表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
縁の下に咲く花達  作者: 光希 佳乃子
13/31

第12章

少しの空き時間の後、すぐ、スタジオに呼ばれた。


スタジオに入ると、打ち合わせの為に席を外していた憲一さんとも合流して、今日の収録の打ち合わせに入った。


簡単な打ち合わせが終わると、すぐにリハーサルに入った。


「桜さん、スタンバイお願いします」


スタッフに促され、桜さんは判りました、と返事をした。


1時間の音楽番組。その半分は司会とアーティストさんのトーク、半分は歌、といった構成だ。


司会は、超人気の二人組のお笑い芸人さんと、今年フリーになった元MTVのアナウンサーさんだ。毎週、高視聴率を取っている音楽番組だ。


この番組、「ERIS」は新曲をリリースする度にゲストとして呼ばれているが、桜さんは全く初めてだ。


無理もない、桜さんの本職はクラシックピアニストで、この番組とは全く縁のない職業なのだから。


タイムテーブルによれば、トークシーンは後での収録だが、歌のリハと収録は、トークの収録より先に済ませる事になっている。


その歌のリハーサルと収録が、これから行われる。


ステージには、「ERIS」のメンバーが歌うためのマイクスタンド、桜さん用のグランドピアノが既に用意されていた。


いつも、ダンスパフォーマンスをする彼らは、マイクはインカムマイクを使っているが、今回の曲は、ダンスパフォーマンスは殆どないのでスタンドマイクがセットされていた。それは、「ERIS」のステージを見慣れている俺にとっては新鮮な風景だった。


そのステージに、スタンバイをするべく、桜さんが指定されたピアノの前に行こうとした時・・・


「桜っ!」


突然、憲一さんが桜さんを呼び止めた。すると桜さんは、驚いた顔をして振り返った。それは、見ようによっては、何かを咎めるような声だったのかもしれない。


「そのブレスは・・・辞めておけ。支障が出たらまずいだろ?」


それは、桜さんがさっき腕につけていたバングルだった。


「俺が預かるから、置いていけ」


「でもっ・・・」


桜さんは不満顔だ。よほどあのバングルに執着があるのか?


「置いていけ。それから、お前の携帯も預からせてくれ」


「なんで?」


「理由は、お前が一番良く知ってるはずだ。

収録中は持ち込み禁止だろ?」


「でもっ!」


確かに収録中に携帯の持ち込みは禁止されている。桜さんが知らないわけがない。それでも携帯を手放そうとしない彼女に、健一さんはさらに言葉を続けた。


「お前のやろうとしていることくらい、お見通しだ。

収録中にカタをつけるから、携帯、よこせ」


それは、拒否を許さないほどの強さがあった。憲一さんが、桜さんにここまで、有無を言わせない強い口調で物を言うなんて、本当に珍しいことだ。


何のことを話しているかわからない。けど二人にはわかっているらしく、二人の間に沈黙が走った。


その沈黙と、憲一さんの口調に負けたように、桜さんは軽く息を吐くと、そのバングルを外し、憲一さんに差し出した。


「余計なこと・・・しないで?

収録中はここにいてよ?」


小さく、そう囁く桜さんの声が聞こえた。憲一さんは“心配するな”と軽く笑いながら、桜さんが差し出したバングルと携帯を受け取った。


「絶対よ?

ちゃんと・・・見てて?」


二人は一瞬、視線を交わした。そして桜さんは、何もなかったように、ピアノへと向かって歩いて行った。


やがて、「ERIS」のメンバーもスタンバイし、リハーサル開始を待ち始めた。桜さんとマナトは顔を見合わせ、何やら目で会話しているようだ。リュウは、まるで精神統一するかのように目を閉じ、上を見ている。他のメンバーも、各々フレーズを口ずさんだり、リラックスするべく軽く身体をほぐしたりしている。


「それじゃ、リハ始めまーす!!! 「ERIS」さん、桜さん、お願いします!」


スタッフの声と同時に、リハーサルが開始した。


桜さんの優しいピアノソロのイントロが、スタジオに響き、それにマナトの甘い歌声が重なる・・・たったそれだけで、スタジオの空気が変わってゆく・・・


そしてやがて、それに他のメンバーの声も混ざっていき、ゆったりと曲が進んでゆく・・・


すると憲一さんは、それを見届けると、桜さんから俺の方に視線を移した。


「青木、俺、ちょっと席外すから、桜のこと頼むな?」


「えっ!!」


憲一さんのその言葉に、俺は驚いて憲一さんを見上げた。


「だって、今リハ中ですよ?それに桜さん、今っ、」


収録中はここにいてって・・・ちゃんと見ててって、言ってなかったか?


ところが憲一さんは、俺の声に、少し笑っただけだった。


「始まっちまえば俺がいなくてもいいだろ?心配するな・・・急用だ」


最後の、“急用だ”という言葉は、不思議と重たく感じた。


「・・判りました・・・」


俺は、そう言うしかなかった。俺は、前の桜さんと憲一さんの後ろ姿を交互に見つめた。


憲一さんが桜さんのリハの時席を外すなんて,今まで一度だってなかった。可能な限り、スタジオで桜さんの演奏を聴いていた。


その憲一さんが、スタジオから出て行くなんて・・・




桜さんのリハが始まっても、俺の頭の中は、雑念だらけだった。


元々今日は、七海さんの事を、大沢さんに聞こうとした筈なのに。


それだけで済むはずだったのに。


桜さんと明日香さんの会話にしても。


リハを抜ける憲一さんも。


様子がおかしい・・・


まるで俺の預かり知らない所で、話がどんどん進んでいるようで、良い気分はしなかった。胸がムカムカして、気分が悪かった。



桜さん達のリハと収録は、比較的すぐに終わった。


桜さんも「ERIS」も、意識の高い人達だから、こういう場でNGを出す事はまずない。リハをして、収録をして、その収録された映像をチェックしている。納得いけば一回で済む。納得出来なければ何度か撮り直しをするが、今回はそういった事もなく、一回撮りで済んだ。


この収録が終われば、他のアーティストさんの歌のリハと曲の収録になり、桜さん達は、少し休憩になる。


収録が終わった桜さんにタオルとペットボトルの水を手渡しすと、彼女はありがとう、と笑顔で受け取ってくれた。そして、近くに憲一さんがいないからか、あたりを見回し、その目に不安な色を見せた。


「ね、憲一さんは?」


聞かれて、一瞬、どう答えて良いか解らなくなって、俺は一瞬言葉を噤んだ。


「急用で、今、席を外しています・・・すぐ戻るって言ってましたよ」


とっさに出た言葉は嘘ではない。でも、真実かと聞かれれば、微妙だ。


「急用・・・?」


「な、内容は聞いていないです」


これも嘘ではない。大体、憲一さんが理由も言わずに席を外すなんて、今まであり得なくて。。。俺でさえ不安になった。


「そう・・・」


桜さんは、納得いかないのか、不安な表情をしていた。でも俺は、敢えてそれには触れず、桜さんを控室まで連れて行った。憲一さんが不在の時は、俺がしっかりしないと、桜さんが余計に不安がる。




桜さんと控え室に戻り、俺は必要な雑務をこなすべく、奔走した。


席を外したままの憲一さんは何処にもいなかった。顔見知りのスタッフにも聞いたりしたが、みんな知らない、と言っていた。


ところが。


「あ、橘さんですよね? 8階のフロアにいましたよ」


やっと、別の番組のスタッフがそう教えてくれて、俺は雑務を一区切りつけると、そのフロアへと行ってみた。


そのフロアは、俺も桜さんも足を踏み入れたことのないフロアだった。バラエティーやトーク番組の収録スタジオとその控室がある場所だった。


フロアには、知らないスタッフと、面識のない芸人さんやタレントさん、その関係者がうろうろしていて、身の置き所がなくて逃げそうになった。


それにしても、憲一さんはどうしてこんなフロアに来ていたんだろう?


桜さんがリハーサル中だって言うのに?


桜さん以上に大切な用が、ここにあったのだろうか?


・・・・


その時だった。


今、俺が歩いている廊下の突き当たり、ずっと奥に、見覚えのある長身の後ろ姿があった。


(・・・あれ?・・・憲一さん?)


憲一さんがいた。憲一さんの背中しか見えなかったけど、間違えない。


そして、憲一さんの横には、憲一さんよりもやや小柄な、スタイルの良い女性がいた。


(あれは・・・明日香さんっ?)


遠くて顔はわからないけど、リハの前、桜さんの控え室に来たのだ。服装といい、雰囲気といい・・・間違えない。


そう思った途端・・・身体が勝手に、憲一さん達の方へと動いていた。


憲一さん達は、廊下の向こうへと向かっている。向こうには自販機とかベンチのあるスペースがあって、今の時間は収録の関係で、人なんか居ないはずだ・・・


明日香さんと、憲一さん・・・普段、この二人が話しているところなんか見たことない。桜のマネージャーと桜の友達・・・という関係ではあるけど、あんな風に二人きりになって話をするような仲ではないはずだ。


まして明日香さんには、さっき感じた疑惑もある。


そう思った途端、俺の足取りはしっかりと、あの二人を追いかけていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ