第24章
午前中、生放送のリハーサルと打ち合わせがあった。
桜さんも「ERIS」のメンバーも、いつもと変わりなく打ち合わせに参加した。
俺も、桜さんたちよりも少しだけ遅れて打ち合わせに入った。
いつもと違うのは、リュウの顔色が悪かったこと位だが、ここ何ヶ月も、リュウの調子が悪かったり、心ここにあらず、といった様子なので、周りのスタッフは心配しつつも、その状態になれつつあった。
何よりも、リハーサルや本番が始まればリュウは普段と変わらないパフォーマンスを見せていた。そう言う意味では信頼されているのだ。
打ち合わせ現場の俺達の側には、杉崎さんもいた。
杉崎さんも、いつもとさほど変わらない様子だったが、その目は少しだけ、充血しているようだった。泣いていたのだろうか?
それとも、「ERIS」のメンバーに何か説得されたのか、それは判らない。
いずれにしても、せめてこのコラボ企画が終わるまでは、杉崎さんと一緒に頑張っていきたい、と思った。
それは、桜さんのマネージャーとして。一緒に一つの物を仕上げてきた仲間として。
企画終了の時を、一緒に迎えたかった。
やがて、打ち合わせが終わり、桜さんと「ERIS」の曲のリハーサルに入った。
さっき、あんな事があったので、桜や「ERIS」のメンバー達の動揺や精神状態が心配だったけど、それは杞憂だったようだ。
リハーサルだから、多少、身体の力が抜けている様子だったが、何の問題もないリハーサルだった。
俺と憲一さんは、カメラに映らない場所で、並んでリハの様子を見ていた。
桜さんは、さっきまでの表情とは打って変わった、ピアニストの表情をしてピアノを弾いている。いつ聞いても、人の心を掴み、そして心が洗われる演奏だ。
そして、その伴奏に“ERIS”の歌声が重なる・・・この曲も、何度聞いただろう・・・リハーサルや本番、それ以前のレッスンもつき合っていたので、普通じゃ信じられないほどの回数、聴いている。
何度聞いても、心に響き・・・飽きることがない。
「この曲も・・・あと少しだな」
「そうですね」
憲一さんの言葉に、俺は頷きながらそう答えた。
「なんかさぁ、長いようで、あっという間だったな」
この企画が始まったのは春先。確か冬の寒さが和らいだ頃だった。そして、今は、もうすぐ夏だ。
この何ヶ月か、この企画とずっと向かい合っていたが、俺達が向かい合っていたのは、これだけじゃなかった。
七海さんと知り合って、彼女が襲われて・・・その事件や、犯人を捜して・・・
まだ、何も終わっていない。
企画の成功も、七海さんの事件の真相も・・・七海の身の安全も・・・まだ、何一つ、手に入っていない。
そして俺は・・・それらのどれも、落としたくない。全て、手に入れたかった。
自分自身の為に・・・
「・・・昼休憩・・・」
憲一さんはぽつり、と言った。俺は憲一さんの顔を見た。
「俺は桜に付きそう。
桜の身に何かあったら大変だから、な。杉崎さんは、“ERIS”の側にいると言っている。
それから・・・大沢から伝言だ」
大沢。
そう言われて俺は息を呑んだ。
憲一さんは、俺の耳に口を近づけ、そっと耳打ちした。
数秒後。
俺は頷いた。すると憲一さんは、何かに満足したように、頷いた。
「頼むぞ」
「はい」
それだけ、答えた。そして胸の内で、今憲一さんから貰った情報をくれた大沢さんに、心から感謝した。




