告発はある日突然に?抜き打ち監査を乗り越えろ~前編
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第一章:八方美人のツケは、いつも平社員に回ってくる
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「えー、というわけで、知っての通り、我が『陽だまり中央総合病院』は、地域に根ざした医療を提供するアットホームな五〇床の総合病院である。しかし、アットホームとアットランダムは違うものじゃ。なぜならば……」
首都圏のはじっこ、特急の止まらない平凡な市街地にひっそりと佇む当院のスタッフステーション内。最近めっきり物忘れが激しくなった理事長が、よろめく足取りでマイクを握りしめていた。
(珍しく、理事長カンファレンスをやるかと思えば、あいかわらず中身がすっからかんだな)
心の中で毒を吐きながら、総務課の平社員の望月 修二は手元の資料に目落とすフリをしてやり過ごしていた。隣では、同僚の高野 美咲が、器用にスマホを机の下に隠し、マッチングアプリの画面を高速スワイプしている。
「ちょっと望月さん、見てこれ。年収八百万の公務員だって。顔は……まぁ、贅沢言わないけどさ。でも長男か……」
「高野さん、いちおうカンファレンス中だよ。あとさ、職場恋愛はしない主義の君が、職場で婚活に励むっていうのは倫理的にどうなんだ?」
「いいのよ、私はいつでもクライマックスだから。あ、理事長、また同じ話始めたわよ」
マイクを握りしめた理事長は「我が病院の経営理念は……」と、今日三回目の同じフレーズをのたまっている。
(今日は定時に帰れるかな)
五〇床という、大きくも小さくもない、悪く言えば「中途半端にボロい」この病院で、総務課の守備範囲はブラックホール並みに広い。電球交換から、未払い入院費の督促、クレーマー対応、果ては理事長の「趣味の盆栽の植え替え」まで、およそ医療行為以外のすべてが総務課の肩にのしかかっている。
会議が終わり、総務課の部屋に戻るなり、総務課のドアが勢いよく開いた。現れたのは、看護部を統べる大熊 ほのか師長だ。
ストレッチの効いたスクラブからも分かる見事なスタイルは、抑えるところを抑えて出るところが出た『陽だまり中央総合病院』の至宝。仕事は超がつくほどテキパキしており、若い看護師たちの憧れの的だが、「最も怒らせてはいけない仁王様」でもあるのだ。
「田中課長、お耳に入れたい件があるのですが」
大熊師長が、氷のような微笑を浮かべて書類を机に叩きつけた。
「な、なんだい、大熊師長。私にできることなら、何でも言ってくれたまえ!」
(あーあ、また安請け合いしたよ、このぷっちょ)
望月の予感は的中した。総務課のトップ、田中 信夫の特技は「責任転嫁」と「自席での熟睡」である。さらに特大の八方美人で、院内の誰に対しても良い顔をする。その結果、すべての面倒事が総務課、というか、望月に降ってくるのだ。
「病棟の夜勤用休憩室のエアコン、もう一週間も壊れたままです。看護師たちが熱中症になりかけています。総務課の権限で即座に新品に変えてくださるって、先日、田中課長が約束しましたよね?」
「えっ? あ、いや、それは……」
田中課長が泳ぐような目で望月を見た。望月はその稟議書を先週の時点で課長の机に置いた。課長がそれを放置して、昨日のゴルフコンペの段取りに勤しんでいたのを、私は知っている。
「望月くん! すぐに業者を手配して!」
「課長、今からだと予算の承認が必要です。理事長はカンファレンスで疲れたからスーパー銭湯に行くといって帰られましたよ」
「えええっ、じゃあ、院長のところに行こう! 望月くん、ついてきて!」
(こっちを巻き込むんじゃなーい! また、この展開かよ)
望月は心の中でツッコミながら、田中課長と院長のところに向かうのだった。
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第二章:雇われ院長×ヤバい健康グッズ×怪しい噂
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『陽だまり中央総合病院』の院長は、いわゆる「雇われ院長」だ。元大学病院の教授で、名前貸しに近い。病院の経営だの売上だのには一切興味がなく、とにかく「患者ファースト」を地で行く熱血漢だ。そして、手術の腕前だけは超一流、地域でも天才と噂されるほどのドクターなのだが……最近、突然「ネット通販で買ったヤバい健康グッズ」の収集にハマっているのだ。
「院長、病棟のエアコンの件で、緊急の予算の承認を!」
田中課長が転がり込む。
院長は、先日ジャパネット的な通販で購入した「座るだけで体幹が鍛えられる電動バランスボール 出力はアジアゾウもビックリぱおん」に揺られながら、こっちを見た。
(どんなネーミングセンスだよ。アジアゾウもビビる出力ってヤバいだろ)
「ん? エアコン? ああ、地球温暖化だね。人間は多少の暑さに耐えることで免疫力が上がるという論文があってね……」
「そうじゃなくて、看護師たちがボイコット寸前なんです!」
「ボイコットとストライキの違いを知ってるかい? 誰が、何を拒否するのかってところなんだけど……」
「看護師たちがボイコットすると院長の大好きな手術ができなくなりますよ。承認のところに押印しておきますね」
望月は毒を吐きながら、田中課長から書類をひったくり、承認印を押したのだった。
そこへ、高野が息を切らせて飛び込んできた。
「望月さん、大変! 理事長が!」
「理事長ならスーパー銭湯に行くって出ていっただろ?」
「違うの! 急に帰ってきたと思ったら、外車ディーラーの営業マンを理事長室に連れ込んで『病院の公用車として、最新のベンツを三台買うんじゃ』って、契約書にハンコを押そうとしてるのよ!」
「「はああああーーー!?」」
総務課一同の絶叫が、静かな廊下に響き渡った。
「と、とにかく、理事長のところに行きましょう!」
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望月たちが理事長室に到着すると、ホクホク顔の外車ディーラーの営業マンを前に、理事長が鼻の穴を膨らませていた。テーブルの上には「メルセデス・ベンツ GLE 3台 3,600万円」と書かれた見積書と契約書が置いてある。
「さすが、福福会の理事長先生は素晴らしいご決断をなされますな! いやぁ、やっぱり病院の顔としてベンツは他の追随を許しませんよ!」
「そうじゃろ? わしの決断はいつでも完璧なんじゃよ! スーパー銭湯のサウナでベンツの営業に会えてよかったわい」
営業マンにおだてられてご機嫌な理事長は、いまにも契約書に判を押そうとする勢いだ。
「理事長、お待ちください! 当院の公用車は、先月車検を通したばかりのスズキ・アルトで十分でございます!」
(田中課長が珍しく必死に止めてる。まあ、下手したら自分のボーナスが消える危機だもんな)
「何を言ってるんじゃ。あの軽自動車は、わしが昨日の夕方に近所のスーパーの看板にぶつけて大破したわい!」
(初耳だよ! 何やってんだよクソジジイ!)
望月の心の声が、血を吐くような叫びとなって脳内を駆け巡る。
「いや、みなさま、これは理事長先生直々のご決断ですので、引き留めるのは野暮というものではありませんか? 理事長先生、今ここでハンコをいただければ、今月中に納車いたしますよ」
「ほっほっほ、よし、ハンコじゃ、ハンコじゃ……」
理事長がのど飴の缶の中からハンコを取り出し、よろよろとした手つきで朱肉を探そうとした、その時!
ガシャーーーン!!
すさまじい音とともに、理事長室の扉が開け放たれて、何かが飛び込んできた。……いや、飛び込んできたのではない。院長がさっきまで揺られていたバランスボールの操作を誤り、制御不能になったボールに乗ったまま、廊下からロケットのように突っ込んできたのだ。
「うわあああーーーーー! 止まらんーーー! この電動バランスボールぅぅぅ、出力がぁぁ、強すぎるーーーーー!」
院長を乗せた電動バランスボールは、そのまま外車ディーラーの営業マンに直撃した。営業マンは完全にノックアウト!天高く吹っ飛び、契約書の上にはコーヒーが盛大にブチまけられた。さらに、ワンバウンドした電動バランスボールは理事長の右肩をかすめ、理事長の手からハンコがポーンと宙を舞った。
「ああっ、わしのハンコが! ベンツの契約がぁ!」
ハンコは開いていた窓の外へと消えていった。この下はアオミドロが増えすぎて錦鯉が呼吸困難になりかけている池がある。
(ざまぁ……じゃない、いまが好機だ!)
「あああ、申し訳ありません! せっかくの契約書が汚れてしまいました。ハンコも紛失してしまったので、今日のところはお引き取りを!」
望月はノックアウトした営業マンの背中を押し、病院の入口に向かう。
「田中課長、院長のことお願いします!」
怪我はなかったものの、コーヒーまみれの洗礼を受けた院長は「……アジアゾウもビックリぱおん」と呟き、そのまま気絶したのだった。
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ドタバタが落ち着いたのは、夕方だった。
まずは看護部のエアコン交換の手配。ちなみに、エアコンの修理業者は大熊師長が「今すぐ来ないと、あなたのところの定期検診、全員分キャンセルするわよ」と脅して、なんとか夕方にねじ込んだようだ。
その後はよどんだ池の中から、理事長の実印を救出。メガネは泥の跳ね返りでほぼ見えず、全身から錦鯉とアオミドロの香りがしている。
「(マジで帰りたい……今日こそは定時で上がってやる)……はぁ、なんでボケている理事長のハンコを池の中から探してるんだろうな」
「さすが、望月さん、社畜の鏡ね。でも、これでベンツ三台の危機は去ったわけだし。めでたしめでたし……じゃないのよ」
そろそろ、定時帰宅に向けて仕事をまとめ始めようかと思った矢先、高野が妙なことを言い出した。
「望月さん。あのね、さっき、受付の奥山さんから変な噂を聞いたんだけど」
「ん?噂?」
「……うちの病院、抜き打ちの監査が入るって噂。しかも、ただの監査じゃなくて、何か『裏金』の告発があったらしいの」
裏金。その単語に、私の脳裏に一つの不穏な記憶がよみがえった。一週間前、田中課長に頼まれて、過去十年の使途不明金の領収書をシュレッダーにかけさせられたのだ。課長は「いやぁ、古い書類の整理だよ」と言っていたが、あの時のボテ腹課長の目が、妙に泳いでいたのが気になっていたのだ。
(あのボテ腹課長……何かやってるな)
望月が培ってきたプロの社畜としての勘が、嵐の始まりを予感していたのだった。
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To be continued→
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