失われた聖剣!ボーナスを守り抜け!~後編
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第三章:決戦の理事長室! 盆栽危機一髪!
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3階廊下の奥に到着した3人の目の前に『秘密の部屋』と書かれた扉が立ちふさがる。
(え、ここ病院だよね?このプレート、違和感しかない)
「よし、突入するわよ。二人とも、心の準備はいい?」
大熊師長が、その豊かな胸を張って言った。
「いつでもいけます! 今日の街コンは気合入っているんです! 理事長なんかに停められてたまるもんですか!」
高野の目がマジだ。気合が入っている婚活女子を怒らせてはいけない。
「よし、行くぞ……!」
私がドアノブに手をかけ、勢いよく扉を開けた。
「理事長! お命頂戴……じゃなくて、メスを返してください!!」
部屋の中は、異様な光景だった。大理石風の床の至る所に、不気味なほど立派な、ぐねぐねと曲がった松の盆栽が所狭しと並んでいる。総額いくらするのか想像もつかない。
そして、その部屋の奥。日当たりの良い窓際で、よろよろとした足取りの老人――我が病院のトップである理事長が、一鉢の巨大な盆栽に向き合っていた。
「ふぉふぉふぉ……。この松の、この無駄な枝が気に入らんのじゃ。普通のハサミでは、このわしの芸術的なカットに耐えられんからのぅ。……どれ、さっき拾った、この『よく切れそうな小刀』で、一太刀入れてくれるわ……」
理事長の右手には、太陽の光を浴びて怪しく、そして美しく輝く、チタン合金製の鋭利な刃物が握られていた。
「あ、あれだーーーっ!!! 間違いない、『マイスター・エディション・シルバー・ウルフ・極』だ!!!」
私は叫んだ。
「ひえっ!? な、なんじゃお前たちは! 総務課の……ええと、メガネと、元気な娘と、あと……おお、目の保養になるナイスバディな看護師ちゃんじゃないか」
(ボケていても、男としての本能だけはしっかり残ってやがるな、このじいさん)
「理事長! その右手に持っているものは、院長の大切な手術用メスです! 盆栽の枝を切るためのものじゃありません! 今すぐ置いてください!」
私は一歩踏み出した。
「何を言うとる! これは、わしがさっき廊下で拾った、わしのハサミじゃ! これで、この300万円の『黄金松』の枝を、綺麗にチョキンとするんじゃ!」
理事長はメスを盆栽の太い枝に当てようとした。
「だめだぁーーーっ!!! そんな硬い枝を切ったら、院長の繊細なチタン合金の刃先がボロボロに欠けてしまう!!」
私は絶叫した。メスの刃が欠けたら、15時からの金満サマの手術は不可能。それはつまり、全職員のボーナスが消滅することを意味する。
「高野さん、大熊師長、左右から挟み撃ちだ! 取り押さえるぞ!」
「「了解!!」」
私たちが一斉に飛びかかろうとした、その時。
「待てぇーーーい!!! お前たち、我が法人の理事長に対して、なんという無礼な暴挙に出ようとしているんだ!!」
背後から、聞き覚えのある、しかし信じられないほど威風堂々とした声が響いた。
振り返ると、そこには息を切らせた田中課長が立っていた。いつの間に追いついてきたのか、その額からは脂汗が滝のように流れている。
「た、田中課長!?」
田中課長は、私たちを突き飛ばすようにして見事なスライディング土下座で理事長の前へと進み出る。
「理事長! お怪我はございませんか! この総務課の不届き者たちが、理事長の神聖な芸術活動をお邪魔してしまい、大変申し訳ございません!」
(おいおいおい、この鏡餅! ここにきてお得意の『上にペコペコ、下に威張る』の本領を発揮してんじゃねーよ!)
「おお、田中くんか。お前は話がわかるのぅ。そこで見ておれよ、綺麗におっとっと……」
理事長が再びメスを構え、力を込めて枝を切ろうとした、その瞬間――。神のご都合主義か、あるいは日頃の行いの悪さの因果応報か。
ガタッ。
足腰がふらついている理事長が、先程の田中課長のスライディング土下座の余波で揺れていた盆栽の鉢に足を引っ掛け、大きくバランスを崩す。そして机に激突。
「ひょええええーっ!?」
理事長の手から、綺麗に弧を描いて、院長の愛用メス『マイスター・エディション・シルバー・ウルフ・極』が宙へと跳ね上がった。
「「「あ、あぁーーー!」」」
メスはキラキラと回転しながら、開いていた窓の外へと飛び出していってしまったのだ。
「びええええええーーーっ! 病院の売上が! 私の、私の出世がぁーーーっ!!」
田中課長は豚が絞め殺されるような悲鳴を上げながら、慌てて窓際に駆け寄り――。
カシャーン! ポチャーーーン!!
小気味良い水音が、ここまで響いてきた。
窓のすぐ下には、中庭のよどんだ池が広がっている。
「落っこちた……池の中に、沈んでいった……。あんな泥だらけの池の中から、15時までにメスを見つけ出すなんて……。おしまいだ……私の出世はおしまいだぁ……」
田中課長はその場にガックリと膝をつき、まるで魂が抜けたかのように真っ白に燃え尽きていた。
(……ん? カシャーン!?)
私たちは一斉に窓の外を覗き込む、すると。
3階の窓のすぐ下、2階のベランダ部分に設置されていた、これまた理事長が宝物にしている『時価うん百万円と噂される特大盆栽鉢』が、見事に真っ二つに割れていた。
そして、その割れた鉢の土の塊の中に……。
ザクッ!!!
と、院長のメス『マイスター・エディション・シルバー・ウルフ・極』が、一点の曇りもなく、美しく突き刺さっていたのである。
池に落ちたような音がしたのは、割れた鉢の破片が水面に飛び散った音だったのだ。
メスは、奇跡的に傷一つなく、土の上に直立していた。
「あ……あった……! メスが、無傷で残ってるぞ!!」と、私が叫んだ。
「素晴らしいわ! 神様は私をバリ島に行かせてくれるのね!」大熊師長が歓喜の声を上げる。
「よっしゃぁーーーっ!! 定時上がりの完全勝利確定です!!」高野がガッツポーズを決めた。
「な、なんじゃとーーーっ! わしの、わしの特大盆栽鉢が、割れた……じゃと? うう、うううぅ……」
状況をようやく理解した理事長が割れた宝物を見て、今度は自分が床に転がって泣き始めた。
(自業自得だ。人の大切な医療器具を盗んで盆栽を切ろうとするから、自分の盆栽が天罰を喰らうんだよ)
こうして失われた聖剣、もとい『マイスター・エディション・シルバー・ウルフ・極』は我々の手に戻ってきたのだ。
時計を見ると、時刻は14時30分。手術開始まで、あとちょうど30分の奇跡である。
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第四章:エピローグ、そして奇妙な違和感
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1階の総務課でふて寝していた院長にメスを手渡す。
「おおおお……! これだ、これだよ! 私の『マイスター・エディション・シルバー・ウルフ・極』! 会いたかったよぉーっ!!」
戻ってきたメスを愛おしそうに頬ずりし、涙を流して喜ぶ院長の姿があった。
(……汚いな。使う前にちゃんと滅菌消毒するんだよな?)
「望月くん、高野さん、大熊師長、本当にありがとう! 君たちは我が病院の救世主だ! さあ、これできっと金満サマの手術は大成功する! 病院の未来は明るいぞ! うひょーー!」
院長はメスを掲げ、意気揚々と手術室へと向かっていった。
大熊師長もテキパキとした足取りでそれに続く。
「はぁー、終わった終わった。これで私のボーナスも守られたし、あとは定時まで適当に書類を眺めて過ごすだけですね」
高野はすでに自分のデスクでバッグを膝の上に置き、いつでも飛び出せる姿勢を整えている。
(……高野さん、定時まで2時間弱あるんだけどね)
「そういえば、理事長の特大盆栽鉢ってなんで割れたんですか? 院長のメスってそんなに切れ味抜群だったんですかね?」
「ああ、あれね、理事長がふらついてた時に机に激突したでしょ。あの時にいろいろと窓の外に落としたみたいだよ」
ガチャ。
総務課の扉が開くと受付の奥山さんが目を輝かせて入ってきた。
「ちょっと、聞いたわよ! 理事長の特大盆栽鉢、割れちゃったそうじゃない」
(さすが噂話の宝石箱、もう知っているのか)
「メスで盆栽の枝を切ろうとするなんて、ちょっとアレが進みすぎよねぇ。そうそう、さっき『今日の金満サマの手術、電気メスでやるんだった』って院長がつぶやいてたけど、何かしらね」
「「は……?」」
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定時過ぎ。
今回の騒動で理事長へのゴマすりに大失敗し、さらにメスを落とした犯人にされ、理事長からも「あのバランスボールくんは出入り禁止じゃ!」と激怒された田中課長が、抜け殻のようになって机に突っ伏していた。
「うう……私の……私の出世が……。それどころか、理事長の機嫌を損ねたから、次の人事評価がガタ落ちだ……。なんで私がこんな目に……ううう……」
(……フッ。心底、ざまぁみろ、だな)
私は冷え切った緑茶をすすりながら、心の中で毒を吐いた。
いつも仕事を他人に押し付け、手柄だけを横取りしようとする男が、自分の欲望に飲まれて自滅したのだ。まさに『ざまぁ』な展開そのものだ。
病院の売上は守られ、患者の安全は確保され、強欲な上司はそれなりの報いを受けた。これで、今回のドタバタコメディも、めでたしめでたし、である。
「……ん?」
私は、メガネを指でクイッと上げながら、ふと、ある奇妙な事実に気がついた。
(待てよ……?)
田中課長は、確かに自滅した。
しかし、彼が受けたダメージは「将来の出世の可能性が減った」とか、「理事長に嫌われた」という、極めて個人的かつ抽象的なものである。
本来、この手のコメディであれば、もっとこう……「課長のボーナスが完全に全額カットされる」とか、「市中引きずり回しの計に処される」とか、もっと分かりやすく凄惨な『ざまぁ』があるべきではないだろうか?
現に、田中課長は相変わらず定時を過ぎても机にしがみつき、のうのうと残業代をもらい続けている。今回の件で、彼が経済的なペナルティを受けたわけではない。
というか、よくよく考えてみれば。
メスをパクった張本人、一番ボケている理事長は、おじいちゃんの不注意として片付けられ、特にお咎めなし。まぁ、理事長だし?
メスをパクられたと騒ぎ立てた院長も、今頃は手術を終えてヒーロー扱いされているはずだ。
「……あれ?」
(……院内を走り回って、ドタバタしたあげく結局使われなかったメスを取り戻したのは私だよな……)
プラスマイナスで言えば、私は完全にゼロである。ただ疲損しただけだ。
まぁボーナスを守り抜いたといえばそうなのだが。
「……これ、私に対する『ざまぁ』になってないか?」
そんな恐ろしい仮説に辿り着き、ガタガタと震え出したその時。
プルルルル、プルルルル。
デスクの固定電話が非情な音を立てて鳴り響いた。
嫌な予感がしながらも、受話器を取る。
「はい、総務課の望月ですが……」
「あ、望月くん!? 院長だけど! さっきはありがとうね。いやあ、それでさ、ちょっとお願いがあるんだ。『マイスター・エディション・シルバー・ウルフ・極』の刃先にさ、さっきの盆栽の土がこびりついちゃってね。これ、特殊なチタン用光沢化学研磨液で磨かないと錆びちゃうんだよ。その研磨液、今から隣の市の医療専門ショップまで、総務課の車で買ってきてくれないかな? 今日中に磨かないと、私の聖剣が泣いちゃうんだ!」
「……はい?」
時計を見る。17時30分。完全なる勤務時間外だ。
「じゃ、よろしく!」
ツーツーツー……。
受話器から冷たい電子音が響く。
私は、静かに受話器を置いた。
顔をあげると、田中課長が消えている。
「あいつ、逃げやがった! って、まてまて……この事件のいちばんのとばっちりは、真面目に働いてる俺じゃねえかッ!!」
私の叫び声は、夕暮れ時の『陽だまり中央総合病院』に、虚しく響き渡るのだった。
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End→
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