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縁の下に咲く花達  作者: 光希 佳乃子
19/31

第18章

翌日。


出社すると、事務所は大騒ぎになっていた。


「どうしたんですか?」


俺より先に出社していた五十嵐さんに聞くと、


「昨日の夕方、警察が来て、社長に話を聞いていったの。

七海さんの事とか、暴力団の事とか、“ERIS”の事務所のこととか!!

なんかね・・・」


五十嵐さんは血相を変えてまくし立てた。七海さんのストーカー事件が急展開したらしい。


彼女の話を要約すると。


七海さんを襲った人の目星がついたと。そして、共犯者も存在して、それに関する聞き込みをしていて、社長の所にも話を聞きに来た、という事だった。


さらに、それに、テレビや芸能事務所に対して力を持っている暴力団が絡んでいる、との事だった。


昨日、俺が警察に届け出た事によって、警察が動き出したのかも知れない。


「青木!」


俺が五十嵐さんに話を聞いていると、憲一さんもやってきた


「おはよう。青木」


「おはようございます、憲一さん」


そういうと、憲一さんは軽く目配せした。俺は頷き、そのまま憲一さんの背中を追いかけた。


そのまま、事務所の隅のパーテーションへ移動した。


「昨日はお疲れさん」


「いえ・・・憲一さんも・・事務所、大変だったらしいですね。今五十嵐さんから聞きました。すみません」


向かい合うように座りながら、早速話が始まった。


「気にするな。社長、そのことで今日は不在だ。

いろいろ、根回ししないと行けないところがあるらしい」


「根回し・・・ですか?」


俺が恐る恐る聞くと、憲一さんは頷いた。


「社長も、腹をくくった、って事。

下っ端の一従業員が、社長が預かった七海さんを守るために身体張ってるんだ。

七海さんを引き受けた社長が何もしないでのうのうとしているわけにはいかないだろ?

俺も、昨日社長に言ったんだ。

事務所の若い奴に、全部背負わせるつもりか?って」


「憲一・・・さん・・・」


動いてくれた・・・


社長が、会社が・・・


それだけでも、こんなに嬉しい事はない。


俺がこの何週間か悩んで、動き回っていたことは、


無駄ではない事だ・・・・間違ってはいない・・・


「ありがとうございます!」


「いいって。社長だって、こんな事で、大切な従業員を辞めさせるのは惜しいんだろ?

それに、本来、圧力がかからなければ、社長がやるべき事だ。社長が、七海さんを預かったのだから、な

だから気にするな。お前のした事は、間違ってない」


そういうと、憲一さんはにやり、と少しだけ笑った。


「そろそろ、警察も明日香に事情聴取するだろう。暴力団の圧力があるし、どうなるか判らないけど、時間の問題だ」


俺は、憲一さんに、気になっていたことを聞いてみることにした。


「憲一さん?」


「なんだ?」


「七海さんに脅迫状を送っていた車って、「ERIS」の事務所の車、だったんですよね?」


昨日、大沢さんがそう言っていた。憲一さんは、ああ、と頷いた。


「・・・でも、これは従業員にはまだ秘密だ。

今、俺達は「ERIS」とコラボ企画を進めているだろ?

その状況下で、七海を襲ったり、脅迫状を投函するのに使われていた車が、「ERIS」の事務所の車で、事件にも関わっている・・・なんて事になったら、厄介だ。


社長も、それを気にして、青木にこれ以上首を突っ込むなって・・・言ったんだと思う。


もちろん、暴力団の圧力があったのは事実だ。でも、あの時、あのタイミングで、もしも黒幕が「ERIS」だということになったら、コラボ企画の方も大変なことになった筈だ」


憲一さんは、あの時の事を話してくれた。


確かにそうだ。あの時はまだ、黒幕が判っていない状態で。


そんなときに、あの車が「ERIS」の事務所の車で、「ERIS」の誰かが七海を害した・・・なんて事が公になれば、コラボ企画そのものがお蔵入りになりかねない。


せっかく、桜さんや「ERIS」のみんなが頑張って進めているあの企画を・・・


今だったら、そういった事も含めて、落ち着いて理解することが出来る。


でも、あのころ、頭に血が上って、あまり余裕もかった俺には・・・


おそらく、心に落とすことは出来なかった、だろう。


「“ERIS”の事務所の車が使われていた、と言うことは、明日香の共犯者に、“ERIS”の事務所関係者が居るはずだ。

けど、警察の話だと、“ERIS”のメンバーは、七海さんが襲われた時、二度ともアリバイがある。脅迫状投函も、時間的に不可能だ。

っていうことは、事務所の人間が、勝手に公用車を使った、と言う可能性もある。


お前も、“ERIS”の事務所関係者には十分注意してくれ。


これ以上うちの事務所の人間が傷付くのは、社長も俺も、いい気分はしないから、な」


憲一さんはそう言って話を終わらせると、パーテーションから出て行った。




後に残った俺は、パーテーションの窓から見える外の景色を眺めながら軽く息を吐いた。


来週、ついに“ERIS”とのコラボ曲のCDが発売になる。発売イベントもあるので、当日は忙しくなるだろう。


そして、その週の週末、生放送の音楽番組に“ERIS”との出演が決まっている。


テレビの生放送で、コラボ曲がオンエアされるのは、その音楽番組が初めてで、この番組が、実質上“テレビ初披露”となる。事務所内もその関連業務でばたついていた。


今まで何度か、コラボ曲の収録があったけど、オンエアはこの生放送より後になる。


今日も、打ち合わせと会議が立て続いている。


そんな関係で「ERIS」と顔を合わせる機会は多い。でも、その「ERIS」のリュウと七海さんをゆっくり会わせて話をさせる・・・そんな時間が取れるのかは微妙だった。


「・・・どうしたらいいんだろ・・・」


呟いても答えが出るわけでもなく、俺はぐっと伸びをして、パーテーションを出た。


疲れが、身体から抜けなかった。





午前中、会議を一つ終わらせ、もう一つは桜さんも交えた打ち合わせだった。


会議中、桜さんはレッスン室でピアノを弾いている筈だった。


「青木、悪いけど叶野さん、連れてきてくれないか?」


先輩スタッフにそう言われて、俺は会議室を出た。そしてレッスン室の前を通りかかったとき。


いつもなら、レッスン室からピアノの音が聞こえてくる筈なのに、聞こえてこなかった。また大沢さんが来ているのか・・・と思ったけど、事務所の人に聞くと、今日は来ていない、との事だった。


その事実にほっとしながら、レッスン室のドアをノックした。


返事はなかった。けど中にいる、という確信があった俺は、そのままそっと、ドアを開けてみた。


時計を見ると、もう会議が始まる。躊躇している余裕はない。もう呼ばないと遅れてしまうだろう。


「桜さん・・・打ち合わせ始まりますよ」


そう言いながらドアを開けると、桜さんはピアノの前に座り、何か考え事をしていた。


「桜さん?」


そっと、呼んでみると、桜さんはびっくりしたように顔を上げた。


「青木君・・・あ、もう打ち合わせ?」


慌てて時計に目をやった。桜さんは、時計さえ、見ていなかったようだ。


ピアノの上には楽譜が少し、置いてあった。でもそれを演奏していた様子ではなかった。


その桜さんの表情は、どこか元気がなかった。そう、元気だったらきっとピアノを弾いている。それがないのだ。彼女にしては珍しい。


「どうかしたんですか?」


「ん・・・」


俺の問いかけに、彼女は曖昧に返事をしただけだった。


「憲一さんと、大沢先輩からね」


「うん・・・」


「明日香さんに近づくなって、言われたの」


そりゃあそうだろう。この前あんな事があったのだ。そして、一連の七海のストーカー事件の黒幕かも知れない存在だ。


俺にその権限があれば、速攻縁を切らせる。


でも、桜さんにとっては・・・数少ない友達。


その友達を疑わなくてはいけない。そしてカマかけた。そして・・・その友達は馬脚を現した。


嬉しいわけが、ない。


自分で仕組んだ罠に、彼女はかかった。でも本音をいえば、かかって欲しくなかったに違いない。


無実であって欲しかったに違いない。


「覚悟はしてたの。

随分前に、大沢先輩から、明日香さんが怪しいって言われた時にね。

まさかって思ったの。

だって、明日香さん・・・知り合った頃からいつも優しくしてくれてね。

私にとっては、数少ない飲み友達だったしね」


そこまで言うと、桜さんは一瞬、言葉を止めた。躊躇っているような表情だった。


「私・・・ね。女友達って殆どいないんだ。


そりゃあ、同業者の演奏家の女友達はいるんだけどね。そこから一歩離れると、女友達っていないんだ。

もう、みんな結婚しちゃってね・・・なかなか会いにくくて。


普通にOLしてる子もいるけど、私の仕事って不規則だし、土日もコンサートだったりしてるから、全然会えないの。


女子会とか、女の子同士で遊びに行く・・・なんてのも、やったことないの。

まして、一緒に酒が飲める女友達って・・・本当にいなくて。

酒が飲める女友達って、片手で数えて指が余るくらいなの。

だから・・・明日香さんみたいな、酒飲める女友達って・・・凄く嬉しかったの」


ふふ、と桜さんは悲しそうに笑った。


「・・・桜さんは、明日香さんの事、本当に好きだったんですね」


「うん。

そりゃ、明日香さん、ちょっと気性激しいから・・・リュウと二人で話していると、結構色々言ってきたり、辛く当たってくることも、あったんだ。


でも・・・それでも、好きだから。


明日香さんがリュウの事、好きだからだって気づいたら、明日香さんの、私とリュウに対するキツい言動も、何とも思わなかった。


だから、憲一さんや大沢さんから“手を切れ”って言われたら、ちょっと悲しいよね」


寂しそうに笑う桜さんの笑顔が悲しかった。桜さんが抱える深い孤独を、この時また、垣間見た気がした。


でも、その表情はすぐに消え去り、作り笑顔にも似た表情に変わった。


「ごめんね、ちょっと愚痴っちゃった。

元はと言えば私が言い出したことなのにね!」


「愚痴ぐらいいくらでも聞きますよ。

これでも桜さんのマネージャーですからね!」


「ふふ、ありがとう」


そう言って椅子から立ち上がると、ぐっと伸びをした。


そして、この話はもう終わり!と言いたげに笑った。


その笑顔が酷く悲しかった。


「さて、これから打ち合わせでしょ?

行こうか?」


そう言うと桜さんは、のんびりとした足取りでレッスン室から出て行った。


俺は慌てて桜さんの背中を追いかけた。


「あ、そういえばさ、青木君」


「なんですか?」


「警察に、届けたんだって?昨日社長が言ってた」


「あ、はい。

大沢さんが、いろいろ情報くれたんで。

事件として成立するかは判りませんけど。

七海さんの安全を確保できるくらいは、どうにかなりそうです」


昨日の届けで、今後どうなるのかは判らない。でも、明日香が犯人、というのは随分固まりつつあるみたいだ。


暴力団の圧力が入らなければ・・・それだけが気がかりだ。


その時俺は、昨日の七海さんとの話を思い出した。


“リュウに会いたい”と言っていた、七海さん・・・


「ね、桜さん、ちょっと相談があるんですが・・・」


俺は、桜さんに、昨日の七海さんの事を相談してみた。


桜さんは、真剣に話を聞いてくれた。


桜さんも俺も、今は仕事の関係で“ERIS”と会う機会は多い。


でも、七海をリュウに会わせるような時間が取れるか、と考えると、それは無理に等しい。


“ERIS”のみんなだって、分単位に忙しい芸能人なのだ。この企画に随分時間を割いて貰っているけど、それでもぎりぎりな感じなのだ。


桜さんは、俺の話を聞き終わると、難しい顔をして考え込んだ。


「ん~~・・・どうかなぁ・・・

どうにかしてあげたいけどね・・・」


桜さんと「ERIS」のメンバ-。一緒の仕事は多いし、休憩時間や、ちょっとした雑談をする時間はある。


でも、そこに部外者である七海を連れて行ってリュウと話をさせる・・・というのは難しい。


「だってさ、“ERIS”の事務所の人も、七海さんを襲った人、かも知れないんでしょ?


っていうことは、“ERIS”の事務所の人がいる現場に七海さんを連れてゆくのは・・・危ないでしょ?」


そう・・・俺が躊躇している理由も、それだった。


下手をすれば、また七海が襲われる可能性だってあるのだ。


「・・・じゃあ、さあ。

いっそのこと、テレビ局で会わせちゃう?」


「テレビ局?」


「うん。来週の音楽番組の生放送の日」


「それって一番危ないですよ!


テレビ局なんて、“ERIS”の事務所の人だっているし、ドラマの収録で、明日香さんだっているんですよ!」


一番危ない場所じゃないか?


でも、桜さんは、いつもののほほんとした、天然風味な笑顔を見せた。


「確かに、同じ日、明日香さんの出ているドラマの収録もあるよ。だからテレビ局でばったり、なんて事になるかもね。

でも、明日香さんは、シン君と共演してて、収録中はシン君と一緒だから。

シン君に頼んで、明日香さん見張って貰おう。

テレビ局で、音楽番組の生放送だったら、早い時間から打ち合わせやリハーサルでしょ?

空き時間もあるはずよ。

その空き時間に、リュウと七海さん、会わせてみよう?」


「でも・・・誰かに見られたら・・・」


明日香さんや、明日香さんの共犯者に目撃でもされたら?そう考えると踏み切れない。


もっと安全に、ゆっくり会える機会を捜した方が良い。


「大丈夫よ。

音楽番組の生放送なんて、スタッフや関係者が多いでしょ?

そんな中で何かすれば、目撃者を大量に作ることになるのよ?

私達が気をつければ・・・二人を会わせる事くらい出来るかも知れないよ?」


・・・確かにそうかも知れない。


テレビ局の生放送本番。スタッフは多くて現場はごった返す。


そのくせ、リハの合間の空き時間はかなりある。


上手くすれば、二人を合わせる事は・・可能だろう。


「私、マナトさんに相談してみるね。

平気そうだったら・・この日にしましょう」


「・・・そうですね・・・」


実際、この生放送を逃したら、会わせるのは不可能に近い。


俺は腹をくくった。


「そうですね。うん。

じゃ、俺は七海に連絡しておきます」


「わかった!

あ、くれくれも、内密にね」


俺と桜さんは、どちらからともなく笑いあった。


まるで、子供同士の約束事みたいだな、と俺は彼女に気づかれないように苦笑いした。


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