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10話 始めての魔法レッスン 後編


 ビレムは冷めたお茶を飲んで口を湿らせてから続けた。


 「イェルガーは日常的便利さを魔法に求め、原理を知らなくても暗記すれば誰でも使えるような簡単な術式を発明し、この大陸全土に満遍なく普及させた。今君たちが普段日常的に使う便利な術式は、それから幾分か改善されたものではあるが、設計思想はちゃんと残っている。魔導士以外にはあまり知られていない話だがな。自分が出来ることは何かと苦悩を続け、大きな町はすべて廃墟となっていて、町を一から作り国を、行政機関や法制度を整備しないといけない時に、自分も魔導士としてそれに関わるべきではないのかと。しかし彼はそうしなかった。反動を無視できるように術式を書いて、一回魔力を使っただけで狙った効果を発揮する単一術式を普及することを、彼は人生の第一目標にしていたのだ。もちろんそれは今までの流れに反するもので、いくらすべての国々が滅んでしまったとしても、一瞬で変わるようなものじゃない。人は失敗を経験してからも、その失敗をまた別の形で繰り返すように出来ている。結局時代を作り上げるのは、その時代を生きる人たちの意志の総合的な集まりでもあるのだよ。身分がどうであれ、立場がどうであれ、文明とは堅牢な城壁のようなもので、一つ一つの石に人の意志が反映されている。イェルガーは前の時代が失敗した理由を、人の意志を無視してとにかくシステム的な緻密さと精巧さを求めていたことにあると見ていたんだ。そして彼の努力こそが、混乱の時代を収束に向かわせることが出来た。彼が自ら書いた本は大陸中の違う言葉で翻訳され、魔導士なら誰しもが一度は目を通している。君も一度は読んでみるといい。この時代を生きる人間として、魔導士を目指すという事の意味がわかるだろう。」


 そう言われたら結構興味深い話ではないかと、思わずにはいられなかった。読んでみたい。


 「書斎にあるんですか?」

 「この部屋の本棚にある。」


 そう言ってビレムが指をグイっと動かすと本棚から分厚い本が飛んできて、私の前に止まる。タイトルは“新時代の礎”。サブタイトルは“万人のための魔法:単一術式の技法”で、イェルガー・ヴァンデンブルーム著。学校で学んだことのある名前であることを、苗字を見てわかった。イェルガーではなくヴァンデンブルームと覚えていたから。


 「この人って、大陸の中央で魔導士が統治する国を建てた人ですよね。」

 「ミュスティラノ。」


 そう、確かそう言う名前だった。


 「お師匠様はミュスティラノに行ったことはありますか?」

 「大きな学術大会があるからな。何回か訪問している。魔導士なら一度は行くべき場所と言えよう。主流とされる魔法があり、そうでない魔法がある。主流から外れた魔法を研究するのは、宮廷魔導士でもそう簡単ではない。資料と研究者の数が少ないからだ。君が極めたい魔法は何だ?君は魔法で何を求める?不老を達成出来ればそれで終わるのか?」


 言われてみれば特にこれと言った目的はない。ただ色んな状況に対応できるようになりたいとは思っている。不老になりました、事故に会って次の日に死にましたなんて、それはもう笑い話でしかないから。


 「状況対応力を高めたいです。どのような状況でも生き残れるように、どのような状況でも、自分で出来ることをして起きて欲しくないことを防げるように。漠然とし過ぎているんでしょうか。」

 「今はそれくらいでいいだろう。学びながら探して行けばいい。最初から一つだけを目標にするより、学びながら最終的にたどり着くのが人間として成熟する近道だからな。儂の師匠も言っていたことだ。特定の魔法の形にこだわるより、魔法を使うことそのものに慣れることこそが大事だと。この屋敷の中でも色んな魔法が試せるだろう。例えば水を操作して氷の彫像を造ることは、簡単に思えても実際に思っていた形にするには練習が必要だ。氷で彫像を造ることになれたら、次は砂を集め、溶かしてガラスにし、それで彫像を造れば形や完成度によってはそれなりの値段で売れる。硬くする加工を施す方法も教えてやろう。色を付けることも可能だ。そうやってお小遣いを稼げば、君が欲しい物も買えるだろう。何か欲しいものはないのか?」


 ビレムは私にそうやってモチベーションを与えてくれようとしているのだろう。彼の優しさに思わず顔がほころぶ。


 「どんな服にも似合う装飾品とか、髪飾りとか。姉の就職祝いに、何か送りたいなって。」

 「君自身はどうなんだ?町のレストランで美味しい物を食べに行きたいとは思わないか?」

 「屋敷で他のメイド先輩たちが調理する料理より美味しいんでしょうか。」


 私の言葉にビレムは肩をすくめる。


 「君は随分と寡欲なのだな。それとも王様として過ごしている間に何もかも楽しんでいた反動か?」

 ビレムが冗談のようにそう口にして、私はアルカイックスマイルを浮かべる。


 「なら仕方がない。だが、氷の彫像を造ることは見習い魔導士の鍛錬の仕方としてはそれなりに効果がある。術式そのものは難しくない。」

 そう言ってメモ帳に術式を書いて私に渡すビレム。

 「覚えておくことだ。微細な調整と連続術式を使っての魔法に慣れることが目的だからな。せっかくだからフォルマを使ってから連続術式に繋げる感覚がどのようなものなのか、実際に掴んでみようか。緊張することはない、黒板に儂が書いた術式をよく考えながら触媒を通して魔力を込めてみるんだ。別のルーンを足したり、変に力まなければ問題なく発動することだろう。」


 そう言われて私は首にかけているブルーム・タリスマンを握り、術式を考えながら魔力を込める。するとタリスマンが術式に反応して特定の魔力パターンを作って私にフィードバックしてくれるのがわかる。独特なパターンが第六感で伝わってくる。まるで微弱で不快感のない電気で固有の刺激を受けているような感覚。これはお店で感じた感覚よりずっと強烈なもので、それは多分お店では魔力だけ込めて、術式を想起しなかったせい。


 魔力は触媒を通って発現し、意図した場所へ的確に集まる。次にフォルマを使って空間から情報を読み取る。ルーンを一つだとまるで鮮明な音のように響く。この響きと電気的な刺激を思い出して術式を想起しないまま魔力を込めたら同じ効果が出せるってことか。


 そして、今使った魔法の意味をフォルマのルーンを使ったことでわかった。これは空気を清浄にする魔法だ。埃や空気中の異質な粒子を探知し、分解する。ただこの粒子に対する感覚は何となく伝わるもので、すべての粒子に対する情報が流れて来るわけではない。単純に脳の計算能力を超えているからかな。


 出来ないことをしようとしたら脳はその命令を無視してしまうんだろうか。そのせいでこうなっている?


 大まかな変化はちゃんと伝えてくれているけど、些細なすべての粒子の細かな情報までは伝わってこない。自分が使った魔法が特定の範囲内に特定の事象を起こすとその結果が情報としてフィードバックする感覚は、確かに慣れないと混乱してすぐに集中力が切れてしまうかも。


 この感覚を制御することが術式を制御するという事なんだろう。どういう原理でルーンと術式と魔力だけでこのような現象が引き起こせるのかはわからない。わからないけど、それが現実なら今は受け入れる。後でどうなるかはその時になったら考えればいい。


 「空間の組成が変わることが伝わってきます。お師匠様もそのような変化を魔法を使うことでわかるようになるんですか?」

 「全部の意味を理解しているわけではないが、それがどのような事象を引き起こせているのかは大体わかる。しかし魔法を使うことによって事象が起きることにより、魔法が作用した範囲の性質が変わる。その変化を自分に取り込むことにより、事象へさらなる干渉を深めることが出来る。ただそれだけではない。単一の事象を一回の術式の想起だけで使うより、継続的に意識しながら術式の組み立てる場合、より広範囲にわたり、より大きな効果をもたらす事象を引き起こせるのだよ。この場合は、今君が使っていた術式をこれから、これに変える。」


 黒板に書かれている左の術式から右の術式へと変更すると、周りの空気を取り込み、それを清浄にするようになっていくのがわかる。範囲が格段に広がった。


 「これでなぜ君が学校で学んだ単一術式が最小限の便利な道具に過ぎないのかがわかっただろう。今の感覚をよく覚えておくことだ。ここまで質問は?」

 「特定の術式を演算するとして、魔力量に限界がある場合はどうなりますか?」

 「発動しない、それだけだ。魔導士にとって魔力量というのはそこまで気を向けることではない。鍛錬しているうちに魔力量は常に増え続けるから、気にしなくても自然と必要な分まで増える。君の魔力量は平均よりずっと多い。今でも見習い魔導士としては破格と言っていいほどだ。だが、そもそも魔力は数十分も休めば全快するものだ。一対一で決闘をするとしても、早く術式を組み立て効果的にそれを撃ちこんだら相手を無力化することは容易だ。ただ相手が服やアクセサリーにエンチャントをしているなら、通用しない場合もある。だから最初にフォルマを使って調べておく必要があるが、相手だってそれをわからないはずがない。複数のエンチャントをした服やアクセサリーを用意するか、わざと明らかにエンチャントをせず弱点を残し、それを反対術式を使って防ぐ場合もある。単純に質量に潰してしまえば簡単だが、それを黙ってやられる程、相手も馬鹿じゃないだろう。常に読み合いをする。それが魔導士同士での決闘だ。魔力が先に枯渇する場合は滅多にない。そうする前に決着がつくからな。」


 そう説明され、魔導士同士での決闘を想像してみる。フォルマを使って調べる間に相手は先手を取ることを選ぶかも知れない。それをエンチャントした服やアクセサリーで無効化出来れば相手は一歩遅れる。そうでなければそれは致命傷にもなりうる。二人同時にフォルマを使って弱点を調べた場合は、二人同時に反対術式を使って防御態勢に入ることだって起こりそうである。それで一人が反対術式を辞めて攻撃に転じようとした瞬間にやられるとかもあり得るから、二人がただずっと反対術式だけを使って対峙している場合もあるんじゃないかな。


 それを想像してクスッと笑うと、ビレムは目ざとく私が何を想像したかわかったみたいで。


 「二人とも反対術式を使い続けて、一歩も動けないことは割と頻繁に起こる。魔導士は内向的な性格の人間が多いからな。積極的に先手を取るような大胆な性格をしている人間はそもそも複雑な術式をすべて網羅し、自然現象への理解を深め続けなければならない魔導士には向いてない。だからそもそも魔導士同士での決闘自体が珍しいのだよ。それでも起こる時は起こるものだ。いずれ君がそれなりの威力のある魔法も使えるようになったら、決闘の仕方も教えてやろう。」


 ビレムって、一度弟子になってしまった人になら何から何まで、手取り足取りと教えてくれるような性格なんだろうか。それとも魔導士は弟子にこのようになんでも教えてしまうのだろうか。私が弟子を取ったらどうなるのだろう。正式に魔導士になったら、弟子になりたいって人が現れたりするんだろうか。


 「普通に大きな現象を起こす場合とかはどうするんですか?例えばえっと、鉱山ってずっと隆起しているんですよね。掘る必要があるじゃないですか。そうしないと崩れてしまいますから。高くなりすぎると行くことも不便ですし。そういう時は大規模な魔法を駆使しないといけないんですよね。」

 「大きな魔力が必要な場合は複数人でかかればいい。互いに協力して役割分担をすれば、何だって出来る。数人で足りなければ数十人で、それでも足りなければ数百人でやればいい。事前に綿密に打ち合わせをして、誤差のないよう、繰り返して集まって練習をする必要があるがな。それもまた、魔導士としての役割だろう。楽しいものなのだよ。集まって堤防を建設したり、橋を建設したり。先に組み立てておいた材料を動かして、力を合わせて組み立てる。楽しそうだろう?」


 その時のことを思い出したんだろう、笑顔を浮かべて遠いところを見るビレム。


 「何を作ったんですか?」

 「色々な。貴族の屋敷を建てたこともあれば、運河の建設に参加したこともある。宮廷魔導士になって間もない、若いころの話だ。現場での経験をある程度積んでから本格的な研究にも参加できるようになるからな。研究を続けてある程度成果を出せたら、自分でプロジェクトを組んで他の宮廷魔導士たちを率いて研究することが出来る。少なくとも二十年以上の経歴が必要とされる。たまに特殊な考え方をする若い魔導士が少人数でプロジェクトを組んで進行させる場合もあるが。さて、雑談はこれくらいにしよう。魔導士にとって最も大事なのは、魔導士としての生活をしていけば勝手に増えていく魔力量ではない。第一自然現象への理解、第二に乱れのない集中力、第三に洗練された術式、最後に触媒の良さだ。自然現象を理解すればそれにどのように介入して、どのような現象を作り出せるかを考えられるだろう?その考えを乱れのない術式で実際に試してみて、一番効果的なものを自分で見つけ出し、触媒に術式を使っての魔力パターンを記憶させる。触媒が良ければ、何千ものの術式のパターンにそれぞれわかりやすい違った反応をする。君はせっかく儂の弟子になったんだ。だから儂は一級の触媒を君に与えたかったんだ。質の悪い触媒は術式を記憶する能力にすぐ限界が来たり、フィードバックが弱かったり、小さな衝撃で壊れたりするのだよ。君が今持っている二つの触媒は、二千以上の術式パターンを記憶出来て、フィードバックも適切で、衝撃にも強い。儂自身も簡易的な触媒くらいなら作れるが、精霊が作ったそれとは比べ物にならない。」


 ビレムは腕を組んで窓の外を眺める。あのお店がある方角かな。


 「改めて、ありがとうございます。」

 「師匠として当然なことをしたまで。君も弟子が出来たら最高の触媒を与えるように。未熟だからこそいい触媒が必要だ。何十年も魔法を使い続けると、触媒なしでもそれなりの速さで連続術式を使えるようになるものだが、最初の頃は多くの補助がいる。時間が経っても、触媒があるとないのでは魔法を使う速度は変わらず触媒を使っていた方が早い。」


 ビレムはまた私の方を向いて真剣な顔をする。


 「予想出来ると思うが、魔法は破壊にも適している。歴史でその名を血の文字で刻むことになっても、魔法を破壊と殺戮に使う人間はどの時代にも表れた。仕方がない場面だってある。時に暴力でしか状況を解決できない場合もあるだろう。だが、儂は常々思っている。魔法は我々の生活を、人生を、町を、国を豊かに、便利にするものだ。輝かせるためのものだ。大きく頑丈な建物を建て、多くの人々がその場所で幸せな日々を送ることを想像してみろ。それが魔法なのだよ。人殺しに使うために学ぶものではない。どうしても暴力に走りたかったら、剣でも握るべきだ。エンチャントされた武具を使って武威を誇り立ち向かう敵を屠ることは、軍に入れば出来ることが。騎士でなくとも、従者も騎士と同伴して戦う。魔導士は武力を行使する存在ではない。儂もそうだったが、魔導士は町の設計と拡張にも大きく関与する。たった数人の魔導士で大きな建物を建てられるからな。そうする時は、町全体の景観も気にしないといけない。町と有機的に繋がらないといけない場合も少なくない。それらに関する知識を持っておくと、後で君が仕事に就く時に役立つだろう。儂の書斎に様々な建築様式とそれを実現するために必要な魔法や術式が書かれている本が何冊かある。読みたければメイド長に聞くといい。」


 魔導士ってそんなことをする立場だったんだ。やはり私はこの世界のことを本当にまるで何も知らなかったみたい。それとビレムって本当に真面目で、人としてまともなんだとつくづく実感する。私みたいな人間には勿体ないんじゃないかなと思ってしまうくらい。でも実際どうなんだろう。聞いてみたらどのような答えになるのか気になったので。


 「お師匠様は戦争に参加したことは?」

 「間接的には参加したことになるだろう。兵士や騎士たちの武具にエンチャントを施し、こっちに有利になるよう、他の宮廷魔導士たちと共に戦場の地形を少し変えたくらいだ。」


 私からの質問に特に動揺は見せず淡々と答えるビレム。


 「元素魔法はちゃんと使えるんですよね。それで敵を制圧することは簡単だったりしませんか?すると軍隊でも使いそうなものなんですけど。」

 「力というのは、何の制限もなしに振るえるものではない。どのような場合でも、力を使えばその代償として、己が今まで貫いてきた価値観を犠牲にしないといけない。そこまでして守らなければならないものなんてないのだよ。軍隊には軍隊としての役割があり、魔導士には魔導士としての役割がある。魔法は自然現象に干渉出来、たった一人でも途轍もない範囲を破壊出来る。山を崩して道を整備する、地面を破砕して運河を造る、そうすることで国に繁栄をもたらす。しかしそれが出来ると言うことは、その破壊の力を人に向けられるという事でもある。だがそうすることで、互いに膨大な威力の魔法をぶつけ合うとどうなるか。滅んでしまうのだよ。様々な文明があったことは、学校で学んで知っているだろう?」


 「はい。」


 この世界の歴史は、実は誰もそれがどこから始まったのかがわからない、遥か昔の出来事である。何回も文明が起きて、滅んで、時代が移り変わって。最初の文明があったとされるのが今から途方もない昔のことで、確実な年代まではわからない。ただそれが何万年前どころか、何十万年、下手したら何百万年前の可能性があるという。


 ただの作り話とか神話とかではなく、その時代からの遺物が発見されたり、まだ存在する遺跡がある。その時代の文字まで残っていて、翻訳したら年代がどこまで過ぎていたのかがわかる。


 普通は数千年も経てば文明が存在した痕跡なんて跡形も残らず消えてしまう。長く見積もっても何万年で消えるはず。しかしこの世界には保存魔法や物の状態を半ば恒久的に保存するのがある。最初の時代からその魔法を使っていたかどうかはわからない。つまり二百万年以上に昔から文明が存在して滅んだとして、その痕跡が残るのは何の不思議なことじゃない。ただなぜ滅んだのかに関しての話までは学校では学ばなかったし、本でも読んだことがない。


 「様々な形で文明が発生して、短い場合は数千年、長い場合は数万年続き、最後は派手な魔法の撃ちあいで、互いを対消滅させることが一つの文明が滅ぶ最終局面となる。都市部から離れた生き残った人間がまた文明を作り上げ、それからは別の形で過去の失敗を繰り返さないようにと、違う形で文明を形成するようになる。その最後もまた、派手な魔法の撃ちあいで終わって、それが今までずっと続いてきた。まるで花火のように、これで終わりであると、互いを壊して、泡のように消えてしまう。だから魔導士は、知識を誰かれ構わず教えることはしてはいけない。一度に一人だけ弟子を取って、一人が一生をかけて数人しか育てないのもその名残なのだよ。戦争で使う魔法は制限されるべきなのもそのためにある暗黙の了解だ。知っていてもなお滅びの道に進むようなことをするわけにはいかない。だからエンチャントした武具を提供することも、本当はしてはいけなかったんだ。だが儂は宮廷魔導士としての立場とそれに伴う責任があった。我が国が負けることは、儂にとっても不本意だったしな。それでも、出来れば戦には関わらずにいたかったんだ。どの時代の人間であろうとどの時代の人生であろうと、人の一生は儚くも脆い。だが、争いは起こるもので、一度起きてしまえばどうしようもない。君には好きな花はあるか?あるならどんな花が好きか、教えてくれるか。」


 ビレムの話からこの世界の秘密を一つ知ることが出来た。そしてそれを語るビレムの声は少し切なく聞こえてきて、軽い気持ちで聞いてはいけないことを聞いた気もしたけど、私はこれでも物事の重さに押しつぶされないことには慣れている。


 それと質問されたんだし答えないと。


 「赤い夕陽のお花が好きです。この屋敷に来て好きになりました。綺麗なんですよね、沈む夕日で薄っすらと赤く光るのって、幻想的で捨てきって思ってて。」

 「夕陽の花か。儂の妻が好きな花だったんだ。花言葉は知っているか?」

 「いいえ。」


 「死に行くものへの安寧を。皮肉なものだ。儂は前世の記憶まで思い出して、死したところで安寧が保障されるわけではないことを知っている。儂の妻がどこか、儂が前世で生まれた町のように平和な場所で生まれて、幸せに暮らしているといいが。儂のことは忘れているだろうがな。」


 そう自嘲するビレムの顔は、まるで絵画の一場面を切り取ったかのようで、どこか尊いと感じてしまう。リンテンがビレムに惚れたんじゃないかって聞いたのも彼のこんな一面をどこかで見たことがあるからだったりして。


 「庭にたくさん咲いているんですよね。いつも本当に綺麗だなって思って。お師匠様は罪悪感を覚えているんですか?そうやって戦争に間接的なが参加したことに対して。」

 「罪悪感というほどでもない。だが、そうだな。長く生きれば後悔したことは一つや二つじゃない。そうとだけ言っておこう。いずれ話す時が来るだろう。授業を続けるぞ。君は学校で基本的な術式をこう学んだんだろう。図形を描いて、中にルーンを並べ、式になるよう魔道符号(マジックコード)でつなげる。そしてそれを暗記し、魔力を込めながらそれを思い出すと魔法が発動すると。しかしそれは決まっててそうしているわけじゃない。図形を書かなくても、自分なりの形で描けばそれは立派な術式となる。学校でそのように教えないのは単に教師が学生に教える過程でいらぬ面倒が増えることを防ぐためでしかない。」


 なるほどと頷く。図形を書かなくても、自分が好きなように描けばいいってことだよね。ビレムはなぜ平民が通う寄宿学校のカリキュラムに詳しいんだろう。


 「まるで教育の現場を見てきたかのようですね。」

 「宮廷魔導士は平民が何を学ぶべきかを決めたりもする。儂もその会議には参加した。なんでもかんでも教えるわけにはいかない。中には危険なルーンもあるからな。今まで発展された魔法の中には危険な術式が半分以上を占めている。それだけ人は他の人間に危害を加えることに余念がなかったということだ。まさに元素魔法がそうだ。元素魔法の系統にあるのは、そうやって発展してきたのだ。例えば炎の元素魔法には五つのルーンが使われる。これが面白いところなのだが、こうやって誰しもが使ってるルーンがなぜそのような効果を発揮しているのか、誰も分かっちゃおらなんだ。それでも使えるのは、それだけ切実に自衛と他者への武力での優位を求めていたからだろう。どのように使われるかは決まっている。例えばこの二つのルーン。ロッソとエイダ。エイダを術式に書いて、魔力を込めて気道に通るようにしてみるんだ。これくらいのことに触媒はいあらないだろう。出来るか?」


 やってみると、なるほど、快適な気持ちになる。これは酸素だ。


 「これで君は水の中でも死ななくなった。ロッソは知っているだろう。電気を生み出すルーンだ。ロッソとエイダだけでも火は燃える。他の三つのルーンは範囲を指定し、それに方向性を与え、発動する時間を決める。」


 これは寄宿学校時代で学んだことである。実際に魔導士にならなくとも一般教養の一つなので、覚えている。


 「しかしだ、ルーンは派生することが出来るのだよ。エイダとカンレイを繋げて描くと全く別の性質を持つルーンに派生するんだ。エイダ一つにカンレイ一つにすることも、カンレイ二つにすることもできる。そうするエイダと真逆の性質となる。火を消すことが出来るのだ。人に向けて広範囲に使うと窒息させることだって出来る。教えたからとやるんじゃないぞ。」


 エイダが酸素で、カンレイが炭素。それを繋げると二酸化炭素になるということか。一つで一酸化炭素、二つで二酸化炭素と。複雑な化学式を再現することだってできるのでは?ルーンの性質をすべて調べて、それに対応する元素を全部確認する必要がある。それに窒素と水素を追加したら殆どすべての有機物が生成できる。ただ実際にどのように生成されるのかはわからないので、それも確認しないと。無から生まれるとか、空気などから作り出されるのか、それともどこから召喚されるのか。


 「そしてこの派生したルーンを組み合わせると、その数は優に万を軽く超えるだろう。儂もすべてのルーンの効果を覚えているわけではない。そもそも繋げたところでどのような変化があるのか、そもそも変化したのかがわからないルーンも大勢いる。その中から玉石を見出すのは至難の業というわけだ。だが、やってみる価値はある。すべての人生をルーンを繋げて特定の効果を見出すためだけに使う人間は決して少なくない。一般的に魔導士はどれだけ高度な術式をどれだけ効率的に組み立てられるかを日々研究をし、練習を重ねる。そこから利益を生むことも容易い。貴族としてどこかの機関に所属するわけじゃなければ、自分の魔法の腕を売って生活をするようになる。君もそうなるだろう。ただ彼らのほとんどは魔法が何なのかを考えずに道具として扱う。別に儂は彼らを否定したりはしない。それも人生だ。それで金を稼いで、生活を安定させ、家族を養う。それも立派な生き方だろう。だが、君はそのような魔導士にはならない。君の性質はそう言うものではないからだ。それに、金が欲しければ手段はいくらでもあるのに君はあえて魔導士になることを選んだ。魔導士だけが道じゃないのにだ。」


 そこでそれを言われると否定できないかな。実際に私は魔法を研究することで何かを成そうとしているわけだし。


 「研究成果は共有するものだ。人にとって有用な知識は、世のため人のために使ってこそ輝く。それは魔法だけの話じゃない。だがまあ、それを公表した場合、世の中に悪い影響を与える場合もある。そういう時は自分で見極めるんだ。儂が作った、あの強力な思い出しの薬のようにな。授業を終える前に最後に一つ、大事なことを教えてやろう。魔導士にとって一番重要な心構えは、動じない心だ。周りで何が起きようと、術式を繋げることを一度やめてしまえば一からやり直しだ。この意味がわかるか?例え大きな物音が聞こえても、目の前に化け物がいても、動じるわけにはいかない。術式が乱れてしまうからだ。儂も最初の頃は苦労したものだ。気持ちが沈む、怒りで目の前が見えなくなる、恐怖で足がすくむ。それらすべてが、魔法を発動する際には邪魔になる。そういう時はどうするか。瞑想をするんだ。自分がなぜその事象に対してそのような思いを抱いているのかを、瞑想をしながらじっくり考え、自分なりの答えを出す。それを繰り返していくうちに、自分の在り方を定められ、感情の動きに支配されなくなるんだ。わかったか?」


 「はい、お師匠様。一つ質問してもいいんですか?」

 「そう言うのはいちいち言わんでいい。気になることがあればその場で聞け。師弟関係で質問していいかどうかなんて気にするなんぞ、効率が悪いことこの上ないだろう。それで、何が聞きたい?」


 確かに彼の言う通りではある。師弟の関係になったんだから、身分の差より効率を優先しないと。


 「遠くにいる人と連絡をするためには使い魔以外の手段はありませんか?そう言う魔法があるなら使ってみたいです。」

 「あるにはあるが、大量の魔力を消費するものだ。君もいずれ自分の使い魔を持つ日が来るだろう。その日まで待つことだな。今日儂が君に教えるのはここまでだ。ここからは君が儂に教える番になる。」


 ビレムの言う通り、私は彼に私が知っている様々な科学的な知識を教えないといけない。ただフォルマのルーンがあることは知らなかった。当てずっぽうで確実かどうかも定かではないことを語るところだったのに、指定した対象の情報がルーンを使うだけで調べられることを知った今は、自分が前にいた世界と、この世界の人間の違いをルーンを使うだけである程度はわかると思う。


 「実はいくつか検証したいことがあって、それが終わったら説明できるようになると思います。今日学んだこと、フォルマのルーンを使って色々調べないといけなくて。」


 その言葉を聞いてもビレムは特に失望した様子はなく、ただ頷いてから答えた。


 「そう言う事なら次の機会を待つとしよう。明日でいいか?」

 「はい、問題ありません。ちゃんと準備しますので。」

 「そう気負うことはない。いつでも準備が出来たら話せばいい。時間は、いくらでもあるわけではないが、それなりにあるだろう。」


 ビレムは今何歳なんだろう。死んだ私のおじいちゃんより年老いえている感じはしないんだけど。


 「あの、お師匠様に関する個人的なことを質問してもいいですか?」

 「儂で答えられるものなら答えよう。」

 「今のお師匠様って、年齢はいくつなんでしょうか。」

 「今年で七十八になる。」


 すると平均寿命からしたら後十二年は生きられるってことなのでは。と言っても健康的に見える人でもどこか臓器に異常が発生したらすぐ亡くなったりするので、断言はできないけど。


 その日はそれで終わって、次の日の夕食の後、私は彼から学ぶ前に自分から教えることにした。



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