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縁の下に咲く花達  作者: 光希 佳乃子
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第29章

生放送本番中のスタジオで。


俺の目の前では、“ERIS”のメンバーは桜さんの伴奏で歌っていた。



明日香の事務所社長の事情聴取とか、暴力団と事務所の関係がどうとか・・・というニュース速報が流れたが、生放送の番組に影響は全く出ず、本番は、滞ることなく始まった。


その何曲目かに、ERISと桜さんのコラボ曲の披露となった。


俺と憲一さんは、他のスタッフもいる場所で、それを見ていた。


でもそこに、七海の姿はなかった。


七海さんは、ここではなく、一般客席でそれを見ていた。


そっちに目をやると、一般客席のどの観覧客も嬉しそうに生放送の歌を・・・“ERIS”と桜さんのコラボを聴いて笑顔だったが。


七海さんだけは笑っていなかった。


それは、いつか、テレビ局で収録を見ていた時のような、顔色が悪い風ではないが、笑顔でもなかった。


彼女は一体、何を思ってあのパフォーマンスを見ているんだろう?


最愛の恋人のパフォーマンスを楽しんでいるのだろうか?


それとも、遠い存在の愛しい人を見ているのだろうか?


彼女の表情から、多くを読み取ることはできない。


でも・・・今すぐじゃなくていいから。


いつか、笑顔を取り戻してほしい。


職場で見せてくれたような笑顔を・・・



本当は、その笑顔が、俺に向けられたら、と思ったけど。


きっとそれはもう、叶わない望みだから。


せめて、七海さんが笑顔で・・幸せでいますように・・・



そう願わずにはいられなかった。



そして、そこからそう遠くない、客席の一角には、シンさんもいた。

数人のドラマスタッフと思われる人たちも一緒だった。


シンさんの顔は、七海さんとは対照的で、本当に、心からこのコラボを楽しんで聞いているように見えた。シンさんにとっては、自分の親友、マナトと、恋人、桜のコラボだ。心底、楽しいのが、見ていて判った。


他の観客も、同じだった。どれだけこのコラボを待ち望んでいてくれたのかが、観客の声援や拍手で、痛いほど判った。


それだけでも、この数ヶ月、頑張ったことが報われていった。



生放送が終わると、俺は、全ての雑務を憲一さんに頼んで、現場を後にした。憲一さんは、何も言わずに、労うように俺の肩を叩いて


「あとは任せておけ!」


と、引き受けてくれた。


桜さんも、本番が終わると、スタッフや他の出演者さんに挨拶して、帰ったようだった。


ここではない何処かで、シンさんと待ち合わせしているのだろう。帰って行く桜さんと、それを見送る憲一さんの表情を見て、それを確信した。


そして、七海さんとリュウ・・・


この後きっと、七海とリュウも一緒に帰るのだろう。


今、それを冷静に見届ける勇気は、俺にはなかった。


まだ、片付けや業務は続いていて、スタッフはそれにかかりきりだった。


そんなスタッフに背中を向けて,俺は静かに帰り支度をした。


あの二人、これからどうなるんだろう?


もともと嫌いあって別れたわけではない。


ストーカーや嫌がらせをしていた明日香もいなくなった。


つき合うのに何の障害もないだろう・・・


きっと・・・リュウの事をまだ好きな七海さんの事だから、やり直すのだろう・・・


さっき、散々桜さんのピアノ演奏に隠れて泣いた癖に、吹っ切ったくせに、彼女のことを想うと、未だに気持ちは重かった。


彼女には笑顔でいて欲しい、そう思いながらも、


リュウの隣で笑っている彼女に、


笑顔でおめでとう、とは、まだ言えそうもない。



このまま、笑顔な二人を見ないようにして、帰ろう・・・


目の当たりにしたくなかった・・・




自分の車に乗り込んだとき、俺は再び崩れた。


感情のまま、力任せにハンドルを拳で叩いた。


クラクションが、辺りに響き渡った。それは、再び溢れ出した、決心とは矛盾した思いに聞こえた。


そしてそのまま、叫びとも嗚咽とも着かない奇声を上げていた。




それからどのくらい経ってからか、


(コンコンッ!)


遠慮がちなノック音が聞こえて、俺ははっと我に返った。


気がつくと、俺はハンドルに凭れたまま眠っていたらしい。


「コンコン」


再び、ドアを叩く音がした。慌てて顔を上げて、ノックがした方のドアを見ると、七海さんがそこに立っていた。


「七海さん?」


俺は慌てて、窓を開けた。


「よかった・・・帰っちゃったかと思ったよ」


彼女はいつものようにぎこちなく笑った。


「・・・どうしたんだよ?リュウは?一緒じゃないのか?」


「さっき、他のメンバーの人と一緒に、次の仕事に行きましたよ?」


もしかして彼女、帰れないのか?そう思って時計を見たけど、まだ電車も地下鉄も動いている時間だった。


「帰れないのか?」


俺がそう聞くと、彼女は違うよ、と言って首を横に振った。


そして、


「・・・あの・・・乗っても、いい?」


と遠慮がちに聞いてきた。


「ああ・・・いいよ」


ドアを開けてやると、彼女はありがとう、と言いながら、遠慮がちに車に乗った。


車の中に、七海さんと二人きり・・・今日二度目だった。もう、こんな風に車の中で二人きりになる事はない・・・朝そう思ったのに、こんなに早くまたこんな機会が出来るとは思わなかった・・・正直嬉しいけど、素直に喜べなかったけど、


「お礼が、言いたかったの。

ありがとう・・・」


七海さんは、まっすぐに俺を見つめたまま、そう言った。


「青木さんがいなかったら、今頃私、まだ襲われた事に怯えてた。

リュウのことだって、先に進めないまま・・・苦しいままだった

青木さんのお陰で・・・私、またリュウに会えたよ」


「あ、ああ・・・・」


俺は曖昧に、彼女に答えた。けど、隣に座る彼女を直視できず、目を逸らしたままだった。


「先に帰っちゃう・・・つもりだった?」


相変わらず、まっすぐに俺を見つめたまま、彼女は聞いた。


「まあな・・・」


彼女の質問に対して、俺は曖昧に答えた。


言えるわけがない。


七海さんとリュウを直視したくなくて、帰る、なんて・・・


「よかった・・・な」


ぽつり、と俺は小さな声で、言った。


「リュウと・・・話、出来たんだろ?」



やり直すのか?とか


よかったな、とか。


言えそうな言葉は沢山あるのに、


何も言えそうもない。



彼女は、うん、と頷いた。


「ちゃんと、リュウと話、してきたよ」


その言葉に、また胸は痛んだ。


でもその痛みに彼女は気づかないのか、言葉を続けた。


「ずっとずっと大好きだったって、伝えてきた。

それから、黙っていなくなったこと、謝ったの。


彼も、私に謝ってた。

ストーカーの事、守れなくてゴメンって・・・」


そこまで言うと、彼女は大きく息を吐いた。まるで自分の中の空気を入れ換えるように。


「今日初めて、彼の舞台見たの。

リュウ・・凄い人だったのね」


彼女は、少しだけ、笑っていた。まるでさっきの生放送を思い出すように。


「私、凄い人とつき合っていたんだなって、足、竦んだよ。

きっと私、彼が芸能人だって最初に知ってたら・・・びっくりしてありのままでつき合えなかった。

だから・・・

リュウが、私に正体秘密にしてつき合ったの、感謝してるの。

最初っから正体聞いていたら、私、まともに向き合えなかった」


そこまで言うと、再び彼女は大きく息を吐いた。


さっきから彼女は息づかいが妙だ。落ち着こうとしているようにも見えた。



「リュウと、ね。

ちゃんと、さよなら、してきたよ」


「は?」


突然の彼女の言葉に、俺は返す言葉も見つからず、情けない声を上げた。七海さんの顔を見ると、少し恥ずかしそうに、顔を朱く染めていた。


「リュウの事、大好きだったし、今も大好きだけど。

・・・つき合えないって。

彼も、判ってくれた」


「どうして?

もう襲われないんだぞ?

リュウと・・・つきあえばいいじゃないか!」


嬉しい気持ちと、どう対処して良いか変わらない気持ちのまま、彼女にいうと、彼女は、うん、と頷いた。


「最初はね、青木さんの事、友達としてしか、見ていなかった。

でも、私が襲われてね。

私のこと心配してくれたり、私のために動き回ってくれている貴方を見てて・・・」


俺は・・・期待して・・・いいのか?


「好きになってた・・・よ」




いいのか?

本当に?

俺は・・・俺は・・・



「七海、俺・・・」



戸惑ったままの俺、そして七海さんの顔は、恥ずかしそうに、真っ赤だ。


「青木さんの事・・・

好きです・・・」


「七海・・・」


言葉が、見つからない・・・


「リュウに会いたかったのは、ね。

ちゃんと、話をして、謝って、お礼も言って、ちゃんとした形で、彼との恋を、終わらせたかったの。

だって、私は・・・


気がついたら・・・貴方のこと、ずっと考えてた。

好きになってた・・・


また、青木さんと一緒にいたい。

お昼ご飯食べたい。


リュウとは出来なかったけど、昼間の明るい空の下を、青木さんと一緒に歩きたい!


もう・・・遅かった?

今からじゃもう、駄目・・・かなぁ?」


彼女は、俯くように視線を落とした。



いいんだよな?

俺なんかで良いんだよな?

リュウじゃなくて・・・

俺を選んでくれるのか?


問いただしたい。

どうして俺なんだ?と。


俺なんか、リュウみたいに格好良くないし、

リュウと比べたら・・・全てにおいて見劣りするのに

それでもいいのか? と・・・


でも・・・・


そんなことを聞き返すよりも先に、嬉しくて、七海を抱きしめた。


「充分だ・・・・七海

ありがとう・・・」


あああ、俺ときたら。


この期に及んで、もっと彼女にかっこいい言葉とか、言えればいいのに。


出てきた言葉ときたら、ドラマの告白シーンのような、かっこいい台詞とはかけ離れていた。


でも、彼女は・・・


「お礼を言わなきゃいけないのは、私だよ。

助けてくれて、ありがとう。

私のこと、好きになってくれて、ありがとう」


そう言って、彼女は。


俺がずっとほしかった


幸せそうで、甘い笑顔を、俺にくれた。


「七海っ・・・七海!」


その笑顔が愛しくて、


やっと手に入ったのが嬉しくなって。


俺は彼女をぎゅっと、抱きしめた。


思ったより小柄な彼女の身体は、スッポリと俺の腕の中に収まった。




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