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縁の下に咲く花達  作者: 光希 佳乃子
17/31

第16章


ドアを開けて、部屋の外に出て、ドアを閉めた瞬間。周囲をぐるりと見回した。


もしかしたらまだ明日香さんがいるかも知れないと思ったが、幸い彼女はいなかった。


その代わり・・・


「随分偉そうなこと、ほざいていたな」


突然、そう声をかけられた。


「えっ!」


驚いて辺りを見回すと、俺の真後ろには、大沢さんが立っていた。。


「大沢・・・さんっ・・・」


「悪いな、話、聞かせて貰った」


にやにや、大沢さんは、まるで面白い物を見た、といった表情で言った。


大沢さんにそう言われた瞬間、まるで熱が冷めるように、我に返った。


そして我に返った途端に、さっきリュウに偉そうに言った言葉達が次から次へと脳裏に蘇って、恥ずかしくなった。


「随分、偉そうに言ってたな。

あのリュウ相手に」


そう、リュウ相手に!


憧れの存在、「ERIS」のリュウに対して。


俺にとって、リュウは雲の上の憧れの筈だったのに、その相手に対して!


恥ずかしくて、穴があったら入りたくなった。


そして、そんな想いから目を逸らすべく、大沢さんに一礼して、そのまま桜さんの控室へと戻ろうとした。


・・・ところが


「見直した」


信じられないような一言が、大沢さんの口から出てきた。


びっくりして、返す言葉を失ったまま、大沢さんの方を振り向くと、彼は相変わらず、面白い物を見るような目をして、俺を見つめていた。


その目には、今までとは違い、温かい感情の交ざった視線だった。


「単なる興味本位だと思ってたけど、そうじゃないらしいな?

それにしても大きく出たな。

あのリュウに向かって、女のことで宣戦布告するなんて、な

守るだって?

上等だ」


言われた俺の方は、恥ずかしくて逃げたくなった。


「よ・・余計なお世話ですっ!」


そう言って逃げようとした俺の腕を掴むと。


「仕事が終わった後、この店に来い!

それから、七海さんの携帯、よこせ。

例のメールの出所、調べてやる」


「へ?」


今・・・なんて・・・?


信じられなくて、改めて大沢さんの顔をみた。


「あの携帯のメールの出所調べてやる。

お前の大口に免じて、な

七海の事、守るんだったら、死ぬ気で守ってみろ!」


・・・・返す言葉を失ったまま、突っ立っている俺に、大沢さんはまるで自己弁護するように、言葉を続けた。


「・・・お前の、さっきリュウに言った言葉に免じて、な

守る気があるなら、命がけで守ってみろ!

・・・俺が出来なかった分まで、な」


「え?」


今・・・なんて?


大沢さんが守りきれなかった?


それって一体・・・?


一瞬考えた後、思い出したのは、シンさんがこの前言っていた言葉だった。


・・・かつて、七海さんのお姉さんのことを、大沢さんが好きだった事。亡くなった今もなお、想い残したままだという事・・・?


一瞬の俺の間に、俺の手の中に、メモ書きを突っ込んだ。


「仕事終わったら、このバーに来い。いいな?」


それだけ言い残すと、大沢さんはくるりと俺に背中を向け、どこかへと去っていった。


「・・・・・・なんなんだよ・・・・」


俺の手元には、聞いたことのないバーの名前と住所が書かれてあった。


昼間、力を貸してほしい、と頼んだときは、にべもなく断った癖に。


大沢さんは一体何を考えているんだ・・・?



そう思いながらも、そのメモを捨てることなど出来ず、俺はそれをポケットにしまった。






スタッフとの反省会も打ち合わせも、その後の食事会も、何の問題もなく、思ったより早く終わった。


振り付けもアレンジも、評判が良く、細かい、ちょっとした変更があった程度で、あとは、親睦会のような食事会で済んだ。


大切な話も終わり、あとは飲んで食べて帰るだけ・・・という空気になった頃、俺は憲一さんに言って、早めに帰ることにした。


咎められるかと思ったけど、もう大切な打ち合わせは全て終わっていて、周囲も仕事の話をする人は誰も居ないようだったからか、憲一さんもすんなりOKしてくれた。


「桜は俺が送ってくから、心配するな」


そう言う憲一さんと俺の視線の先には、女性スタッフと楽しそうに話している桜さんの姿があった。そのグループにはマナトの姿もあり、和気藹々とした空気が彼女達を包んでいた。


そんな桜さんの姿を見て、妙にほっとした。


不思議な物で、桜さんが男性と・・・例えばマナトやシンさんと二人きりで一緒にいると不安になったり心配になったりするのに、そこに女性も一緒に居るところをみると、妙に安心する。


でもそれは、例えば俺が桜さんの事を好きだとか、嫉妬しているとか、そういうわけではない。


もちろん、嫉妬していたこともある。


でも今は、そんな嫉妬よりも・・・純粋に、マネージャー兼付き人として、彼女の身の回りが気になるだけだ・・・と思っている。


それに、昼間、明日香さんとあんな事があって、彼女の精神状態が少し気になっていたのだ。明日香さんは桜さんにとって大切な友達だったはず。その友達が、七海さんに酷いことをした黒幕かも知れない・・・


桜さんだって疑いたくなかっただろうし、大切な友達にカマかけるなんて、したくなかっただろう。


「桜のことは心配するな。昼間の明日香さんの事は・・・それなりにに覚悟してやったんだと・・・思う」


まるで、俺の心を読んでいるかのように、憲一さんはそう言った。


「桜さんと、あとの事、お願いします」


俺は憲一さんに、そう言って頭を下げた。憲一さんは“任せとけ!”と笑顔で言ってくれた。


今、俺は・・・桜さんの事も心配だけど、それ以上に・・・七海さんの事が心を占めていた。


そして、その為に・・・俺は会場を後にして、メモに書かれたバーへと向かった。




大沢さんのメモに書かれたバーは、MTVの最寄り駅から地下鉄で数駅先にある場所だった。裏通りの、知っている人しか足を踏み入れそうもない、隠れ家のようなバーだった。


大きな看板が出ているわけでもない、数人、客が入ったら満席になってしまいそうなほど、小さな所で、一瞬見逃しそうになった。


その、古い木目調のドアを開けると、キィ、という軋む音がした。


カウンターに数席だけの狭いバーだったが、居心地悪さはあまりなく、気のよさそうな壮年のバーテンダーがシェーカーを振っていた。


BGMに、静かなジャズナンバーがかかり、それだけで妙にほっとした気分になった。


カウンターの奥には、大沢さんがグラスを片手に、何か考え事をしているようだった。が、ドアの開く音と同時に、くるりとこちらに目をやり、俺の姿を見つけると、軽く手招きをした。


「遅かったな」


「・・・すいません」


そう言うと、大沢さんは自分の隣に、座るよう合図をした。そのまま俺はそこに座った。


バーテンダーに、酒と軽いつまみをオーダーすると、大沢さんは、前触れもなく、静かな口調で話を始めた。


「ちょっと・・・懐かしくなった・・・」


「え?」


一体何のことを話しているか、判らなかった。


でもその口調は優しく、静かで、いつも俺に向けられている、口元だけ笑っている様子とは違う物だった。


「さっき、お前がリュウに言ってた奴だ。

守ってみせる!って奴」


「あ・・・・」


またその話か・・・・いい加減恥ずかしくなって、俺は俯いた。でも、大沢さんはからかうつもりで言ったわけではないようだった。


「ずっと昔・・・

惚れた女が居た。

高校の同級生で、親友の彼女だった」


突然始まった昔話に、俺は言葉さえかけられず、ただ聞いていた。


「親友の彼女を、そうと知ってて、俺も惚れてたんだけどな。

優しくできりゃよかったんだけどな・・・散々傷つける事しか出来なかった。

結局その女は、その親友と結婚した。

でも、その二人は・・・新婚旅行先で、現地の人間に襲われた・・・」


・・・この前、シンさんが話してくれた事だ・・


「多分、彼女は、あの日の七海と同じ目に遭わされた。俺の親友の目の前で、な。

玩具のように扱われて、ぼろぼろにされて・・・捨てられた。

発見されたとき、まだ生きていたけど・・・心なんかもうとっくに死んでいた。

親友は・・・現地で死体で発見されてた」


大沢さんは、くるりと俺の方を見た。


「お前、想像できるか?


「愛する女が別の男に無理矢理強姦されてるのを、何もせずに見る事しかできなかった、俺の親友の気持ち・・・

最愛の男の目の前で、好きでもない男達に無理矢理強姦されてる女の気持ち・・・」


その大沢さんの目は、微かに潤んでいるように見えた。


初めて見る、大沢さんの心の、1番弱く脆い所に、俺は返す言葉さえなく、ただ呆然とした。


きっと、その事件は、この人にとってはこの世の絶望。親友と、かつて想っていた女性を、同時に喪った悲劇・・・


「未だに犯人は見つからない。

彼女は、辛うじて命は助かったけど・・・心を失くして、大怪我を負ったまま帰国して・・・そのまま死んだ。

その葬儀の時・・・」


彼は一旦、言葉を止めた。


そして・・・・


「彼女の両親の隣に、七海が立っていた」


昔話の筈なのに、突然今の話が混ざってきた。


「大西七海は・・・

俺の親友と結婚した女・・・

俺が昔、心底惚れた女の・・・実の妹だ」


「・・・シンさんから・・・聞きました。

七海さんのお姉さんは、桜さんの先輩で、大沢さんが好きだった人だと・・・」


名前もあの時聞いた筈。確か・・・


「・・・香澄さん、でしたっけ?」


俺がそう言うと、大沢さんは、少し、目を見開いて俺の方を見た。


「聞いたのか」


「はい」


「ってことは、シンと桜の関係も知ってるんだな」


それは問いかけではなく、確認の様だった。俺はただ、頷いた。


「そうか・・・」


静かにそう呟くと、大沢さんは言葉を続けた。


「七海さんが最初に襲われて、俺が見つけたときは、全然気づかなかった。

俺が知ってる七海さんは、まだ学生で、幼さが残る女の子だったからな。

それが、いつの間にか成人して、社会人になってたんだ。気づくわけないだろ?

救急車を呼んで、彼女と一緒に病院へ行って・・・病院に来た彼女の両親を見て、初めて気づいた。


俺は、七海さんとは面識がなかったけど、七海さんの両親とは、香澄経由で面識があったからさ」


ふっと、一瞬だけ、大沢さんは笑った。


「叶野は・・・七海のお父さんとは何度か仕事がしたことがあったし、香澄の事を、姉のように慕っていたから・・・今回の事件よりずいぶん前に、七海の存在も知っていたらしい」


・・・と言うことは・・・


香澄さんは。大沢さんがかつて好きだった人で、桜さんとも親しかった人。


そして、その女性は大沢さんの親友と結婚した。そして、新婚旅行先で襲われて亡くなった。


桜さんは、七海さんのお父さんと仕事をしていて、七海さんの事も知っていた。


今回のことは、俺の知らないところで、意外な人が意外な程に絡んでいた、という事だ。


「今回の事件・・・

叶野は、七海が襲われたことを知って。

俺に、犯人を捜してほしい、と頼みにきた。

“MTVの黒情報屋”に。

相応の報酬を払うから、調べて欲しい、と。

七海を、香澄と同じ目に遭わせたくない。

これ以上悲しい目に遭わせたくない。

だから。事実が知りたい。犯人を突き止めたい。

そう言ってた」


そこまで言うと、大沢さんは、ふっと一瞬だけ笑った。


「俺が、叶野の頼みを断れないこと事を、叶野は知っている。

俺も、高校時代、香澄の事で落ち込んで悩んでいた俺を、叶野には何度も救われた。

彼女が亡くなって、心が死にそうになっていた俺を救って、支え続けてくれたのも、叶野だったし、な」


「そう・・・だったんですか」


何となく、合点がいった。


シンさんの家で、桜さんが、七海さんの事であんなにも興奮したのも。


襲われた、強姦を受けた、と言う事件に異常反応したのも。



自分が姉のように慕った人の妹が、


襲われて死んだ、大切な人のが、


香澄さんと同じように襲われた、なんて悲しすぎるから・・・


そして、大沢さんもまた・・・同じ気持ちなのだろう。


「悪い、お前には関係ない話だな」


「いいえ・・・・」


それ以上、何て言っていいか判らず、戸惑っていると、大沢さんはいつもの表情に戻った。


「さっきの携帯のメールの出所、調べたぜ」


そういうと、何かをプリントアウトしたような紙を、カバンから出した。


それは、七海の携帯に送られたメールの履歴で、


それを元に割り出した、差出人のメアドと、そのメアドの持ち主の個人情報だった。


そこに書いてあるのは、知らない人の名前と携帯番号だった。


「偽名を使っている可能性がある・・・でも、この携帯番号が、七海にメールを送るのに使われた端末だ。


で、この携帯の持ち主の住所が・・・ここ」


指し示された住所は、都内の一角だった。


「これ・・・何処なんですか?」


住所に心当たりは、全くなかった。大体の場所は覚えがあるけど、誰の家、とか、何が建っている・・・という覚えはない。


「こんな住所は存在しない。ダミーだ」


大沢さんはあっさりと言い切った。


「じゃ、携帯番号は?」


「かければ誰かが出るだろう。

でも、携帯契約するにあたって、正確な住所を示すことが出来ない存在って・・・お前、どう思う?」


今の世の中、携帯を契約するとき、契約書に現住所を書かなくてはいけない。身分証明書の提示も義務づけられている。


それなのに、その住所はダミー・・・それってつまり・・・


「正当な手順ではない方法で取得された携帯、ですか?・・・」


「そうだろ?

だから、この番号にかけて出たやつが黒幕かは、わからない。

こういう正当な手順で取得していない携帯を使う人間や団体って、限られているよな?


少なくとも・・・普通の一般企業や普通の芸能事務所では、こういうことはやらないはずだ。ちゃんとした手順で法人契約するなり何なりできるはずだ。それをやらない、出来ないってこと・・・考えただけで胡散臭い」


大沢さんの言葉に、俺は頷いた。


「それと、憲一さんが言ってた・・・お前の事務所に脅迫文を届けに来た車のナンバーも、詳しく調べた。

実際、こっちの方が厄介だ」


そういうと、大沢さんは別の紙を取り出した。


憲一さんがあの時とった車の画像、ナンバー、車種、色、特徴・・・そしてぞれを所有する人は・・・


「っ!なんだよこれっ!!」


思わず声をあげた。


「お前の会社の社長も、これは調べたはずだ。

お前に持ち主の事は、言わなかっただろ?」


大沢さんにそう言われて、俺はうなづいた。


あの人・・・社長から、七海が会社を辞めたことを告げられ、事件に関する事を口止めされた日・・・


社長は確か、“芸能プロダクションの車”とだけ言っていて、それ以上のことは言っていなかった。そして俺自身も、そのことよりも、暴力団から圧力を受けた、ということの方がショックで、抜け落ちていたのかもしれない。


だってこの事務所は・・・


「ERIS」の、所属事務所で。


この車は、「ERIS」の事務所の車。


「じゃ・・・七海さんを襲ったのは」


「明日香だけじゃない可能性がある、ってことだな。少なくとも、「ERIS」関係者が絡んでるってことだ」


あんまりな事実に、言葉さえ見つからない。大沢さんはさらに言葉を続けた。


「それと、明日香の所属事務所。

“ファニープロダクション”。って言うんだけどな。」


「ファニープロダクション?」


「女性モデルとかグラビアアイドルとかを大勢抱えてる事務所だ・・・

社長の藤森敦也は、若手だけど業界でもやり手な男だ。

暴力団とも繋がっている、っていう噂のある男だ」


うちの事務所に、どこかから圧力がかかったことを、思い出した。


「なるほどね、そんだけ大きな事務所だったら、うちの事務所に圧力かけそうだから」


俺の言葉に大沢は頷いて、手元の酒を1口、飲んだ。


「噂じゃ、その暴力団の幹部が、明日香のセフレだとか、親戚だか兄弟だかって・・・噂もあるけど、未確認だ。


で、明日香は

で、リュウに近づく女に、自分以外の力で、嫌がらせをしていた」


「暴力団の人間を使って・・・ですか?」


俺が聞くと、大沢は頷いた。


「明日香個人が脅しかけるより、よっぽど効果的だったんだろうな。脅しかけは、思った以上で、リュウの周りには、リュウ目当ての女はいなくなった」


大沢さんは、軽くため息をついた。


「じゃあ、七海さんを襲ったのは?」


「証拠こそないけど、明日香。共犯者がいるとしたら、関係暴力団か、ERIS関係者。


七海を襲った車は、「ERIS」の事務所のものだ。しかも、所属タレントが普段移動に使っている車だ」


これが・・・俺の捜していた、“真相”なんだろうか?


だとしたら。


どうしたら良いんだろう?


「け、警察には・・・」


「決定的な証拠がない。そう言っただろ?」


「ここまで事実がしっかりしているのに?」


「俺は、警察を信用していないんだ。

ERISの事務所が絡んでる以上、叶野をこれ以上まきこむわけにはいかない。届けたいなら、お前が行ってくれ。

あ、七海の携帯は返しておく。

これも一緒に渡せば・・・いくら警察が無能で日和見だとしても動くと思う」


そういって手渡されたパープルの携帯を、俺は受け取った。


「後は、頼む。お前の好きにしてくれ。

俺は・・・叶野の頼みを聞いた。

それだけだ」


ため息混じりにそういうと、大沢さんは伝票を掴んで、立ち上がった。そして、会計を済ませると店を出て行った。



店には、俺一人、カウンターに残された。


そして・・・俺の手元には、全ての真実に一番近い事実が、残されていた。



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