12話 朝食
眠気と寒さに耐えながら目を半開きにして進んでいると、長い夜の末に、朝が来た。日は昇っていないものの、東の空が仄赤く染まっていくのが見える。
息を飲んだ。夜通し続いた運転がようやく終わると思うと、それがただ、嬉しかった。
日の出から程なくして、私は小さな村に着いた。通行の邪魔にならないところにクレイを停めて降りようとしたが、シドロはまだ目を覚まさなかった。
「おい、お前、起きろ」と呼んでも、反応がない。声を大きくして繰り返したが、結果は同じだった。私は運転席の脇にあるクラクション用のハンドベルを掴み、荷台に手を伸ばしてシドロの耳元で鳴らした。
「わああああ!」と子どもみたいな大声を上げて、シドロが飛び起きた。彼は毛布にくるまったままきょろきょろと見回し、それから私の顔を見上げて、「ここ、どこですか?」と聞いてきた。
「村」
シドロは涎を垂らした口をぽかんと開けた。
「降りろ」とシドロに指示し、私はクレイから降りた。
地面に足をつけた私の目の前に、一瞬だけ靄がかかり、足がふらついた。夜行のせいだろうか、身体が怠い。しかし、まずは魔除け香を買い足そう、と私は自分の足で歩いた。
「らっしゃっせー!」という威勢のいい女性の声が、扉を開けると同時に店内に響いた。「何をお求めで?」
じゃあ僕は、と言いかけたシドロを制した私は、「魔除け香はありますか?」と茶髪の女性店員に尋ねた。
「魔除け香っすか〜、ちょっとウチじゃ扱ってないっすね」と首を傾げた店員は、「回復香とかなら、あるっすけど」と提案した。
魔除け香がないとは。踵を返そうとした私の視界に、毛皮のコートが入った。白と、赤と、黒の3種類が店内の壁に掛かっている。また夜行するなら必要になるだろう。
やっぱり、と足を止めた私はコートを指差して、「あっ、えっと……白いコートを一つ」と店員に言った。ここで赤を避けてしまう自分が悔しい。
シドロを置いて店を出た私は、白いコートを着て村をふらふらと歩いた。
どこかで朝食を食べたい。そして今日は何もせずにゆっくり休んでいたい。
しかし、この小さい村も近代的だな。道具屋や飲食店、宿屋など、村を訪れる冒険者に目を付けた店が多い。とりあえず、テラス席のあるあそこのカフェに入るか。
「ヘネリアさん、なんで置いてくんですか!」とシドロが後ろから走ってくる。
なぜ付いてくる、と私が聞きたいのだが。
「私が運転士で、お前は乗客。連れじゃない」とシドロに言った。「明日の朝には出発するから、それまで自由に行動してろ」
シドロは納得いかない様子だったが、「はい……」と苦笑いで頷いた。
テラス席でパンとスープを喫する私の視界の隅に、シドロの姿がある。
だから、なぜ同じカフェに来る。なぜ付いてくるのだ。
私と同じテーブルに来ることはなかったが、彼は少し離れたテーブル席で、他の冒険者グループの客と話していた。大剣を背負った男や、杖を椅子に立てかけている女が、シドロと楽しそうに話しては、ちらちらと私に視線を向ける。
話し声が大きくて落ち着かないな、と思いつつ、気づかないふりをして、パンを千切ってスープに沈めた。
欠伸をしながらゆっくりと食べていると、食事を終えたシドロが、四人の若い冒険者を連れて、私のテーブルに来た。私を取り囲むように立つ五人に、思わず背筋を伸ばした。
「冒険者か。何の用だ」と言った私の声が、少し震えてしまった。
「あの、今ちょっと話で聞いたんですけど……」とシドロが話し出す。話が長い。私は敢えて音を立ててスープを啜った。
「それで、その……クエスト、手伝ってくれませんか?」
ざっくりとした話の内容は分かった。村の近くの山に魔物が出て、村の人間がクエストとして届け出を出したと。四人はギルドの人間で、その討伐を手伝って欲しいと。つまり、私を賞金稼ぎに使いたいと。
口に入れたパンをスープで流し込み、私は長くため息をついた。
「嫌だ」
それが私の答えだった。




