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11話 師匠に教える 前編

 二時間弱の初めての授業を終えてからぐっすりと眠った。この世界でも夢を見て、前の世界と同じく夢の中では視覚がより柔らかくなって、景色は夢の中での思考が動くたびに任意に動く。この世界の景色と前の世界と景色が混ざりあう。月の上を歩いて、鋭い砂が肌に密着した宇宙服を削り、火薬の匂いが中に染み込む。もう一度呼吸をすると小さな森に囲まれた寄宿学校で吸った、淡く漂う木々と花の香。化学物質も、病原菌も存在しない、ただただ澄んでいる空気。


 景色が感覚ごと移り変わり、寝る前に一度だけ試した氷の彫像を造る連続術式を試して、またそこから前の世界の景色に変わり、氷の鳥の上に載って犯罪者を追いかける。銃を取り出すのではなく、ブルーム・タリスマンを握って、術式を思い出して、魔力を込める。周りの空気が急に冷えて、閉じた瞼の向こう側にある光を感じる。


 そして目の前には掌よりずっと小さな氷の鳥が羽ばたいていた。


 夜明けから間もない、紫に染まった空模様が見える。窓を開けて空気を吸うと初夏の香。庭園に咲いた花はまだ散っておらず、ゆらゆらと風に揺れている。ブルーム・タリスマンは常に身に着けていて、握ったまま連続術式を使って鳥を空の向こう側まで羽ばたかせてみる。フォルマは目に見える範囲でならどこへでも使える。魔法文明がはるか前から存在していたら、考えるまでもなく様々な犯罪が横行していたことや混沌に満ちた時代が続いたことを容易に想像できる。今の時代はきっと、その時代から遥か先なのであろう。


 それにしても睡眠学習でもしたのかな。氷の鳥はどこまでも行くように見えたけど、さすがに目に見えないほど小さくなってからはどうなったか。さて、検証の時間である。


 前までは、癌があるので、細胞と遺伝子の仕組みだって同じなのでは、ということから推測を重ねた説明しか出来なかったはずだけど、今は違う。


 フォルマを使って調べて、確認して、実際に簡単な術式を使って因果関係を把握する。この世界の人間の体も、かつての世界のものとほとんど変わらないことの確認。


 やがて朝が来て、屋敷内の他の人々にもこっそりフォルマを使い、彼らの生物としての特徴を調べて、それが私だけのものじゃないことを確認する。昨日も寝る前に試してみたけど、再度確認して、それでも信じられなくて、また確認して。そして確信へと至る。この世界には、バクテリアやウイルス、真菌などが存在しない。単細胞生物の不在。進化はちゃんと機能していると言うのに、単細胞生物が存在しない。


 そのため、今まで病気になったことは一度もない。感染症というものが存在しないからだ。免疫システムの仕組みが違うためか、アレルギー反応が起きない。


 バクテリアがないので、いくら汗をかいても体に不快な臭いがしない。道行く人たちは例外なく肌が綺麗でニキビの痕なんて見当たらない。金属が錆びつくスピードも遅い。だけど発酵作用と似たようなことは起きているようで、試しにキッチンにある大きな丸いチーズの塊をフォルマで調べてみると、中に微弱な魔力が流れていて、それが乳糖を分解することがわかった。魔力の流れは、魔力が流れているのかとフォルマを使いながら考えるだけでわかることである。


 しかし死体は腐敗せず、時間が経過することで徐々に灰のようになって崩れる。これは学校でも学んだことで、だから食肉を動物を潰してから取るためには最初に肉に残っている魔力を除去しないといけない。そうしないと魔力が中で暴れ狂って分子の繋がりを断たれ、より単純な分子へと還元されるからだ。これを“魔力崩壊”と呼ぶ。同じく学校で学んだ。ただ学校では分子や原子と言った概念は教われなかった。これは私なりの仮説だけど、この世界の人たちは魔法の発展に注力するだけで生活が便利になることを知っていて、自然現象はルーンに対応する元素という風に一括りに理解するだけで問題なかったため、じゃあその元素とは一体なんぞや、という疑問を持つ段階にまでたどり着けなかった。


 排せつ物も同様で、腸内に微生物が存在しないため、腸内での腐敗が起きず、体内から分泌された酵素によってどろどろに溶けて、水分を失うと、ただの臭いのしない色を失った塊となる。だからと処理しないわけにはいかないので、ちゃんと水洗トイレを使う。前の世界と違って文化的に排せつ物を汚物と呼ぶ考え方が存在しない。体から土と灰を混ぜた水っぽい塊が出て来るだけだから。


 と言っても土にも微生物がなく、色も少し色の濃い灰色。 前の世界では重金属を含む鉱物の分解もバクテリアによって行われていた。そう言うことまで、植物が魔法で何とかしているんだろうか。そう言う気もしてくるし、魔法そのものがより大きな、私の知らない何らかの法則の上に成り立っている気もする。空気中の窒素を植物の成長に必要な養分に変換できないはずだけど、特に植物が困っているという様子は見当たらない。


 「窒素化合物が欲しいのに、土にそれがないの。どうしたらいいの。」

 そんな困った顔をする植物を想像してみる。

 「多分魔法で何とか出来るんじゃないかな。」

 そう言うと植物は何とか魔法を使って無事成長を遂げましたとさ。


 土だけではない。海の性質も違うはずで、例えば海の匂いは微生物の活動によって生成されるものだから、それが存在しないこの世界では海も違う匂いがするはず。何の匂いもしないかも。


 発展した文明なのにも拘らず銃が見当たらないのも納得が行く。菌による酸化が起こらないと、火薬の原料になる硝石が自然界で形成されないから。アンモニアが土壌にある菌によって酸化したら硝石になる。結果、結果銃火器は発明されなかった。代わりに魔導士が打ち上げて、花火にしては自由に空を動き回ることから、花火よりドローンを使って空を彩ることに近い気がするんだけど。本人たちが花火って呼んでるし、実際にビレムの書斎で関連した本を読んでみると、科学で燃焼は起こしているみたいだから、あながち間違ってはないのかな。


 蒸気機関に文明レベルが止まっているけど、生活に不便なところはない。ラジオは電離層が存在しないから、発展は難しいのかな。それとも魔導士たちが人力で頑張らないと出来ないからか。化石燃料がないのは結構大きいと思う。蓄積された微生物が地殻変動により濃縮されることで化石燃料となるのに、当然それもない。


 ウィルスが細胞へ浸透することによって遺伝子に変化と進化が促進されるというのに、ウィルスがないとこれらの進化は一体どうなる?次々と新たな疑問が湧き上がってくる。さらに、小さな昆虫すら見当たらない。


 消化がどうやって行われているのかも気になる。これは実際に確認できる。実際に食事をした後に自分の体内をモニタリングして消化の過程をさらにフォルマを使う。すると大きな栄養素は酵素だけでなく、魔力によっても分解されていることがわかった。


 遺伝子や細胞の構造、脳の仕組みは元の世界とほとんど同じなのに、ミトコンドリアまであると言うのに、明確に魔力による微細な調整が加わっている部分がある。ここで仮説を一つ建ててみる。魔力が物質の構成そのものに関与しているのでは?前の世界ではエネルギーと物質が本質的には同じであったように、この世界ではそれが魔力となっている。つまり物質は魔力に変換出来る。


 この仮説を検証するため、ビレムが買ってくれた本からルーンを探して見つけ出した。


 分解のルーン、ディスカ。ディスカを分子単位で使うとつなぎ目がなくなって原子になるけど、原子そのものに使うとどうなるか。これを使って物質を分解してから、フォルマで調べる。念のためほんの少量だけ。莫大なエネルギーに変換できないように。そしてフォルマで調べた結果、魔力は空気中に溶け込んで周りの物質の性質を変えた。まるで充電しているかのように、物質がエネルギーを帯びる。魔力を物質へと直接変換するのはリスクがある。このエネルギーを帯びた物質は、私が使う魔力への抵抗してて、なるほどこれがエンチャントの原理なのかと納得。物質を魔力でチャージして、魔力を使っての干渉を弾けるようになると。


 徐々に周りへとエネルギーを移して、やがて霧散したけど、エンチャントは多分これを固定することで成り立っているのだろう。もしかして反対術式というのは魔力を使って自分の周りの物質をチャージすることを言っているのだろうか。


 人の魔力そのものはどこから来ているのだろう。物質を体内から分解して生成しているんだろうか。食事をしたら魔力になるってこと?栄養素によって体は動いていることは確認できたけど。魔力そのものがどこから来ているのかがわからない。しかし魔力はどこからか現れてて、食事によって体内に入った栄養素を分解したり、細胞の機能などを微細に調整している。


 この魔力による分解や調整は、人間だけでなく、鳥のような動物や、ビレムの使い魔である幻獣ニーシャにも確認でき、知りたかったことの多くが明らかになった。


 そして、やがて夕刻が訪れ、沈みゆく太陽が屋敷の中を柔らかな橙色に染め上げる。食堂での夕食を終え、空が紫色に変わり始める頃、私はビレムの研究室へと足を向けた。機能と同じくエプロンとホワイトブリムを脱いで、黒いワンピース姿で。廊下を歩くたびに窓から差し込む光が変わり、緩やかな時の流れを感じられる。ノックをすると、ビレムの落ち着いた声が「入っていいぞ」と応え、私は大きな扉を押し開ける。


 彼は黒板の前に立ち、術式を書き込みながら腕を組んで考え込んでいた。その表情には集中の光が浮かび、複雑な思考の糸が彼の中で絡み合っているのがわかる。私が彼に近づくと、彼はふと私の方を向いて、穏やかな笑顔を浮かべた。


 「今日は君から教える番だったな。」

 そう言ってからビレムは椅子に座り、私は黒板の隣に立つ。と言っても黒板で特に書くことがあるわけじゃないんだけど。定位置を入れ替えただけとも言える。

 「はい、準備はちゃんと出来ていますので。」

 ビレムみたいにある程度の教養があって、知性的で論理的な人の前では肩ひじを張ることなく、ただ流れに任せて素直に自分の洞察と知識を披露するだけで言葉はスムーズに進む。前世ではそれなりに経験していて、ノートに一度書いて整理もしてある。私は軽く咳払いをして語り始める。


 「私は昔、近しい人たちから生物に関する学問、生物学を学ぶ機会がありました。なぜ自分はこんな風に生きなければいけないのかと、そう言う疑問を抱いた時のことでした。知識を求めて色々調べてみたんです。だけど一人では難しくて、だから近しい人に教えてもらいました。自分が何を求めているのかすらも知らない時には、誰かに色んなことを教えてもらうのが一番だったりしますよね。私も同じだったんです。」


 「君はどうやら前世から師匠を探すのに苦労しなかったようだな。それとも知識はそれを求める人の前には必ず現れるものなのか。」

 ビレムはそうやって詩のようなことをなんてことのないように話す。

 「そうかもしれません。お師匠様ってそう言う考え方とかも、普通に好きだったりするんですか?論理の向こう側にそれを可能とする何かがあるかも知れないって、それを考えたりして。」

 「君はそう言った考え方に慣れているのか?」

 今世では全く慣れてなく、前世ではそれなりの年齢まで立場故でもあるけど、様々な物事を考えながら生きてきたため、培ってきた記憶が感覚を引き起こしている。

 「どうでしょう。前世では、仕事中はひたすら効率を追求していました。その反動だったのかもしれません。仕事をしていない時間には、普段は見えないけれど、見ていない瞬間にだけ薄っすらと現れる、物事の背後にある陰影のようなものを集めていたんです。その形を眺めながら、そこにもっと深い意味が隠されているのではないかと、考えることが多かったんです。例えば、皆が同じ方向に進んでいる日常の中では気づかないことでも、ふと距離を取った瞬間に、皆が進んでいるその先には何があるんだろうって、そう言うことを考えてしまうことってありませんでしたか?」

 「そう言うことを言い始めたらきりがないだろう。それとも君はそう言う話がしたいのか?」

 そう言いながらもビレムは楽しそうな表情をしていた。彼も長生きしてきた分、語ることは多いと思う。

 「すみません。逸れてしまって。」

 「謝ることはない。そう言う話がしたいならそう言う話をすればいい。君の前世の経験から来る独特な視点は興味深いものだからな。同じ貴族を相手ではこういう話なんぞ出来やしない。前世で王様だった人間と会話をするのは、そう簡単に手に入れられる経験ではない。」

 彼は薄っすらと笑みを浮かべて、私も笑顔を浮かべてビレムと視線を交差させた。

 「そう言う話はまた別の時間にしてみましょう。私にはお師匠様に生物学に関する説明をする義務がありますからね。本格的な話を始める前に確認しておきたいことがあります。お師匠様は生物とはどのようなものだと認識していますか?」

 「さてな、解剖図を見たり検死に参加することは何回かあったが、本質的なことを考えたことはなかったな。儂が今までやってきたことは、自然現象を研究し、その仕組みを理解してそれをどのように術式として組み立て干渉、もしくはどうやって人為的に魔法で作り出せるのかを常に考えていた。生物の研究には限界があるし、伝説のような信憑性のない噂の類ではあるのだが、生物の研究を集団で進めると、竜人が現れ全部消し去ってしまうらしい。」

 それを馬鹿馬鹿しいと無視して進むには、この世界にとって神秘は極めて身近にあるものでもある。そう考えたら少し背筋が寒くなった。ビレムもまさか信じているのかと気になって聞いてみる。

 「そんな眉唾物の話を信じて怖がっているわけではないのでしょう?」

 「信じるに値しないことは信じない。それは当然のことだ。だが、その噂と伝説のせいで集団で研究しようとする人間が少ないのもまた事実。研究は、魔道の研究以外にもそうだが、一人でやるもんじゃない。いくら優れた学者でも、人との語り合いによって閃きを得るものだ。君も魔導士として大成したければ、同業者たちとのコミュニケーションは怠らないことだな。」

 経験者からの言葉は重さが違った。

 「肝に銘じておきます。話を戻します。生物のことに詳しくないからとフォルマを使って調べることはしなかったのですか?」

 「そもそもフォルマのルーンを使ってわかるような知識がまるでない。君はどうやらそれなりに詳しく知っているようだが。聞かせてくれるかい?」

 フォルマを使っても最初から知らないことは何の情報も得られない。知りたい、と思うだけですべての情報を知ることが出来るわけではないのだ。事前に事柄の意味をわからないと、フォルマを使ったところで単なる魔力の無駄遣いになってしまう。

 「そうですね、例えば生物は進化すると言われていますが、その理由はわかりますか?」

 「環境により適した形へと種族の在り方を変えていくことを言っているのだろう?それくらいは学んでいる。要は生存のために自らを変質させる、最適解を求めてたどり着く結果だと思っているが、違うかい?」

 この世界でもこのような誤解はごく当たり前のようなものみたいで、笑いが零れる。

 「そう言う側面も確かにありますけど、環境に適応するのはただの結果でしかなくて、最初からそれを求めてそれに至るわけではありません。むしろ現実はその逆で、偶然環境に適応することさえできれば、それがどのような形であっても自然世界はその存在が生きることを許容する。だから生物はむしる非合理の塊で、生き残ることに不必要な事であっても、一度その方向へと進んでしまえば、戻る理由がない場合はそのままその不必要な機能を残してしまいます。それと最大の効率を最初から求めているわけではないので、結果的にその機能を身に着け、それで生き残ることさえ出来てしまえば、それ以上の効率を求めることをしなくなる。ただ進化が効率を追求する方向へと向かうことはあります。ただそれは、一度踏み入れた進化の方向性があって、その方向性が示す最大の可能性へとたどり着くまで、進化は終わらず続いて、一度そこへたどり着いてしまえば、後はただ安定するだけです。まるで人が自分の可能性を模索して、最終的に仕事を見つけて、それにのめり込んで、実力がどんどん上がって、一定の実力まで上がるとそれ以上は上がらなくて、そこで生活を安定させるように、進化の仕組みも安定に向かうだけとも言えるんです。」

 進化が窮まった効率のたどり着く先で、適切な効率へと調律が終わったら、環境に劇的な変化が訪れない限り、その生物はずっとそのままの形を保ててしまう。まるでそう定められたかのように。

 「それこそが進化の本質なんです。それ以上の場所まで進まなくてもいいように、まるで誰かに止められるかのように、もうここで終わっていいんだよって言われたみたいに、そこで止まってしまうのが、普通の生命体です。だから生物は必要のないことだって、たくさん体に付けてて、特定の生物が持つ機能的な効率が他の生物のそれより上回ったりします。自然界はそうやって杜撰(ずさん)で、余分なもので溢れている、それを知って、見て、感じる時に、私たちは哀れみを覚えてしまうのでしょう。例えば赤ん坊とか、私たちを見つめてくれる大きな瞳とか。愛情を受けてしまうと、どのような生物であってもそれに惹かれてしまう。生存より愛を求めてしまう。愛に狂って、繋がりに狂って、生存は二の次に、終わりへと自らを搔き立ててしまう。」

 生物にとって効率は、言わば生きるために必要な最低限の条件でしかない。生き残ることが出来てしまえば、それからは意識の奏でる命の歌を歌うだけ。

 「それ以上を求め、さらなる快楽や楽しさがあるのではないかと、欲望に駆られてしまうのも、貪欲さに蝕まれ、そのまま突き進んでしまうの、また生物の性質です。それでも自然はそのような傾向を許容するように出来ています。その“自然”の枠組みが人の理の外にあるものであっても、その内側にあるものであっても。残酷なことが起こっても、弱者は一度生き残ることさえできてしまえばが淘汰されず、その形のまま命を未来へと繋げてしまう。その環境で生き残れる者は生き延びてしまう。社会だって同じではありませんか?私たちが特定の生物や人間にとっての生きやすい環境を作ってしまえば、それがどんなに不条理で、弱くても、馬鹿げていても、許容されて、生き続けられる。か弱くても、普通は生き残れなくても、助けられたら生きていられる。そして貰った分を世界へと還元する。我々がの住む世界にとって生物というのはそのように出来ている。お師匠様はどう思いますか?私の考え方は、間違っていると思います?」

 私の説明と意見を聞いて色々考えてしまったんだろうか。ビレムは拳で頬杖を付いて、窓の向こう側に見える夜のとばりが下りた町の景色を見ていた。白く輝く薄い光の波に思考を沈めて、時折何かを思い出したかのように笑って、目を瞑って、眉間にしわを寄せて。

 「すまない。現国王のことを思い出してたんだ。女王陛下のことはよく知っているだろう?」


 女王イファ・フォン・フーンヴェルト。


 王都で何回か演説をすることを遠くで望遠鏡を使ってみたことがある。彼女はサヘルニアの姫とフーンヴェルト公爵家の間で生まれて、サヘルニア特有の真っ黒い肌が混ざったため、褐色の肌を持っている。ドレッドヘアで、美人で、サヘルニア出身らしく歌とダンスがうまい。年齢は五十代半ばくらいだったかな。二十年前の戦争を勝利に導いた立役者として次代の国王として選べられた。


 戦争捕虜を奴隷にせず、仕事を斡旋させ、戦後の復興を手際よく進めたと歴史の授業で学んでいる。新聞で見た話だと、猫をたくさん飼っていて、野良猫のための政策をたくさん建てたとかで、猫様女王なんてあだ名で呼ばれている。


 「猫様女王…」

 そうぼそっと呟くとビレムはふっと笑った。

 「野良猫が増えることでネズミの数は激減して、猫のための公園を造ってはそこで集会をするようにして、騒がしさが減って、そうやって王都に建てられた猫公園は今じゃ観光名所となっている。我々の中に物の住処を提供することで、より豊かな生活を送れるようになった。野良猫側から一緒に住みたいと思う人を選んで、同居するようになる事例もあると聞く。誰も想像だにしなかった結果だ。だから親しみを込めて猫様女王なんて呼ばれているわけだが。」

 またしばらく考えてから続きを言うビレム。

 「君が言うように、そこにいていいと、そうやって許されるだけでも、世界へと自分が貰った分を還元することが生物の本質というのなら、その本質を利用するのもまた人の本質というわけだ。」


 確かに、と私は頷いた。


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