、レタルテスとなる。
「なるほど、生物の中には記号が示されて継承される最小単位が存在するのか。即興で造った単語にしては的を射ている。」
ビレムは興味深そうに頷く。
「はい、そうすると副作用があるんです。その措置のせいで別のエラーが起きる可能性が上がってしまう。遺伝子を含めている私たちを構成する最初単位を細胞と言います。この細胞は生まれたらずっと生き続けるわけじゃなくて、ある程度の損傷を受けてしまえば死滅します。細胞は本当に小さくて、微細な変化にも敏感に反応してしまいますから、それでエラーが起きない細胞を作ることは殆ど不可能に近くて、だからエラーが蓄積された細胞は壊さなくちゃいけないんです。それを放っておくと勝手に分裂して増殖してしまいますからね。遺伝子を守るための機能を何らかの形で活性化させた場合、壊れなければいけない細胞が生き残ってしまう可能性があるんです。するとエラーが蓄積された細胞の異常な増殖によって体内がめちゃくちゃになってしまう。これが言わば癌と呼ばれるものの正体です。エラーが起きた体内の組織を、体内で除去することが難しくなった場合、生物は癌にかかってしまうんです。」
「そこまでのことはさすがの治癒術師にだってわかるまい。道理で一度かかったら治らないわけだ。目に見えるものは切開して除去するが、それでもまた再発して、切開と除去を繰り返していたら体が持たなくて死んでしまう。儂の妻もそれで亡くなった。見ていて痛々しいと思ったよ。痛覚なんぞ意識的に遮断すればいいものではあるのだが、それでも気持ちのいいものではない。」
私がいたら治せたんだろうか。癌細胞だけをフォルマで調べて分解のルーン、ディスカを使えばいいだけだから。その前に魔力波長を同調させる訓練を受けないといけないようだけど。一応鍛錬の仕方は後で調べておこう。いずれ必要になると思うし。
「実際に病院で行われている治癒術はどのような仕組み何ですか?」
「負傷した時にはその部位に活性のルーンを使う。十分な魔力さえあれば切断された部位も間に合いさえすれば繋げられる。切断されても放っておくと何年も経てば元通りにはなるものだが、腕が亡くなって赤子のような腕が育つのは見ていて気分のいいものじゃないだろう?それまで義手や義足を使って、また元通りの腕や足が生えたら感覚が狂うともよく聞くしな。戦場ではそのようなことが良くあったものだ。」
そう、この世界の人間は明らかに進化の期間が長かったせいか、四肢を失くしても放っておくと元通りになる。ただ本当にビレムが言ったように何年もかかるけど、それだけじゃなく、傷とかもいくら深い物でも綺麗に治る。私も料理を勉強しながら指を切ったことは何回もあるけど、その度に綺麗に治って、傷跡なんて残ってない。
「毒物の対処はどうなります?」
「毒の成分がわかったらそれに対応する成分を術式で再現してそれを分解するために分解のルーンを繋げる。わからない場合は片っ端から試す。活性のルーンと分解のルーンは覚えているか?」
割とシンプルだった。
「はい、活性のルーンはカホエ、分解のルーンはディスカですよね。」
「その通り。良く予習をしたな。カホエのルーンは武人なら良く使うものだ。運動をしてカホエを使って回復を早める。それを繰り返すと、効率よく鍛錬を進められるのだよ。君は体を丈夫にすることにも興味があるだろう。体を極限まで酷使させて、カホエを使うと普通に過ごしてきた人間とは比べられないほどの身体能力を身に着けることが出来る。」
つまり努力して強くなる要素があるってこと?
「なぜその知識は一般に広められてないんですか?」
「君は洗浄魔法が使えるだろう。」
「はい。」
子供でも暗記して使うのが一般的な魔法である。いちいち水浴びをするよりずっと便利だからと。家にお風呂がないのは普通のことで、汗をかいたらシャワーをする時もあるけど、基本的に洗浄魔法で体を綺麗にするのがここの慣習。それでも温泉に入ってお湯につかる文化はレクリエーションの一種としてあるにはある。体を綺麗にするのではなく、単に落ち着くからと。
「魔力は体内から微弱な量が常に漏れている。その微弱な魔力を吸収して特定の効果を引き起こせるよう、物体の組成を変更させることがエンチャントだ。洗浄魔法は術式を見ればわかるが、常に漏れている微弱な魔力を沿っての面積を術式の中で組み立てている。魔法は常に対象を指定しないといけない。フォルマのルーンだけが例外的で、意識を向けたところの情報を知ることが出来るが、フォルマ以外のルーンはすべて場所を指定する術式を組み立てないと、狙った場所へ向かわせるのは不可能なのだよ。だからルーンを知っていても場所を指定するための式を組み立てないと意味がない。カホエのルーンも同じく、体内のどこに使うかを指定しないと、狙ってもない部位が活性化して、すぐに体力が尽きてしまうだろう。だが効果を得たい体内の範囲を指定する術式は組み立てることも簡単でなく、どれくらいの魔力を使うか調整するにも工夫がいる。」
なぜ体内の範囲を指定するのが難しいのかは想像がつく。活性化させるのは筋肉、骨、血管、神経だけでいいのに、それ以外にも作用してしまったら、例えば腹筋を鍛えた後お腹にカホエのルーンを使うと内臓まで至って内臓の活動が活発になって、すぐにへとへとになってしまったり、魔力を使いすぎて備蓄していた体内のエネルギーを全部使ってしまったり。下手したら活性化させた部位が干からびてしまうとか、脱水症状が起きて死んでしまう可能性まである。
「じゃあ、普通はどうするんですか?」
「簡単なことだ。自分の体で検証し続ければいい。他人の体にカホエのルーンを使っての術式を使うことは、訓練を受けた治癒術師じゃないと難しい。鍛錬を始める幼い騎士見習いたちは治癒術師から活性魔法を施され、どう使えばいいかを学ぶ。君は魔導士だ。それくらい一人で出来なくてどうする。儂もある程度はカホエのルーンを使って体を鍛えている。健康な体じゃなければ集中力を長続きすることも難しいからな。」
「元からそうするつもりでしたし、頑張ってみます。それと、えっと、ありがとうございます、私が教える場面なのに、教えてもらって。」
会話の流れを自分でコントロールするよう頑張ったわけじゃないからと、こんな風になってしまうなんて。
「そう言うのは一々言わんでいい。人は助け合うものだ。儂が君から習うように、君も儂から習う。そうだろう?」
「はい。えっと、説明を続けたいと思います。」
するとビレムは手を挙げた。
「その前に一つ。今儂は自分の体にフォルマのルーンを使った。すると細胞と遺伝子に関する情報を知ることが出来た。この世界では魔力崩壊によって体内から切り離された部分は単独で研究することが出来ない。君の世界ではそれが行われたという事でいいんだな?」
私と会話をしながらそんなことまでしていたなんて、ビレムの底が知れない。
「そのエラーが最終的には他の部位にまで拡散してしまうことが癌なんです。情報単位を守るための措置をすれば、体内の組織が一度エラーを起こした時により頑丈な形になりやすいんです。こうやって、生物というのは、ある問題を解決したいと思っていて、そのために体の中にある機能を何か変えてしまったとしても、一方的に改善される場合もあればそうでない場合もあって。それを一人で一つ一つ検証するより、誰かと一緒に進めた方がいいと思いませんか?」
ビレムは柔らかい笑顔を私に向けた。
「そう言うわけではありませんけど。生命とは、単に生命体の行動を見て理解できるものではありません。多くの要因が生命体を形作っており、その多くは単なる生存だけが目的ではありません。それはさまざまな要素が複雑に絡み合った相互作用なのです。」
そうやって私は一時間ほど、知っている事象にに対しての説明を続けた。最後にビレムからの質問はある意味予想していたもので、私は肩をすくめるしかなかったんだけど。
「君から見た幻獣とは一体何なんだ?」
「わかりません。」
ビレムの使い魔であるニーシャを調べても、物質より圧縮された魔力と物質の境い目くらいの状態のまま体が維持できていることくらいしかわからなかった。錬金術で扱う素材の半分くらいは幻獣から取れることを考えるに、物質とは別の原理で動いている気がしてならない。
「後でニーシャと相談してみるか。」
確かに、ビレムなら直接聞くという手もあるわけだ。私もいずれ使い魔を使役して語り合う時が来るんだろうか。その日の夜はどんな使い魔がいいのかと思いを寄せて、図鑑で見た様々な使い魔を浮かべながら眠りについた。




