M&A詐欺にドロップキック!陰謀を阻止せよ!~後編
--------------------
第三章:勃発!実印争奪バトル!
--------------------
作戦会議が始まった。場所は総務課の事務室。メンバーは望月、高野、田中課長、大熊師長、奥山さん、そしてなぜか巻き込まれた院長だ。
「まず、理事長がハンコを押すのを阻止しなければなりません。幸い、実印はまだ見つかっていません」と望月。
「それがねぇ……」と奥山さんが口を開く。「うわさで聞いたんだけど、理事長ってば実印を『のど飴の缶』に入れて持ち歩いてるみたいよ。で、その缶をさっき、院内のどこかに置き忘れたらしいの」
「のど飴の缶に実印!? どんな防犯意識ですか!」高野がツッコミを入れる。
「大変です!」
そこへ、若い看護師が息を切らせて飛び込んできた。
「り、理事長が、ロビーで待っているギガメディカルの担当者と合流して、一緒に実印を探し始めました!『見つけたらその場で調印する』って!」
「マズいわね。ギガメディカルの男、名前は『阿久津』って言うんだけど、ITを駆使して何でも見つけるギガ・サーチの達人らしいわよ」奥山さんがスマホを片手に言う。
「(どこ情報ですか!)……よし、こうなったら院内全体を使った『実印争奪バトル』だ」
心の中のツッコミもほどほどに望月は不敵に笑った。
「高野さんは、得意の婚活人脈……じゃなくて、機動力を活かして阿久津の邪魔をしてください。奥山さんは受付の情報網を使って阿久津の動向を実況。大熊師長は病棟の看護師たちを動員して、のど飴の缶を先に見つけてください」
「私は何をすればいいのかね?」と院長。
「院長は、万が一の時のために、一番ゴツい医療器具を準備しておいてください」
「それは脅迫にならんかね?」
「ご都合主義のコメディですから大丈夫です」
「あ、あの、僕は……?」
恐る恐る手を挙げる田中課長。
「課長は、阿久津が来たら、お得意の『責任転嫁トーク』で時間を稼いでください。相手を煙に巻くんです」
「よし! それなら僕の得意分野だ! 任せてくれたまえ!」
(本当にこういう時だけイキイキするな、この人は)
こうして、陽だまり中央総合病院の運命をかけた、大騒動の幕が上がった。
【ステージ1:1階ロビー・受付前】
ギガメディカルの買収担当・阿久津は、仕立てのいい高級スーツを着た、いかにも「デキる男」風の30代だった。しかし、その目は冷酷で、周りの患者を見下すような光を放っている。
「ふん、田舎の薄汚い病院め。さっさとハンコを見つけて、リゾートクリニックに改装してやる。ターゲット層は都心の富裕層だ。老い先短い老人はお引き取り願おう」
ブツブツと毒づきながら歩く阿久津の前に、突如、華やかな香水の香りと共に高野が立ちはだかった。
「キャッ! ごめんなさーい!」
高野はわざとらしく阿久津にぶつかり、持っていた大量の「婚活パーティーのパンフレット」をぶちまけた。
「チッ、なんだこの女は!」
「あぁ! すいません! 私、ドジでピュアな30代なんですぅ! あ、あなた、とっても素敵なスーツを着ていらっしゃるわね? もしかして年収1000万超えのIT企業経営者様かしら!? 趣味はゴルフ? それともタワマンでワイン?」
「は? 何を手を出して触ろうとしてるんだ、離れろ!」
高野の超高速マシンガントークと、獲物を狙う肉食獣のような眼光に、さしもの阿久津も恐怖を覚え、一歩後退する。
「奥山さん、今です!」高野がインカムで叫ぶ。
「了解! 阿久津、ロビーの自販機コーナーへ退避したわよ! 次の仕掛け、スタート!」
自販機コーナーへ逃げ込んだ阿久津の前に、今度は田中課長がぬっと現れた。
「おやおや、貴方がギガメディカルの阿久津さんですか! 私は総務課長の田中でございます!」
「課長? ちょうどいい、早く理事長のハンコを探させろ」
「いやぁ、それがですね。我が総務課のシステムは非常に複雑怪奇でしてな。ハンコの捜索令状を出すには、まずA書式に記入し、それを隣の市にある遺失物捜索許可認定センター(※そんなものはない)に提出し、さらに課長補佐代理の望月くんの承認が必要で……」
「何を言っているんだお前は! そんな手続きがあるわけないだろう!」
「いやいや! これが我が病院の伝統でして! もし何か問題があれば、それはすべて部下の望月の責任であります! 私は一切悪くありません!」
堂々と責任を転嫁する田中課長のクズっぷりに、阿久津は激しい頭痛を覚えたのだった。
【ステージ2:2階・一般病棟】
阿久津は田中課長を振り払い、2階へと上がった。奥山からの無線が入る。
『望月くん! 阿久津が2階のスタッフステーションに向かったわ! 理事長もそこへ向かってるみたい!』
望月は2階の廊下を走った。
「間に合うか……」
スタッフステーション前では、ボケた理事長が「のど飴~、ワシの梅のど飴はどこじゃ~」とフラフラ歩いている。数秒早く到着した阿久津が鋭い目で見つけたのは、スタッフステーションのカウンターの上に置かれた、年季の入ったアルミ製の缶だった。
「あ、理事長! 見つけましたよ!」
「それだ! それにワシのハンコが入っとる!」と喜ぶ理事長。
「よし、これで契約成立だ……!」
阿久津が缶に手を伸ばしたその瞬間。
「お待ちになって」 背後から、凍りつくような、しかし甘い声が響いた。
阿久津が振り返ると、そこには腕組みをした大熊師長が、総勢10人の屈強な看護師を引き連れて立っていた。彼女たちは全員が日々の移乗介助で鍛え上げられた筋肉を持つ歴戦の戦士なのだ。
「そこにあるのは、患者さんの『お薬手帳入れ』よ。勝手に触らないでくださる?」
「な、何だと? しかし理事長がこれがそうだと言って……」
「この病棟のルールは、私が決めます」
大熊師長の凄まじい威圧感(とナイスバディの破壊力)に、阿久津は気圧される。
「くそっ、じゃあ本物はどこにあるんだ!」
阿久津がイライラしながら周囲を見回すと、スタッフステーションの奥の流し台の横に、もう一つの『のど飴の缶』があるのを発見した。
「あれか!」
阿久津が突き進もうとした時、望月がスライディング気味に間に割って入った。
「させるか!」
望月は缶を掴み取った。しかし、焦るあまり手が滑り、缶は宙を舞った。
「ああっ!」
スローモーションよろしく、空中でパカーン、と綺麗な音を立てて蓋が開く。すると、中からコロンと、古めかしい木製のハンコが飛び出した。
それは綺麗な放物線を描き――
たまたま通りかかった院長が持っていた、液体窒素の入った金属容器の中に、ポチャリと落ちた。
「あ」と院長。
「あ」と望月。
「あー!」と阿久津。
「な、何てことをするんだ! 実印が凍ってしまったじゃないか!」阿久津が絶叫する。
「いやぁ、私のミスじゃない。重力の法則に従っただけだ」院長は平然と言った。
「っていうか、それ、本当に理事長の実印ですか?」望月が尋ねる。
院長がピンセットで凍りついたハンコを取り出し、近くにあった裏紙にポンと押してみた。
そこに現れた文字は――
『犬山』
全員「……誰?」
理事長が頭を掻きながら言った。
「おお、それはワシの前の前の奥さんの実家の苗字じゃったかな? いや、飼ってたポメラニアンの名前だったか……?」
「完全に偽物じゃないかーーー!」
阿久津の怒号が響き渡った。
【最終決戦:地下・ボイラー室】
『大変よ! 本物の実印が入った缶は、理事長が今朝、地下のボイラー室の工具棚に置き忘れたみたい!』
奥山さんからの超特大スクープがインカムに飛び込んできた。
(なんで理事長が地下のボイラー室に行ってるんだよ!)
「って、ツッコミを入れている場合じゃない! 地下か!」
インカムの声が聞こえた二人は、ほぼ同時に地下への階段を駆け下りた。
薄暗いボイラー室。配管が複雑に入り組み、シューシューと蒸気が上がっている。不気味な空間だ。部屋の奥にある古いスチール棚の上に、ポツンと置かれた「龍〇散」の缶。
「あった……! あれが本物だ!」
阿久津が狂喜乱舞して突進する。
「やらせるか!」
望月もメガネを光らせて走る。40代の運動不足の体にはキツいが、ここで負けたら明日からの無職ライフが待っている。
二人は同時に棚へ手を伸ばし――
ガシャーン!!
棚が倒れ、缶が床を転がった。蓋が外れ、中から今度こそ本物の『福福会理事長印』が飛び出す。そして、床の排水溝の隙間へと滑り込んでいく。
「しまっ――」
望月が手を伸ばそうとしたが、間に合わない。
その時、ご都合展開の神様が舞い降りた!
ボイラーの古い配管が、突然の振動で『プシューッ!!』と激しい蒸気を噴き出したのだ。その突風のような空気の圧力によって、排水溝に落ちかけていたハンコがふわリと宙に浮き上がった。
「何っ!?」阿久津が驚愕する。
「今だ!」
望月は決死のジャンプを見せた。運動不足とは思えない躍動感で、特大フライをキャッチする大リーグ選手のごとく、宙を舞うハンコをキャッチした。しかし、着地した場所が悪かった。そこはボイラーの排水で濡れたヌルヌルの床。
「うわあああ!」
望月は派手に滑り、そのままの勢いで阿久津に向かって人間ボウリングのように突っ込んだ。
「ギャーーー!」
阿久津は望月に激突され、後方のボイラーのレバーに激しく背中をぶつけた。そのレバーには【非常用・院内全館一斉スプリンクラー作動】と書かれていた。
ガチリ。と不吉な音が響く。
ウーーー! ウーーー!
警報音が鳴り響き、次の瞬間、病院中の天井から凄まじい量の水が降り注いだ。地下ボイラー室も例外ではない。大雨のような水の中、望月はしっかりと右手に実印を握りしめていた。
一方、阿久津は頭から泥水をかぶったようになり、高級スーツは台無し、自慢の髪型はカッパのようになり、床にへたり込んでいた。
「く、くそっ……! 何なんだこの病院は! どいつもこいつも狂ってる!」
そこへ、階段からドタバタと全員が下りてきた。望月が掲げたハンコを見て、一様に顔をほころばせる。全員がびしょ濡れではあるが。
「望月くん! これぞ、我が総務課のチームワークの勝利だ! 僕のマネジメントのおかげだね! 手柄は9:1で僕だね!」田中課長が水に濡れながらイキる。
「高野さん、この上司、後で殴っていい?」望月が真顔で言う。
「いいわよ、私がアリバイ作ってあげる」高野も冷たい目で田中課長を見た。
阿久津は立ち上がり、捨て台詞を吐いた。
「覚えていろ! こんな嫌がらせをしても無駄だ! 契約書がなくても、ギガメディカルの権力を使えば、この病院を法的手段で強引に潰すことだって――」
「おっと、そこまでのようね」
奥山さんが、スマホの画面を阿久津に突きつけた。そこには、今まさにネット上で大炎上しているニュース画面があった。
『超巨大医療グループ「ギガメディカル」、大規模な診療報酬不正請求が発覚! 厚生労働省の強制捜査へ!』
「え……?」阿久津の顔から血の気が引く。
「さっきねぇ、あんたがロビーで『買い叩いてやる』って話してた電話、私、バッチリ録音して本社の告発窓口とSNSに流しといたのよ」奥山さんがニヤリと笑う。
「そしたら、出るわ出るわ、ギガメディカルの悪事のオンパレード。今頃あんたの会社の社長、警察で取り調べを受けてるわよ?」
「な、何だって……!?」
阿久津のスマホが激しく鳴り響く。画面には【本社・コンプライアンス室】の文字。
「ヒエッ……あ、もしもし!? 私です、阿久津です! え? 懲戒解雇!? そんなーーー!」
阿久津はスマホを耳に当てたまま、魂の抜けた顔でボイラー室からフラフラと去っていった。まさに完璧な『ざまぁ』展開である。
--------------------
第四章:エピローグ、お得なシニア割引
--------------------
騒動が終わり、水浸しのロビー。総務課の面々は、モップを持って片付けに追われていた。
「はぁ……疲れた。なんで平社員の俺がここまでしなきゃいけないんだ」
望月はため息をつきながらモップを動かす。
「まあいいじゃない、望月さん。これで病院は守られたし、私たちのクビも繋がったんだから」
高野は楽しそうに床を拭いている。
「それにね、さっきの騒動のドサクサで、ギガメディカルの他の部署のイケメンエリートと連絡先交換しちゃった! 怪我の功名ってやつ?」
「たくましいな、君は……」
そこへ、すっかり乾いた服に着替えた理事長が歩いてきた。足取りは相変わらずふらついている。
「おお、諸君、ご苦労じゃな。ところで、ハワイの件じゃが」
「理事長、買収の話は無くなりましたよ」と望月。
「ん? 買収? 何のことじゃ。ワシはな、来週から近くの『ハワイアン健康センター』のシニア割引でフラダンス教室に通うことにしたんじゃ。いやぁ、楽しみじゃて、フォッフォッフォ」
「……最初からそれで良かったじゃねえか!!」
ロビーに望月のツッコミが響き渡る。
**
「まぁまぁ、終わり良ければ全て良し、だね」
田中課長が自席に座り、早くも目を閉じ始めた。
「今日の分の報告書は、望月くん、君が上手いこと書いておいてくれたまえ。僕はちょっと、経営戦略の構築(※昼寝と同じ意味)に忙しいからね……」
(課長席の上のスプリンクラーだけ常時オープンにしておいてやろうか)
望月は心の中で、いつもの毒を吐いた。
窓の外からは、いつもと変わらない、のどかな陽光が差し込んでいる。
『医療法人 福福会 陽だまり中央総合病院』。50床の小さな病院の、平凡で、ドタバタな日常は、明日もきっと続いていく。
--------------------
End→
--------------------




