↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
9/10

9

 

 帝王が布に跳び乗ったのを確認し発進する。

 かなり暗くなってきたので前方に光球を飛ばしつつ飛行を開始した。


 階段を降り、光帝が頭を打たないよう気をつけながら小さい扉を潜り、森と遺跡の地形を空から越える。


「はい――そうです。ご説明いただいたものは全て要りませんので、全部魔力増強に充てて下さい」


 確かボス部屋の大扉はこちらの方角だったはず――と暗闇なのをいいことに超高速飛行していると、光帝の交渉が終わりそうな雰囲気になってきた。

 予定通り魔力増強に全力投資するらしい。


 そういえばえらく花嫁候補に前向きだったな。

 むぅ……もしや光帝が帝王に執心なのは忠誠心だけではなく恋愛感情入りだったりするのだろうか。


 しまったな……。そういうことならば帝王の意向も考慮に入れる必要があった。


 どちらにせよ恋愛感情が伴わないならば選択肢の多い方がまだよかろうと思っていたが、これだと逆に選択の余地が無くなってしまったかも知れん。

 どう考えても、身近すぎる人間である光帝の想いは無下にできないだろう。


 ちらりと光球に照らされた帝王を盗み見てみたが、右手をフードの中――眉間辺りに当てて悩んでいる様子である。


 うむ……済まんが恐らく手遅れだ。頑張ってくれ。


 いやはや、私が関わる話でまさか色恋沙汰が入るとは思ってもみなかった。

 生殖機能が無い種族の身としては興味のある情動ではあるのだが、いかんせん共感できないので想像に頼るしかない。


 確かいいところで終わった際に次巻を待ち焦がれる気持ちと似たような欲求だったはずだ。それがずっと続くとなると大変である……。


 おお、そうだ。

 光帝の想いを後押ししたことにしてしまおう。

 若干結果論ではあるが大体合っているはずだ。


 拳帝にお前さては分かってないなとか言われていたような気もするが、気付いていないふりをしていたことにすれば問題ない。

 ――よし、これで行こう。


 私がこっそり今後の方針を固めていると、前方遠くに射出していた光球がついに大扉を照らし出した。

 それとほぼ同時に光帝が我に返る。


「ふう……お待たせしました。保持魔力の増強が完了です。――なんと今までの8倍になりました!」


「は、8倍!?」


「おや? そんなものだったか? ――では帝王の4割くらいになったな」


「分かるの!?」


「そういう生き物なのでな」


「そ、そうなんだ……」


「えっ。ちょっと待ってください。4割ですと花嫁候補としては――」


「目安が『半分以上』って言ってたから微妙なラインかな? まぁ、あくまで目安だから絶対ダメではないだろうけどさ……」


 大扉の前に到着した。

 手前に引く扉なので突撃するわけにもいかず減速し、扉の前で一旦停止する。

 一方で目標値に到達できなかったらしい光帝はショックで停止してしまったようである。

 あ、いや。動き出したな。


「ポンさん――」


 硬直していた光帝がゆらりとこちらを向く。

 渡したままだった金槌が光球の明かりを反射し鈍く妖しい光を放った。


「この金槌。もうしばらくお借りしても……?」


 私は今もしかすると、ダンジョンコアを破壊して回る鬼の誕生を目の当たりにしたのかも知れない。


 私は快く金槌を贈呈することにした。




 ◇ ◇ ◇




「帝王様……!」


「おっ! 戻って来たな!」


 ボス部屋の大扉を引くとあっさり開いた。

 内心開かなかったら面倒だなと思っていたので助かる。


 扉の前広場では拳帝と水帝が心配そうに待って――いや、私が浮かせたままにしておいた布の上でゆったりと待っていたようだ。2人とも布の角度に研究の痕跡が見られる。


「元気そうだね。2人ともただいま」


「帝王様こそ、ご無事で何よりです」


「このメンツなら大丈夫だろうとは思っていたが、本当に余裕だったみたいだな」


「ポンさんが居なかったら危なかったかも、って場面が結構あったよ?」


「帝王様でもか? さすがは魔王ってところだな」


 見回してみると闇帝と火帝の姿が見えない。しかし下り階段の向こう側が時折瞬いているので少なくとも火帝はあの辺りに居るようである。


「闇帝と火帝は下の階か?」


「ああ。あれからしばらくして残りの悪魔が続々と上ってきたんだ。その迎撃に闇帝と火帝を起こしてよ。俺たちはここまで避難してきたんだ」


 それだと闇帝が火帝の攻撃に巻き込まれて酷い目に遭っていそうな予感がするのだが大丈夫だろうか……。


 空を飛んで快適な移動というわけにはいかなそうなので2枚の布は回収し、とりあえず歩いて階段に向かうと、階段の上り口付近でぐったりと座り込んでいる人影が視認できた。――火帝は今も元気に暴れている様子なので消去法で闇帝だな。


「闇帝どうした。大丈夫か?」


「――ん? ああ、ポンか……。辺りが暗くなったのはやはり攻略を終えたからなのだな」


「その通りだ。――今は休憩中か?」


「ふう……。魔力切れだ。階段すら億劫な状態でな、こんな姿勢で悪いがちょっと今は色々無理だ」


 説明するのも億劫なほど倦怠感が凄いようだな。

 そう考えると存外丁寧な対応である。


「回復薬をやろうか?」


「悪い、腹いっぱいだ」


 なるほど。恐らく手持ちの回復薬含めてがぶ飲みで継戦していたのだろう。凄く嫌そうな顔をしたので今は飲み物の話をしないでほしいくらいには満腹のようである。


「火帝を呼んでこよう」


「あっ。今は入るな!」


 数段降りた私を闇帝が強く制止した。


 ――入る? ああ、階段と部屋の境界線が別空間扱いになっているということか。


 今気付いたが部屋の中からの放射熱が凄い。これはもしかして入れば普通は死ぬくらいの気温なのではなかろうか?


「……もしや火帝が超人薬を飲んだのか?」


 頷く闇帝。

 なるほど、闇帝がここで休憩していたのは部屋から避難してきたからでもあるわけだな。


 確かに悪魔との属性相性を考えると闇帝が飲むより火帝が飲んだ方が効果的だとは思うが……。


「時間は?」


「あと30分ほどだ」


「……上の広場に戻って休憩にしよう。30分後に私が入って火帝を回収してくる」


 そう言って闇帝に運搬魔術を施して浮かせ、服の端を掴んで階段を上る。帝王たちもしっかり話を聞いていたらしく特に反対意見は無いようだ。


 皆で広場に戻って休憩開始。闇帝は腹が苦しいとのことなので仮眠体勢に移行。他は帝王が空間収納から色々出したのをいいことに水分補給するようだ。

 そういえば数時間前にバナナを食べていたな。まだ腹は減らないか。


 ……そんなに物欲しそうに見ても酒は出さないぞ拳帝よ。そんな事をしたら怒られるのは私である。




 ◇ ◇ ◇




 ――30分経ったので火帝を迎えに行くことにする。

 恐らく薬が切れてまた気絶している頃であろう……。


 皆には広場で待ってもらって私1人で階段を降りる。

 申し訳なさそうにされたが、即死しかねない気温の可能性がある以上は私1人の方が気楽なのである。


 階段の最下段に到達。ひとまず室内の空間に手を入れてみた。

 予想通りの高温で、手の表面が急速にダメージを受けていくのが分かる。

 ……だがさすがに竜のブレスほどではないな。


 試しに掌の上で少量の水を生成してみると一瞬で爆発的に蒸発してしまった。

 これは量を増やすと大爆発しかねないな……。


 同様の理由で氷もやめておいた方がいい。

 火属性でも逆干渉することで温度を下げられるが、火帝の干渉力の影響が残っていたら勝てない可能性が高い。


 仕方がないので風属性に頼ることにした。

 風属性を通じて空気に干渉し、猛り狂っている空気を鎮めていく。


 空気が持っている余剰エネルギーが多すぎて拡散させるのに少々苦労したが、空気の壁を形成しながら常温の範囲を少しずつ広げていった。


 全く……。よほど超人薬の効果に浮かれて楽しく暴れ回ったようだな。

 物には限度というものがあろうに――。


 なんとか人1人入って動き回れそうな体積が確保できたので、部屋の中に入って自分の周囲を常温の領域で包む。

 領域の拡大を継続しつつ火帝の捜索を開始。恐らく前回と同じように地面に平たくなっているはずなので目視では少々探しづらいところである。


 魔力切れしている状態の人間は果たして探知に引っかかるのかと半信半疑で探知波を放ってみると、充満した火属性魔力の中に1ヶ所人型にぽっかりと空いた空間があるのを検知した。

 なるほど意外と分かるものだ。


 検知された場所に行ってみると、インナー姿になった少女が俯せで床に伸びているのを発見。

 ……頑丈なインナーだな。どんな素材を使っているのやら。


 周囲を見回してみたが悪魔の姿は全く居ない。上がってきた者たちは殲滅したようである。核石も無いのは上級が居なかったのか、それとも核石ごと燃やしてしまったのか――。


 前回と同じく火帝の外套の類似品を魔力の物理変換で作成し、火帝を浮かせて頭から着させてやる。これは私が予備の服を作れなかったらどうするつもりだったのであろうか。もう少し後先を考えて行動してほしいものだ。


 火帝の状態を調べてみると酷い魔力切れを起こしているようである。この世界の人間であれば命に関わるだろう。少し補充しておかねば。


 全体の3割ほどを補充してやれば問題ないだろう、と思い供給していて気付いたが火帝の保持魔力量はかなり多い。火帝は帝王の6割ほどあるのではないだろうか。


 うん?

 それならば帝王の嫁候補として充分な――。

 ああ――ダメだ。

 火帝は性別を隠していたのであった。

 もしや隠している理由はその辺りだったりするのだろうか……?


 もしもそうだとすると女性であることを公表することで色々と面倒な事態が起こりそうである。

 主に光帝関係で。


 私は火帝の秘密の保持にしっかりと協力しようと心に誓った。

 とりあえず火帝の回収には成功したので皆のところへ戻るとしようか。




 ◇ ◇ ◇




 2枚の布に3名ずつ載せて飛行の魔術で入口を目指す。

 2名ほどダウンしているので1枚の板に全員、というのは無理だった。結局このスタイルである。


 10階層の大部屋を抜け、9階層の墓地を通過し、8階層の破壊された鉄球たちを避けて飛ぶ。7階層のアスレチックも上空から見る分には楽しそうである。


 6階層の迷路も壁が破壊されたままだったので難なく通過。5階層のボス部屋を通り4階層の鉄球のない坂道を降りていく。


 3階層のアスレチックだけはロープが復旧していた。最低限通過できる状態には最優先で修復されるのだろう。


「――ポンさんが居なかったらまたここを渡らないといけなかったんだよね。参加してくれて本当に良かった……」


 そんなに大変だったのか。

 まぁ、帰りであれば帝王がこの階層の入口と出口を転移門で繋げばいいだけのような気もするが、きっと彼も疲れ果てているのだろう。


「他に空を飛べる者は居ないのか?」


「それは微妙に機密事項だったりするけど……まぁいいや。風帝が飛べるんだけど、単独飛行なんだよね。こんな感じで全員を連れて飛ぶっていうのは難しいみたい」


「道理で飛んでいる者を全然見かけないわけだな……」


「そうだね。消費魔力量的にも長時間は厳しいらしいし、魔力が尽きてしまって何も出来なくなるようだと急いだ意味が無い、っていうのもあるかな?」


 そういえば着地した際に驚かれた経験があるな。

 魔法使いに遭遇すること自体が珍しいようだから不思議には思っていなかったが、むしろ飛行自体が珍しいようである。


 2階層の迷路は壁が健在だったのだが、経路を辿るのは面倒だったので壁抜けするような形で転移門を並べて一直線に移動してしまった。

 移動する方向が確定している場合はこちらの方が早いな。


 1階層の大ホールはもはやただ広いだけの場所だったので特に問題なし。

 トンネルを抜けて魔王城ダンジョンの外へと脱出した。


「ふう! やっと外か! 開放感が凄いな!」


 拳帝が嬉しそうにしている。

 彼の場合は命懸けの度合いが高かった分感動もひとしおだろう。

 他の者も歓声は上げないもののホッとした雰囲気になった。


 外は魔王城攻略うんぬんの影響を特に受けないらしく、相変わらずどんよりとした空模様で爽快感とは程遠い。

 しかし空間的な開放感だけは間違いなくあるだろう。


「門の場所は私が分かるので任せてくれ」


「――そういえば占いの時も分かってたよね。何か仕掛けがあるの?」


「目印に片手剣を突き立てて来た」


「……それで分かるの?」


「片手剣は私の体と同じく魔力の物質化で作成したものだ。つまり拡大解釈すると私の体の一部であるとも言える。自分の右手が今どの辺りにあるかを探すようなものだな」


「……繋がってないなら普通は分からないと思うよ?」


「説明は難しいが別空間的に繋がっているのだ」


「なるほど? とにかく分かるんだね。任せるよ」


 帝王は理解するのを諦めたようだ。

 肉体の枠組みという制限がある、人間の想像力の限界というやつであろう。


 まぁ、私の方も感覚的な話なので、説明しろと言われても客観的な解説は難しいのだがな……。




 ◇ ◇ ◇




 酔わないよう高度を取り、風属性魔術で風圧を相殺しながら超高速で移動する。


 本拠地が攻められている時に外で遊んでいた不真面目な悪魔は居なかったようで、敵影の全く無い快適な空の旅である。


 尤も、悪魔自体がダンジョンに生み出された存在であるならば、その創造主の危機に際して防衛指示に逆らえる構造になっていないとは思う。


 ダンジョンを生み出す力を持った悪魔を生み出すダンジョン、というと意味が分からないが、今回のダンジョンの質がそれを可能にするほど高かったのだろう。


「――門の場所までどのくらいかかりそう?」


 帝王から少し疲れたような声が聞こえてきた。


「今3割くらいの行程だな。あと1時間といったところか」


「……実は相当速いよね? 風も揺れも無いからそんな感じはしないけど」


「……さっさと帰ろうと思ってな。疲れたであろう? 着いたら呼ぶので休んでいていいぞ」


「うん。ありがとう」


 そう言いつつも帝王は背筋を伸ばしたまま前方を眺めていた。休む間もなく戦い続けてきたであろう男にとっては、戦っていない時間が既に休憩なのであろうな……。

 まぁ、もしかすると単に布の上が狭いだけなのかも知れないが……。






 ――徐々に減速を開始する。

 遠くに見え始めた洞窟に向けて高度を落としていった。慣性による体への負担を最小限にするため、減速は空気抵抗を主軸に惰性で落としてゆく。

 狙い通り洞窟前にピタリと停止した。


「お前変なところで凝り症だよな?」


「――はっ! ついつい固唾を飲んで見守ってしまったよ!」


 くっ。起こしてしまったか。

 私の密かな挑戦は失敗に終わったようだ。

 皆がうとうとし始めたので起こさないよう飛んでいる内に、いつの間にか到着するまで起こさない事が目標になっていたのだが……。


 起きてしまったものは仕方ない。

 拳帝の問いには眉根で遺憾の意を示すに留めて皆を起こした。


 火帝だけは起きなかったので布で簀巻きにして運搬へと移行する。闇帝は明るい場所に居たせいで回復したのか普通に起きた。便利な体になったな。


 隠密行動の担当が、明るい場所での継戦能力が最も高いというのは面白い矛盾である。

 本人もその事に気付いているようで、火帝の詰まった布を見ながら喜んでいいものか複雑そうな表情をしていた。


「――さて。里に連絡しないとだね」


 男性陣の載っていた布をクルクルと巻いて私に返却した帝王が、空間収納から何かを取り出した。


 見た目は両手で抱えるくらいの弦楽器である。

 いや、弦楽器で合っていたようだ。肩から斜めに構えると、左手で弦を押さえて右手で1音掻き鳴らす。


 ――べろおぉおん。と変な音がした。


 ……下手だな。

 想定を遥かに下回る腕前である。

 不協和音のうねりが聴覚をかなり刺激するので弦をきちんと押さえられていないようだ。


 全員がサッとあらぬ方向を向いてノーコメントな辺り、皆同じ感想らしい。

 そういえば帝王は忙しい人であったな。練習する時間など取れるわけがないか。


 何でも上手にこなす勝手なイメージを持っていたが、楽器をまともに練習せず弾けるわけもない。責めるのは酷というものだろう。




 ◇ ◇ ◇




「今のが里への連絡になるのか?」


 私の問いに帝王は頷く。


「うん。同じ物が里長の家にもあってね。これを鳴らすとそっちも同じ音が鳴る仕組みになってるんだってさ」


 それは怪奇現象と呼ぶのでは……?


 まぁそれは予め知っていれば驚かないであろうが、同じ音が鳴るというのが問題だな。


「どういう仕組みなのであろうな……」


 仕組みが分かれば改善案の1つも出ように。


「詳しくは知らないけど、弦じゃなくてこっちの胴体の方に秘密があるみたい。片方が震えると、もう片方も同じ振動数で震えるって言ってたから」


 振動数?

 文脈的に音の質の話だろうか。

 つまり弦はあまり関係ないらしい。


 む? ということは弦を使わない運用も可能では?


「ちょっと試したいので貸してもらえるか?」


「壊さないでね」


 帝王から弦楽器を受け取り胴体の穴に耳を当てる。


 ――やはり。思った通りだ。

 穴から微かに走る音や人の声が聞こえた。

 こちらから音を送れるなら向こうの音も聞こえるのが道理である。単純な共鳴構造であるならば特に。


 呼ばれたのであろう里長の、ドスドスという特徴的な足音が近付いてきた。

 ふむ、今だな。


「聞こえるか? ポンだ」


 楽器の穴に直接声を出す。

 説明への理解が正しければこういう使い方もできるはずである。


『おお! ポン殿か! 帝王様はご無事ですかな!』


 期待通り楽器から里長の豪快な声が響いた。

 音質としては少し籠った音である。

 私がどういう使い方をしたのか瞬時に理解して真似をしたのだろう、優秀な男だ。


「うう……あの練習は何だったんだ……」


 帝王が地面にしゃがみ込んでいる。実はこっそり楽器の練習も可能な限りしていたようだ。強く生きて欲しい。


「魔力切れが何名か居るが皆無事だ。あとは帰るだけになったので門の場所まで戻ってきたところだ」


『おお! さすがですな! 詳しく聞きたいところですが、それは皆様がこちらに戻ってからゆっくり伺いましょう。ではさっそく儀式の準備を致します故しばしお待ち願います』


「ありがとう。のんびりしながら待っておく」


『ええ。では後ほど』


 石舞台に注入した酒は私たちが戻るまでは抜かないと言っていたし、必要な魔力は魔力石の形で残してきてある。そう時間はかからないであろう。


 里との意思疎通が終わったので楽器を帝王に返却。いつの間にか立ち直ったらしい帝王は少し楽器を未練がましく眺めたあと空間収納に戻していた。

 もしかすると色々と合図を決めていたのかも知れないな……。


 では早速、待つ準備を始めよう。

 自慢ではないが私は暇潰しのプロである。

 しかし本当に自慢にならないので人数分の椅子を作成して対応を終了した。


「1人だけ豪華だな……」


 自分用の椅子にサイドテーブルを完備し、本を開いて読み始めた私を見て拳帝が変な顔をしている。

 羨ましいのだろうか?


「済まないが手持ちの本はこれだけだ。1巻を読み終わるまでもう少し待ってくれ」


「いや、本は大丈夫だ。椅子ありがとうな……」


 そう言って作成した丸椅子を1個持って歩いて行った。

 ――んん? まぁいいか。読書に戻ろう。




 ◇ ◇ ◇





「おっ。開通したぜ」


 ――拳帝の嬉しそうな声で本から目線を上げる。

 関節技の基本動作の部分を読み終えたところだったのでちょうど良い。


 見ると洞窟の入り口が中央部から歪んで薄っすらと光り、それがじわじわと広がっていっている場面であった。

 完全開通まで時間があるようなので今の内に椅子やら本やらを片付けてしまおうか。


 ――片付け終えて1分ほどで光が洞窟の入り口を完全に覆ったのでさっさと門を通過した。特に魔界に対する感傷などは無い。


 相変わらず足下から魔力を抜かれる感覚があるな。

 ふむ、きちんと里に帰れたようだ。


「おお、ポン殿! そ……その手で引いておられるのは、まさか御遺体か⁉︎」


 抜かれついでに石舞台へと魔力供給していると、里長の強張った声が聞こえてきた。


 御遺体? ああ、コレか……。


「出迎え感謝する。――これは魔力切れを起こした火帝だ。転げ落ちないように巻いて運んでいる」


 本当は寝ている間に顔バレするのを防ぐために隠してあげているというのが理由の半分だったりする。

 里長は私の機転に感心したとのことで凄く褒めてくるのだが、自分では雑な運搬方法だと思うので困ってしまうな……。


「――ヒデモリ殿! ご協力に感謝します! 無事に魔王を討伐して参りました!」


 帝王たち5名も姿を現したので道を開ける。幸い石舞台は広いので不自由は無い。

 帝王の台詞が若干芝居掛かっているように聞こえるのは、恐らく里長の口調に合わせているのだろう。


 既知の仲だけあって里長と帝王は仲が良いようだ。早々に石舞台を降りて握手で里長と喜び合っている。


 ――おっ。石舞台への魔力供給が完了したな。


 足元がふんわりと光り出したので放出を止める。

 再封印の方もやってしまおうか、村人に任せてもいいが儀式の途中で悪魔が門から出てくる可能性がある。向こうに守りが居ない以上は、村人にとって今が1番危険なのである。


 門に近付き手を当てる。

 確かこちらの柱から起動させるのが封印の手順だったはずだ。


 石舞台に蓄積された魔力を門に流し込む経路を探ると、左右の交互開閉式になっているようだ。魔術的に連動しており力では変更できない仕組みになっているな。魔力供給以外で、儀式において主に行うのは恐らくこの経路変更なのだろう。


 解放側から封印側へと流入経路をスイッチさせ、封印手順へと魔力を誘導してやる。解放の終了により光を失った柱は、根元から再度点灯を開始。

 程なくして再封印手順が完了した。


「ポンさん……? もしや封印の儀式が終わりましたか?」


「おお、カナエか。門が無防備だったのでな、私の方で閉めておいた」


「あ、ありがとうございます。そんな部屋の扉みたいな感覚で閉められるのですね……?」


 里長の娘として複雑な儀式の手順を知っている身としては不可解な現象に見えたようだ。手順の目的を理解できるならば簡略化も無理なく可能なのである。


「さすがはポン殿! これで宴に全員が直行できますな! なんという素晴らしい気遣い!」


 宴のためではないぞ……?

 またもや里長が賞賛してくる。これは彼の癖のようなものだな。もちろん人柄もあるだろう。


 まぁ、彼も一族の苦労が報われて今日は嬉しいのだろう。訂正するのも野暮なので細かいことは気にしないでおく。




 ◇ ◇ ◇




 門の設置してあるダンジョン跡を出ると、外は早くも夕方のようだった。

 魔王城の攻略開始が朝だったので1日中戦っていたらしい。

 これから宴だそうだが帝王たちは体力的に大丈夫だろうか?


 見ると水帝と帝王以外は寝ていた時間があるせいか元気そうだ。

 拳帝もずっと起きていたはずだが彼は体力があるので例外である。


 水帝はきつそうにやや猫背であるし、帝王も少し足取りが怪しい。

 しかし里の者たちの歓喜を無下にするつもりはないらしく宴に付き合うようだ。




 ――宴の会場であるあまり大きくない広場に到着すると、男衆がどこからともなく樽に入った酒を運んできた。

 聞くと石舞台に流し込んだ酒を抜いてきた『お下がり』とのこと。


 確かもったいないみたいな事を言っていたような気がするが結局飲むのだな……。確かにもう用済みなので好きにしたらいいとは思う。


 帰還の連絡が急だったこともあり料理の準備が全然間に合っていないとのことで、私から人数分の干し肉が提供された。とにかく宴が始められれば何でもいいようだ。

 ちなみにバナナを――と言ったら微妙そうな顔をされたので干し肉である。


 私もお祝いということで酒をひと口いただいたが案の定味が分からなかったのでそれ以上は辞退する。こういうのは酒が好きな人たちで消費するべきだ。


 宴会の輪に入って騒ぐのは拳帝や闇帝に任せて私は大人しくしておこう。

 急拵えで設置された野外調理場の方を見ると女性陣が困っている様子だったので近寄っていった。


 少し驚かれながらも話を聞くと、帝王の持って来てくれた物資は生活の最低限ラインだったので調味料関係が心許ない状況らしい。

 もちろん今日の宴は問題ないが明日以降が不安になるようだ。帝王にまたすぐ持って来るよう頼むのも悪いので迷っている様子。


 なるほど散財の良い機会だな。

 祝いの席だからとでも言っておけば大丈夫であろう。


 さっそく調理場の横に布を敷き砂糖や塩や香辛料セットの在庫を全て放出する。秘境に住んでいるならば調味料の類いはいくら有っても困らないだろう。

 ああ、玉子も出しておくか。宴で使ってくれ。


「ポンさん、ありがとうございます。しかしこんなによろしいのですか?」


 状況を見て里長の娘のカナエが寄ってきた。

 私は頷いて回答する。


「私たちは帰れば褒賞が待っているからな。現物支給で申し訳ないが、里の者たちも報われるべきだと思ったのでお裾分けだ。受け取ってくれ」


「――そういうことならありがたく」


 よし、言質は取ったぞ。

 了承が得られたのを良いことに小麦粉やら強い酒の入った小樽やらミックスナッツやらを追加していく。干し肉も需要がありそうだな。


 最近在庫の細かい減り方が多かったので1度リセットしたかったのだ。いやはや助かった。

 王都に帰ったらまた買い物をして回らねばな。


 女性陣が歓喜と困惑と調理で慌ただしく動き始め、宴が無事回っていった。

 調理が終わり次第女性陣も宴の輪に突撃していったため事態は混迷を極める方向へと進んでいったわけだが、きっと皆嬉しかったのだろう。


 ただ、よく分からない宴会遊びで大暴れする里の者たちの相手をするのは大変だった。詳細は割愛する。




 ◇ ◇ ◇




 1泊して次の日の朝、里の皆に見送られ帝国へと向かう。ちなみにやはり里の者たちはこれからも魔界への門を代々守っていくそうである。


 昨夜は暇だったので門の設計図と構造の仕様書と儀式手順の説明書など、そして老朽化で門が機能不全を起こした際のために小型化した複製を作成しておいた。里長に贈呈すると驚かれたが、同時に満足そうに喜ばれもした。


 やはり守っている対象が謎すぎると落ち着かないのであろう。1番喜ばれたのはお手入れの手順書だったのがその証拠である。


 帰りは里から直接帝王の屋敷へと繋いでくれた。

 行きと違って尾行を警戒する必要がないから大丈夫とのことだが、転移門での移動ならばついて来られる者など居るまいに……。

 基準が謎だ。そういうスキルでもあるのだろうか。


「帝王様……! お戻りを首を長くしてお待ちしておりましたわ!」


 例によって地下の転移部屋というべき殺風景な部屋に到着し上階の執務室なのか豪華な部屋に入ると、徹夜仕事だったのか早朝にも関わらず緑の外套を着た風帝がデスクで書き物をしていた。

 帰って来た帝王たちを見て大歓声である。


「ただいま風帝――あれ? 今日で4日目くらいじゃなかったかな? そんなに大変だった?」


「大変なんてもんじゃありませんでしたのよ!? 休む間もなく事件が起こりますし人手も足りない上に誰も彼も自由すぎますし! 帝王の座を狙う気が完全に失せましてよ!?」


「はは……それは大変だったね……。えーと、また近い内にお留守番お願いしようかと思ってたんだけど――厳しい?」


 首を傾げさせながらの問いに風帝は一瞬息をつまらせた。

 光帝が何かを感知したかのように視線を向けたのが分かったが、風帝の反応は恋の始まりなどではなく留守番が嫌だっただけだと思うぞ……。


「ぐっ。ま、またですの……? 真っ平ごめんと言いたいところですが――必要なことなのですわね? ――責任者不在のまま放置する方が我慢できませんわ」


 風帝は真面目だな。引き受けなければ苦労することも無いはずだが、引き受けないことで生じる軋轢を我関せずと見過ごすことができない性分なのだろう。

 ならば初めから差配する権限を授けられていた方が精神衛生上マシだと判断したようだ。


 ……あとは留守番の理由が光帝のダンジョン巡りに付き合うため、などでは無いことを祈るばかりだ。

 いや、2人同時に帝国を離れる用事などそれ以外に無いであろうな……。

 風帝の未来に幸多からんことを。




 最後に拳帝から預かっていた荷物と酒を彼の居室に返して私の仕事は一段落した。


「本当は送別会を開きたいくらいなんだけど……」


 申し訳なさそうにする帝王に、私は頭を振る。


「必要ない。報酬は先払いで女王が受け取っているし、業務が溜まっているであろう」


「そうなんだよね……あっ。ポンさんは帝王を狙う予定は無い?」


「無いな。私は使い魔なので主人の動向が優先される。帝王の役職には不向きだ」


「明快だなぁ……。仕方ない、頑張るか……。じゃあ気をつけて帰ってね。本当に助かったよ」


 そう言って帝王は転移門を展開してくれた。王都に繋がっているのだろう。


 振り返ると一緒に旅した面々がお疲れ様と手を振ってくれていた。

 ――訂正。手を振っているのは水帝だけだな。


 闇帝と火帝は少し頷いたくらいである。光帝は良い姿勢なのでああいう見送りなのだろう。

 辛うじて、拳帝が組んだ腕から指2本立てた手首を振って挨拶してくれた。


 拳帝に同じ仕草で返すと驚いた顔をされる。

 ふふふ。こんなこともあろうかと昨夜少し練習しておいたのだ。手首の返しが肝要である。


 そんなこんなで新しくできた友人たちと別れ、私は王都へと帰還したのだった。




 ◇ ◇ ◇




 帝王の作った転移門を通ると、そこは王城の門の内側にある門番詰め所の横であった。せっかくなので詰め所に取り次ぎを依頼する。


 内側からの来客に少し驚かれたが、さすがに顔を覚えられていたようで特に問題なく案内してもらえた。行き先は例の小会議室である。


「――ポンだ。帰還の報告に来た」


 案内係の到着報告が終わるのを待ち、小会議室の扉を開ける。今日もいつもの4名が揃っているな。手前の椅子を引いて静かに座る。


「魔王討伐ご苦労であった。――討伐には成功したのよな?」


 女王が念のため確認してきた。そういえば帰還としか言っていないな。


「すまん、討伐と言えば良かったな……。もちろん討伐には成功だ。一連の流れと魔王城の地図を資料にまとめてあるので、時間がある時にでも読んでくれ」


 そう言って空間収納から紙の束を取り出す。昨夜1時間ほどでインクを魔術で操って作成しておいたものである。隠れ里のことは秘密らしいので、その辺りに関しては帝王に連れて行かれたどこかに魔界への門が存在することだけ記載してある。


「イーヴァ、熟読して保管を」


「承知しました」


 イーヴァが記憶媒体として使われている。彼女も大変だな。

 おお、そういえば土産を買ってきたのだった。

 帝王饅頭を5箱取り出してテーブルに置く。

 そして魔法製品2種類も同様に取り出して置いた。


「ついでに土産を渡そう。帝王饅頭とかいう焼き菓子を皆に。女王と姫には魔法製品を買ってきた」


「ほう。魔法製品とな」


「ああ、土帝が魔法製品の開発に凝っているらしく独特な品があったので買ってきた。女王にはこちらの『顔面加湿器』、顔に蒸気を当てる美容の道具だそうだ。姫には果物の皮を剥く道具だな、ここに刺してコレを押すと自動で剥いてくれるらしい」


「ほほう。効果のほどは?」


「それは分からん。試してみてくれ」


 私の回答に女王は呆れ顔になったが、すぐにいつもの悪巧み顔に戻った。面白そうな玩具が手に入っただけだと気付いたのであろう。

 ちなみに姫の方は普通に喜んでいる。


 資料と魔法製品をイーヴァに引き渡して座り直すと女王が口を開いた。


「――では祝賀の日程について打ち合わせようぞ。どうせそなたは数日で戻ると踏んでおったからな、余裕をみて今日から数えて5日後を目処に準備させておる。そなたの予定はどうであるか?」


「特に事件が起きなければいつでも大丈夫だ」


「……そのような事を言うと事件の方が寄って来そうで嫌だのう」


「その原因を潰してきたのだ。さすがにしばらく大丈夫であろう」


「またそのような事を。――まぁよい。では5日後に祝賀を行うでな、念のため4日後までには城に詰めておくように。部屋は準備させておく」


「承知した。――主人は連れて来ない方がいいか?」


「ふむ、そうじゃな……。此度はエイレリア嬢の顔が売れない方が良かろう。そなただけでよい」


「そちらの方が助かる。あと、衣装はこのままで良いか?」


「そんなわけがなかろう。――だがそなたの体格であれば衣装部屋にあるものでどうとでもなる。担当者の言いなりになって着飾られておれば問題ないのでそのまま来て大丈夫じゃ」


 それは非常に嫌な予感がする……。だが今の流行りなどは分からないので結局のところは任せるのが正解だろう。


「……承知した。では私は一旦帰る。また数日後――そうだな、蔵書の確認もしたいので3日後に来るとしよう」


「そなたはブレないのう……。分かった、伝えておく」


 女王の言葉に頷くイーヴァを確認して私は席を立った。

 里で色々と物資を解放したので王都で買い物してから帰るとしよう。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。