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縁の下に咲く花達  作者: 光希 佳乃子
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第15章


気がつくと、スタジオ収録開始直前だった。


もう少し遅かったら、開始に間に合わないところだった。その状況にほっとしつつ、俺達がスタジオに入ったことに気づいたスタッフが近づいてきた。


「どうしたんですか?叶野さんのマネージャー二人が居ないって言って、みんな心配してたんですよ!・・・トラブルでもあったんですか?」


そう・・俺と憲一さんが、二人とも桜さんから離れることはまずない。どちらか一人が、必ず収録にも打ち合わせにも付き添うようにしていた。その二人が居ない・・・現場が心配するのも無理はない。


「いや、もう解決したから、平気です。ご心配おかけしました」


憲一さんはそう言って、スタッフに頭を下げた。俺もつられて頭を下げた。俺達の後ろには、大沢さんは、そんな俺達の姿を見ると、そのまま背中を向け、どこかへと去っていった。


大沢さんは、この収録には関係のない人だ。その無関係な人間がうろうろしているわけにはいかない・・・と言うことかも知れない。。



スタジオセットで座っている桜さんは、不安げな表情をしていた、けど、戻ってきた俺達を見て、ほっとした柔らかい表情をした。今までどんな顔をして打ち合わせをしていたのか、考えると申し訳ない気分で一杯になる。


とはいえ、こうなったのも元はと言えば桜さんの、あの“嘘”のせいだったりもするのだが・・・


『それじゃ、収録開始しまーす!』


現場スタッフのその声で、俺はその考えを止めて、収録を見始めた。


これも大切な、マネージャーの仕事だ。




正味1時間の音楽番組のトークは、実質休憩も会わせて二、三時間ちょっと、かかる。


これが、話し好きなゲストや、トークが長い司会だったりすると、かなりの時間、かかるのだが、幸いこの司会の芸人さんもアナウンサーさんも、そういった事がなく、話が上手い人だった。


桜さんも何度か話をふられて、冗談交じりにトークを交わしていた。


「ERIS」とのコラボの裏話になると、桜さんより「ERIS」のメンバーがおもしろおかしく話をして、桜さんはそれを笑顔で見ていた。


元々桜さんは、こういったトークが苦手なのだが、「ERIS」のメンバーがそれをうまくカバーしてくれている様に見えた。


でも・・・リュウだけは、あまりトークに参加していないように見えた。もともとトーク好きな人ではないし、確かにメンバーのトークは聞いているようだし、笑顔でリアクションしていたけど・・・その目はどこか、落ち着きがないように見えた。


やがて、収録が終わり、スタッフの“お疲れ様でしたー!”という声と同時に、現場の緊張感は一気に和らいだ。


関係者に挨拶をしながら、桜さんは俺達の側に戻ってきた。


「お疲れ様です、桜さん」


「お疲れ、桜」


俺達の言葉に、桜さんは笑顔で応えた。それでも、演奏とは違う疲れが、表情の端々に見えた。


憲一さんは、桜に例の携帯を手渡した。一瞬、桜さんは不安げな顔をして憲一さんの顔を見上げた。


「憲一さん、嫌い」


きっと桜さんは、明日香さんとの一悶着を、自分の手でどうにかしたかったのだろう。友達として・・・


「最高の褒め言葉だ」


憲一さんは皮肉交じりにそう言いながら、優しく桜さんの頭を撫でた。まるで、今にも泣きそうな子供をあやすように・・・


桜さんはそれ以上何も言わずに、携帯を受け取った。そして、何事もなかったように、スタッフに挨拶をしながらスタジオを出た。まるで、今までのやり取りも、収録中にスタジオの外であったことも、何もなかったかのように・・・


これから着替えさせて、すぐ「ERIS」のメンバーとの打ち合わせと反省会兼・食事会だ。


俺逹も、スタッフさんに挨拶をしながら、控室へと戻った。


廊下は、スタジオの緊張感とは違う空気が漂っていて、やっと何かから解放されたような気持ちになった。桜さんの横顔を見ると、ほっとしたのか、大きく息を吐いていた。


きっと桜さんも似たようなことを考えていたのだろう。


早く控室に戻って、帰り支度をさせてあげよう・・・そう思った時。


「青木さん」


後ろの方で名前を呼ばれて、俺は振り返った。桜さんも憲一さんも同時に振り向いていた。


廊下には、「ERIS」のリュウが立っていた。


「リュウさん・・・」


「青木さんに・・・ちょっと用があるんだけど・・・いいか?」


それは、俺ではなく、憲一さんと桜さんに聞いているようだった。俺は桜さんと憲一さんの顔を同時に見た。


「いいですよ。私達控室で待っていますから」


桜さんはにこやかにそう言ってくれた。


そういえば収録前、桜さんと明日香さんのあの会話を聞いた後、俺はリュウに、その事を話そうとしたんだっけ・・・『明日香さんが、七海さんを傷つけたのかも知れない・・・』と・・


あの時は、『傷つけたかも知れない』だったけど。今は・・・『傷つけたに違いない』という確信にちかい思いだった。


でも・・・果たして、この話をリュウに話して良い物か、迷いがあった。


リュウにしてみれば、明日香さんは、学生時代からの友達だ。リュウ達の歳を考えると、十年以上、友達として側にいた存在だ。


その人が、自分の恋人を傷つけたかも知れない、なんて事を、話して良いのか判らない。


「青木さん?」


そんな想いに駆られていると、リュウが心配そうに俺の顔を見た。


「疲れてますか?何だったら話、別の時にしますか?」


「い、いいえ!」


俺は慌ててそう言った。


そうだ、今は迷っているヒマなんか無い。


リュウの事、桜さんの明日香さんへの思い、大沢さんの事・・・


みんなの思惑がそれぞれある。


でも、俺にだって思惑はある。


それだけはブレさせちゃいけない。


『七海さんを守りたい。もうあんな危険な目に遭わせちゃいけない』


俺は、胸の中で、その思いを再確認した。


そして、リュウに頷いた。


「行きましょうか?」


俺の言葉に、リュウは頷いた。



控室に近くに、使っていない会議室があったはずだ。


確かピアノもあって、桜さんが今日、本番前に指のアップに使っていた部屋だ。


あの部屋だったら、今は誰もいないはずだ。


その部屋に入ろうとした時、


「リュウ!やっと見つけた!」


聞き覚えのある声に呼び止められて、俺は思わず足を止めた。


そこには明日香が立っていて、まるで勢いよく飛びつくように、リュウに抱きついてきた。


「明日香」


その手を払いのけることもせず、さりとて積極的に受け入れている様子もなく、ただなすがままにされていた。


「ねえ、今、時間ある?大切な話があるの!」


まるで、俺の存在など全く意に介さないかのように、明日香さんはそうまくし立てた。それは、まるでさっきまでの一悶着がまるでなかったかのようだった。


普通だったら、あんな事があった直後だ。気にして表情だって変わるだろうに、彼女にはそんな様子が全くない。よく言えば堂々としているし、悪く言えば態度がでかい、というか・・・


「悪い、これから青木さんと大切な話が・・・」


リュウがそういうと、明日香さんは、一瞬、すごい形相で俺を睨んだ。その目は、ともすると殺されるかも・・・と思う程、怖い顔だった。明日香さん程の美人が、ここまで歪んだ顔をすると、その凄みが凄まじい。


「青木さんっ!いい加減にしてよ!

もう収録終わったんですよね?もう仕事終わりでしょ?」


「これから打ち合わせもある。終わりじゃない」


リュウは落ち着いた表情でそれをなだめるように言った。


「ねえ、ちょっとだけ!すぐ済むからっ!」


明日香さんはそう言って引こうともしない。


「明日香!お前最近変だぞ?前はこんな無茶言わなかったよな?」


「リュウっ!!」


「仕事の邪魔するな!」


ぴしゃり、と一喝すると、それでも何か言いたげな明日香さんを無視して、その会議室へと入った。


ドアを閉める前、ドアの外側の“会議中”の札をかけ、ドアには鍵をかけた。


途端に俺達の周囲は静かになったような気がした。それだけ、明日香さんの声が煩かった、と言うことか・・・


その静けさにほっとしたのか、リュウは大きく息を吐いた。


「悪かったな。青木さん・・・あいつ・・・収録前も、桜さんに絡んでただろ?桜さん、気、悪くしていなかったか?」


「あ、いいえ。そんなに気にしてないみたいですから」


「そうか・・ならよかった。

あんな事で、仕事や桜さんの演奏に支障が出たら大変だし、桜さんにも気にしないように伝えてください」


そう言ってくれた。


「いえ・・・でも、明日香さんとは・・・随分親しいんですね」


あの喧噪から、自分自身を落ち着かせたくて、思わずそう聞いた。


「まあ、な」


「つき合ってるんですか?」


「俺と明日香か?」


リュウは意外そうな声をあげた。


そして、


「ないないないっ!」


苦笑いが混ざった声だった。


「彼女とは腐れ縁っていうか・・・高校が一緒だったんだ。

当時彼女雑誌のモデルやってたし、俺も事務所の研究生やってたし、同じ業界目指してたから、な。


他の女友達よりも近い存在だった。

それだけだ」


そのリュウの言葉には、明日香のリュウに対する必死さのようなものは、全く感じない。明日香はリュウの事が好きだが、リュウは全く意に介していない・・・そんな感じだ。


「明日香さんは・・・リュウさんの事、好きみたいですよ?」


あの必死さ・・・リュウを他の人に取られまい、と必死になっているあの様子は・・・


「まさかっ!」


リュウはとんでもない、と言いたげに大きく首を横に降った。


「仲良かった時もあるぜ。もちろん。

でも、彼女、男友達多いから、さ。俺もその一人だろ?

今は単なる飲み友達だ」


軽い笑みを浮かべてそう言う、リュウ・・・その表情は、さっきまでの明日香さんとは対照的で、思いの温度差がはっきりと感じた。


「で、話って?明日香の事か?」


リュウは、軽い笑みを収めて話を振ってきた。


「え?」


聞き返すと、リュウは軽いため息をついた。


「収録前、お前、俺に話があるって言っただろ?・・・明日香の話か?」


そう言われて、俺は首を答えに窮した。


明日香さんの事もそうだし・・・聞きたいことは他にもある。


収録前は、思わず明日香さんの事を話そうとしたけど・・・今は・・・果たして話して良いものか、躊躇した。


「話しにくいことか?

それとも・・・七海の事か?」


七海。そう言われて、心臓が跳ね上がった。


まあ、俺とリュウの話なんて、今は彼女の話以外、あり得ないのだが・・・


「・・・七海さんの事・・・話して貰えませんか?

どうやって知り合って・・・・どうやってつきあい始めたんですか?」


「なんでお前がそんなこと知りたいんだよ?

お前には関係ないだろ?」


リュウは呆れたように笑ってそう言ったけど、俺は引かなかった。


「七海さんの氏素性・・・リュウさんはご存知なんですか?」

俺がそう聞くと、リュウは驚いた顔をして、首を横に振った。


「・・・いや。

元々俺だって、自分の正体を彼女に話していないんだ。

彼女も自分の氏素性なんて、話さなかった

・・・それがどうかしたのか?」


彼の言葉に、俺は頷いた。やっぱりそうか。どこか、心の何処かで納得した。


「七海さんのお父さんは、桜さんと同業のピアニストなんです。

桜さんは、七海さんの事を知っていました。


七海さんのお姉さんと桜さんが、同じ高校の先輩・後輩の間柄だったそうです。

七海さんは今、そのツテで、安全なところに匿っています」


これは嘘ではない。


桜さんの知り合い・・・その言葉に、リュウは驚いた様に目を見開いた。


「桜さんの・・・知り合いだったのか?」


「直接の知り合いではありませんけど、ね」


「そう・・・か・・・・」


そういうと、リュウは何か考え込んだ。


「・・・元気にしているか? 七海は・・・」


不意に、柔らかい、優しい声でリュウは言った。聞いたことのない、穏やかな声だった。


俺は頷いた。


「二度目に襲われた後は・・・平和ですよ。

いつまで平和かは、判りませんけどね」


「襲われた?

二度も?

どうして?」


リュウは不思議そうな顔をした。でも、俺はそれには触れなかった。


「七海さんとの事、教えて下さい。

どこで、どうやって知り合ったんですか?」


もしかしたら、その話の中に、襲われた手がかりが有るかも知れない。


そう思った。


俺の中では、明日香が犯人、という思いは既に固まっていて、それを崩すのは無理だった。


でも、リュウの話の中に、もしかしたら、他の手がかりが有るかも知れない、と思ったし。


逆に、明日香が犯人だという『決定的な証拠』が有るかも知れない、とも思った。


俺があんまり真剣にリュウを見つめたせいか、リュウは俺から目を逸らし、軽くため息をついた。


「俺と,七海のなれそめなんか、誰にも話したことない・・・

もともと、俺と七海の付き合いさえ、紹介するまでメンバーには秘密だったからな・・・」


そういうと、少しだけ、表情が柔らかくなった。それは、さっき、七海さんは元気か?と聞いてきたときの表情と同じだった。


「・・・七海とは、合コンで知り合った。

俺の友達が企画した合コンだった。

七海は、その合コンの、女側の幹事の友達だったらしい。後で聞いたら、女が何人かドタキャンしたらしくて、その穴埋めで呼ばれたらしい。もともと七海は、ああいう合コンとかって苦手だからな・・・


七海は、俺が芸能人だという事も、「ERIS」のメンバーだという事も知らなかった。


俺らの周りには居ないタイプの、大人しい、平凡な女だった。


俺の事を芸能人だと全く知らずに、そういった偏見なく、笑顔で接してくれたのが、嬉しかった。


その、偏見のない笑顔が、欲しかった・・・


だから俺は、彼女に、芸能人だと知らせずに、つきあい始めた。


・・・惚れたのは俺の方だった・・・」


そこまで一気に話した。


リュウの、ブラウン管越しには滅多に見る事のない、柔らかい表情が印象的だった。その表情で、リュウが、七海さんの事を本当に愛していた事が、伝わってきた。


愛していた・・・違う。今でも、愛している・・・


「でも・・・彼女は急にいなくなったんだ」


はき出すようにそういうと、その穏やかな表情に少しだけ、辛そうに眉間に皺が寄った。


「2,3ヶ月前、七海は突然いなくなったんだ!

俺が気づいたときには、マンションも引き払った後で、携帯もつながらなくなっていた。

明確な言葉なんか無いけど・・・俺は彼女に捨てられたんだ・・・そう思った」


捨てられた・・・


聞くだけで、胸が痛くなる言葉だった。


きっと七海さんは、その居なくなる直前、最初に襲われたのだろう・・・そして、身を隠すことを余儀なくされた・・・自分の身を守るために。


彼は辛そうに、まるで自嘲するように口元だけ笑った。


「でも、よく考えれば当然だな。

俺は、彼女に正体全く話していなかった。

正体の分からない、得体の知れない男・・・彼女にとってはそうだったんだろうな」


「そんなことっ!」


そんなことない!


七海さんが、リュウの事をとても好きだったこと、今でも好きな事くらい、俺にだって、判る。


それは、俺自身でさえ、認めたくない真実だった。


彼女を好きな俺自身が、耐えられないくらいに、彼女は、リュウの事を今でも・・・


「でも・・・俺は、彼女に正体を知られたくなかった。知られるのが怖かったんだ。

芸能人に疎い彼女が・・・俺の正体知ったら、俺から離れてくと思った。

それが・・・耐えられなかった」


それは、悲痛な声だった。


「俺が芸能人だ、と言うだけで、俺の周りは人が集まった。男も、女も。

芸能人だから・・・「ERIS」のメンバーだからなんだ。誰も本来の俺なんか見ていない。

芸能界に入って、俺の事を好きだと言ってくれた女も沢山居た。

でもみんな、俺なんか見ていなかった。俺が“ERIS”だから、近づいてきているのが見え透いていた。


でも、七海だけが・・・違った。

素のままの、芸能人じゃない俺を受け入れて・・・愛してくれたんだ」


悲しい言葉だった。


今まで、リュウがどんな気持ちで芸能人としてやってきたのか・・・考えるとこっちまで痛くなった。


でも・・・・


「本来なら・・・芸能人でもあるリュウも、そうでないリュウも、受け入れて愛するのが本来の姿じゃないですか?」


俺の脳裏には、桜さんとシンさんの姿があった。


芸能人とトップピアニストの恋愛。


ギャップもあるし、仕事する世界も全然違う二人の筈なのに、幸せそうだった。お互いの現状を理解しようとしていて、実際理解していた。


そして、それら全てを受け入れていた・・・


リュウには・・・いや、リュウや、リュウの周りにいる人の中に、そんな風にリュウと接する人は、誰も居なかったんだろうか?


俺がそんな偉そうなことを言ったせいか、リュウは俺の事をきっと睨んだ。


「お、お前に何が判る!

芸能人だってだけで、ちやほやされて、騙されることだってあった!

俺の事…「ERIS」として付き合う女は多くて…山崎竜也なんかなんの魅力もないっ。

期待に応える事でしか認められる手段なんかない!

近づいてくる奴なんか、おおかた、俺じゃない何かが目当てだった!

七海だけが・・・素のままの、肩書きのない俺を・・・愛してくれたんだ!」


桜さんとシンさんの組み合わせとは、対照的だった。


あの二人は・・・お互いを信頼して尊重して、想い合っていた。


リュウには、あんな恋愛は・・・出来ないのだろうか?


もしも出来れば・・・きっとこの人は楽になれるはずなのに・・・


「・・・七海さんは、リュウさんとつき合った為に、誰かにストーカー被害を受けていました」


俺は、七海さんの事実を、彼に話した。


「ストーカー?」


リュウは驚いた声を上げた。俺は頷くと、持っていた彼女の携帯を取り出し、中身を見せた。あの、ストーカーメール達を・・・


見せた瞬間、リュウの顔がみるみるうちに真っ青になった。


無理もない。そのメールには・・・


リュウと別れろ、という言葉が何度も何度も使われているのだ。


そして、七海さんが襲われた直後の、あのメールだって・・・


「嘘だろ?・・・」


それを一通りみた彼の、乾いた声が会議室に響いた。その携帯をもつ指先が、細かく震えていた。俺は、まっすぐにリュウを見据えた。


「嘘じゃない。七海さんは・・・貴方とつきあったせいで、ストーカー被害にあって・・・襲われて強姦までされた」


「そんな・・・嘘だ・・・こんなのっ・・・」


嘘だ・・そう言いながも、嘘ではない、という恐怖からか、リュウの顔色が悪くなってきた。


「嘘じゃない。このメールと・・・彼女が襲われた事実、この二つが証拠だ。

携帯のメール情報から、送り主を割り出せば、送り主が判る。

・・・こういうことをする知り合いに、心当たりがないですか?」


「・・・っ・・・・・」


俺の質問に、リュウは答えなかった。心当たりがないのか、それとも知っていて黙っているのか・・・俺には判断できなかった。


「相手は・・・七海の前の職場にまで脅迫状を送ってきて、彼女が仕事を辞めざるを得なくなるように仕向けた。

今、俺の職場でも、七海を襲った人らしい車を見つけたけど、事務所に圧力がかかって、深追いを止められました。

事務所にそんな圧力をかけられる存在・・・企業か、あるいは芸能プロダクションです。憲一さんは、裏に暴力団の存在がある、って言っていました」


「お・・俺のせいだっていうのか?

心当たりなんか・・・あるわけないだろっ!!!!」

その叫びは、さっきまで、七海の事を話していた彼とは明らかに違う、

法廷ドラマの中で、俺は悪くない、無罪だ、と叫ぶ被告人みたいだった。

そして・・・さっき、大沢さん達と追っていた時の明日香の姿と重なった。


そんな姿が妙に滑稽に映った。


俺は、軽くため息をついた。この人に、これ以上何かを聞くのは、無理だろう。


「リュウに心当たりがないなら、いいです・・・俺が捜してみせます!

貴方が七海一人守れないなら・・・

俺が全力で彼女を守って見せます。

貴方になんか絶対に渡さない!」


それは、俺なり宣戦布告だった。


「七海さんが襲われたのは、貴方のせいなんですよ!

七海さんを襲ったのは、どう考えても、貴方の関係者だ!

貴方と七海がつき合うことを快く思わない、貴方の女友達の誰かだ!

貴方のせいで危険な目に遭わせたくせに!それでもなお、無罪を主張しながら、守ることさえできないなんて無責任だ!」


気がつくと俺は怒鳴っていた。


襲われた七海さんの姿が脳裏を過ぎった。


もうあんな姿見たくない。


彼女にあんな思いさせたくない!


ただそれだけの思いだった。


しかし、リュウも黙っていない。


「仕方ないだろ!知らなかったんだ!

気づかなかったんだ!

七海だって何も言わなかったんだ!」


まるで弁解するようにそう言ったが、俺はその言葉に耳を貸さなかった。


「知らなかった?気づかなかった?

ふざけるな!

お前、自分が芸能人だって自覚、あんのか?

自分に人気が集まってるって、どういう事かわかってんのか?

お前が七海とつき合うことで、お前を好きな他の女が、七海に嫉妬するとか、嫌がらせするとか、そんな危険性、考えなかったのか?

そういうことをしそうな女がいないって、本気で断言できるのか?

少しは自覚しろ!!

甘ったれんのもいい加減にしろよ!」


正直、本気で腹が立った。


自覚しろ!なんて。偉そうな事を言った、と思っているけど。


これは桜さんにもいつも言っている言葉だった。


自分が、一般人ではないことくらい、自覚しろ。


あんまり他の芸能人と必要以上に親しくなるな。


そうじゃないと、周囲に何を言われるか判らない、週刊誌に何を書かれるか判らない、と・・・


芸能人ではないけど、半芸能人に等しい桜さんには、よく言っていることだった。


もっとも、桜さんの心にどれだけおちているかはわからないし、言う度に憲一さんは苦笑いしているが・・・


呆然と立ち尽くしたリュウは、既に俺に何か言い返す気力はないようだった。


そんな彼を置いて、俺は会議室から出て行った。



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