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縁の下に咲く花達  作者: 光希 佳乃子
18/31

第17章

大沢さんからもらった事実を、俺はしばらく悩みながら抱え込んだ。


届けて公になれば、少なからず、俺たちの事務所も「ERIS」の事務所も騒ぎになるだろう。


そうなった時・・・コラボ企画はどうなる? 桜さんの今後の仕事は?


「ERIS」のメンバーの今後は?


リュウやマナトさんは?


葛藤が、全くない、って言ったら嘘だ。


こういう仕事についているからこそ、周囲の状況が余計に見えてしまう。そして・・・出来るなら、今後の桜さんの仕事や“ERIS”のことを考えたら・・

いっそ、なかったことにしたい。


でも、このままじゃ、七海さんの安全は得られない。また、襲われるかもしれない。


どうしたら・・・



「覚悟を、きめなくちゃ」


シンさんの言葉が、脳裏をよぎった。


『それなら・・・お前の出来ることをやれよ。

後悔してからじゃ、全部遅いんだ。

思いつく限り、出来ることを全部、精一杯やって、

彼女を抱きしめられりゃ、それでいい。

最後の瞬間に、後悔するような行動だけは・・・すんなよ』


最後に後悔しない選択肢って、どれなんだよ?


『お前は、憲一さん程深く、桜や仕事に絡んでいないし、今回の関係者と、個人的に知り合いって訳じゃない。面倒くさい柵だって桜よりもずっと少ないはずだ。

俺達に出来ないことが、お前には出来るかも知れない。

お前には、それだけの気持ちだって、あんだろ?』


俺にしかできない事って、どれなんだよ?


『いいか?

最後の瞬間まで、絶対諦めんなよ?

諦めちまったら、そこで終わりだ。

彼女の安全も、彼女の気持ちも手に入らねぇぞ』


「・・・諦めない、こと・・・」


俺は、あの夜、シンさんから言われた言葉を、ひとつずつ噛みしめ、心に落としていった。


俺にとっては、究極の選択だった。


警察に話せば、七海さんは助かるかも知れない。でも。“ERIS”の事務所にとっては大きなスキャンダルになりかねない。それに、社長の“関わるな”

という言葉にも背くことになる。


下手をすれば、うちの事務所に圧力がかかり、俺だってこの仕事を辞めさせられる事になるだろう。・・・いっそ、その前に辞表を出すか・・・そうすれば、桜さんや憲一さんは勿論、“ERIS”のプロジェクトに迷惑をかけることはない。


それとも、全てなかったことにして、今まで通りでいるか。


七海さんのことも、今回の事件の事も、全て忘れて、今まで通り、桜さんのマネージャーとしてい続けるか・・・


その方が、俺自身は平和かもしれない。“ERIS”とだって、今回のプロジェクトが終われば、関わることもない。


平和に、何もなかったように・・・


いられるのか?


七海さんとのことも、全部忘れて?



今まで、何度となく脳裏をよぎった、七海さんの笑顔。


ぎこちない笑顔が、明るい笑顔に変わったあの日。


一緒に昼ご飯を食べた時の事。


リュウを見たときの、凍りついた表情・・・


「・・七海さん・・・・」


『いいか?

最後の瞬間まで、絶対諦めんなよ?

諦めちまったら、そこで終わりだ。

彼女の安全も、彼女の気持ちも手に入らねぇぞ』


諦めたら、そこで終わり・・・


俺は、七海さんのを、諦められるのか?


なかったことに、出来るのか?


出会う前の俺に・・・?



「絶対に、諦めない」


シンさんの言葉を、何度も何度も反芻した。


「後悔してからじゃ、遅い」


シンさんが俺にくれた言葉、一つ一つを・・・




事務所のレッスン室で、今回の曲を弾いている桜さんの横顔を見るたびに。


打ち合わせで“ERIS”の事務所に行くと、“ERIS”メンバーが6人揃ってヴォイストレーニングしている、そんな姿を見るたびに。


そして、今回の企画を心待ちにしているファンの存在を知るたびに。


その企画のために奔走している、たくさんのスタッフを目の当たりにするたびに。


俺の葛藤は熾烈さを増した。


七海さんの存在と、今回の企画。


『後悔してからじゃ・・・遅い・・・』


俺にとっての、後悔は・・・




それから数日後。


俺は身の回りの整理をすると、憲一さんに有給申請を出した。すると、あっさり了解してくれた。


「明日は収録も打ち合わせもないし、桜も教室レッスン室だから、俺一人で平気だ。心配するな」


「ありがとうございます。企画途中で申し訳ありません」


俺がそう言って頭を下げると、憲一さんは軽く笑った。


「いいけど、お前が有給なんて珍しいな。どうしたんだ?」


そう聞かれて、俺は一瞬躊躇した。でも・・・最悪、事が大きくなったら、俺はクビになるかも知れない。


そうなった時、憲一さんには迷惑がかかるだろう。


「警察に・・・行ってきます」


すると憲一さんの顔から笑顔が消え、俺の方に乗り出した。


「社長が、関わるなって言ってるんだぞ?」


「わかっています。でも、スルー出来ないでしょ?」


七海さんの事も、明日香さんにのことも、全てなかった事になど・・・出来ない。


「たしかに・・・な・・・」


憲一さんは軽くうなづいた。それでも表情は暗い。


「・・・社長の命令違反も、そのペナルティーも、覚悟しています。最悪そうなった時は、“ERIS”の企画を、最後まで見届けられないと思います。その時は、桜さんの事、よろしくお願いします」


「おい・・・青木・・・」


「細かいことは、また・・・休暇明けに報告します」


有休明けの今頃、俺は辞表を提出しているかもしれない。


それでも・・・


俺は、覚悟を決めた。



これ以上何もなかったように過ごすのも、無理だった。





翌日、俺は警察に行った。


警察になんか来た事ない。どの窓口に行くのかさえわからなかったが、事情を話すとすぐに担当刑事さんを呼んでくれた。


そして、まるでドラマの取り調べにも似たような質問が繰り返された。幸い、ドラマで見るような取調室には通されなかったけど、やっている内容は、悪い意味でドラマみたいだった。


七海の携帯を俺が持っていた経緯は、“拾った”事にした。


すぐに届けなかったことに関しては、担当刑事にかなり怒られたけど。


俺の氏素性と、七海との関係、大沢先輩が調べてくれた事実と証拠を警察に渡した。大沢さんが調べたことに関しては、「友人が調べた」ということにした。


担当刑事はものすごい嫌な顔をしていたけど、それは無視することにした。


そして、七海さんの身の安全を頼んだ。


これ以上、七海さんが襲われたりしないようにしてほしい、と頼んだ。


もしも、暴力団と警察が結託したら、この事実さえも揉み消されて、なかった事になるかも知れない・・・そう考えもした。


でも、何もしないで、なかったことにするのは嫌だった。


警察に届けることで、七海さんが少しでも安全になるのなら・・・そう思った。


担当刑事も、七海の身の安全についてはちゃんと相談に乗ってくれた。


ただ、俺から警察に、七海さんの現住所を言うのは気が引けたので、それは、七海本人から警察に来て貰ってから・・・という話にしてもらった。


最悪、俺が七海さんをここに連れてくればいい。


そんな、全ての手続きをおわらせた後、俺は、七海さんのマンションへ向かった。


警察に届け出たことを伝える為だったけど・・・それ以上に、無性に七海に会いたかった。



七海さんのマンションへ行って、呼び鈴を押した。そして名乗ると、驚いた様な声がインターホンの向こうから聞こえた。


そしてオートロックのドアをすぐに開けてくれた。


七海さんと最後に会ったのは、いつだっただろう?一週間か・・・二週間近く過ぎているのに、まるで何ヶ月もあっていないような気分だった。


久しぶりにあった七海さんは、以前より少し痩せたような気がした。でも、思ったより元気そうで安心した。


あんな事件があったのだ。家で、一人で・・・怖い思いをしていないか、少し心配だった。


「久しぶり」


「ん・・・」


玄関先で、立ち尽くしたまま向かい合った俺達は、とってつけたような笑顔を交わした。


「・・・元気だったか?」


「うん」


ぎこちない会話だったけど、ぎこちなく笑う笑顔が、妙に懐かしくてほっとした。


「危ない目に・・・遭わなかった?」


「それは・・・平気」


立て続けに聞いてしまっている自分に呆れながら、それでも俺は、不毛な問いかけを止められなかった。


「怪我は?」


「辞める頃には、随分良くなってたから・・もうすっかり平気」


「そうか・・・ならよかった」


「あの・・・青木さん?」


俺の質問攻撃を、彼女は控えめに止めた。


「ん?」


「・・・心配してくれて、ありがとう」


俯き加減に、そういうと、“上がって”と、部屋に入れてくれた。


そういえば俺は、玄関先で立ち話をしていた。あんな別れ方をしたせいか、彼女の部屋に入ることは気が引けた。


けど、最後にあった時、あんなに気まずく別れたのに、いつの間にかその気まずさは払拭されていた。


「コーヒー、入れるね」


そう言ってヤカンを火にかけた。その後ろ姿は、心なしか小さくなったような気がする。


「仕事は?」


そう聞くと、彼女は首を横に振った。


「まだ・・・出歩くのが怖いの。だからもう少し、ゆっくり身体、休めたいの」


「そ・・・そうか・・・そうだよな・・・」


二度も襲われたのだ。彼女の心には、まだあの日のトラウマが残っているのだろう。


その傷と悲しみを、俺が癒してあげたかった。俺が、彼女のぎこちない笑顔を、いつか見た楽しそうな笑顔に変えてあげたかった。


でも・・・今は・・・


そんなことよりも何よりも。


七海さん、君が。


もう二度と襲われないように、怖い思いをしないように。


安全に街を歩けるようにしてあげたい。


俺は、いつか七海さんの家に訪れたときみたいに、テーブルの側に座った。


その小さなテーブルの上には、雑誌が2冊、置いてあった。


(・・・・?)


それは少し妙だった。


それは、雑誌もそうだけど、あんまりこういった雑誌を置きっぱなしにしない彼女が、こうしてテーブルに雑誌を置きっぱなしにしている事に。


職場の彼女のデスクの上は、いつも、散らかりようもないほどきれいに片付いていたし、以前ここに来たときも、とても良く片付いていた。


そんな彼女のテーブルの上に、雑誌が置きっぱなしになっていた。


しかもその雑誌が・・・七海らしくなかった。


女性ファッション誌と、芸能人を扱っているグラビア誌。


そういったことに全く興味がなかった彼女が、好きこのんでこんな雑誌を買うわけがない。


一瞬の俺の疑問は、その次の一瞬で解決した。


その女性ファッション誌の表紙は明日香の笑顔の写真が載っていた。


そして、グラビア誌は・・・「ERIS」の特集記事が掲載されている雑誌だった。


俺が、それらの雑誌を見て動きが止まっているのを、台所からコーヒーを持って来た彼女は寂しそうに笑った。


「リュウって、すごい人だったのね。

全然知らなかったし、私、知ろうともしなかった。

もっと早く、彼のことに気づけば良かった。


芸能人の彼に、随分失礼に向き合っていたかも。

支えてあげられるような存在にならなきゃいけなかったのにね」


恥ずかしそうに、俯いた。


生粋の一般人の彼女。有名芸能人が身近にいるだけで、きっと彼女の静かな生活は一変するだろう。


「なあ、七海さん?」


「なに?」


俺は少し真面目な顔で、彼女の顔を覗き込んだ。


「もしも、リュウが、出会ってすぐに芸能人だって知らせてたら?」


「え・・・・」


七海さんは、コーヒーのマグを持ったまま、黙り込んだ。


「七海さんはさ、リュウが・・一般人だって疑いもしなかったから、普通に接する事が出来たんじゃないのか?」


そう聞くと、七海さんは、力なく小さく頷いた。


「ん・・そうかも・・・・

きっと、芸能人、って知った時点で・・・私、彼のこと逃げてた。

私は、こんな、芸能人なんか全然興味のない、地味な女だし。

リュウは・・・こんなに凄い人、なのよ?」


そう言って、グラビア誌をぱらぱらっとめくった。そこには、「ERIS」の特集記事が書かれていて、オーラ全開でパフォーマンスしているライブの時の写真や、ファッションモデルの様に今風な服を身に纏って撮られている写真がある。


華やかな世界で、華やかに装っている、芸能人・・・


その芸能人の彼が愛したのは、同じ世界の、同じ華やかさを持った人ではなく、何も知らない、彼と普通に向き合うことができる、静かな女性だった・・・ただそれだけだ。


リュウが七海さんを守れなかったこと、その自覚がなかったことは未だに腹立たしい。


でも・・・彼が七海を好きな気持ちは、嘘がない。せめて今はそう思いたい。


「・・・リュウはさ。

芸能人としてじゃなくて、ただ、普通の人として、七海さんには扱ってほしかったんだって。

七海さんと、普通の恋愛をして、ただのリュウとして、向かい合いたかったんだって・・・言ってた」


「・・・・・・」


「七海さんが、芸能人だって知ったら・・普通に向かい合う事なんか、出来ないだろ?」


「うん・・・」


「だから・・・黙ってたって・・・言ってた」


別にリュウを庇うつもりはない。そこまで俺自身、七海さんに対して余裕がある訳じゃない。


「リュウが、自分の正体を黙っていたのは・・・七海さんのことが本当に好きで、失いたくなくて、七海さんと普通に向き合いたかったからじゃないのか?


本当に好きな奴が、自分の事、芸能人っていう偏見を持って向き合ってたら・・・たまらないだろ?」


リュウのことを弁護しようとは思っていない。リュウの事を弁護するような事を言っている自分自身が不思議に思う位だ。


それでも。


俺自身、偉そうな御託を並べながらも、あんな風に自覚なく情けない姿になっているリュウでも・・・リュウのファンで。リュウの事が好きだったりする。


そして、七海さんの気持ちが、誰の上にあるのかも、判ってるつもりだった。


七海さんの気持ちが、リュウの上にあるのに、無理に俺の方に向けるのも・・・俺が辛い。


(結局、お人好しで馬鹿、か・・・)


最後の最後。俺が後悔しない為に・・・そう思って出した結論が、それだった。


我ながら、自分の言動に呆れ果てた。


「で、こっちは?」


俺は,話をどうにか変えたくて、テーブルの上の、ファッション誌の方を指さした。


それには、明日香が表紙を飾っていた。


その明日香を見た途端、あの日、テレビ局での事を思いだして、背筋が少し冷たくなった。


「この人ね、あの日、テレビ局に行ったとき・・・

偶然すれ違ったの」


「・・・・・・」


俺が何も話さないせいか彼女は話を続けた。


「青木さんと別れた後、トイレで偶然、すれ違ったの・・・

この雑誌、本屋さんで見つけてね。あ、あの時の人だって思って・・・買っちゃったの。

凄い美人だね」


柔らかい笑みを見せる彼女・・・・でも俺は・・・


笑えなかった。


この女が・・・お前が“凄い美人”と褒めている女性が、お前を傷つけた人かも知れないのに。


俺が急に黙り込んだせいか、彼女は俺を不安げに見つめた。


「どうかしたの?」


「いや、なんでもない」


慌ててそう言ったけど、果たして上手くいったか、俺には判らなかった。


話を逸らすように、俺は手元のコーヒーを飲んだ。心なしか、そのコーヒーは酷く苦く感じた。


「そういえば、今日は・・・どうかしたの?」


そう聞かれて、そう言えば俺は、今日来た用件を、まだ彼女には話していなかった。


「・・・七海さんを、襲った人の、目星がついたんだ」


そういうと、七海さんは驚いた顔をして俺を見つめた。


「誰?」


「・・・まだ言えない。確証がないから、さ」


言えるわけがない。七海さんが今、“美人だ”と褒めていた人が、犯人かもしれない、なんて。


七海さんが好きな、リュウの、事務所の人間が共犯者かもしれない、なんて・・・


「元彼女さん?それとも・・・彼を好きな、誰か?」


「っ!」


言い当てたことに驚いたが。


「だって、それ以外あり得ないでしょ?

リュウに近づくな、なんて脅迫状やメールを送りつけてくるのよ?


最初は私、リュウに二股かけられてるのかな?って思ってたの。でも、彼、他につき合っている人なんか居なかった、って言ったわ。


彼の言葉を信じるとしたら、ファンか、元彼女とか女友達・・リュウに好意を持ってる人・・・でしょ?」


そう言われてしまっては、俺も返す言葉がない。


「まだ、証拠がないから、何も言えない。

でも、警察には届けてきた。

もう、心配ないよ」


なるべく優しくそう言った。彼女は、まだ不安なのか、何か考え込んでいる。


「・・・どうかしたのか?」


その沈黙が怖くて、俺は彼女の顔を覗き込んだ。


「ねえ、どうして?」


「ん?」


七海さんは一度、俯くと、顔をあげて、俺を見た。そして意を決したように言葉を続けた。


「どうして、私のこと、こんなに必死になってくれるの?」


不思議そうに、それでも真剣な表情で俺を見つめた。


そんなの決まってるだろ?


俺は、そう心の中で呟きながら、軽いため息をついた。


「七海さんのことが、好きだからだよ」


二度目の、告白だった。でも、最初の告白よりも、信じられない程、心は静かだった。


ちゃんと、七海の顔を見て、言えてただろうか?


声はうわずっていなかっただろうか?


そんな、どうでも良い事ばかりが気になった。


その瞬間、七海は目を大きく見開いて、俺をまっすぐに見つめた。


「前にも言ったけど・・・

俺、七海さんが好きだ。

だから・・・」


だから。


貪欲に蠢きたがる自分の想いに、俺は必死で蓋をした。


「だから・・・七海さんが辛い想いをするのが嫌なんだ。

襲われて怪我する所なんか、見たくないんだ。

七海さんだって、そうだろ?

好きな人が・・・大怪我したのに、何も出来ないなんて、そんなの嫌だろ?」


きれい事だ。


言った自分の言葉に吐き気がした。


でも・・・言わずにはいられなかった。


七海さんが襲われた時も、ストーカーされていた時も、俺は、助けることさえできない無力な存在だった。


今もそれは変わらない。ずっと変わらないかもしれない。でも、最後の最後で、後悔するような生き方だけは、したくない。


黙ったまま、何も言わない七海さんに、俺は言葉を続けた。


「七海が、リュウの事、好きなのは知ってる。

でも」


七海は、俺をまっすぐに見たまま、何も言わない・・・でもその目は、少し揺らいでいるようで、力なく見えた。


「この事件が終わって、もしも・・リュウとの未来がないなら。

俺の事も考えてほしい。


それでも、駄目なら。俺も諦めるから、さ」


そう言い切ってから、俺は軽く笑った。


俺の存在が、彼女の重荷になって欲しくはなかった。


でも、もしも、まだ少しでも、ほんの一欠片でもいい、俺に望みがあるのなら・・・真剣に、考えてほしかったから・・・


言い切ると、七海の部屋には沈黙が走った。


でもそれは、気まずい沈黙ではなかった。


心なしか、部屋の空気は、さっきより温かく感じたのは・・・俺の気のせいだろうか?


七海さんを見ると、何か、考え込んでいるにか、俯いていた。また困らせてしまったか・・そう思いながら、俺は部屋を出るべく、立ち上がり、玄関へ向かおうとした。


その時


「青木・・・さん」


突然七海さんに名前を呼ばれて、俺はびっくりして顔を上げた。俺の視線の先には、七海さんが、意を決したような、さっきより少し強い視線で俺を見つめていた。


その視線に、一瞬心臓が跳ね上がった。


「お願いが・・・あるの」


あまり真剣にそう言うので、思わず聞き入ってしまった。


真剣なその様子に、一瞬、どんな願いでも聞いてあげたいような衝動に駆られた。


「もう一度、リュウに会いたいの」


俺をまっすぐに見据えてそう言った。


「・・・リュウに?」


俺がそう聞き返すと、七海は頷いた。


「リュウに会って、ちゃんと、話がしたいの」


真剣に俺を見ながらそう言う彼女・・・


「話がしたいって・・・」


「あんな形で、リュウの前から姿、消しちゃったのよ?

だから・・・最後かもしれないけど、ちゃんと謝りたいの」


彼女の気持ちはわかる。でも・・・


簡単にそう言うけど、実際は難しい。


七海さんは、今事務所とも関係のない一般人だ。その一般人をリュウに会わせるのは、簡単なことではない。


俺がもしリュウの事務所の人間で、リュウのマネージャーだったらもっと簡単に事は進むかも知れない。でも俺は、リュウの事務所やスケジュールとは無関係の、他の事務所の人間。


今、リュウと親しいのは、桜さんと「ERIS」のコラボ企画があるからだ。でも、いくらコラボ企画があって、一緒の仕事が多いからと言って、関係者以外の七海を、勝手にリュウに会わせられるか? といえば・・・難しい。


「お願いっ!青木さんに迷惑はかけないからっ」


「そうはいってもなぁ・・・」


それに、会わせるのに躊躇する理由はもう一つある。


下手に会わせて、犯人とまで遭遇したら大変なことになる。何せ、黒幕には、「ERIS」の事務所の人もいるのかも知れないのだから。テレビ局に、下手に彼女を連れて行って、万一明日香と遭遇したら大変なことになりそうだ。


かといって・・・このままにべもなく断るのも、気が引けた。


どちらの約束も出来ないまま、“会わせられそうになったら連絡する”とだけ言って、俺は彼女の家を後にした。






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