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13話 この世界の謎と、恋愛相談と、姉からの手紙

 最初の授業から二週間が過ぎて、色々魔法に関する基本的なコツも掴んだ。ビレムの授業はわかりやすく、私から教えてもらう時も的確な質問をしてきて、彼の知識に対する姿勢や探求心には感心するばかりである。授業が終わってから雑談をすることも多々あって、互いに関する話をしながら少しいびつな師弟関係も心地よく感じ始めていた。休日には授業をしない代わり、普段と同じく外出をしてからお昼が過ぎた頃に屋敷に戻って、作った術式をビレムの研究室で試していて、彼からの様々な助言を受けながら着実に魔導士としての道を進んでいる。


 彼の助言通りに活性のルーン、カホエを使っての身体鍛錬は順調に進んでいて、頑張る分だけ急激に身体能力が上がることは予想外だった。カホエのルーンが持つ“活性”とは、潜在能力を引き上げるというより、元から生命体が持っている魔力を利用する力を増幅するように思える。筋肉の密度が上がるわけでも、筋肉が大きくなるわけでもなく、細胞がより魔力を利用するに適した形へと変化して、自分を構成する物質の組成そのものがより洗練されていく感覚。魔力による栄養素の合成も術式さえ組めば何とか出来る。これがルーンを用いらずとも、細胞単位では魔力で何とかなるというのなら、この世界での進化の過程で細胞はそれを何らかの形で利用するに至ったのではないだろうか。


 そしてカホエのルーンを使っての鍛錬は、この仮説を証明していた。ただ筋トレをして筋肉をより効率的になるよう、変えて行くこととはわけが違う。例えばカホエを使って怪我などを治すと言うのは、この世界の生物ならではのもので、細胞が魔力を利用するように進化してなかった世界の生物にカホエのルーンを使ったところで、治すことは不可能に思える。しかし傷をつけないとカホエを使ったところでの変化は微々たるもの。何かしらの欠如、必要性を外部の刺激によってもたらし、カホエを使ってその刺激に対する反応を“活性化”する。それがカホエのルーンの使い方。しかし細胞に書き込まれている情報が変わるわけなんだから、その仕事をするためにそれなりの栄養素が必要となる。空気中から取り入れることは出来ないのかと工夫をしてみたけど、今の私が持つ魔導士としての力量では到底叶えられそうになかった。


 ビレムによると魔法で任意の元素や質量を生み出すことは出来ず、その場にある情報から引っ張り出して変えるだけだという。物質と魔力が互いに変換できるものだとしても、エネルギーから物質を生成することはその逆より難しい。それはあちらの世界もこちらの世界も変わらないみたいで、一般的に不可能と断じてしまうほどに、魔力だけで物質を生み出すなんて、どれだけの魔力が必要となるのかという話で。


 簡単に出来てしまったら、金のルーンであるキリュアを使えば、いくらでも金が生成できるはずなのに、それなりに貴重で、貨幣の単位としても使われているんだから。物質が元から含めている質量を魔力に変換することは可能でも、その逆を成すためには途轍もないエネルギーが必要ということなのだろう。


 化学的な変化は比較的に簡単で、必要な術式を使うだけで周りの元素を分解や合成に使える。例えば二酸化炭素を酸素と炭素の塊に分離することは問題なく行える。そしてそのために魔力が消費される。つまりエネルギー保存の法則とエントロピーの流れはちゃんとこの世界の魔法にも作用している。


 しかし栄養素を分解したところで魔力に還元されるわけではない。実のところ、魔力の源が何なのかは諸説あって、空から注がれ、人はそれを受け入れる器でしかないという説もあれば、地脈、地下深く、はたまたは魂が魔力を生成している説もある。それらすべてが魔力の源であると主張していることもあったり、いくつかの組み合わせだと言うものもあったりと、魔導士の中でも意見が分かれている。


 我が師匠、ビレムの説明はというと。


 「学会での定説はちゃんとある。体が魔力を放出するのではなく、何らかの力が体に常に注がれていて、魔力はそうやって入ってきた力を受け入れる過程で生まれるものだとな。」

 「その何らの力ってどんな力ですか?」

 ビレムは肩をすくめた。

 「さあな。興味があったらいずれ研究してみるのはどうだ。」

 「結局わからずじまいってことですか?」

 しかしビレムには何かしらの相関関係があるのではないかと、考えていることがあるようで。

 「君は太陽がどのようなものなのか知っているか?」

 「光と熱、無限の魔力を放出する超次元の球体、ですよね。本で読んでいる分だけですけど。」

 この世界に星や宇宙は存在しない。重力も加速度ではないため、高いところから落ちても、鍛えている人間なら問題なく着地出来て、鍛えていなくても足を骨折するだけで済む。これはビレムが買ってくれた本で読んだ、自然現象に対する様々な技術を読んで確認したことだ。決まった重さはあるけど、重力は加速度ではないと言うのもその本で読んだこの世界ならではの法則の一つで、太陽が超次元の球体であると言うのもその一つ。三次元と違って、次元が増えるとどうなるかというと。

 「内容をちゃんと理解しているのか確認してみよう。どの大陸へ行っても、太陽は同じ方角から登り、同じ方角に沈む。東から登り、西へと沈む。我々が知っている大陸はせいぜい百二十程度だが、その大陸がまた別の大陸と何らかの交流があるとして、その大陸もまた我々が知らない別の大陸が交流があるとする。そう計算したら、何十万の大陸からの大まかな知識くらいは集められる。大陸は方角も違う、海へ出ると、大陸と大陸の間で二つ以上の太陽が見える。そう言う知識は共通している。単純に大陸ごとに別の太陽があるとも考えられるが、海に出て太陽へどれだけ近づこうとも、太陽へたどり着くことは出来ない。しかし太陽が一つ、もしくはより多くの次元を含めているなら話は違う。紙の上に複数の太陽を描かず、一つの太陽だけで紙の全体を均等な距離になるよう調整するためにはどうしたらいいのか、君はわかるか?」

 「太陽のようなボールを紙で丸めればいいんですよね。」

 「そして太陽は絶え間なく魔力を放出している。距離も方角も意味をなさない、大きさもわからない。そう言う物体が常に膨大な魔力を放出していて、我々が何の影響を受けてないというのは考えにくいことだろう。ただ太陽だけではない。星々も、月もそうだ。月は写真では写らない。知っているだろう?だが我々の目にはその光がちゃんと映り、鏡の映り、その光で照らされた景色もちゃんと見える。大きさは無限に近いが距離がそれより無限であるという説もあるが、儂はそうは思わん。単にこの世界の人々が生み出した魔力が光となり、一つの場所へと集まり、実体があるわけではなく、我々の目に映っている。」

 時折、ビレムが詩のような表現をしているのは、そう言った自然現象が詩のようであるからではないだろうか。青くて幻想的なこの世界の本質を知れば知るほど、学者というより詩人に近づいてしまう。そう言う気がした。


 そうやってビレムから学んで、自分なりで考えては自信を変えていく間に、周りからも反応が返ってきた。リンテンは普段通りと変わらない距離感で接してくれて、メイド長からも以前と比べ特に変わった感じはしない。しかし他のメイドたちや執事たちは徐々に私との会話で距離を取るようになっていることを何となく感じてしまう。重い物を運ぶ時にはブルーム・タリスマンを握って魔法で簡単に動かしてて、力持ちの執事、特にカリスト君などの助力を求める場面がかなり減っている。


 私に任された仕事は連続術式を使っての魔法で遠隔で簡単に終わらせているせいで、すぐに終わってしまう。余る時間に書斎へ行って、ビレムに勧められた本や興味の湧いた本を読む。一冊を読むのに一時間もかからない本もあれば、数日かかっても遅々として進まない本もあるけど、大体、一日二時間から三時間は読書で費やすようになった。長時間集中しているとさすがに疲れるので、他のメイドたちの仕事や執事の仕事までも私が手伝う時があるんだけど、最初はそうでもなかったけど、私の連続術式を使っての魔法が熟達するにつれ、動きもスムーズになって、速度も速くなると、徐々によそよそしい態度で、明らかに同僚や仲間を見ている目とは違う目を向けてくることが伝わってくる。


 嫌われているというより、線引きされている。曖昧な笑顔を向けられることが増えたから。リンテンはそうでもない。メイド長のアシェッテもそうでもない。ただ二人だけが例外。同室のリンテンに気になってそれを聞いてみても。


 「雰囲気が変わったせいじゃないのかな。」

 そう、テーブルの上に置かれたチョコレートの入ったお菓子をむしゃむしゃと食べながら言う。

 「私が魔法を使う時、特に変わってるところなどはあるんでしょうか?」

 「変わってるところ?普通じゃない?魔導士になってすごく便利な魔法とかたくさん使えるようになってるけど。そんなに早く出来るなんて知らなかった。」

 自分が感じていた現実が以前とは違うことに違和感を覚えていることは、単に私が記憶を取り戻したせいではない気がしてならない。どうにかその違和感の正体を突き止めないと。単に直接聞けばいいだけの話ではあるけど、他の同僚であるメイドたちからは、曖昧ながらも簡単には超えられそうにない壁を造られている。

 執事はというと、そこまで話し合っている関係でもなければ、変に一対一で話し合いましょうなどと言ってしまっては、誤解をされてしまうかもしれない。

 というわけで、消去法でカリスト君に話しかけてみることに。壁掃除をするだけだったから、早めに終わらせて、カリスト君のところへ向かう。屋敷の壁は凹凸のあるベージュ色の壁で、六角形が重なっている。真ん中に少し突出している六角形があって、外へ向かうにつれ少しずつ凹み、ある程度進んだ時点で戻る。壁の材質が空気中の水分を取り込むように出来ていて、近くで見ると微細な石の結晶が水平に並んでいる。溜まった水分は下へと落ちて、地下水に混ざるという仕組み。いちいち湿気を搾り取る魔法を使わずとも、壁が湿度を保ててくれる。

 そんな構造をしているため、埃は溜まりにくいけど、だからと掃除をしないわけにはいかず。特に六角形の上の部分は放っておくと埃まみれになるため、綺麗にする必要があるのだ。それをブルーム・タリスマンを握って空気を動かし、吸い取るようにして埃だけ集めて、バケツに詰める。屋敷は博物館みたいな大きさなので、魔法を使わないと本当に時間がかかる。それを魔法でちゃっちゃと。

 執事たちは、朝食の時聞いた話だと植物園の手入れからの庭園で水やり。私が仕事を終えた時点では植物園の手入れは終わっていたので、庭園での水やりをしている最中。一度声をかけて、道路の隅に流れる水路から水を魔法で引っ張り上げて、空中で大きな水たまりを作り、雲から雨を降らせるように、庭園全体へ均等に降らせた。虹が出来て綺麗だった。満足していると、執事の皆は壁際の屋根のしたに立って、雑談を詩ながら眺めていた。

 「もうあいつ一人でいいんじゃないか。」

 そんな言葉が聞こえた。

 「俺らは楽できてるからいいが、これに慣れた時点でなくなったらどうなることやら。」

 「ご主人様に教えてもらえねぇかな。」

 「無理だわな。お前の頭で魔導士になるわけないだろうに。」

 うちの執事たちは、お客様の前では結構しっかりしているのに、御年六十のドヴォールさえも少し荒っぽい口調で話す。皆印象が良くて基本的に親切なので、怖い感じはしないけど、貴族の家の使用人以前に、普通の労働者。当のビレムも放っておいていくわけだし、口調以外は皆誠実に仕事に取り掛かっているから、私もそれが特に悪いとは思わない。

 「出来ました。」

 そう水やりを終えると、執事たちは一階にあるトレーニングルームへ向かい、トレーニングを始めようとしていた。この屋敷には音楽だけを聴く部屋もあれば、楽器がたくさん置かれた部屋、絵画が並んでいる画室、遺跡から発掘された遺物を保管している、まさに博物館のような部屋もある。トレーニングルームは、執事たちにとっての憩いの場で、その日の仕事が終わったら皆そこで筋トレをする。たまにビレムも混ざって筋トレをするらしい。カホエのルーンを使って身体能力を向上させていたとなると、それなりの怪力の持ち主ではないだろうか。

 

 「あの、カリストさん、今時間あります?」

 「おう、何か用事か?」

 「少し聞きたいことがあって。」

 他の執事たちの視線もこっちに集まる。

 「なんだなんだ?愛の告白か?」

 「茶化すな。俺とじゃ釣り合わねぇよ。」

 「それもそうだな。後で聞かせろよ。」

 そう言ってぞろぞろと、カリスト君だけ残してトレーニングルームへ向かう三人。

 「悪い。それで、どこで何を話すんだ?」

 「書斎に行きましょう。今は誰もいないはずです。」

 「お、おう。」

 なんでそこで顔を少し赤らめるのかな。

 書斎は屋敷を正面から見て左側の隅にあって、円筒のような形をしている。真上にドームがあって、たまにそのドームと繋がった水路を通って新しい本が配達される。壁際に窓がなくすべて本棚なので、上にある透明なドームから水に揺らぐ空色の光が書斎を照らしていた。真昼で天気がいいため、全体的に明るい。私はいつもの机の椅子に座る。机は三つあるけど、それぞれ離れているので、椅子を一つ魔法で浮かせて運んで、机の向こう側へ置く。カリスト君が戸惑いながら座るのをじっと見ていると、カリスト君は居心地悪そうに身じろぎをした。


 「俺、何かしちゃったのか?」

 「何もしてませんし、例え何かしでかしたとしても、私と関係のないことなら私がどうこう言う筋合いはありません。単に気になることがあって聞いてみようかと。」

 「俺に?」

 自分を指差すカリスト君。テーブルの上にあるコップを魔法で動かして、空気中から水分を絞って中に入れてから冷やしてからカリスト君に渡した。手で飲むようにジェスチャーをすると、なぜか恐る恐るそれを手に取ったカリスト君は、意を決したかのように潔くコップの水を飲み干す。

 「落ち着きました?」

 やはりカリスト君も今までと少し違う目で私を見ている。

 「まあ。」

 「別に大した話じゃありません。今のカリストさんのように、皆から少し距離を置かれている気がして。リンテンさんとメイド長は前と変わらず接してくれますけど、他の使用人さんたちはそうじゃない。何か心当たりはありませんか?」

 カリスト君は視線を少しさ迷わせてから私の目を見る。

 「ああ、そうなんだよな。だけどよ、その理由、わからないのか?本当に?」

 「わからないから聞いてるではありませんか。」

 カリスト君は首の後ろに手を置いて、あちゃ~と言ってから苦笑いを浮かべた。

 「何か?」

 意味がわからなくて聞いてみると、カリスト君は軽く肩をすくめる。

 「お前、あんまり自覚ないよな。」

 「だから何の自覚なんでしょうか。」

 「例えばさ、お前じゃなく、屋敷の誰か、例えばリンテンとか、エーデルとか、俺じゃ無理か、ナホムとかがご主人様の弟子になってさ、さっきみたいに屋敷の仕事を全部簡単にやってくれるとかさ、想像してみ?そりゃ仕事減るし、休む時間と遊ぶ時間が増えるのはありがたいけどよ。別にいやいややっている仕事でもないのに、それを簡単にやってくれたら、お前はどういう気持ちになるんだ?」

 エーデルは三十代半ばくらいの、メイドの中でも本好きで、物静かな人。結婚して子供も二人いる。ナホムはさっき愛の告白なのかと聞いた、二十代後半で、頭が完全に剥げている、サヘルニア系の執事。良く冗談を言って、良く踊る陽気な人。勉強をしてて、市役所に入って公務員になりたいんだとか。リンテンを含めて三人の誰かが魔導士になって、そうやって私がやっている仕事を簡単に魔法で済ましてしまうとどうなるか。確かに、ラッキーと思う気持ちと、自分が魔導士でないことを見せつけられ、少しモヤモヤとした気持ちになると思う。

 しかしこれは魔法で仕事の手助けをしようと決めた時点で考えが付いたこと。それでも自分の仕事だけ済ましてから、他の使用人たちを見て見ぬふりをするのは、あまりいい気分じゃなかったから、そうしたまで。

 魔導士の弟子になって連続術式を使った魔法を使えるようになったからと、一番年下で、一番経歴が短いのに、ふんぞり返って、自分は力を手に入れました、だから好きにさせてもらいます、なんて態度で書斎にこもって本を読んだり魔法の練習をしているわけにはいかなかった。

 そう言う私の立場や気持ちをかいつまんで説明すると、カリスト君は軽くため息をついた。

 「お前の言っていることも間違っちゃいないがよ。だからおかしいと皆言ってたんだよ。ご主人様の弟子になったんだからよ、もう使用人やめた方がいいんじゃね?」

 「この前、カリストさんも私に自分の過去とか話してくれましたよね。」

 「まあ、大したもんじゃないが。普通だろう。隠すもんでもない。」

 「私にも姉がいるんですけど、姉も同じ学校へ通っていたんです。あのなんでも揃っている、お金持ちの子供たちが通う学校です。学費が本当に高くて、当然、卒業すれば相応の拍もついて、それなりにいい仕事にも就けますし、交友関係も、そう言うお金持ちの子供たちと繋がるわけですから、お金を使った分だけ、未来への投資に繋がるようなものです。それが、父の失敗で家の金巡りが悪くなって、姉が学校を辞めて、ここにメイドとして雇われる予定でした。住み込みの生活ですから、仕送りをそのまま私の学費に充てると、私が卒業するまで学校に通える。姉は後一年で卒業してて、成人もしてる。私は末っ子で、子供を代わりに働かせるなんて選択肢はなかったんです。」

 カリスト君は真剣な顔で頷きながら話を聞いていた。

 「でも、今ここにいるのはお前なんだよな。」

 「はい、私から親に頼んだんです。姉を将来を潰してまで学校へ通うくらいなら、私が姉の代わりに働いた方が気が楽って。」

 「それって、お前の姉も同じことを考えてたんじゃねぇか?」

 私は頷いた。

 「だけど、その場に姉はいなかった。私たちが通っていた寄宿学校は、高い学費を払ったからとただで卒後してくれるわけじゃなくて、それなりに難易度の高いテストを受け、レポートを提出しないといけません。卒業まで一年しかなかった姉はそれで忙しかったので、学校に残っていました。」

 「話も通さずにそうやって一方的に決めたのか。まあ、それしか方法がなかったのはわかるが。」

 私はそれに苦笑交じりに答える。

 「実のところ、私は自分の未来に対して何の構想もなく、ただ日々に課せられたことを、日常として消化していただけでした。目標もなく、夢は漠然と、魔導士になれたらなと、それが叶えそうにないと思いながらも、惰性で過ごす日々に窮屈さを覚えていました。自分が恵まれた環境にいるのはわかっていました。だから、文句を言うのは許されない。それに、明確な不満があったわけでもありませんでしたし、漠然と、これはちょっと違うかも何て思ったところで、思春期になって間もない子供の話すことに、そんなに重要な意味があると受け取る人なんていないじゃないですか。」 

 カリスト君は両方の眉を上げ、口を結んで頷く。

 「やっぱあれだわな。魔導士になる人間は、お前みたいに、ものごとを深く考えられるとか、そんな感じだな。尊敬しちゃいそうだ。」

 私はクスクスと笑った。

 「ありがとうございます。」

 「まあ、事情はわかった。契約して前金を支払われたんだろう?だから、魔導士になったからと仕事を辞めるわけにはいかねぇ。俺らの仕事を、一番新人で年下の立場で見た見ぬふりをすることも出来ねぇ。それならまあ、俺がちゃんと話を通してやる。これでいいか?」

 「自分で、今のようにメイドと執事の皆さんに話すべきだったんでしょうか。」

 するとカリスト君は首を振る。

 「一人に話して、それを広める方がずっといい。とんだ罰ゲームだろ、自分の事情を皆の前に話すなんぞ。そんなに親しい仲じゃない場合もあるんだろ?」

 私は曖昧な笑みを浮かべる。嫌われているわけじゃないけど、あまり話さない人は何人かいる。

 「まあ、お前みたいな性格の奴は八方美人には向いてないもんな。だがまあ、それだけじゃないと思うぞ。魔導士はさ、とにかくすごい。俺らと違う。お前の前に口にしないかもだけどよ、魔導士と一般人には隔たりがあるんだよ。」

 そう言って話はそれで終わりなのかと椅子から立ち上がろうとするカリスト君を手で制す。

 「あの、自分だけ話すのは不公平ですし、悩みとかあれば聞きますよ?リンテンさんとの仲は進展していますか?」

 カリスト君は椅子に座って身を乗り出した。

 「助言とかもらえるのか?」

 「助言と言いますか、今まで恋愛経験はありますか?」

 カリスト君は顔を片方だけしかめて、肩をすくめた。

 「ないわけではないが。」

 「例のご令嬢様のことですか?」

 「いや、あれは恋愛として数えるのもおこがましいだろう。職業訓練校に通ってた時に、二回、付き合ったことがある。」

 ちゃんとあるのに、なぜあんな表情をしたんだろう。

 「ちゃんとあるじゃないですか。」

 「そうでもない。一人は教師で、まあ、あれだよ。誘惑されたんだ。思春期真っ盛りの子供が大人の色気に逆らえるか?俺には無理だった。別に無理強いはされてないが、あんな教師だったから、どっからか彼女がそう言う人間であることがバレて、学校から追い出された。それから一度も見てない。もう一人は後輩で、妹みたいに可愛がっていたら告白されて、そのまま付き合ったんだが。」

 何かあったんだろうか。

 「うまく行かなかったんですか?」

 「二股だったんだ。しかもこっちが浮気相手で、遊びだったわけだ。もちろん、それを知った時点で別れたさ。」

 カリスト君、何て不憫な。両想いの貴族令嬢と離れ離れにさせられ、教師に誘惑され、付き合ってからは二股。体格も大きくて目元も優しい、人の良さそうな顔立ちをしてるのに。だから、リンテンに思いを伝えるのに戸惑いを覚えてしまうと。

 「傷が多いんですね。」

 「言わずともわかってるよ。まあ、二回ともちゃんといい思いはしたがな。」

 私がクスクスと笑うと、カリスト君も肩を揺らしながら笑う。

 「じゃあ、自分からアプローチをした経験はないということですよね?」

 カリスト君は片方の眉を極端に上げる変顔をした。

 「それがどうした。」

 「リンテンさんは今のところ、カリストさんに興味はないみたいです。」

 カリスト君が肩をがっくんと落とす。

 「知ってた。」

 「でも、私の主観ですけど、カリストさんはリンテンさんに比べて別に魅力が足りないわけじゃない。二人の間に何か壁があるわけでもない。カリストさんが自分の気持ちをちゃんと伝えたら、可能性は十分あるように見えます。」

 カリスト君は目を丸くした。

 「本当か?」

 「要は意識してないだけで、意識できるような状態へと持っていけばいい。そうするためには、自分から行動を起こす必要があるんです。」

 「つってもな、何をすればいいのやら。」

 カリスト君はそう言って頭をかく。

 「手紙を書いてみるのは?」

 「俺に文才があるように見えるか?」

 「素直な気持ちを伝えるのが大事なんです。詩を書かなきゃならないというわけではありません。」

 しかしカリスト君の反応は芳しくなかった。

 「手紙だけでときめくようには思えないんだよな。」

 一理ある。

 「お花とかも一緒に送るとか。」

 「なんか回りくどくないか?あれか?ロマンチックが大事ってか?」

 「それもありますけど、ロマンチックというのは、視線を共有することで生まれるものです。互いに見ている方角が同じであることを伝えて、同じ時間を一緒に過ごすことで得られること、記憶を共有すること、これが一番大事なことなんですけど、ロマンチックというのは、大きな世界の一部でありながら、一人ではないことを、互いの存在を通じて感じることで生まれるんです。人生って、一人で何かと向き合わないといけないことがやたらと多いじゃないですか。それを、誰かと一緒に向き合う、自分はその人のために、その場所にいてあげる。崩れそうになっても、支え合って生きていこう、そう言う気持ちはただ好きという言葉だけでは伝えられないものなんです。何かしらのジェスチャーが伴わないと、言葉が空虚なものか、好奇心によるものか、下心があるものか、聞かれる側でもわかったものじゃないですから。だから、回りくどいのは仕方がないことなんです。お花とか、手紙とか、ポエムとか、プレゼントとか。それでロマンチックな状況を作るんです。誰も、一人でいるより誰かと一緒にいた方がいい。カリストさんは、私が見るに、人を傷つけて喜ぶとか、自分の感情が制御できないとか、言いたいことが言えなくて誤解を積み重ねてしまとか、そう言う人には見えません。だから十分可能性があると思っているんです。」

 カリスト君は感心したような顔で頷いて、視線を上へと向かせ、しばらく考えてから薄い笑みを浮かべた。

 「アヴェリーナに釣り合う男はどんな男なんだろうな。」

 「女性でもいけます。」

 「やっぱりな。薄々そうじゃないかと思ってたんだ。まあ、どっちも俺には関係ない話だわな。遠いな、お前、まじで遠い。人として格が違うっつーか。ご主人様が弟子にするわけだ。」

 急にそうやって褒められて、ふふっと笑う。

 「余裕の笑みか?」

 「えっと、話戻しますけど、歌とかはどうですか?愛の歌を歌うんです。」

 「歌か。実は結構得意ではある。」

 「では、歌ってみてください。」

 「ここで?」

 カリスト君は困惑半分、冗談半分の顔で聞いて来る。

 「はい、ここで。」

 カリスト君は少し迷ってから一度声を大きく出して調整してから歌を歌い始めた。恋の歌で、一目惚れの気持ちを楽しく歌う軽快な曲調の歌だった。自信満々なことはあって、声は安定していて、優しい感じがちゃんと伝わった。伴奏もなくて、初めて聞く歌だったのに、耳に心地よく響いた。私は拍手を送る。

 「どうよ。」

 ドヤ顔をするカリスト君。

 「良かったです。けど、実際に歌うなら、それより少し真剣みがある方がいいと思います。」

 何せカリスト君の競争相手は格好いい貴族らしい。見たことはないけど、多分すごい人だから、軽い気持ちでは太刀打ちできまい。

 「なるほど。おすすめの歌とかあるか?」

 私たちはそうしてしばらく歌を選んだ。後は本番でしくじらなければ何とかなる。なぜ私はキューピットみたいなことをしているのかと、一瞬疑問に思うも、人が悪意のない気持ちを成就することを助けるのに理由なんぞ要らないということで。


 その日の夜、何時ものように授業を終えて部屋へと戻ると、私宛に手紙が送られていた。薄緑色の、丸い草の模様が描かれた封筒に、デフォルメされた可愛い猫の顔が刻まれた封蠟。それをスピリット・ファングを使い開いて、手紙を取り出して読み始めた。



 拝啓、親愛なる妹、アヴェリーナちゃんへ



 お元気ですか?私は毎日元気に過ごしています。騎士団の仕事にも少しずつ慣れ、周りの人たちとも打ち解けてきた気がします。そんな周りの人たちから親切に仕事を教えてくれるおかげで、仕事を進める意味を少しずつ理解していく気がします。自分が社会で大人になるなんて、想像もしていなかったけれど、こうして成長できたのはきっとあなたのおかげなんです。私が姉として色々してあげるべきなのに、逆になってしまいましたね。この話、前から何度も書いてしまっているのに、まだ書いてしまいます。


 時々、あなたと過ごした時間を思い出すと、無性にあなたの声が聞きたくなります。この前、レーズンとアーモンドを入れたパンを焼いてみたんです。あなたがクリームを乗せて食べていたことを思い出して。覚えていますか?あなたは『美味しい』と言いながら、淡い笑顔を浮かべて、モグモグと食べていました。でも、不思議なことに、あなた自身はあまり笑顔を見せないのに、それでも嬉しいかどうか、近くにいる人にはちゃんと伝わってるんです。私もちゃんとあなたが嬉しい時と、そうでない時の差がわかるんですからね。


 ただ、嬉しいと言うことは少なくて、何度も聞きたかったのに聞けませんでした。結局あなたを経験しながら知るようになりましたけど。そう言うのも、家族ならではの特権なのでしょう。そう言う特権を失ってしまうことって、あまりいい気分はしないものなんだなって、自分の貪欲さに呆れてしまいます。このことを年上の友人に聞いたら、彼はこう言っていました。


 一度、言葉を喋らなくても通じてしまう間柄になってしまったら、その人を失うことは自分の中にある大切な何かを失う事と同じなんだって。じゃあ、私とあなたの関係がそう言うものだったのか、それとも私の一方通行の解釈だったのか、本当はよくわからないんです。私たちはまだ子供でしたし、今のあなたは、どうでしょう。仕事をしている分だけ私と同じく大人のような考え方が出来るようになったりしているんでしょうか。


 こういうことは手紙ではなく、直接話せたらいいのにと思います。


 話は変わりますが、ヴロベールで友達はできましたか?前の手紙で、値段の安い劇場に行くことが多いと書いていましたよね。隣の人と意気投合したりすることもあるのではないかと思いますが、どうでしょう?あなたは人と馴れ合うのが苦手ではないけれど、一人でいるのを苦にしない性格ですよね。私には真似できません。私は人に言われると、すぐにそれに従ってしまいますから、騙されやすいってあなたも言ってましたよね。でも私はもう大人ですし、今はあなたの方が心配です。


 学校を急に辞めて貴族の使用人になるなんて、普通なら受け入れがたい決断なのに、あなたはそうしましたよね。私はあなたから、他でもあなたから、お金をそれなりに頂いてしまって、あなたのおかげで騎士団の仕事に就くことができました。私たちは自分の選んだ道を歩んでいるんでしょうか。それとも、そう言う道を周りから選ばされて、進むしかなくなっているんでしょうか。こういう事で悩んでいるわけではありません。


 一人ではどうしても見えないことってありますし、見えていることが本当かどうかもわからないことだってありますから、一瞬一瞬をただ任された立場で出来ることをするのみ、そうですよね?


 こういうのはあなたと二人で向かい合ってお茶とお菓子を挟んで直接話せばいいんですけど。会いに行ければいいのに、ヴロベールには知り合いもいませんし、宿泊費もかかります。今の給料では家族の生活を支えるのが精一杯で、言い訳ばかりの情けない姉で申し訳ありません。


 何か変わったことがあれば教えてください。私は何も大したことはできませんが、あなたの姉ですから、何でも話してくれていいんですよ。それと、この手紙にあなたの悩ませるようなことが書かれているのなら、捨てても構いませんからね。




 あなたを愛してやまない姉、アグニアより



 「捨てるわけないでしょう。」


 そう呟いて、少し溢れた涙をぬぐう。


 胸の中にじんわりと暖かな気持ちが広まっていく。喜びと切なさを混ぜ合わせた、心地のいい感覚に浸る。前世の記憶を取り戻したからと、私自身が持っている記憶や感覚がなくなったわけじゃない。魔導士見習いになったことは伝えるべきなのかな。それとも事前にビレムに聞いてみる?それと私が変わってしまったことがバレたりして。別に後ろめたいことでも何でもないんだけど、知らない間に親しかった人が変わるのって、それが悪い方向でないにせよ、受け入れるにせよ、戸惑いが生じる可能性は捨てきれない。


 考えすぎな気もするけど。


 だから返事の手紙にはちゃんと近況報告としてそのことと、姉への親愛の気持ちも私なりに表現して書いて送ると、またそれに対しての返事が返ってきて、その手紙には魔導士の弟子になったことへの驚きと、お祝いと、親しくなった人の幾人かにもそれを語ったという話が書かれてあった。家族には話さなかったようで、多分、お姉ちゃんは私を売ることに賛成したり、特に反対してなかった他の家族のことに対して反感を覚えている気がする。私が望んでこんなことになってるってちゃんと、何回も何回も言い聞かせたんだけど、どうしたものか。


 でも今から実家に戻るわけにもいかないし、後で何とかしないと。



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