7
片方の布に火帝と水帝を、もう片方の布に闇帝と拳帝を載せ、浮かせた2枚の布を飛行魔術で引きながら9階層を移動していく。
「階段はあそこだ。言った通り近かっただろ?」
帝王たちが向かった方向を覚えているというので拳帝に案内してもらったが、ボス部屋に入ったあと右方向にまっすぐ進むとすぐに階段が見えてきた。
「ボスとの主戦場から離れた位置にあるのだな」
部屋のボスとの戦闘で破壊されにくい位置にあると見るべきだろうか。
それとも『ここは俺に任せて先に行け』をやりやすい仕様になっているのか……。
実際問題、それを侵入者側が行なうのは戦力の分断になるため実は好ましくない。挟み討ちや各個撃破を招きやすいので普通は行わないのだ。
今回は先頭に帝王が居て、最後尾に私が居るという特殊な編成だったため問題なく時短として機能したが、まともな感覚の指揮官なら選ばないくらいにはリスクの高い作戦である。
それを選ばせようと誘い込んでいるかのような階段の位置なのだ。
まぁ、敵の本拠地でのんびりするのもそれはそれでリスクなので、急いで進んで敵の大将を落とす作戦も完全に間違いではない。
ただ、それは先頭に帝王のような大将を落とせる存在が居ないと意味が無いので注意が必要である。
――布を引いたまま階段を飛行で上る。
階段が広くて助かった。
期待の10階層に到着したが、予想に反し最終のボス部屋が待っている感じではなかった。
「……なんか床がキラキラしてないか?」
10階層は所々に障害物があるだけの広い部屋だったのだ。床には大量の輝く青い石が転がっており、まるで陽光を照り返す大海原のようである。
拳帝が布から飛び降りて青い石を拾い始めたので彼の近くに降下した。
「こいつを鑑定してみてくれ。多分悪魔の核石じゃないかと思うんだが」
「ふむ――確かに核石だ。だが1階層に出た中級悪魔は核石を落とさなかったぞ。全部上級ということになるな」
「マジかよ……。四天王以外にも上級居たんだな……」
それは居るだろう。上級の中でのトップが四天王なのだから。不戦勝の四天王ではさすがに無かろう。
「それにしてもこの数ですと――」
「ああ、光帝1人じゃ無理だろうなぁ」
2人が懸念する通り、恐らく私たちは帝王の温存に失敗した。
戦力を最後に集中させることで帝王の参戦を強制する、四天王を捨て駒にするかのような作戦にまんまとやられたようだ。
もっと四天王の地位が高いと思っていたが読み違えたか……。
残存の上級悪魔が居ないか探知波を放つ。私はともかく寝ている者たちが奇襲されるのはよろしくない。
大部屋とはいえ端の方まで見えているので次の階段も見えているのだが、その脇にある物陰に生体の反応がある。体内の魔力が1種類の人間の反応なので消去法で光帝の可能性が高い。
「む――。階段の近くに光帝が居るようだ」
「マジか。行ってみようぜ」
拳帝が布に飛び乗り移動を再開。
移動しながら探知波を放つと、反応の位置が変わらないので光帝の方は移動していないようだ。
高さからして恐らく座っている模様。
生きてはいるようだが大丈夫だろうか……。
◇ ◇ ◇
「反応からすると、そこの物陰に座っているはずだ」
「水帝は2人を見ていてくれ。まずは俺たちで行ってくる」
少し離れた位置で止まり、布から手を離して障害物の1つを指差す。
頷く水帝を残し拳帝と2人で急行した。さすがに死にかけのまま放置されていたりはしないだろうが一応。
反応のあった場所に駆けつけると、障害物の大岩の陰に隠されるように光帝が座らされていた。怪我をしている様子は無いが気を失っているようである。
「まずは水帝のところに運ぶか。ここは床が固かろう」
「じゃあ俺が運ぶわ。お前はもう1枚あの布用意してくれよ」
拳帝が光帝を持ち上げる。
――光帝の脇に置かれていたのか空の小瓶が石畳に転がった。
拾い上げると私がよく作る形の小瓶だ。
これは完全回復薬だな……。
私は小瓶を握りしめ拳帝の後を追った。
「――うぅん。――んん? ポンさん……?」
光帝が目を覚ましたようだ。
魔力を浸透させた診察の結果、怪我1つない完全な状態だったので揺り起こしてみたのだ。
斜めにして浮かせた布の上に座ったような姿である。もしかしてこれはかなり快適な体勢なのではないだろうか。今度試してみよう。
「起きたか」
目が覚めた光帝は周囲を見渡し始める。景色の変化に頭がついて行かないのであろう。
「状況を知りたい。気を失う前のことを覚えているか?」
「――状況? ……あっ! 確か上級悪魔に囲まれて――い、生きてるの?」
光帝は少し慌てて自分の体を確認し始めた。外套に血が滲んでいたりはしないのだが、完全回復薬が使用されるほどの重傷を負っていた可能性が高い。
「悪魔たちは恐らく帝王が何とかしたのであろう。それより完全回復薬の瓶が落ちていたが、光帝は重症を負っていたのか?」
光帝は茫然とした雰囲気で小瓶の方に顔を向けていた。帝王に置いて行かれたのがショックだったか?
「ええ……上級悪魔の集団を捌ききれず、確か右半身が潰れかけるほどの攻撃を受けてしまったわ……」
むう、よく生きていたな……。
まぁ体感の話なので、実際は右半身のあちこちを骨折しただけかも知れないが、それでも充分戦闘不能ではある。
光帝の恐怖体験に顔を顰めていると、唐突に光帝が慌て出した。
「あっ! あっ! た、大変! 私、完全回復薬を持ってる!」
全員に1本ずつ渡したからな。
持っていても不思議ではない。
「ってことはその空き瓶は帝王様の分か!」
ああ。そうなるのか。
では今、帝王は回復の切り札無しで決戦に向かっているということになる。
「しかもこの数の上級悪魔と戦った後に、ですか」
水帝が呻くように言葉を絞り出した。
確かにその状況ならば不利な戦いを強いられている可能性が出てくる。
……少し心配になってきたな。
私が嫌な予感に襲われていると、光帝が載せた布から身を乗り出してすがりついてくる。
「ポンさん……! 『露払いを』などという依頼をしておいて厚かましいお願いなのは分かっています! どうか、帝王様を助けに行ってもらえないでしょうか! 私達は彼を失うわけにはいかない!」
おお?
思わず拳帝と顔を見合わせてしまった。
◇ ◇ ◇
「光帝、落ち着け。そんなに必死に頼まなくとも、私は最初からそのつもりでここに来ている」
光帝の両肩を押さえ真摯に説得する。
帝王対魔王の決戦を近くで観戦するつもり満々だったことを悟られてはいけない。私の観光気分が抜けていないことに恐らく気付いている拳帝が何か言いかけていたのは、口を開いた瞬間に目線で制した。
それを言ってしまったら後で絶対怒られるぞ。
「完全回復薬は1本ずつしか渡していなかったが在庫がまだまだある。様子を見に行くついでに届けてやろう」
「本当ですか……! では私も行きます!」
――それだと少し話が変わってくるな……。
何が『では』なのか分からないのだが、とにかく光帝は帝王のもとに馳せ参じたくて仕方ないようだ。絶対危ないので連れて行きたくないのだが……。
ああ……。完全回復薬に余裕があるなら私があと何回か死にかけても大丈夫ですよね、という意味で言っているのか。多分それはあまり大丈夫ではないな。
薬の在庫は恐らく足りるが、光帝に即死されると薬があっても意味がない。
「諦めろ……。光帝は帝王様の安否に関することは絶対に折れないぞ……」
私が悩んでいると、拳帝が疲れた表情で忠告してくる。
やはりか。実は私もそんな気がしていた。
「――仕方ないな。連れていってやろう」
私はため息を吐く。
光帝を即死させない方向に意識を切り替えるべきだな。回復薬だけ渡してのんびり観戦、というのはできそうにない。
「水帝――これを渡しておく」
空間収納から超人薬を1本取り出して水帝に渡した。
「危なくなるようなら闇帝を起こして、これを使って暴れてもらえ。火帝でもいいが暑くなるのであまりお奨めしない」
「承知しました。こちらはお任せください」
こちらの面々はこれでしばらく大丈夫であろう。
「では光帝を連れて行ってくる。――後ろは頼むぞ」
「おう。光帝もウチの重鎮だから死なれたら結構困る。しっかり守ってやってくれ」
拳帝は腕を組んだまま右手の指を2本立てて見送ってくれる。
その仕草たまにやるな。少し格好いいので今度真似しよう。手首のスナップがコツだな。
「――では行くぞ」
「はい!」
光帝を載せた布の端を掴んで飛行の魔術を発動。
すぐそこにあった11階層への階段を上っていく。
11階層に到着すると、ボス部屋よりも大きい扉が待っていた。より複雑な紋様も刻まれているいかにも特別な扉である。さすがに魔王の居場所であろう。
また迷路が始まったらどうしようかと思っていたので助かった。それは帝王に追い付くチャンスが失われたということでもあるので一概には喜べないが。
ここには大扉以外何も無く、帝王の痕跡も特に無い。感慨にふける時間を与えてやれなくて光帝には申し訳ないがさっさと先に進んでしまおう。
私は布を掴んだまま宙を滑り大扉に触れる。
――ふむ。触れただけでは何も起きないようだ。
右半分の扉の前に光帝を隠し、左半分の扉に力を込める。
重たいはずの扉は意外なほどに軽い感触で私の意思に応えていった。
◇ ◇ ◇
――ボス部屋の中は薄暗く、それでいて自分の周囲だけははっきり見えるような不思議な明るさであった。
所々に柱があり、床は正方形が並べられた石畳。天井は高く暗がりとなっていて見えない。
光帝の載った布を引きながら部屋に入ると、扉はゆっくりと自動で閉まった。蝶番に角度を付けてあったりすると扉がこういう挙動をしたりするが、その場合は扉を開けるのが重くなる。先ほどの重さを鑑みるに物理的ではなく魔法的な仕組みなのであろう。魔王を倒すまでは逃げられないのだ。
――キンッ! ガキンッ! と金属音が部屋の奥から響いてくる。戦闘音だ。
「帝王様……!」
光帝が苦しそうに片手で胸元を掴んだ。不安と焦慮で居ても立っても居られないのだろう。
その仕草に急かされるように移動を開始、部屋の奥へと飛行する。
1分も経たない内に少し明るくなってきた。まだ薄暗いが夜明け前くらいの明るさだろうか、かなり広い範囲まで見渡せる。
――意図的に柱が排除された大広間。
そこで2体の影が舞うように戦闘している。
片方は帝王だ。
愛用の黒い片手剣を握り、姿が霞むほどの高速で移動しながら巧みな連撃を繰り出している。
もう片方は真っ直ぐな角を4本生やした上半身裸の偉丈夫である。
浅黒い肌に細身でありながらしなやかな筋肉。
両手には闇色をした片刃の剣を2振り。
両肩からベルトへとクロスした鎖の先にはスカートのように裏返った上着が足元を隠している。
あれが魔王か……。
見ると、何でも切り裂くはずの帝王の剣が当然のように受け止められ反撃までされている。
普通はあの剣1本でだいたい大丈夫なのだが、これは厄介極まりないな。あまり他人のことは言えないが。
少し離れた柱の陰に着地し、光帝を下ろして布を回収。空間収納に放り込んだ。
――うん? 若干の違和感がある。
確信は無いが、試しに光帝の周囲に位相差障壁を展開しようとしてみて確信する。
「空間魔法が封じられているな……」
そういえば帝王の先ほどの動きも転移を含まない体術のみの動きであった。帝王対策か……!
しかし封じるのにも性能の限界があるのだろう。空間と位相及び次元への干渉までは封じられているが、それ以上には干渉できるようである。
私の本体への接続は問題ないし、空間収納も使用できる。……空間収納が意外と高性能で我ながら驚きだ。無意識とはいえ何という無駄遣い。
まぁそれは好都合なので考えないことにして、問題は帝王の手札が封じられてしまっていることである。
浅深度への次元干渉能力が私を上回る帝王にとって空間魔法はより身近な切り札だ。
使用できる前提で戦闘ロジックを組み立てているであろう彼にとって、間違いなく大きな足枷となるはずである。
試しに時間への魔術も実施してみたが、発動がキャンセルされてしまう。まぁ帝王対策をするなら当然こちらも網羅しているか……。
「光帝。時間と空間への干渉を封じられているようだ」
「そんな――! どうすれば……!」
とても良い反応である。これが拳帝なら「へぇ、凄いな」と不思議そうに生返事されるところだ。
恐らく帝王の方は、剣だけで何とか処理できないか色々と試しているところであろう。そちらは私が加勢するとして、光帝には別の事を頼もうか――。
◇ ◇ ◇
「光帝――頼みがある」
「――! 封じられている原因の排除ですね」
おお、さすがに分かるか。
私は今から帝王に加勢するつもりだが、魔王の強さが不明である以上、戦いながら帝王対策の原因を探って解除まで行うのは少々難易度が高い。
その辺りを光帝に頑張ってもらおうと思う。
「うむ。魔王の気を引いておくのでその隙に頼む。――ただ、この場に居る悪魔が魔王だけとは限らない。充分に気をつけてくれ」
「原因が魔王そのものだった場合は加勢しても?」
「その場合は私達だけで何とかする。力押しの展開になることが予想されるので、魔王側に何か秘策があると巻き添えを食う可能性が高い。加勢はしないで欲しい」
空間的に隔離して守るのが難しい状況であるならば、戦闘に関与させない守り方をするしかない。
それを理解しているのかいないのか――光帝は頷くと暗がりの方へ走り出した。
むう。白の外套は隠密行動に向かないな……。
さて――破壊工作の方は任せるとして、私も帝王に加勢するか。
そろそろ帝王も疲れてくる頃であろうし。
私は腰の片手剣を抜き、空間収納からもう1本取り出す。
両手に持った片手剣に魔力を流し循環を開始。そのまま循環速度を上げていく。
2本の剣に発光現象を起こすほどの濃密で超高速の魔力が満ちた。
――足元周辺の空気を魔力で支配し移動の指示を与える。
前傾姿勢になった私を硬質化した空気が強制的に運搬、そのまま無挙動の高速移動で魔王に急接近し2本の剣を叩き付けた。
むう……魔王の剣を切り裂けないのは予想していたが、こうも当然のように受け止められると調子が狂う。
「ポンさん! 追いついたんだね!」
私を認めた帝王が嬉しそうな声を発した。
帝王の動きが速すぎて声色でしか判断できないが多分喜んでいる。
色々制限されて困っていたはずなので当たり前か。
私としてはゆっくり観戦する余裕がなさそうで非常に残念である。
「交代しよう。休憩してきていいぞ」
返す動作で切りつけた2本の剣は角度を変えた魔王の剣に防がれる。
それどころか私の剣に巻き付くような動きで反撃の突き込みさえ放ってきた。
足元への強制的な移動の指示で辛くも魔王の剣から逃れることに成功。
――帝王の剣と合わせて都合で3本に増えているはずの攻撃を魔王は危なげなくいなしている。私の双剣動作が下手すぎて読みやすいというのはあるだろうが、それを差し引いても大したものだ。
「あははっ! この場面でそういうわけにもいかない――よね!」
台詞の区切りと共に叩き付けられた渾身の剣閃は、同じく魔王に受け止められてしまっていた。
軽口ではなく本気で言っていたのだがな……。
どうやら私の声掛けを冗談と受け取れるくらいには帝王にはまだまだ余裕があるらしい。さすが世界最強は鍛え方が違う。
とはいえ攻めあぐねていたのも事実であろう。まずは活路を見出すためにも、今は帝王と連携し色々試してみるべきだ。
――帝王が疲れてくるようなら本当に休憩に行ってもらうとしよう。
◇ ◇ ◇
帝王との連携攻撃を狙う。
左右からの同時攻撃が防がれたばかりなのでまずは前後からの同時攻撃だ。
示し合わせる時間的余裕は無いので即興で合わせに行く。互いに激しく攻撃を繰り出し位置を入れ替えながら挟み討ちになるよう動く。
上手いこと前後からの挟撃になったと思ったら魔王が半歩退がり左右からの攻撃として処理されてしまった。戦い慣れているな……そして技術も高い。
王都の闘技場の時のように相手も手加減してくれている状況であるならいいが、私の武器戦闘技能では達人同士の本気の戦闘にはついていけないようである。
そういう時はどうすれば良いか――。
私は今まで何度もこういう場面に遭遇してきた。
そしてその度に乗り越えてきたのだ。
つまり――こちらの得意分野に付き合わせてしまえばいいのである。
周囲に圧縮魔力球10個を展開、まずは様子見で無属性からだ。
殺到する魔力球に対抗すべく魔王は剣を振るう。
しかし私の操る魔力球は簡単に切り裂かれてくれるような素直な動きはしない。
高速かつ変則的な動きで次々と魔王の体に突き立った。
「くッ! ――?」
初めて聴いた魔王の声は空気が抜けるような呻き声であった。不思議と知性と理性を感じさせるような声質の低音である。ダメージが無かったのか困惑した様子だ。
一応、四天王が一瞬悶絶するくらいの威力があるはずなのだが……どんな耐久力をしているのか。
しかし物理耐性が高いことが分かったのは収穫である。生半可な武器や攻撃では傷ひとつ与えられないということがよく分かった。
――それではどんどんいこう。
まずは火属性10個。効いていない。
続いて水属性10個。効いた様子なし。
次は風属性10個。少し痛そう。
更に土属性10個。物理と変わらんか……。
明らかに検証作業を始めた私を見て帝王は動きを止めてしまった。
多分アレは呆気に取られているのであろう。
見方によっては後世まで残せる貴重な生きた資料なのだから良いであろうに。
先に闇属性10個。衝撃無くスルッと魔王の体内に消えて行ってしまった。
心なしか先ほどよりも肌がツヤツヤしているので吸収されてしまった模様。やはりダメか。
最後に光属性10個。
ここまでされたら6番目の属性が何かは簡単に予測がついたのだろう。明らかに嫌がる様子を見せた。
着弾と共に火傷を負うかのように肌が焼ける様子が観測できた。
「光属性に脆弱性。次いで風属性だな」
引き続き光属性の球を矢継ぎ早に作成しては撃ち込みつつ検証結果を帝王に報告した。
「――風属性効いてた? あまり変わらなかった気がするよ……」
そう感じるのも無理はない。
実際にあまり変わらなかったので帝王の感覚は正しいと言える。
しかし他の属性が全く効いていなかったので風属性が次点というのも事実である。
とはいえあまり効果が無いのでここは光属性を選択するのが正解だ。
受けに回っていた魔王が暴れ始めたので私と帝王は対処を強いられる。激しく動きながらなのであまり詳細な報告ができないのが残念である。
◇ ◇ ◇
魔力球を光属性に限定して変換し波状攻撃を開始した。
次々に大量の光球を作成しては撃ち出していく。
「ポンさんよくここで魔法使えるね……?」
光球が大量すぎて危なかったので避難してきたのであろう。寄ってきた帝王が呆れたような声色で問いかけてくる。
どういう意味だろうか?
ここが魔法を使ってはいけない聖域、という話だったら言葉通りであろうがそんなはずもなし。
「そういえば帝王は光属性魔法を使えないのか? 別に休んでいてもいいが」
私の台詞を聞いて帝王は肩を竦める。剣を持ったまま手首を捻るのはちょっと危ない。それに当たると割と何でも切れるのでもう少し気を付けて欲しい。
「色々封じられているのは気付いてるよね? ここ魔法使えないようにされているみたいなんだ」
んん? 使えているが……?
ああいや、違うか。
「私が使っているのは魔法ではなく魔術だ」
「どう違うの?」
「魔術は魔力を自力で変換する技術、魔法は魔力を神の力で変換できる法則、という違いがある。魔法が封じられているというのは、恐らく神への繋がりが遮断されているのであろう」
「どうしたら使えるようになると思う?」
「そうだな……例の『世界神』が呼び出せるなら、アレに中継させればなんとかなるのではないか?」
「確かに。――あっ、ダメだ。繋がらないね……」
空間的に遮断されているので使い魔の呼び出しもやはり不可のようだ。
光帝が原因を何とかするのを待つしかなさそうである。
「――なぁにをのんびり雑談しておるかぁッ!」
私の放つ大量の光球を2本の剣で斬り払ったり被弾したりしていた魔王がついに怒った。
まぁ私でもこんなことをされたら多分怒る。
魔王の全身から恐らく闇属性と見られる大量の黒い魔力が吹き出し光球を呑み込んでいく。
私が光属性でアンデッドの群れに行なったことの逆パターンだなアレは。光球を一気に相殺してしまった。
「今代の帝王よ――。周到に張られた罠の中に飛び込んで来るとはつくづく愚か。その傲慢に塗れた命をここで散らすがいい!」
ふむ、台詞回しが若干独特で分かりづらい。
恐らくトップに君臨している時間が長すぎて、他者に説明や報告をするスキルが未熟、あるいは劣化してしまったのであろう。
要約すると『しっかり迎撃準備は整えてある。絶対に仕留めてやるから覚悟しろ』のようなことが言いたいに違いない。
それにしても帝王を名指ししているということは、私は眼中に無いらしい。もっと警戒されていると思っていたので意外である。
それは『もしやエイラを狙ったのは私をこの世界から排除したいからなのでは?』と考えたのが完全に自意識過剰だったことを意味する。
ううむ……気付かなかったことにしよう……。
――魔王は闇属性の魔法を発動。
即死効果を付与された破壊の渦が顕現する。
それは大規模なつむじ風となって私たちに迫ってきた。広範囲殲滅も可能な大規模魔法だ。
帝王の魔法は封じておいて悪魔側だけは魔法を使えるとはどういうことだろう。
私のように神の力を経由せず魔術を使用しているのか、それとも悪魔の魔法は別の力を経由しているから関係ない、などの理由があるのだろうか。
◇ ◇ ◇
ともあれこの闇の渦を放置するとうっかりその辺りに居る光帝が巻き込まれて死ぬかも知れないので何とかしておいた方がいい。
私は徐々に威力と効果範囲を広げていく闇魔法に歩み寄り手を突っ込んだ。
「――ポンさん!?」
心配したのか後ろから帝王の慌てる声が聞こえて来たが私は意に介さない。圧を感じるほどに押し寄せてくる闇属性の魔力を片っ端から吸収し始める。
闇属性の魔力は少々吸収しづらいが問題になるほどではない。人間に例えると苦い飲み物を一気飲みするようなものである。
元の世界に居た頃に時属性の魔力を大量に吸収した事があったが、あれは苦しかった。人間の言う食あたりとはこういうことかと痛感したものだ。
――あれに比べたらどうということはない。
勢いよく領域を増やしていた闇の魔力が私の触れた時点で膨張を止め、同部分を起点に急激に痩せ細っていく。
渦ということもあり半ば強制的に次々とおかわりがやってくるので吸収する方も少々大変だったりするのだがそうも言っていられない。
樽の酒を嬉々として一気飲みする酒好きも、今の私のように実は我慢していたりするのだろうかなどと余計な事を考えつつ頑張って吸収を続けると、少しずつ渦が小さくなっていった。
私の腕に吸い込まれる流れが出来てしまっているので、これ以上歩み寄らずとも吸収を続行できるようだ。
「――何が起きておるかッ!」
おや、魔王に気付かれたようだ。
渦の中心に居るせいで、渦の外側で何が起きているか分からないらしい。
普通はそれによって不都合が発生したりはしないので、それを技の欠陥と呼ぶのはやめておいてやろう……。
闇の渦により徐々に暗黒に染まっていくはずの部屋がむしろ段々と明るくなっていくことに違和感を覚えたのだろう。魔王は困惑の声を上げている。
帝王の方も別件で困惑しているようだ。
「光属性――あれは光帝!? な、何やってるの!?」
かなり遠い位置で何かを発見したらしい光帝が、その何かに向かって攻撃を放ったようだ。一瞬光ったので間違いない。
体勢からして魔法が使えないので腕に魔力を集め、属性変換してぶん殴ったのだろう。乱暴だがセンスがある。
殴った体勢のまま物陰に消えて行ったので恐らく腕を負傷して悶絶しているはずだ。帝王が大慌てで転移して行った。
うん? 魔法が使えるようになっているな――。
光帝が何をしたか分からないが良い仕事をしたようだ。少し興味があるので何をしたのか後で聞いてみよう。
今の転移は無意識であろうが、しばらく経てば魔法が使えるようになったことに帝王も気付くだろう。いや、光帝が報告して知る方が先か?
ともあれ帝王が戻ってきたら反撃開始である。そうなればあとは観戦しているだけで良さそうな気もするが、ここまで手出ししている状況から急に観戦に回るのは流石に気まずい。少しは頑張るとしよう。
――ひとまず今は魔王がすぐに渦から出て来ないよう、吸収する速度を微調整するのが私の仕事だな。
光帝が自身の成果を帝王に報告する時間を稼いでやらねばなるまい。
◇ ◇ ◇
吸収する勢いを落とし、周囲を蹂躙しようと頑張っている魔王が黒い渦の中から出て来ないように調整する。
……もしやこのままずっとこれを続けていれば魔王が力尽きるのでは?
と思ったが、気の長い話になる可能性も高いので保留する。帝王たちは話し込んでいてもう少しかかりそうだ。
気を抜いているとうっかり吸い尽くしてしまいそうになるので、集中して微調整を続けていると数分ほどで帝王が短距離転移で戻ってきた。
「――ポンさんお待たせ。なんか大きな壺みたいなのがあったらしいよ?」
壺でどうやって魔法を封じていたのか全く分からないが……まぁいいか。
そもそもそこまで詳しく調べていないであろうし。
「魔法は使えるようになったか? 準備ができ次第コレを壊してしまおうと思っているが……」
「うん。バッチリ! いつでもいいよ!」
おお。さすが頼もしいな。
やる気も満々なようであるし、私はフォローに回るだけで良いだろうか。
「ではいくぞ」
吸収の勢いを一気に強める。ううむ……気持ち悪い。
渦を巻いていた闇の魔力がみるみる内に小さくなっていき、魔王の姿が露わになった。
魔王が全身から勢いよく黒い煙を噴出し、それが私の方へと全部流れているような奇妙な光景になってしまっている。
――帝王の姿が私の隣から掻き消えた。
次の瞬間には魔王の背後に出現し、腕の位置が一瞬で変わったと思った時には魔王の背が何回も斬られている。転移で位置を確定し、そのまま時間停止で複数回攻撃したのであろう。これは酷い。対策したくなる気持ちも分かる。
「ぬう! これはどうしたことだ! なぜ封印が解かれておる!?」
自ら目隠ししたせいで経緯がさっぱり分からないのであろう。
魔法の封印に加えて回避不能な即死魔法まで放っているのだ。普通はそこから逆転できたりはしないので魔王の反応を滑稽と評するのは可哀想か。
ある程度の事態は何とかできてしまう私がここに居たのが彼の運の尽きだな。
帝王は短距離転移を繰り返し、愕然としている魔王を容赦なく撫で斬りにしていく。なんとか防ごうと魔王も剣を振るが、転移を繰り返す帝王に当たらないどころか剣を合わせても貰えないような有様である。
なるほどな……。
プライドの高そうな帝ランクたちが帝王に対して無条件に忠誠を捧げている理由が分かったかも知れない。
帝王は強すぎる。規格外という言葉すら彼を言い表すには不充分だ。
道理で『帝王を撃退した』という経歴が驚かれるわけである。普通は無理だなこれは……。
フォローどころか完全に観客と化しながら眺めていると、急所を防御できないほどに傷ついてしまったのか帝王の剣が魔王の胸をついに貫いた。
「……!」
魔王は声にならない何かを口から出そうとしたようだった。
何を言おうとしたのかは分からないが、憎々しげに帝王を睨みながらゆっくりと仰向けに倒れていく。
魔王が両手に持っていた剣の石畳に転がる音が妙に響いた。
――終わってみれば呆気ないものである。
帝王を温存しなければどころか、封印さえされていなければ片手間で倒せる案件だったのではなかろうか。そのくらい圧倒的だった。
◇ ◇ ◇
「帝王様ッ……!」
光帝が帝王に抱き付いた。
んん? 光帝は確か結構遠い位置に居たはずだが……私が決戦に気を取られている内に近寄ってきていたようだ。
「魔王討伐おめでとうございます!」
「わわっ! ちょ、ちょっと光帝離れムグゥ!」
やれやれ。そういうのは国に帰ってからやって欲しいものだが……まぁ、全く喜ばないのも変か。少しくらいは大目に見るべきだな。
帝王より光帝の方が少し身長が高いため帝王の頭が光帝の胸元に抱えられている。帝王は慌てているが剣を握ったままなので振り回されて少し危ない。
アレは召喚式の武器だったはずなので片付けてしまえばいいのにと思いながら眺めていると、なんとか光帝の拘束を脱した帝王が叫ぶ。
「光帝、すぐに離れて!」
む? まだ何か危険があるだろうか。
既に魔王は倒れたというのに……。
いや、待て。それはおかしい。
「――まだ魔王は生きてる!」
魔王はまだ灰となって崩れ去っていない。核石も破壊できていない。倒れ方が迫真だったので気付かなかったが悪魔の滅び方ではなかった。
2人の陰に隠れてしまっている魔王の姿を確認するべく少し右に寄ってみると、明らかな異常事態が起きていることが視認できた。
倒れたはずの魔王の体が波打ち変形を始めているのである。
「――第2形態があるってこと!? 光帝ごめん、運ぶよ!」
「きゃっ」
剣を収めた帝王が咄嗟に光帝を横抱きにし抱え上げる。2名での転移は瞬間的に行えないのか走り出した。
――次の瞬間。魔王の肉体が急激に膨張。
同時に肉体のあちこちが裂け始め大量の黒い何かが噴出する。
これは――闇属性ではない、何らかのガス状のものだ。
勢いよく噴出するガスは、重たいのか水蒸気に近い動きをしつつも天井近くまでは届かず地表付近を見る見る内に侵食していく。
ガスの奥を注視してみたがそこから何かが出てくる様子はない。
虚仮威しで終わるような事態ではないはずなので油断せずに変化を見守っていると、ガスそのものが生き物のように不自然に動き始めた。
そしてそれまでの緩慢な動きが嘘のように素早く帝王たちを絡め取ろうとする。
むう、ガス自体が本体か。
「――くっ!」
何とか光帝への影響を減らそうとしたのか帝王が身を捩るのが見えた。
しかしその努力虚しくガスの塊の向こうへと2人の姿が一瞬で掻き消えてしまう。
即死効果は無さそうなので生きているとは思うが、ガスに巻かれた次の瞬間には不思議と2人の気配が完全に消えてしまったのが気になる。
むう……空間干渉と思しき謎の攻撃を操る初見敵と一緒に取り残されてしまったかも知れない。
帝王たちがどうなったのかも少し気になるが、帝王が居るからには過度の心配は不要であろう。
――黒いガスは私の方にも高速で覆い被さって来る。
帝王ほど警戒されてはいなかったはずだが、見逃してもらえるほどでもなかったか。
この部屋からは逃げられない状態が継続中であろうし、捕捉されるのは遅かれ早かれであろう。
ならば迎撃の準備を進めつつ、ここは次の展開を観察するのが良さそうだ。
――空間への干渉を開始する私の視界が、一面の漆黒へと塗り潰されていった。




