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縁の下に咲く花達  作者: 光希 佳乃子
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第21章

廊下に出ると、桜たちの控室のすぐ近くに、“ERIS”の控室があった。


つかつかと、“ERIS”様、と書かれている控え室の前まで行き、一旦止まった。そして深呼吸をして呼吸を整えると、落ち着いてからドアをノックした。すると、中から“どうぞ”と聞き覚えのある声がした。


ドアを開けると、“ERIS”のメンバーと杉崎さんがいた。メンバーはおのおの、収録の準備をしたり、軽いアップをしたりして過ごしていた。


「あ、青木さん、おはようございます!」


「おはようございます!今日はよろしくお願いします!」


“ERIS”のメンバーはみんな気合い充分だった。


「おはようございます。こちらこそよろしくお願いします!」


俺もそれに答えながら、部屋の片隅で雑用をしている杉崎さんの所に近づいた。


「す、杉崎さん・・・」


「青木さん、どうかしたんですか?」


ついさっき会ったばかりなのに、こうして俺が“ERIS”の控室に来たのが不思議なのかも知れない。


でも俺はそんなことに構っていられなかった。


「ちょっと・・話があるんですけど・・・良いですか?」


心臓の音が杉崎さんにまで聞こえてしまいそうだった。


「・・わ、私ですか?」


驚いてそう言う杉崎さんに、俺は頷いた。


「七海さんの事件のこと。

知ってるんでしょ?いろいろ」


俺がそういうと、マナトとリュウが、驚いた様にこちらを見た。


「・・・どういうことだ?」

「杉崎さん?」

「なに? なに?」


メンバー達がざわついた。リュウは、驚いて動くことさえ出来ないようだ。


「青木さん?!」


マナトが血相を変えてこちらにつかつかと近づいてきた。


杉崎さんは、俺の言葉に観念したように、ため息をついた。


「こっちへ。

マナト、リュウ、一緒に来てくれ」


杉崎さんにそう言われて、マナトとリュウは頷いた。


そして俺と一緒に廊下に出た。


そのまま、俺たちは、桜さんの控え室へと向かった。そう遠くない場所にある控え室なのに、その数秒間は、沈黙とともに、恐ろしく長く感じた。



桜さんの控室に戻ると、桜さんも憲一さんも、硬い表情で待っていた。七海さんも・・・もはや隠れもせず、桜さんの横に座っていた。そして、俺と一緒にリュウが来た事で、驚いたのか、声さえ出ないようだった。


「七海・・・」


リュウも、俺達と一緒にいる七海さんに驚いた様だったけど、名前を呼ぶ以上の事はなく、二人とも驚きを隠せないようだった。


その二人の動揺に全く構わず、俺は杉崎さんに詰め寄った。


「杉崎さん。

七海が襲われた時・・・その車の中にいたって、本当ですか?」


もう、隠す必要なんかない。はっきりと聞いてみた。


その俺の一言だけで、杉崎さんの表情がさっと変わった。


「七海さんを襲う、共犯者だったんですか?」


俺の言葉で、七海さんは、視線をリュウから杉崎さんへと移した。


もう逃げられない、そう思ったのか、杉崎さんはため息をついた。


「・・・そうです。

私は、明日香さんの、共犯者です」


諦めたように言った。


信じられない、といった顔で、マナトとリュウが、杉崎さんを見つめた。


そして、杉崎さんは言葉を続けた。


「明日香に頼まれて、車の運転をしました

最初は、七海さんをちょっと脅すだけだから・・・と言われました」


「どうして?」


桜さんが、信じられない、といった顔をして、そう聞いた。すると杉崎さんは、ため息混じりに俯いた。


「明日香さんに、脅迫されていた。

リュウの恋人、七海さんのこと。

週刊誌にバラされたくなかったら、協力しろ、と言われました。

事務所の社長には、こう言った色恋沙汰はすぐに報告して、恋愛そのものを潰すように言われている。

けど私は、知っていても、一切報告していない。

明日香さんは・・・私が色恋沙汰を秘密にして居ることを、しっていた。

それを・・・脅迫してきた。」


そこまで言うと、杉崎さんはリュウと七海さんを見た。


「リュウの・・・いや、“ERIS”のメンバー全員、恋愛沙汰は勿論、不道徳なスキャンダルも、公にできない。人気に傷がつくし、世間に及ぼす影響も大きい。


・・・それは事務所の方針で、私にはどうすることもできない事だ。


でも、リュウも、あいつらも、もう子供じゃない。

自分の意志で、良識を持って行動し、節度を持って恋愛しているなら、何も言いたくない。

私にできることは、せいぜい、見て見ぬふりをする事くらいだ。

だから、リュウと七海さんの事も、ずいぶん前から気づいていたけど、知らないふりをしていたんだ。


でも、何ヶ月か前、明日香に、七海さんのことを言われた。

明日香は事務所にバラす、と言ってきた。

私はやめてくれと言ったんだが、彼女は聞かなかった。

そのうち、私が明日香に協力すれば、秘密にしておく、と言い出した」


「ってことは・・・杉崎さんは、リュウと七海さんのことを秘密にするために、七海さんを襲うことに手を貸した、ってこと・・・ですか?」


桜さんがそう聞くと、杉崎さんは頷いた。


「・・・杉崎さん、七海とリュウの事知ってたんですか?」


マナトは、驚いた様に聞いた。


「ああ。知ってた。多分、マナト達よりずっと前に、気づいていた。

これでもお前達のマネージャーだぞ。

お前達の事は、デビュー前から知ってる。私にとっては息子みたいなものだ。

騒ぎに巻き込まれたとき、すぐに手を打てるように、お前達全員の交友関係は、全て把握しているつもりだ。

それに・・・リュウは、七海さんとつき合い始めてから、随分性格が変わっただろ?

柔らかくなったというか、角がなくなった。

何かあったとしたら・・・女しかない、と思った。

・・・リュウを、あんな風に変えてくれたのが、七海さんなのだとしたら、尚更だ。

・・・守ってやりたいじゃないか」


マナトとリュウは、唖然として杉崎さんを見ていた。


「じゃあ、・・・事務所に、七海のこと」


リュウが、恐る恐る、聞いた。杉崎さんは静かに首を横に振った。


「話していない。

もとより、何か問題が起きたら・・・守ってやりたいと思った。

俺にとってお前達は・・・無名な頃からずっと面倒見てきたつもりだ。

息子みたいな存在だ。

問題さえ起こさなければ、事務所には言わない。これからも言うつもりは・・ない」


そう断言した。




俺も、憲一さんも、マナトもリュウも、桜さんも・・・


何も言わなかった。言えるわけがない。


共犯者の筈の、杉崎さん。


共犯者になった理由は、リュウと七海さんを守るためで。


そのために、七海さんを襲うことに、手を貸してしまった。


こんな酷い皮肉って、ない・・・・


・・・いや、俺達が捜した真相に、こんな悲しいことが混ざっていたんだ。


被害者は、七海だけじゃない。


この人も・・・心に深い傷を負いながら、共犯者となったのだ・・・


「青木さん、橘さん・・・桜さん、あと・・・七海さん」


口火を切ったのは、マナトだった。


顔色が悪い。


唇が、少し震えているように見えたのは、気のせいじゃない。


「杉崎さんの処分は・・・俺達に任せて貰えませんか?」


マナトは顔を上げて、俺達を見た。強い目ではない。でも、はっきりとした意志の宿った目だった。


「七海さんを襲った共犯者です。

警察に突きだして当然ですが・・・

お願いします。

杉崎さんの身柄、俺達に預からせて下さい」


すっと、マナトさんは深く頭を下げた。それに倣うようにリュウも頭を下げた。その真摯な態度に、俺達は顔を見合わせ、そして七海さんを見た。


「七海さん・・・それでもいいかな?」


憲一さんが、七海さんにそう聞いた。今回の事件で、一番傷付いたのは七海さんだ。だから、この場の判断は、彼女に任せるのが一番だろう。


七海は・・・俺達の顔を見回した。


「私?」


「そうだよ」


七海に聞くのは、もしかしたら一番残酷なことかも知れない。


でも・・・俺にも、憲一さんにも桜さんにも・・・この場を収める権利はない。そう思った。


杉崎さんは、俯いたまま、俺達の・・・そして、七海さんの判断を待っていた。


「私は・・・」


そして・・・七海は、ゆっくりと口を開いた。


「一つ、教えて下さい。杉崎さん」


「なんですか?」


こわごわと、杉崎さんは顔を上げた。親子ほど年の差があるこの二人、年上の杉崎さんの方がおどおどとしているなんて、見ていて滑稽にも見えた。


でも、勿論、それを笑う人なんか誰も居なかった。


「・・・二度目に私が襲われたとき・・助けてくれたのは、杉崎さんですよね?」


「!!」


驚きからか、杉崎さんの目が、大きく見開いた。


「暗かったし、顔なんか見えなかったから、分かりません。


でも、一度目に襲われた時は、辞めてくれって、ずっと、私を襲っていた人達を止めようとしてくれた人がいました。


二度目の時は、運転席にいた人が・・・私を車の外に逃がしてくれました。

あの時、逃がしてくれたのは・・・杉崎さん・・・だったんですよね?」


問いかけているようだった。でも、問いかけなどではなく、確認、だった。


きっと七海さんの中には、この杉崎さんが助けてくれた、という、はっきりとした確信があったのだろう。


「・・・・」


杉崎さんは、何も言わない。何も言わないまま・・・相変わらず、七海さんから目を離さない。


そして、その表情から・・・七海の言ったことが、事実だと、悟った。


「・・・やっぱりそうなんですね」


そう言いながら、七海はやっと、笑顔を見せた。


目を真っ赤に泣きはらしながら、それでも、笑った。


「よかった。

犯人じゃなくって、助けてくれた人で・・・

お礼が・・・言える」


そういうと、すっと頭を下げた。


「助けてくれて、ありがとうございました。

あの時、杉崎さんが外に出してくれたから・・・私、助かったんです。

車から助けてくれなかったら、私、青木さんにも、見つけて貰えなかった・・・」


「七海・・・さん・・・・」


杉崎さんは、驚いた様に、七海さんに駆け寄った。


「いいえ!

元はと言えば、私が、明日香に協力しなければ!

貴女をこんな目に遭わせずに済んだんです!

リュウと貴女を守りたいなんて言いながら、貴女をこんなに傷つけてしまったのです!


断罪して下さい!

詰って下さい!


そうでないと、私の気が済まないんです!」


そんな二人の光景を、俺達は、少しだけ逃げ切れたような気分で、見つめていた。


「これで良かったのか?」


マナトさんが、静かな声で俺にそっと耳打ちした。その声に、一瞬戸惑いながら俺は頷いた。


「七海さんが、許したんなら、それでいいんです」


そう、それでいい。


七海さんが、これ以上襲われることがない、安全に過ごせるようにする。


それが一番の目的の筈だから・・・


俺とマナトさんが話している姿と、七海さんと杉崎さんの姿。そして、涙ぐんでいる桜さんと、それをあやす憲一さん・・・


そんな、この場のメンバーを、リュウは複雑な顔をして見つめていた。


それは,この場にいながら、当事者の一人でありながら、蚊帳の外に置かれている、というやりきれない感情からかも知れないが・・・


控室に、緊張が解けた空気が漂った。


しかし、まだ全てが終わっていないこと位、ここにいる全員が判っていた・・・・・




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