失われた聖剣!ボーナスを守り抜け!~前編
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第一章:平和な午後は嵐の前の静けさ
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「……よし、これで蛍光灯の在庫発注データは完璧、と」
首都圏の端っこ、急行も止まらない平凡な市に佇む『医療法人福福会 陽だまり中央総合病院』。全50床という、総合病院を名乗るにはいささか見栄がすぎる小規模なこの病院の片隅で、望月修二はカタカタとキーボードを叩いていた。
総務課の平社員。それが私の肩書きだ。聞こえはいいが、要するに病院の『何でも屋』である。電球の交換から役所への書類提出、クレーマー対応から庭の草むしりまで、医療行為以外のすべてが私たちの仕事なのだ。
「はぁ……終わった終わった! 望月さん、そっちの有給消化率のレポート、もう終わりました? 私、今日の夜、気合を入れた街コンがあるんで絶対に定時直後の市バスに乗りたいんですよね!」
向かいの席から、弾んだ声が飛んでくる。同僚の高野美咲、30代。趣味は婚活、特技は定時退社。職場恋愛は「絶対にあり得ない、コスパが悪すぎる」と言い切る活発系女子だ。彼女は帰りたい一心で仕事をするため、その処理スピードは通常の事務員の3倍近い。
「ああ、高野さん。こっちのデータはもうまとまってるよ。あとはそこのデスクで気持ちよさそうに『大イビキ』をかいている粗大ゴミのハンコをもらうだけだ」
私は視線だけで、部屋の奥のデスクを指し示した。
「カァー……スピー……グフッ、……すやすや……」
そこに鎮座しているのは、総務課の課長、田中信夫。八方美人と責任転嫁だけでこの地位に上り詰めた、生ける怠惰の象徴である。現在もデスクに頬を押し付け、よだれで重要な書類をふやかしている真っ最中だ。
(よくもまあ、自分がいつリストラされてもおかしくないご時世に、職場でそんな無防備に寝られるものだ。その強靭なメンタルだけは、少しだけ評価してやらんでもないが、基本的には給料泥棒の極みだって話だ……)
「田中課長、起きてください。決裁文書です」
高野が容赦なく田中のデスクをガンガンと叩く。田中は「ひゃいっ!?」と間抜けな声を上げて飛び起きた。
「あ、ああ、高野さん、望月くん。いやあ、ちょっとね、今後の病院の経営戦略について、目を閉じて深く思考を巡らせていたところでね……」
「よだれ拭いてください、戦略が台無しですよ」
「おっと失礼。で、なんだね? 私の手を煩わせるほどの緊急案件かね? 私は今、非常に多忙で……」
(多忙なのはお前の腹回りの脂肪だろ。何を言っているんだこの男は。お前の仕事は、上の人間にペコペコ頭を下げて、トラブルが起きたら全部俺たち平社員に擦り付けることだけだろうがっ!)
私が心の中で特大の毒を吐き散らしていると、総務課の扉がきしみ音と共に勢いよく開け放たれた。
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「だ、だめだぁーーーっ!! もうおしまいだ! 私はもう医者を辞める! 田舎に帰って、静かにレタスを育てる農家になるんだぁーーーっ!!」
白衣をはためかせ、髪を振り乱して絶叫しながら飛び込んできたのは、当院の雇われ院長であった。
「い、院長!? どうされたんですか、そんな血相を変えて!」
田中課長が、慌てて椅子から立ち上がる。
この雇われ院長、病院の経営だの売上だのには一切興味がなく、とにかく「患者ファースト」を地で行く熱血漢だ。そして、手術の腕前だけは超一流、地域でも天才と噂されるほどのドクターなのだが……いかんせん、情緒が少々、いや、かなり不安定なのが玉にキズである。
「望月くん! 高野さん! 聞いてくれ! 無いんだ、無いんだよ!」
「落ち着いてください、院長。何が無いんですか? 髪の毛の話なら、手遅れな部分も……」
「違うよ! 私の、私の愛用の『手術用メス』だよ!!」
院長は私の不謹慎な呟きをスルーし、頭を抱えてその場にへたり込んだ。
「手術用メス、ですか? 病院なんですから、予備のメスくらい、中央材料室にいくらでもあるでしょう?」
高野が不思議そうに首を傾げる。確かに、メスなど消耗品か、あるいは滅菌されて厳重に管理されているはずだ。
「バカなことを言っちゃいけない! あれはただのメスじゃないんだ! 私がドイツの職人に特注で作らせた、チタン合金製の『マイスター・エディション・シルバー・ウルフ・極』なんだぞ!!」
(……何だその、中二病の少年がノートの裏に書き殴りそうな名前のメスは)
「あのメスじゃないと、私の指先が、あの奇跡のような繊細なカットを再現できないんだ! 刃先の重さ、重心のバランス、握ったときの吸い付き感……あれは私の魂の半身なんだよ! 今日、このあと15時から、この病院の存続にも関わる超重要顧客……じゃなかった、重症の患者さんのオペがあるんだ! あのメスが無ければ、手術は絶対に成功しない! つまり、もう手術はできないんだぁーっ!!」
院長は子供のように床を叩いて泣き叫び始めた。
総務課の空気が、一瞬で凍りついた。
「え……? 15時からのオペができない……?」
田中課長が、青ざめた顔で計算を始めた。
「待ってください。今日15時からのオペって、まさか……あの地域の地主で、我が福福会に毎年多額の寄付をしてくれている、VIPの金満麗子サマの大規模な胆石手術ですか!?」
「そうだ! それだよ!」
院長は涙目で頷いた。
「ひええええええ!!」
田中課長が、まるで今まさに自分が切腹を命じられたかのような悲鳴を上げた。
「そ、そんな大物の手術が中止にでもなってみろ! 寄付金は打ち切り、病院の評判は地に落ちる! それどころか、売上は大打撃……ということは……ひっ、私の、我が総務課の、いや、全職員の『冬のボーナス』が確実に吹っ飛ぶぞおぉぉぉーーーっ!!」
「「な、なんだってぇーーーっ!?!?!」」
田中課長の叫び声に、私と高野の声がハモった。
(おいおいおい、ちょっと待て。ボーナスカットだと? ふざけるな。私はあのボーナスで、何年も買い替えられずにテープで補強している自宅の液晶テレビを買い替える予定なんだぞ!)
「望月くん! 高野さん! 何をしている、一刻を争う事態だ!」
さっきまで居眠りをしていた田中課長が、急に『できる上司』風の鋭いキリッとした顔になり、机を叩いた。
「今すぐ院内をひっくり返してでも、院長の『なんちゃらウルフ』を探し出すんだ! 見つかるまで総務課は全員連帯責任、もちろん見つからなければボーナスは査定ゼロ! いいね!?」
(出たよ、特技:責任転嫁&連帯責任の押し付け。命令だけは一丁前だな、この猪八戒。しかし、ボーナスがかかっているとなれば、こちらも本気にならざるを得ない)
私はメガネを指でクイッと押し上げた。
「高野さん、まずは情報収集だ。15時まであと2時間しかない。陽だまり中央総合病院の総力を挙げて、消えたメスを追跡するぞ!」
こうして、平凡な小規模病院を揺るがす、「消えたメス捜索大作戦」の火蓋が切って落とされたのである。
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第二章:お局の噂話と、ナイスバディな刺客
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「ねえねえ、望月さん、高野さん、ちょっと耳寄りな情報があるんだけど」
総務課を飛び出した私と高野の前に、受付の奥山友子が立ちはだかった。50代のベテラン受付嬢であり、この病院のあらゆる噂話の中心地となっているお局様だ。パーマのかかった髪を揺らしながら、彼女はドヤ顔を決めている。
「奥山さん! 何か知ってるんですか? メスの行方について!」
高野が食い気気味に詰め寄る。彼女の目は、定時退社とボーナス死守の炎で燃え盛っていた。
(というか、奥山さん、もう院長のメスのことを知ってるのかよ)
「さっきね、1階のロビーで、あの『歩く現金の塊』を見かけたのよ。あ、理事長の事ね」
医療法人福福会のトップ、理事長。昔はバリバリの経営者だったらしいが、今はお金の話をするときだけ目が爛々と輝く、ちょっとボケの入ったおじいちゃんである。
「理事長がどうかしたんですか?」
「それがさ、なんか白衣のポケットに、キラキラ光る尖ったものを大事そうに突っ込んで、ブツブツ言いながらエレベーターに乗っていったのよ。『これで、わしの愛しいアレが、最高の姿に……ククク』って、不気味に笑いながらね」
(十中八九、院長の『マイスター・エディション・シルバー・ウルフ・極』じゃないか! なぜ理事長がそんなものを!?)
「よし、エレベーターの行き先は!? 奥山さん!」
「それがねぇ、3階の病棟フロアで止まったわよ。でも、3階といえば、大熊師長が15時からの手術の事でピりついていたわよ? あんたたち、気をつけて行きなさい」
大熊ほのか病棟師長。30代にして病棟を完璧に統括し、看護師たちの憧れの的。仕事は超テキパキ、そして何より、峰不二子スタイルなことで一部の男性患者から絶大な人気を誇る女性である。ただし、仕事の邪魔をする者には容赦がない。
「行くぞ、高野さん! 3階病棟だ!」
「了解です! 邪魔するやつは、例え師長だろうがなぎ倒して進みます!」
私たちは階段を駆け上がり、3階病棟へと向かったのだ。
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病棟のスタッフステーションに到着すると、案の定、そこには圧倒的なオーラと白衣の上からでもわかる素晴らしいプロポーションを放つ大熊師長が、カルテを凄まじいスピードでチェックしていた。
「――ですから、305号室の佐藤さんの点滴は14時までに切り替えて。それから、15時からの金満さんのオペの準備、完璧にしておいてね。失敗は許されないわよ」
「あの、大熊師長!」
私が声をかけると、大熊は鋭い視線をこちらに向けた。
「あら、総務課の望月さんに、高野さん。どうしたの? 今、病棟は15時からのVIPの手術準備で、戦場のように忙しいんだけど。用件は手短に3秒で言って」
(3秒って。承太郎のスタープラチナかよ)
「院長の手術用メスが盗まれました! 理事長がそれを持って、このフロアに来たという目撃情報があります! 心当たりはありませんか!?」
私が一気にまくしたてると、大熊師長は美しく整えられた眉をピクリと動かした。
「院長のメス? ああ、あの『マイスターなんちゃら』とかいう、名前だけが無駄に中二病の、院長が毎晩磨いて添い寝してるっていう変態的なアレね」
(添い寝してるのかよ、あの院長……。いや、今はどうでもいい)
「そう、それです! それがないと、15時の金満さんの手術ができないって、院長が下で床をのたうち回って泣いてるんです! 手術が中止になったら、病院の売上が……私たちのボーナスが消えちゃうんですよ!」
高野が悲痛な声を上げる。
「何ですって……!? ボーナスが消える……!?」
大熊師長の目の色が変わった。さすがの完璧超人も、『賞与消滅』の4文字には抗えなかったらしい。
「それは見過ごせないわね。私も今年のお正月は、バリ島の高級エステに行く計画があるのよ。……そういえば、さっき理事長がフラフラした足取りで、このフロアを歩いていたわ。『わしの盆栽……わしの最高傑作……』とか、訳のわからないことを呟きながら」
「盆栽……?」
私と高野は顔を見合わせる。
「ええ。理事長、最近またアレの症状が進んでるみたいで、自分の趣味の盆栽のことばかり気にしてるの」
「最近、徘徊してる事が増えましたもんね」
高野が冷め切った目を遠くに向ける。
「さっきは、スタッフステーションのハサミを持っていこうとしたから、私が『めっ!』って言って取り上げたんだけど……。まさか、院長の診察室に忍び込んで、あのメスをハサミの代わりに盗んだんじゃ……」
(繋がった。全ての点と線が繋がったぞ。アレが進行している理事長が、自分の盆栽を剪定するために、よく切れそうな工具を探し回った結果、院長の宝物であるメスをパクったんだ!)
「理事長は今、どこに!?」
「おそらく、3階奥の『秘密の部屋』よ。あそこには理事長が買い漁った、一鉢数百万円もする高級な盆栽がズラリと並んでいるから」
大熊師長はカルテをバサッと机に置くと、不敵な笑みを浮かべた。
「よし、私も行くわ。我が病棟のプライドと、私のエス……金満さんのオペのために、そのメス、絶対に奪還するわよ!」
私たちは大熊師長を仲間に加え、すべての答えが待っている『秘密の部屋』へと突撃を開始した。
(ナイスバディな師長が並んで走ると、白衣の揺れが凄まじくて、別の意味で視界がチラついて集中できん。……いや、邪念を捨てろ、望月修二! 今はメガネの奥の眼光を鋭くし、ボーナスだけを見つめるんだ!……目がぁ、目がぁぁ)
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To be continued→
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