告発はある日突然に?抜き打ち監査を乗り越えろ~後編
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第三章:使徒(監査の人)、襲来
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翌週の火曜日。噂は現実となった。朝九時ジャスト、病院のロビーに黒いスーツを着た冷徹そうな男女四人組が現れたのだ。
厚生労働省の某厚生局、および所轄の税務署の合同監査チーム。そのリーダー格である御手洗という男は、冷酷な笑みを浮かべて受付で声を荒げる。
「陽だまり中央総合病院の皆さん、おはようございます。本日は『特別監査』を行わせていただきます。過去五年の会計帳簿、および理事長・院長の交際費の明細をすべて提出してください」
連絡を受けた総務課に激震が走る。田中課長は、顔面蒼白で、すでに座ったまま失神しかけている。むしろ背後に魂らしきものが見えるが、気にしないでおこう。
「ももも、望月くん……どうしよう。帳簿、あの、例の理事長から極秘で預かってる『見ちゃダメよファイル』、まだ隠してないよ……」
「(何いってるんだ、このお気楽課長)……えっと? 課長、落ち着いてください。『見ちゃダメよファイル』ってなんですか?」
「実は……理事長がボケる前の全盛期バリバリ時代に、自分のXXXのマンションの家賃を病院の『医療機器リース代』として経費で落としてたんだよぉ! それを私が、別のファイルにまとめて、私のパソコンの『隠しフォルダ』に入れてあって……」
(あの色欲じじい!&慢性ポンポコめ!!)
望月は心の中で、理事長と田中課長をナイル川のワニの群れに投げ込んだ。万が一、その悪行がバレるなんてことがあれば、病院は営業停止あるいは一発倒産は間違いない。田中課長はローン返済に困り破産しかねないし、望月もハローワークに通うことになる。
そんなドリフみたいなやり取りをしているうちに、総務課の事務室の扉が勢いよく開かれてしまった。
「合同監査チームの御手洗と申します。早速ですが、そこのパソコンに保存されている会計帳簿および交際費の明細をすべて表示してください」
「終わりだわ……まじめに仕事をしていただけなのに、裏金工作の一端を担ってしまった汚点で私の婚活人生は幕引きだわ……」
高野が遠い目をしながら、うわごとを呟いてる。監査チームの一人が課長のパソコンのマウスを触ろうとしたその瞬間、ご都合主義の神様は意外な形で現れた。
「監査の皆さん。遠いところからお越しくださり、ありがとうございます」
事務室の扉を開けて入ってきたのは、大熊師長だった。なぜか、今日の彼女はいつも以上にスクラブの胸元が開き、信じられないほどのフェロモンを撒き散らしている。その手には特大のトレイに乗った、淹れたての珈琲と地元で有名な福福製菓の高級苺大福が乗せられている。
「お仕事の前に、まずは一服いかがですか? とっておきをご用意していますよ」
大熊師長が、御手洗の目の前にすっと屈んだ。その瞬間、彼女の誇る『ボンキュッボンのボン』が彼の至近距離で大迫力の『だっちゅーの』を見せつける。
「……ぶっほっ……!」
堅物そうだった御手洗の鼻から、一筋の赤い液体が垂れた。
「あ、あら、大変! 鼻血ですわ! すぐに手当てを!」
「あ、いや、私は……!」
「ダメです! 医療従事者として、鼻血一滴たりとも見過ごすわけにはいきません! さあ、こちらへ!」
大熊師長は、凄まじい腕力で御手洗の腕を掴むと、そのまま彼を処置室へと連れ去ってしまった。残された三人の監査官も、師長が置いていった大福のあまりの美味さと、彼女の残した香水の香りに完全に骨抜きにされ、「あ、じゃあ、お茶いただこうか……」と、完全にペースを乱されている。
「……はっ!(……望月さん、今よ!」」
高野が侍ジャパンよろしく、抜群のアイコンタクトとスルーパスを出す。
「(わかってる!)」
望月は田中課長の席に飛びつき、マウスとキーボードを高速で操作。隠しフォルダを探し出す。
(……あった! ファイル名『トップシークレット_ほかほかマカロン購入履歴.xlsx』って、カモフラージュのセンスが壊滅的すぎるだろ)
「ん? おい、何をしている。勝手にパソコンを触るな」
大福を食い終わった監査官の一人が、怪訝そうな顔でこちらを見た。望月はデータの削除を試しているが、容量が大きすぎて削除に時間がかかっている。
別の監査官がこちらに向かって歩き出したその時、またしてもご都合主義の神様がひょっこりと顔を出したのだ。突然、ドシーン! ガタガタガタッ!! と病院全体が大きく揺れた。
「地震か?」
全員が窓の外を見ると、なんと理事長が「電動車椅子 Ver.最高速度カスタム」に乗って、中庭の芝生を猛スピードで爆走! あろうことか総務課の外壁に何度も体当たりを繰り返していた。
「ベンツの契約ぅうぅぅぅ! ベンツはどこだぁぁぁぁぁ! ドイツの科学は世界一チイイイイ!!」
「理事長、止まってください! それはシュトロハイム大佐です!」
(いまだっ!)
理事長と看護師たちがデッドヒートを繰り広げているドサクサに紛れ、望月は田中課長のパソコンのコンセントを、足で思いっきり引っこ抜いた。
バチン!……激しい火花が散り、パソコンがプスンと音を立てて完全に沈黙する。
「課長のパソコン、完全に沈黙。……理事長の体を張った抵抗、もとい衝撃でショートしてしまったようですね。これはデータが消えてしまったかもしれません、申し訳ありません!」
私はアカデミー賞も狙えるのではないかという迫真の演技で頭を抱えたのだ。窓から振り返った監査官たちが、煙を吹くパソコンを見て絶句した。
(これでひとまずの危機は回避した。あとはあの御手洗ってリーダー格だな)
望月は近いうちに再来する使徒(監査の人)に対して脳をフル回転させるのだった。
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第四章:ざまぁの時間は、突然に
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数分後。大熊師長から鼻に大量の綿を詰め込まれ、魂を抜かれたような顔になりながら御手洗が戻ってきた。そんな御手洗に事の顛末を話す監査チームの面々。これで今日はおとなしく引き上げてくれるかと思いきや、高笑いを始める御手洗。そう、御手洗には秘策があったのだ!
「ふははははは、どれだけ小細工をしようが、無駄無駄無駄無駄ぁぁぁ! 我々は、内部告発者から確実な『証拠のコピー』を受け取っている。証拠を確実に立証するデータがないのは痛いが、この病院の不正を立証するにはコピーで十分なのだ!」
御手洗が懐から、一通の封筒を取り出した。そこには『ルドル・フォン・クリニック』と『院長就任承諾書』と書かれている。そして、タイミングよく院長が事務室に現れたのだ。
「いやぁ、皆さん、おそろいで……おや、それは私の」
「ま、まさか、院長……あなた、この病院を裏切って、告発を?」
田中課長が震える声で言う。総務課の事務室に長い沈黙が訪れた。
そう、『内部告発者』は、他ならぬ院長本人だったのだ。
「……ふふん、こうなってしまっては仕方ない。この病院にはうんざりしていたのだよ。私は経営には興味がないが、高性能なX線透視装置を入れてくれない経済状況に嫌気がさしたのだ。来月から『ルドル・フォン・クリニック』のピカピカの手術室で患者を切りまくるのさ! 副賞としてヤバい健康グッズ三か月分も付いてくるからね」
「まぁ、私たちとしては理由が何であれ、不正を見逃すわけにはいかないのだがね……この証拠で……病院は……ん?んん?」
場の空気を察した御手洗が封筒の中身を取り出した瞬間、監査チームが凍り付いた。
中から出てきたのは、裏金の証拠でも、就任承諾書でもなかったのだ。なんとそれは、大量の『アイドルの生写真』と、『怪しい増毛剤の定期購入契約書』だった!
「な、なんだってーーーーーー!?」
御手洗がMMRの登場人物のように目を見開く。まさに青天の霹靂である。告発者である院長も同じように目を見開いている。
「そんなバカな! 僕の秘蔵のコレクション?! あの封筒には理事長の裏金疑惑に関するデータとクリニックとの裏取引についての機密書類を入れたはずなのに! このままでは僕の華々しい職歴に傷がついてしまう! 何か証拠はないか、うーんうーん」
院長が泡を食って自分のポケットを探るが何も見つからず。今度は別の証拠がないかと、スマホをいじりだしたその時。総務課の事務室の扉をご都合主義の神様もとい受付の奥山さんが開いたのだ。
「話は聞かせてもらったわよ! 私の噂話アンテナがビビッときてるわ!」
ゆっくりと院長に近づいていく奥山さん。そして彼女は真実を語りだした。
「最近、院長の行動が怪しいって噂が流れていたのよね。この前、カルテを院長のところに持っていったときに机の上に怪しげな封筒がおいてあって中身が丸見えちゃんだったのよ。これは大問題の予感がしたから、高野ちゃんに相談してこっそり中身をすり替えておいたってわけ。ね、高野ちゃん」
にやりと不敵な笑みを浮かべる高野。奥山さんの隣に移動すると、盛大なハイタッチを決める。
そのやり取りを見ていた大熊師長が一瞬の隙をついて、御手洗から『ルドル・フォン・クリニック』と中身一式をひったくる。そして、般若のような顔で院長に近づいていく。
「院長……あなた、病院の経費で、こんなアイドルの写真を……? しかも、内部告発までしてこの病院の評判を地に落とそうとするって、どういうことでしょうか」
「ひ、ひえっ! 師長、落ち着いて。これは違うんだよ……あの、人体の構造を把握するのに必要な資料でぇ……」
「そうなんですねぇ、言い訳は理事長も交えてじっくりと別室でうかがいますね。それでは監査チームの皆さま、失礼いたします」
「おたすけぇーーーーーーーーーーーーーーーーー」
あはれ、大熊師長に首根っこを掴まれて、引きずられていった院長。そして、監査が不発に終わり、証拠がまったく手に入らなかった御手洗たちは、負け犬?の捨て台詞を残して病院を逃げるように帰っていく。
(最後のほう、ごちゃごちゃしててよくわからなかったな……とりあえず、解決でいいのかな)
望月の心のつぶやきが夕暮れの空に消えていくのだった。
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第四章:そして、日常へ
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「いやぁ、よかったよかった! 我が総務課の歴史的な勝利だね! これも僕の日頃の行いのおかげだね!」
監査チームの襲撃が空振りに終わり、安堵した田中課長がいつもの調子でふんぞり返って煎餅を食い散らかしている。望月は冷ややかな視線を送る。
(いや、お前は何もしてないからな)
「え、課長って何かしましたっけ?……あ、そういえば、院長の忘れ形見の『電動バランスボール』なんですけど」
高野が意地悪な笑顔で言った。
「ん? あれがどうかしたかね?」
「今回の件の『身代わり』として、課長の給与明細から天引きの処理をしておきました。値段は税込みで十五万円になります。理事長から承認は貰ってますし、税理士からもOK貰ってるんで安心してください。あ、返品は不可です」
「えええええ! 十五万!? 私の小遣い三ヶ月分!……アジアゾウもビックリぱおん」
田中課長が今度こそマジシラ(本気で白目を剥いて)でデスクに突っ伏した。
(まぁ、日頃の行いの結果ってやつだろう。ご愁傷様である。さて、そろそろ定時の時間だ。今日こそは定時で帰って、スーパーの見切り品の惣菜とビールを楽しもうじゃないか)
望月がカバンを持った、その時。プルルルル、と総務課の電話が鳴った。嫌な予感がしながらも、悲しいかな、サラリーマンの習性で受話器を取ってしまう。
「あ、望月くん? わしわし、理事長。あのね、愛用の車椅子なんだけど、壁に激突して壊れちゃったし、もう飽きたんじゃよ。で、パソコンで「おてがる! 今日からあなたも軍用ヘリコプターのオーナー」ってのを見てるんじゃが、病院の屋上にヘリポートを作ろうと思ってのお。今から業者を呼ぶから、総務で契約書を用意してくれたまえ」
(軍用ヘリコプターのオーナーっておてがるになれるもんじゃないだろ! それに、うちの屋上は雨漏り防止のブルーシートが敷いてあるわ!)
「望月さん、どうしたの? 顔が般若になってるわよ」
「……高野さん。今日は婚活OFFデーって言ってたよね? 悪いけど、今から理事長のところに突撃だ。パソコンの電源を引っこ抜いて、病院の雨漏り事情を説明しなきゃならない」
「ちょっと意味が不明だけど、オッケー、手伝うわ。婚活資金を稼がないといけないしね」
こうして、今日も総務課の平社員・望月の、定時退社の夢はヘリコプターのように遥か彼方へと飛び去っていくのだった。
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End→
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