第20章
生放送本番の日。
俺は七海さんを迎えに行って、テレビ局へ向かった。
約束の時間に家の前に車で迎えに行くと、マンションの前に七海さんが既に待っていた。
「おはよう」
「おはよう。今日は、よろしくお願いします」
「いいよ、乗って」
軽くお辞儀をする彼女に、車に乗るように促すと、七海は頷いて、勧めた助手席に乗ってくれた。
彼女は、柔らかい雰囲気の飾り気のないシャツとパンツをはいていた。いつか、一緒に仕事していたときとはまた違う服装だった。
そんな彼女を車に乗せて・・・しかも車の中は彼女と二人きり・・・
二人きり・・・
平常心でいられるはずがない。
“彼女がもう襲われないようにしたい”
そう願いながらも。
彼女を好きだ、という思いは、身体の中で痛みになる。
仕事は嫌いじゃないけど、さすがに今日は、テレビ局に行きたくなかった。
彼女に、“リュウに会いたい”と言われて、その為に奔走したのは、他ならない、俺自身。
それなのに、会わせるためにテレビ局に行くのが嫌だ、なんて。
酷い矛盾だ。
「・・・・さん? 青木さん?」
「え?あ、ごめん!何?」
考え込んでいて、彼女に名前を呼ばれていたのにさえ、気づかなかった。七海さんは、何かを言いにくそうに俺を見ていた。
「・・・あの・・・・いろいろ、ありがとう
私のために、いろいろお膳立て、してくれたんでしょ?」
「大したことないよ」
俺は言葉少なく、そう言った。そして。
「はっきりさせてきな」
それだけ、言った。
「ん・・・そうだね・・・」
でも、本当は、もっと言いたい事もある。
もしもはっきりさせて・・・リュウとの未来がないのなら。
俺との事も考えてほしい、と・・・
七海さんが好きだ。と・・・
でも・・
「・・・楽しみ?」
俺の口から出てきた言葉は、俺の想いとは裏腹な言葉だった。
「え?」
「もうすぐ、リュウに会えるんだよ?
何ヶ月ぶり?
楽しみ?」
こんな事、言いたくないのに。
これで頷かれたら、俺はきっと落ち込んで・・・仕事にならないだろう。
けど、七海さんからの答えはなかった。
「?どうかしたのか?」
ちらり、と隣の彼女を見ると、彼女は俯いていた。
その表情からは、感情を読み取ることは出来なかったけど、それは、これからリュウに会える、という嬉しさも、寂しさも、感じられなかった。
ただ・・・戸惑いが、漂っているように見えた。
そして、それ以上俺は、彼女に何も言えなくなってしまった。
重たい沈黙のまま、テレビ局までの道のりはひどく長く感じた。
テレビ局に着くと、桜さんと憲一さんは既に控室に入っていて、リハーサル準備を進めていた。
「おはようございます」
「おはよう」
「おはよう、青木君」
憲一さん達に挨拶すると、その横で七海さんが会釈した。
「七海さん、久しぶり」
憲一さんが、七海さんにそう言った。七海さんは、ぎこちなく笑った。
(あ、この笑い、久しぶりだな)
ぎこちないけど、彼女はいつも、俺の隣の席でこんな風に笑っていた。
「今日は・・・いろいろありがとうございます。
よろしくお願いします」
そう言って、再び深くお辞儀した。すると憲一さんは、軽い笑顔を浮かべた。
「お礼は、俺じゃなくて青木に言ってやってくれ。
このために奔走してお膳立てしたのは、俺じゃなくて青木だけだ
俺は何もしていない」
名前を出されて、俺は恥ずかしくなった。
「いや、俺は別に・・・」
「青木さん・・・?」
七海さんの、俺を見る目が、さっきとは違う色を浮かべた。
「・・・まあ・・・な」
恥ずかしくて、彼女の顔をまともに見れない。でも・・・
「七海さん」
俺は顔を上げて、七海さん顔をまっすぐに見た。
きっとこれが・・・七海さんと向き合う、最後。
次にまともに向かい合う時は・・・きっと彼女は、リュウとやり直している。俺の出る幕がない時だ。
「ちゃんと、話し合ってきな」
それだけ言って、彼女から離れた。そして軽く時計を見て。
「そろそろ打ち合わせですよね?俺、行ってきます」
「え?青木君?」
何となくだけど、彼女の顔を見ているのが、今は少し辛い。
まるで失恋したような気分だった。まあ、失恋と変わらないか。
軽く身支度すると、俺は打ち合わせに出るべく、ドアを開けようとした。
その時・・・
“コンコンッ!”
ドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ!」
そう良いながら、七海さんを隠した方が良いか、と思った。けど俺よりも桜さんの方が早く反応した。
もともと、七海さんには、事情を話してある。ここではあまり人に会わないように、と言ってある。七海さんも慌てるように、着替えをする為に仕切られたスペースへと姿を消した。
彼女が隠れるのと同時に、
「やあ、おはようございます!」
「ERIS」のチーフマネージャー、杉崎さんが入ってきた。
「あ、おはようございます!」
「杉崎さん、おはようございます。今日はよろしくお願いします」
俺達は口々に挨拶をした。けど、俺も、みんなも心穏やかではなかった。
この前、マナトさんが言っていた言葉・・・杉崎さんだけが、七海さんが襲われた日のアリバイがないこと。そして、犯行に使われた車は、「ERIS」の移動専用の車、だということ、そして、杉崎さんはその車を運転できる立場だということ・・・
「いや、こちらこそよろしくお願いします」
そう言いながらお辞儀して、いつものような気の良い笑顔を見せた。
(この人が・・・共犯者・・・)
一瞬凍り付いていた俺の顔を、杉崎さんはすぐに気づいた。
「ん?どうかしましたか?青木さん?顔色悪いですよ?」
話を振られて、俺は慌てて首を横に振った。
「いえ、なんでもないです!えっと、もう打ち合わせですか?」
俺がそう聞くと、杉崎さんは首を横に振った。
「いいえ。ただ今日の収録の事でちょっと・・・」
どうやら、今日の収録、細かい変更点があるだとかで、その話だった。
俺と憲一さんは、その話をしながら、隠れている七海さんの事が気になって仕方がなかった。
仕事の話があらかた終わり、杉崎さんは“それでは後ほど!”と気の良い笑顔のまま、去っていった。
「七海さん」
仕切られているスペースから出てきた。でも、その表情は、さっきとは全く違った。
「ん?どうしたの?」
桜さんが、真っ青な顔をして立ち尽くしている七海さんに近づいた。
「気分でも悪いの?」
心配そうにそう言う桜に、七海さんは首を横に振った。
「今の人・・・」
「この前話した、“ERIS”のマネージャーだよ。
七海が襲われたとき・・・アリバイがなかった人。共犯者かも知れない。気をつけて」
俺がそう言った瞬間、七海さんはカッと目を見開くと、大きく首を横に振った。
「今の人、違う・・・」
「え?」
その言葉に、俺も憲一さんも桜さんも、言葉を失った。
「違う・・って?どういうこと?」
桜さんがそう聞き返すと、真っ青な表情のまま、唇を震わせながら、
「違うの! 今の人・・・私を助けてくれた人っ!
共犯者なんかじゃない!」
「えっ!」
「ちょっと、それどういうことなの?」
七海さんの爆弾発言に、桜さんはびっくりして七海さんの肩に触れた。
「思い出した・・・今・・・・・」
がたがたと、肩を、唇を震わせながら、呟くように言った。
「二度目に襲われた時・・・
あの人が、車から出してくれたの。
“もう辞めてくれっ!”って、叫んでた」
話し始めた七海の言葉を、俺達は、身動き一つしないまま、聞き入った。
「あの日。
車に連れ込まれて、車の中で殴られたり、その・・・酷いことされたんだけど、ね。
運転席に座っている人だけが、止めてくれたの。
“もう辞めてくれ!
この子は、リュウの大切な人なんだ!”
って叫んでたの。
それでも、私を襲ってた人は、辞めてくれなくて。
その人、運転席から下りて、外から、後部座席のドアを開けて、私を引っ張り出したの。
私を車に戻そうとしている人達を車に押し込んで、私を道に降ろして、そのまま運転席に戻って、車、発進させた・・・
私、道端に、残されたの。
大怪我して、服もボロボロのままで。
覚えてるの、そこまで・・・」
その後、俺が見つけたのだろうか?
「じゃ、杉崎さんは・・・」
「共犯者だったけど・・・助けてくれたって事か」
憲一さんがそう言うか言わないかの時。
俺は、ドアに向かって早足で歩いていた。そしてドアノブに手を触れようとした時。
「おいっ!青木っ!どうしたんだっ!」
「杉崎さんに話を聞く!決まってるだろ!」
そう・・・杉崎さんから聞くしかない!
真相を、あの人は知っている筈だ!
「おい、待て!今は辞めろっ!」
後ろの方で憲一さんがそう言っていたけど、俺はそれに構わなかった。




