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 ――底の知れない、暗い空間へと飛ばされてしまったようだ。ふむ……光源は無い。


 床が無く、飛行しているわけではないのに宙に浮かんでいるという不思議な状態である。


 恐らく上や下の概念が無いため、自分の今いる場所が『底』になっているのであろう。自分の中心に向かって体が落ち続けている状態であると推測できる。


 1人で飛ばされたため、この黒さが暗闇によるものなのか、それとも黒い何かに包まれているためなのかの判別ができない。

 試しに光源を数個作成して周囲に展開してみた。


 うむ……反射してくれる物体が近くにないようだ。

 光球が放った光は果てしない空間に吸われてしまい、明るくなったかどうかさえ良く分からない。


 ふと思いついて自分の手を見てみると良く見えたので明るくはなっているようである。


 ――まずは現状把握だな。

 別の空間に飛ばされたのは間違い無いとして、ここはどこだろうか。


 予め準備していたにしては何も無い上に何も起こらない。

 つまり衝動的に雑に飛ばされたと見た方がいいだろう。


 あの状態の魔王に意識があったかどうかは謎だが、時間稼ぎのその場しのぎであった可能性も高い。だとすれば迷惑な話である。


 どこに飛ばされたかは分からないが、私の本体との接続が切れていないのであまり酷いことにはなっていないであろう。ならばとりあえずの目標になりそうな物体も無いので、ここを起点に脱出方法を探ってみようか……。




 ――空間干渉を本格的に開始。

 まずはシンプルに先ほどまでのボス部屋に戻れないかを試してみる。


 うん――? 手応えがおかしい。


 確かに目標物が無く座標もあやふやなダンジョン内に繋ぐのは難しいが、先ほどまで居た場所に戻るだけなのだから多少面倒、くらいで済むはずだった。

 それが何かに阻まれている感覚があるのである。


 これは、封印されているな……。

 奇しくも女王に宣言したことを逆に私がされてしまったようだ。

 なるほど、確かに厄介すぎる相手は封印するに限るな。


 いや、納得している場合ではない。

 封印というのは外から破壊するのは普通にできても中から破壊するのは非常に難しい。

 例えるなら、口を結ばれた袋を中から紐を解いて脱出するようなものだ。


 ううむ。さてどうするか……。

 もちろんこのまま封印されてやるつもりはない。

 ここに大量の本が用意されていたならば一考の余地はあるのだが、そうでない以上は愛する図書館へと帰らねばならないのだ。


 おっと訂正。

 敬愛すべき主人の許へ帰らねばならないのだ。




 では特に封印を解く手掛かりも無いようなので、毎度お馴染み力押しといこう。


 本体との接続はあるので、最悪この体を破棄し意識を本体に一旦戻す手法も考えたがやめておく。

 脱出は可能であろうが、帝王たちの居場所が完全に分からなくなってしまう可能性が高いのだ。恐らく私と同様どこぞに閉じ込められているであろうからな、探すのはさすがに手間だ。


 ――封印の壁に再度触れるべく干渉を再開する。

 さてさて。あの状態の魔王に意識や知性があるのならば妨害が発生するはずだがどうだろうか……。




 ◇ ◇ ◇




 ――封印の壁を手探りで調べていく。

 空間への干渉に手は使っていないので手探りという表現はおかしいのだが、それは言葉の綾というものである。行なっていることは概ね言葉通りだ。


 端末である私が本体との接続を保持したままであるならば、ここは完全に閉じられているわけではなく、どこかに綻びがあるはずなのである。


 袋の例になぞらえるならば、閉じられた袋の口に外へと繋がる紐が1本挟まっているような状態。封印の壁を丁寧に感知していき外界への糸口を探す。


 ……幸い私はこういう作業が苦手ではない。

 自分で言うのも何だが我慢強い性格をしている。

 本の無い日に開館時間を待ち続ける長い夜に比べたら、この程度は耐えた内に入らない。




 ――微かな違和感。

 規則的であると主張している配列。

 そこに隠された偽装の痕跡を見付けた。


 まるで書き損じを上からなぞって強引に正しい字に修正したかのような『正しさ』である。

 一見すると正しいのだが、どうしても消せない違和感が残っている。私の目はごまかせない。


 見付けた空間の綻びに干渉を開始。がっちりと組まれた封印の術式は力による干渉を受け付けない。

 しかし組まれた術式にあるほんの僅かな隙間に少しずつ少しずつ魔力を侵食させていく。


 引き結ばれた封印の術式を丁寧に辿っていき、ついに魔力の先端が封印の先へ脱出したのを検知。

 即座に道中の魔力を術式に浸透させ術式の全容を解析する。


 ――ふむ? 即席とまでは言わないがそこまで難しい理屈で封じているわけではなさそうである。

 精々が封印内部空間の形成と環境設定、空間閉鎖の術式くらいのものである。


 なんというか……捻りが無くてつまらない。

 まるで必要事項を機械的に網羅して適用したかのようだ。


 封じる際はもっと必死に何度も結ぶものである。

 その焦りや混乱の感情が一切感じられない淡々としたものなのだ。


 まぁ、それについては情報が足りないので脱出した後に考えようか。

 術式の解析ができればこちらのもの。あとは浸透させた魔力を操作し逆回転させてやれば良い。


 ――ガチンと鍵穴を回すような感触があり、続いて今居る空間が崩壊を始める。何もない空間にヒビが入り外の光が差し込んだ。


 そして外に吸い出されるような圧を感じ、体が勝手に移動を開始する。

 よしよし。上手く行ったようだ。


 しかしこのまま素直に外に出るようではここに残った意味がない。

 封印解除した座標を起点に探知をかけると、すぐ隣にもう1つ封印を発見した。やはり近くに有ったな。


 そちらの封印にも不可視の手を伸ばし、ガチリと回して封印解除。外からならば簡単な仕事である。


 霧消する術式を横目に見ながら運ばれていく。

 恐らく元のボス部屋に戻されるのであろう。


 ――思えば初めてこの世界に来た時もこのような景色だったような気がする。

 暗い通路、運ばれていく体、差し込む光――。

 私は何を考えながら世界の扉を潜ったのだったか。


 ……おっといけない。

 戻れば再び魔王戦である。

 のんびり懐かしんでいる場合ではなかった。

 気を引き締めなければ。




 ◇ ◇ ◇




 体が空間の境界から排出され、突如空中に投げ出された。

 誰に文句を言ったらいいのか分からないが扱いが雑である。


 ――んん? どこだここは。


 ボス部屋に戻されると思っていたのだが景色が明らかに違う。


 封印される前は大広間というか神殿の礼拝堂のような内装だったのだが、今は屋外である。

 上には薄暗い空があり、地面には半ば遺跡と化した建物の土台部分が不規則に点在しているという景色だ。


「――ポンさん! 助かったよ!」


 気付いたら横を帝王と光帝が落下していた。彼らも無事排出されたらしい。


「おお、無事だったようだな」


「うん。空気が薄くて結構ヤバかったけどなんとかね――脱出まではできなくて困ってたんだけど、ポンさんが壊してくれたんだよね?」


「うむ。その辺りは得意分野だ。――それよりここはどこか分かるか?」


 風属性の魔術を発動。3名の落下速度の制御を開始する。


「多分ボス部屋のままだとは思うんだけど……ああ、ほら。あそこに扉が立ってるからやっぱりボス部屋のままだ。僕たちを一時的に排除したことで改装できるようになったんじゃないかな?」


 見ると確かに他に何も無い場所に急に巨大な扉が聳え立っているのが見えた。

 扉が倒れて脱出できなくなったりしないか不安になる景色なのだがこれが普通なのだろうか……。


「部屋の中に侵入者が居ると改装できない仕様なのか?」


「そう考えられているね。少なくとも改装の瞬間を目撃した例は無いかな?」


 なるほどな。その場しのぎのように感じた簡素な封印にも意味があったらしい。魔王側にダンジョンを操作する権限のようなものがあるとすれば、ではあるが。


 軟着陸と同時に空間収納を開いて完全回復薬を2本取り出す。

 そしてそれを帝王に差し出した。既にだいぶ消耗しているはずなのだ。


「今の内に1本使っておけ。もう1本は予備だ」


「そんな気軽に何本も渡していい代物じゃないと思うよ? でも正直助かるからありがたくいただきます」


 1本使用され、もう1本は帝王の空間収納へ仕舞われた。

 空き瓶も空間収納に仕舞う辺りいい育ちをしている。


 あまり薬に頼ると後で体調を崩しそうで怖いが、それは勝利してこそだ。

 ここは回復を優先すべきところである。


 それを横目に見ながら周囲を警戒していると、地面の奥深くから重々しい地響きが発生し始めた。仕込みは地下だったようだ。


 城の最上階層で地下から攻撃が来る意味が分からないが、空がある時点で独立した空間になってしまっていることが予想できるのでひとまずその事については考えないものとする。


「――これは大きいよ!」


 地下深くから地表近くへ、地響きが接近してくるのが如実に感じられる。

 帝王が言うように大きな何かが突進してきているようである。


 これは散開しておいた方が互いにフォローしやすいかも知れない。

 そう考えた私が2人から数歩離れると、近付く地響きが明らかに私の方へと進路を変えた。


 しまった――これは足音を追尾されている。

 そう思った次の瞬間、咄嗟に足下に展開した物理障壁を軽々と粉砕して巨体が地面から噴き上がった。




 ◇ ◇ ◇




「――土竜!」


 噴き上がる轟音に紛れ、驚く帝王たちの声が確かに聞こえた。

 亜竜とされるワイバーンとは似ても似つかないが、竜に分類される魔獣が出現したらしい。


 全身は短い毛に覆われており、地中を移動するためか前腕が異常に発達している。全体的に丸っこい体型をしていて鼠に近い。大きさを除けば。


 以前女王から竜を討伐可能か問われた際に『首を落とせば倒せるような類いのものなら問題ない』という趣旨の回答をした記憶があるが、土竜と呼ばれるこれの首の位置を探すのは大変そうである。


 土竜の渾身の体当たりは私を空中へと再び連れ戻してしまった。一応私にも成人男性並の体重があるのだがお構いなしの大質量攻撃だ。


 高々と打ち上げられてしまった私は最高点で『飛行』の魔術を発動する。下を見ると土竜が口を開けて待ち構えているようだ。


 なるほど。そういうスタイルの狩りらしい。

 恐らく口を開けたまま突進すると口の中に土が入ってくるので一旦体当たりを挟むのであろう。

 しかし飛行中の私が落ちてくることは無い。


 ――いつまで経っても口の中に獲物が入って来ないことに気付いたのか土竜は小首を傾げつつ地中に戻って行った。どうやら視覚は弱いようだ。


 地面は穴が開きっぱなしではなく、移動の際に掘られた土で背後を埋め立てながら移動するスタイルらしい。土が柔らかくなりそうだな。


「帝王。この状況をどう見る?」


 2人の所まで飛んで行き空間収納から大きな布を取り出して広げた。足音に反応されてしまうなら歩かなければいいのである。


「土竜だけじゃなくて他にも居そうな気がするけど、1番の問題は魔王がどこに行ったか分からないことなんだよね……」


「そうですね――目視できる範囲にはそれらしい姿が確認できません」


 私が何をしたいか察した2人は布の上に飛び乗った。

 目標地点が被ったのか布の上で衝突してちょっとした騒ぎになっている。土竜は音に反応するようなので出来れば静かにして欲しい。


 少し待つと落ち着いたようなので、魔王が形態を変えた辺りからずっと感じている違和感について話してみようか。


「これは私の意見というよりは違和感でしかないのだが、封印の術式が必要最低限であったり、悪魔の城に土竜が出たりと、どうも先ほどから今ひとつ感情というものが欠落しているように感じるのだ」


「あの封印って必要最低限だったんだ?」


「ああ。混乱や焦りといった感情の混じらない組み方だったな……」


 帝王は思い当たる節があるのか少し考える様子を見せると、おもむろに口を開いた。


「――うん。ダンジョンコアを探そう」


 動作はゆったりとしているが方針転換が急である。


「反対はしないがどういう理由だ?」


「――多分だけどね。魔王の意思だけじゃなくて、ダンジョンコアの介入があるんだと思う」


「あの石に自我があるのか……?」


「ポンさんも似たようなもんじゃない?」


 ううむ……。

 まぁ無機物という共通点はあるか。

 ダンジョンの規模によっては自我を持つに至るほどに成長するコアが有っても不自然ではないかも知れない。




 ◇ ◇ ◇




 帝王の提案通りダンジョンコアの捜索を開始。

 厳密に言うとコア部屋への扉を探す。


 クラーケンダンジョンのようにコア部屋が無いダンジョンも過去には有ったが、この魔王城ダンジョンともなればそれは有り得ないだろう。

 むしろ1番面倒な仕掛けを突破しなければ侵入できないと思っておいた方がいい。


 しかもその前に大型魔獣の妨害が入るかも知れない。土竜は厄介だが地下にしか居ない。対空攻撃のできる魔獣も現れると見た方が良さそうだ。


 ――遠くに見える森林地帯から大量の影が飛び立つのが見えた。

 あのシルエットは見たことがある。ワイバーンだ。


「竜の次は亜竜か……」


「ん? 竜も居るようには見えないけど?」


「ああ、いや。土竜が下に居るであろう」


「土竜は竜種じゃないよ? 竜種は爬虫類だね」


 うん? どういうことだ……?

 土竜なのに竜種ではないとはこれ如何に。


 ああ……恐らくまた翻訳の不具合だ。

 土竜はきっと比喩表現が元になった命名か何かで、実際は竜ではないのだろう。


 竜が何かを見たことがないと、竜ではないことに気付けないという巧妙な罠である。


「そうなのか。まぁこの調子ならば本物の竜もその内出て来そうだな……。出たら教えてくれ」


「それはもちろんだけど。竜種見物しに来てるわけじゃないよね……?」


「まさか……! ここは魔王の城だ。見物するなら魔王と悪魔に決まっておろう」


「あっ、見物には来てるんだね」


 急接近するワイバーンの群れに、帝王と私が会話しながら同時に放った空間断裂攻撃が吸い込まれていった。


 横一直線に3等分された群れは、例え彼らが1つの生き物のように動いていたからといって本当に1つの個体であるはずもなく、数を半分ほどに減らしつつも継続して接近してきている。


「お2人とも。あなた方がお強いのは重々承知しておりますが、あまりふざけ過ぎないように」


 そう言う光帝はいつでも帝王を庇える位置で周囲の観察を続けている。

 帝王は庇わなくても短距離転移で勝手に避けると思うので、自身の守りに集中してもらって構わないのだがな……。


 そうだとしても帝王が心配でたまらないのであろう。きっと下心の類いなど全く無いに違いない。純粋な忠誠心にこちらが毒されてしまいそうだ。


「――来るよ!」


 密集の危険性を悟ったのか散開して接近してくるワイバーンたちにもはや空間断裂攻撃は効果が薄い。

 しかし広範囲で暴れ狂う雷球ならば効果があったようだ。


 風属性の魔獣の割に風属性の雷が効くのかと思わないでもないが、試してみたら効いたのだから仕方がない。


 魔力石に変じることなく生き残った個体は、帝王が短距離転移でスパスパ斬って回りあえなく全滅。

 普通なら厄介であるはずの群れがこうもあっさり処理できてしまうと調子が狂うな。


 そんな襲撃を何度か対処しつつ扉らしきものを探して回る。移動してみて分かったが、途轍もなく広い階層である。


 ――1時間ほどで、ついに怪しい場所を発見。

 青々と繁る森林の奥に、暗闇に沈む範囲を見付けたのだ。これは空からでないと発見が厳しかったな。


 扉だけでなく変異した魔王も居るかも知れない。

 心の準備をしながら接近するとしよう。




 ◇ ◇ ◇




 森の一部を暗闇へと沈めている黒い塊に空中から接近する。


「――うわ!」


 接近を察知したのか黒い塊が蠢き、触手のように何本もの黒い腕を作成して伸ばしてきた。

 つい先ほど封印されたのも記憶に新しい。そう何度も同じ手にかかるほど間抜けではないつもりだ。


 封印術式が触れた瞬間に解除の術式が発動するよう設定した迎撃型の対抗魔術を即興で組み上げ、それを展開しつつ接近を継続。並行して作成した魔力球が黒い触腕を貫いて飛んだ。


「変異した魔王ではないなコレは……」


「よく分かるね?」


 剣と魔法で黒い何かを斬り散らしながら帝王が問う。足場が不安定であろうに器用なものだ。


「また封印されないよう展開している魔術に反応が無い。恐らく別物だ」


「じゃあいよいよ扉の守りかな。多分闇属性だから光帝お願いしていい?」


「お任せください!」


 ずっと守られたままなのも暇だったのであろう。

 光帝は嬉しそうな声色で頷くと詠唱を開始、巨大な光球を作成すると極太の光線を投射し始める。


 まるで黒い紙を白い絵の具で塗りつぶすかのような光景が始まった。惜し気もなく投入される光魔法が黒い塊を駆逐していく。


 ……光帝はあまりペース配分を気にせず魔法を使用しているようである。

 確かに光帝を主力として見てはいないが、自衛できる状況であれば放置しても問題ない程度には元々実力者だ。それが放置できなくなるのであまり力尽きないで欲しいものである。


 ――光帝の尽力により隠されていたものが露わになっていった。

 ボス部屋の扉がドンと置いてあるという勝手なイメージだったのだが、石製構造物が置いてあるだけである。


 そういえばコア部屋へ繋がる道は大概が扉ではなく通路だったな……むしろ扉が付いていたのは最初のタウロスダンジョンくらいだったような気がしてきた。


 まぁ、出現してしばらく経つダンジョンともなれば隠す努力くらいはしていたので、魔王城ダンジョンならば厳重である可能性が非常に高い。


 石製構造物――私の家よりひと回り大きいくらいのかなり大きな立方体――の周囲を巡ってみると、あまり豪華ではない扉が付いているのが確認できた。

 私たちが封印されている短時間の内に即興で作ったであろうに、その割には立派なものだ。


「私が先頭を行こう。さすがに危険すぎる」


「――誰かに守ってもらうって、こんな気持ちなんだね」


「おや、不愉快だったか? 帝王を信用していないわけではないぞ」


「大丈夫、僕もコレちょっと入りたくないなぁと思ってたから嬉しい申し出だったよ?」


「それならば良かった。――念のため最初は扉から離れていてくれ。即死する類いの罠があるといけない」


「ポンさんは大丈夫なの?」


「私はそのくらいでは死なないから大丈夫だ」


「どんな体してんの……?」


 説明すると長くなりそうだったのでそれには回答せず、扉の前の少し離れた場所に着地。2人を布から下ろし、布を巻いて空間収納に放り込んだ。


 また闇属性の何かが噴出して来そうな予感がするので光球に魔力をぐいぐい押し込んで圧縮し準備しておく。


 よし。では開けてみるか。




 ◇ ◇ ◇




 石製構造物の扉は普通すぎて逆に警戒したくなるくらい普通の扉であった。名付けるなら『木の扉①』とでも呼称したくなるシンプルさである。


 どう考えても玄関の扉なのだが何度見ても鍵穴が無く取手の部分しか無い扉なのだ。


 まぁ確かにどのみち破られるなら鍵をかける意義は無いので鍵穴の部分を作成するリソースの無駄ではある。逆に言うと時間稼ぎをする意図は無いという見方もできるが、それはさすがに深読みのしすぎであろう。恐らくただの節約だ。


 警戒しながら扉を開けると、内側にはぎっしりと黒い塊が詰まっていた。――予想通りである。


 即座に対抗して左手の光属性の塊を押し付けながら圧縮から解放、指向性を持たせつつ炸裂させる。

 扉から噴出しようとする闇属性の物体と私の放った光が外と建物内の境界線で激しくせめぎ合った。


 なかなかの勢いだが所詮は有限。それも建物1軒分程度ならば勝負にもならない。

 大量に吹き出す回避不能の即死罠というのはセンスがあると思うが、相手が悪かったようだな。


 ほどなくして罠の魔力が尽き果てた。内部を照射して罠の残骸が無いか確認して帝王たちを招く。


「――後ろから見ている分には凄く綺麗な光景だったよ。不覚にも神々しいと感じてしまったね……」


「ええ本当に。あれが即死罠でなければうっとりと見惚れていたかも知れません」


 つまり実際は私が押し負けた場合に備えて気が抜けない思いをしていたわけだ。緊張感があって何より。


 ――建物内に入ると、手前半分は何も無い横長の部屋のようになっている。中央を隔てる壁は右奥が空いており奥半分を覗くと上り階段になっているようである。


「いやにあっさり通過させてもらえるものだな」


「そう? だいぶ凶悪な即死罠が仕掛けられていたような気がするよ?」


 ふむ? 私の基準がおかしいのかも知れない。

 魔王城に相応しい難易度だったという事にしておこうか。


 できればコア部屋の入口を守護する竜種が居て苦戦する展開などあれば私も楽しめたのであろうが……おっと竜種見物に来ているのではなかった。

 期待してしまったのは事実だが魔王の方に集中しなければ。


 自戒しつつ階段を上ると、そこがコア部屋のはずなのだが妙に広い。

 そういえばベヒーモスダンジョンのコア部屋も広く引き伸ばされていて、そこに悪魔ヴィルーが待ち構えていたのだったか。


 ダンジョンと悪魔の関係性は分からないが、親子のように似通った行動をとることも有り得るのであろうか……。

 変化前のボス部屋のように無機質な神殿風の内装を見回していると、同様に周囲を警戒していた帝王が発言する。


「ダンジョンコアが見当たらないね……さすがに無防備とはいかないかぁ」


 ダンジョンコアが自我まで持っているならば、当然我が身は厳重に守るであろうな。

 この追い詰められた状況――私であれば最強の手駒を繰り出す場面だが……。


 ――ベシャリ。


 そこには淡い光を放つ照明しか無かったはずであった。

 その何もない天井から、前触れなく大質量の黒い液体が降ってきたのだ。

 離れた場所で良かった。アレが真上から落ちて来るのはさすがに嫌である。


 ――黒い液体は一旦床にのっぺりと広がると、予想通り膨らんで厚みを増す。

 更に周辺部を中央部に掻き集めて球体に近い形状までその身を変化させた。


 最初からここで待ち構えていたのか。

 それとも急きょ呼び出されたのか。

 どちらなのかは分からないが、変わり果てた姿の魔王に再度邂逅した瞬間であった。




 ◇ ◇ ◇




 正直、魔王とは全く会話していないので特に思い入れなどは無い。

 もしかすると帝王は戦闘前に思い出話の1つでも交わしているかも知れないが、残念ながらその場面は見逃してしまっている。


 元の姿だけでなく自我すら失った様子の魔王を見て思うところがあったりしないかと帝王の様子を見てみたが、フードを目深に被ったその姿から汲み取れる感情は特に無かった。


 帝王は数歩前に出る。

 それはまるでここは任せて欲しいとでも言うかのようであった。

 私としても観戦できるので異論は無い。苦戦するようならサポートに入ろうか。


 ――異形の魔王に挑む、人の英雄。


 ううむ……画になるな。

 私に絵心は無いのでその辺りのセンスに自信は無いが、帝王の伝説が本になった際はこの辺りが挿絵として適しているのではなかろうか。

 この景色と構図を再現できるよう覚えておいた方がいいかも知れない。いや、少々定番すぎるか?


 私が余計なことを考えている間に帝王は片手剣を召喚していた。右手に握ったそれを数度素振りする。


 いや――素振りではない。これは……。




 私が帝王の攻撃に気付いた次の瞬間には、小屋ほどの体積があった黒い液体の塊が縦にも横にも何度も細断される。


 恐らく核石にも当たったのであろう、声も悲鳴も上げる間もなく全体が灰と化して霧散した。


「――人の姿をしていたときは防げていた攻撃だったのに。勿体無いことをしたね……」


 それは誰に向けた言葉だったのか。

 魔王自身への苦言か、それとも魔王の体を利用したであろう何かに向けた非難か。


 どちらにせよ空間干渉に対抗できないということは即座に敗北を意味するのが良く分かる実例だった。

 ……私と対峙した際にも何度も空間干渉を仕掛けて来ていたが、防ぐ手段を私が持っていなかったらこうなっていたのか。仮定の話ではあるが空恐ろしいな……。


 油断せず、異形の魔王の存在していた場所を眺めていた帝王が再び剣を送還する。撃破を確信したようだ。




 ――言い表し難い重低音が響く。


「――えっ!?」


 こちらに歩み寄るため、魔王が居た場所に背を向けようとしていた帝王が慌てて振り返った。


 つまりこれは豊富であろう彼の戦闘経験でも遭遇したことの無い稀有な事態ということだな。


 家を踏み潰せそうな巨大な体躯。

 全身を覆う銀色の鱗。

 力強く床を踏みしめる四肢。

 大きく広げられた翼。

 開かれた瞳には爬虫類特有の裂けた瞳孔。


 ……見た瞬間、本能的に理解した。

 これが竜種か。


「ポンさん! これが竜だよ!?」


 そういえば教えてくれる約束だった。律儀である。

 でも大丈夫。見たら分かってしまったので。

 それよりどこから現れたのかの方が気になる。


 そんな悠長なことをしている間に、竜は大きく口を開けてこちらに向けた。その喉の奥に目を焼くほどの光の高まりが徐々に集束していくのが見える。


「――うわ!? あれはヤバい!」


 帝王は瞬間転移で光帝に飛びつくと、ほぼ同時に光帝の背後に転移門を展開。光帝を押し倒しつつ転移門の向こう側へと2人で避難して行った。器用な事をするものだ。


 初見なので正直何が起こるのかよく分からないのだが、竜の体勢を見た感じでは放出系の何かが飛んで来そうな雰囲気である。




 ◇ ◇ ◇




 大きく開いた竜の口から膨大なエネルギーが放射された。

 唐突に出現した割にはしっかりとした攻撃である。

 こういう大規模な攻撃は、もう少し情緒というものが高まってから行なって欲しいものだ――無粋な奴め。


 脳裏にそんな感想を抱いた次の瞬間、全身が激しい光と熱の奔流に呑み込まれた。

 体組織が表面から順に沸騰していき崩壊していくのが分かる。微かに帝王の叫び声が聞こえたような気がした。


 これは凄い威力だな……。生半可な障壁では防げないどころか何の役にも立たないであろう。女王が指標に用いようとしたのも納得である。


「――ポンさん!」


 何と呼べばいいのか分からない竜の超火力攻撃が終了すると、私の体は完全に融解して吹き散らされてしまっていた。辛うじて足首から下だけが残っているという衝撃的な画である。


 ――あまり心配させるのも悪いので足首の位置を起点に全身を再構成。

 野営や戦闘であちこち汚れてしまっていたので全交換するよい機会であった。


 片手剣も溶けて消えていたので作成して腰に差す。

 あっ……他に無くなって困る物を持ち歩いていなかっただろうか。

 ううむ――確かギルドカードなどの貴重品は空間収納に入れており、持ち歩いているのは片手剣くらいだったはず。うむ、大丈夫のはずだ。


「――なんか今すごいものを見た気がするんだけど……?」


「帝王か。あのくらいでは私は死なない。言わなかったか?」


「ちょっと想定を超えてたかな……本当どんな体してんの?」


 がっくりと全身を脱力させた帝王が「うわ、次のブレスが来る!」と言って慌てて離脱して行った。ほほう、あの攻撃はブレスと呼ばれているのか……。


 無駄に攻撃を食らうのも無駄でしかないので私も高速移動を開始。風属性に指示を出し、竜を回り込むように円を描いて移動する。


 おお、あの大きく口を開けた体勢でこちらの姿が見えているらしい。照準がぴったり私に定められたままだ。


 仕方がないので私のすぐ前と竜を挟んで反対側を転移門で繋いで移動する。

 私を急に見失ったはずだが視野が広いのかすぐに発見されて頭をこちらに向けられてしまった。


 ――おっ、帝王と光帝を発見。柱の陰に隠れて視線から逃れている。

 光帝を放置できない威力のブレスなので攻撃に転じづらいようだな。

 しかし体の動きで「近くに来ないで」をするのはちょっと酷いと思う。


 ブレスが放射される予備動作は先ほど観察したので――ここだ。

 タイミングを見計らって再度転移門を通過、回避に成功する。


 不思議と放射しながら首を回して追尾するようなことはしないようである。体の構造的に無理なのだろうか?


 ああ、部屋にダンジョンコアがあるから範囲攻撃は逆にあちらが危ないのか……。


 しかし向こうが動かないならこちらの好機である。

 空間収納から大黒檀の伐採にも使用した斧的な大きい武器を取り出し魔力の循環を開始、空中を高速で突進する。

 斧の切断力を上昇させ、ブレスの放射を続ける竜の首を斬り飛ばした。


 断面から熱が吹き出すかとも思ったが、そのような事はなく即座に黒い煙へと変化し魔力石が残される。

 ……なんだ。やはり攻撃さえ当たればワイバーンと大して変わらないな。




 ◇ ◇ ◇




 竜から出た魔力石は床に空間収納を開いて回収する。ついでに持っていた斧的な何かも放り込んでおこう。


 ――それにしても魔王の変異体といい竜といい変な場所から出現したものである。コア部屋特有の現象であろうか?


 まるで天井のあの辺りに魔獣の出入口があるかのような……んん?


「――ポンさん! 天竜をあっさり倒しすぎだよ!?」


 安全になったのを見計らって2人が近寄ってきた。私も地面に降りる。


「あれは天竜というのだな。素早く倒すと不都合なのか?」


「いや不都合は無いけどさ……。あれ時間停止も空間攻撃も効かない上に物理攻撃が最強クラスっていう酷い魔獣なんだよ」


「帝王もその剣で斬ったら普通に勝てるのではないか?」


「ちょっと刃の長さが足りないかも……」


 刃の長さの問題なのか。

 どうやら回避に徹していたのは攻撃の大部分が効かないという理由もあったようである。大きい武器を作っておいて良かった。


「ポンさん。帝王様。コアを探しましょう」


 雑談する私たちを律儀に待ってくれていた光帝が行動を促す。

 しかし私はそれには従わず上を指差した。


「それなのだがな。恐らくコアはあそこにあるぞ」


「あそこ? ――あっ。あの照明っぽいやつ?」


 恐らく短時間に何度も強力な魔獣を召喚することはできないのであろう。

 今のところ次を出す様子は無くコアは大人しくしている。


「そうだ。出現が2回ともここだったからな。その原因がアレだ」


「道理であちこち跳んでも見当たらないわけだ……」


 私が竜の相手をしている間に2人で片手間にコア探しもしていたらしい。

 剣を召喚した帝王に掌を向けて制止する。


「待て。コアの破壊は光帝が行なった方がいい」


「ん? 反対はしないけど理由は?」


「光帝の意思にもよるが……恐らく保持魔力量を大幅に増大させるチャンスなのではないか?」


「……!」


「えっと……それって」


「花嫁候補が1人増えるということだ。私の主人だけしか候補が居ないのは問題であろう? この場の女性が光帝だけだったので悪いのだが、もし良けれ――」


「やります!! ぜひ!!」


 うおびっくりした。本人はやる気のようである。


 では早速ということで姫にも持たせた普通の金槌を光帝に装備させ、飛行の魔術でコアの許へと運ぶ。

 光帝は足場が無いはずの空中を力強く踏みしめ金槌を振り被った。


「――輝けるッ! 未来をォッ! 掴み取るッ!」


 おお。尖った方でいくのか……。

 かつてないほどの裂帛の気合と共に叩きつけられた金槌は見事ダンジョンコアを粉砕した。


 高所での作業だけあり破片がキラキラと長時間舞い散って綺麗である。

 遠くの方で悲鳴のような声が聞こえた気がしたが、もしかするとダンジョンの断末魔だったのかも知れない。


 作業を終え、光帝の手を引きながらふわふわと帝王のところまで降下すると、帝王は少し困惑した落ち着かない様子で待っていた。光帝の方は謎の声と報酬の交渉中のようでなかなか戻ってこない。


 ――そういえば拳帝たちは明かりの類いを持っていないかも知れないな。

 力の供給源を失い徐々に減光していく周囲を見て少し心配になってきた。


 私は空間収納から布を取り出すと空中に広げて浮かし、動かない光帝を持ち上げて載せる。

 では目的も達したことだし、暗くなってきたので帰るとしよう。





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