第11章
「桜さんっ」
他の出演者の控え室へと向かう廊下を歩く桜さんと「ERIS」のみんなを、俺は足早に追いかけた。そして呼ぶのと同時に彼女の腕を掴んだ。
「何?」
桜さんは相変わらずの、のほほんとした表情で振り向いた。その表情に、妙にイラッとした。
「何、じゃなくって!・・・さっきの、明日香さんに話してたことっ!」
七海さんが車に連れ込まれる所を目撃したなんて、初めて聞いた話だ!
俺は桜さんにしか聞こえない位の小声で、耳元で聞いた。すると、桜さんは平然と
「ああ、あれ、嘘」
あっけらかんと、そう答えた。その言葉に一瞬ずっこけそうになった。
「嘘ってっ!」
「あ、でも情報は本当よ。
最初に襲われた時の第一発見者は大沢先輩。
大沢先輩から・・・その時の状況、聞いてるの」
のんびりした口調だった。でも、その目は真剣だった。そして、軽く息を吐いた。
「嘘ついちゃった。明日香さんが知ったら・・・きっと怒るね。嫌われちゃうかもね」
少し真面目な顔をして、桜さんはそう言った。
でも・・・彼女の嘘を、明日香さんは信じているようだった。
あの時、桜さんの嘘を聞きながら、明日香さんの表情は明らかに変わった。
表情は強ばり・・・そう、動揺していた。
「まさか・・・七海さんを襲ったのって・・・あす・・・」
明日香さんなんですか?そう聞こうとした俺に、彼女は首を横に振った。その目は、とても悲しそうだった。
「断定、出来ないよ?証拠ないのよ?
だから、青木君も、これ以上言っちゃ駄目」
そう言うと、それ以上話を進めず、彼女は小走りにマナトさんの所へと向かった。マナトさんの横で、今日の収録の事を話す桜さんの目は、どこか悲しげだった。
桜さんにとっては・・・明日香さんは大切な友達。その友達が、犯人かも知れない。
その現実は、桜さんの心には、どう落ちているんだろう・・・?
「言うなって・・・無理だろ・・・」
その後ろ姿を見ながら、俺は・・・そう呟いた。
そう、無理だよ。
やっと掴んだ、七海さんを襲った犯人の手掛かりなんだぞ?
そりゃあ、桜さんにとって、明日香さんは大切な友達の一人。
機会があればこうして楽屋に訪れてくれたり、一緒に飲みに行ったりする、数少ない芸能人の女友達。
そんなこと判ってる!
それでも・・・
俺は、無理だよ・・・
さっきの明日香さんの態度。
桜さんの言葉。
全てが気になって仕方なかった。
桜さんと「ERIS」のメンバーがスタッフや他の共演者に挨拶しているときも。
収録の説明を受けた時も、集中することなど出来なかった。
仕事のミスがなかったのが救いだ。
あらかた挨拶がおわった後、少し空き時間があったので、俺はそのままリュウを捕まえた。
「り、リュウさん」
さっきの明日香さんの態度、俺だって気になった。
明日香さんが、七海さんの事件に、全く無関係、とは思えなくなってしまった。
そして、桜さんの「嘘」を聞いたときの明日香さんのリアクションだって、気になる。
桜さんには口止めされている。物的証拠はないし、もしも、勘違いだったら、それこそ明日香さんに失礼だ。
それでも!
自分を止められなかった。
リュウさんっ!」
控え室へ戻ろうとするリュウの背中に、縋るようにそう叫んだ。
リュウが無言で振り返り、俺の顔を見た。リュウと一緒に「ERIS」のメンバーも一緒に振り向き、怪訝そうに俺を見ていた。
あんまり俺が必死で呼んだからか、リュウが俺に振り向いたとき、心配そうな表情をしていた。きっと、メンバーみんな、仕事絡みの話だとでも思ったのだろう。
「どうしましたか?」
「ちょっと話が・・・」
呼びはしたけど、まさか、こんな人が多い廊下で話す訳にもいかず、一瞬躊躇した。そのとき。
「リュウ!これからミーティングだ!今はやめとけ!
青木さんも、今は困ります!」
俺たちの空気を察したERISのマネージャー、杉崎さんが、リュウにストップをかけた。その周囲の空気に、リュウはため息をついた。
「収録後に」
言葉短くそう言った。
確かに。もうすぐリハが始まる。スタッフや関係者たちの空気もピリピリし始めている。
そんな中、出演者のリュウが個人的な理由で抜けるなんて、あってはいけないこと。
さらに話の内容が七海さんの話、とあっては、リュウの精神状態が不安定になりかねない。何せ、七海さんが失踪したときも、リュウさんは様子がおかしくなったらしいし、今、その時と同じ状態にさせる訳にはいかない。
俺は小さくうなづき、先に行ってしまった桜さんの背中を追いかけた。
リュウの視線をはっきりと感じながら・・・




