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6

 

 大部屋の奥にあった階段を上って6階層へ。

 死闘を繰り広げた火帝は布の上に寝かされ、その横で一緒に乗った水帝が布から落ちないよう支えている。それを私が浮かせたまま引いているというわけだ。


 本当は功労者たちをもう少し立派な乗り物に乗せてやりたいところではあるのだが、いかんせん布は可動域が広く、狭い場所でも幅の調節が不要、と良い事ずくめであり、しかも乗り心地もフワフワで非常に良いらしい。


 ……最適解なのが困ったところだ。いっそ高級な絨毯でも買ってみるか。


 ――それはさておき6階層を眺めてみる。

 2層目と同じく迷路階になっているのだが明らかに2層目と違う点があったのだ。


「壁を壊してますねぇ……」


 呆れて呟く水帝の言葉通り、迷路の中央を一直線に突き進む大穴が開通しているのである。犯人は多分拳帝だろう。


「壊せることに驚きだ。てっきり壊せない類いの物だと思い込んでいたが……思い切ったことをするものだな」


 恐らくそれは半分正解で、外壁は空間の壁を兼ねているので力で簡単にどうこうできるような代物ではない。

 だが外壁ではない内部の壁や柱に関しては頑張れば誰でも壊せるのであろう。そういえば吊り天井も破壊していたな……。


「せっかくですので私達も使わせていただきましょう」


「確かに――よし、階段はあちらだ。追うぞ」


「ポンさん今なにをされました……?」


「階段の位置を探知の魔術で探ったのだ」


「あまり他人の事を言えませんね……」


 おや。呆れられてしまった。

 拳帝のように乱暴に解決してはいないのだがおかしいな――。


 ともあれ進んでしまおうか。私は飛行の魔術で布を引き連れ移動を開始する。

 まずは開いた穴を通って適当な座標まで進み、少し曲がればすぐ階段である。楽なものだ。


 ちなみに帝王たちが急いで進んでいるのは、万が一私や火帝が敗北してしまった場合に備えているのであろう。

 のんびり進んでいたせいで挟み討ちに遭いました、というのは避けたいはずだ。


 階段を上って7階層へ。

 次は再びアスレチック階層であった。魔王城であるというのにエンターテイメント性に富んだ構成をしていると思う。もっと暴力的なイメージだったのだがな……。

 まぁ、実態としては巨大な即死罠なので殺意は高い。


「そういえば3階層もこのような景色であったな。あちらは火帝に掴まって何とかしたのか?」


「いえ――最初からその予定だったわけではなくてですね……。お恥ずかしながら落ちかけた私を助けるために火帝ちゃんが飛びついて来まして」


「なるほど、では飛んだのは2人だけだったのか。何やら拳帝が火だるまになったような痕跡があったがアレは大丈夫だったのか?」


「一時的にはあまり大丈夫ではありませんでした。火帝ちゃんの飛行はその……着地に広い場所が必要だったようでして、拳帝さんが受け止めて下さったのですが……」


 すごく言葉を選んでいるが、火帝の飛行とは突進系の大技だったのだろう。階段に到達できたとしても大怪我をするのが目に見えている状況だったというわけだ。咄嗟の行動だったのであろうが無茶をしたものだ。




 ◇ ◇ ◇




 7階層の大穴を飛行で通過する。


 ――ふと思い出して探知波を放った。

 確か3階層には宝箱などという意味の分からないものが置いてあったはずだ。まさかここにも在ったりしないだろうか、と思ったのである。


 ……いや、何かあるな。

 3階層と同じく左側の壁際に狭い床が用意されており、箱が置いてあるようだ。


「ポンさん? どうされました?」


 急に動きを止めた私を訝しんでか水帝が聞いてくる。心配させてしまったようだ。


「いや、すまない。私の探知によるとあちらに宝箱のようなものがあるようでな。取りに行くべきか迷っていた」


「行きましょう!」


「だが……」


「行きましょう!!」


 水帝が宝箱に非常に前向きである。

 こんな感じの人だっただろうか……?


 首を傾げつつ進路変更。元々空を飛んでいるので、足の下に何も無くなるような進路変更も危険とは言えない。時間のロスを最小限にすれば別に良かろう。


「ああっ! 本当に宝箱がありますっ!」


 灯りの魔術によって浮かび上がった宝箱に水帝は歓喜の声を上げた。そして在り処に到着するなり布から跳びついて宝箱に抱き付く。


「あっ。罠があるやも――」


 しかし私の制止は必要無かったようで、水帝は宝箱を開けることなく頬擦りしている。宝箱の方の愛好家の人だったらしい。

 ……いきなり開けるかと思って非常に焦った。


 火帝が落ちないよう布で簀巻きにして浮かべておき私も宝箱に近付く。


「3階層の宝箱は鍵穴から針が飛び出す罠が仕掛けてあった。恐らくこれにも罠があるだろう。調べてもいいか?」


「うふふふー。可愛い輝きですねぇー? はっ! 私としたことがお恥ずかしい……」


 水帝は愛おしげに宝箱を撫でていたが、割と迅速に我に返ってくれた。……愛好家にしては理性がある方だと思うぞ。


 魔力を浸透させて調べると、3階層と同じく鍵穴から針が射出される罠だった。鍵穴の前に空間収納の口を開き、宝箱の蓋を少し開いて作動させてしまう。


「罠の処理を完了した。開けてみるか?」


「はい喜んで!」


 水帝は迷うことなく蓋を開けた。何という信頼。

 少し心配になるな……。


 さて、中身が何か棒状のものなのは分かっていたが今度は何が出て来るだろうか。


『慈愛の長杖』

『慈愛の長杖。"慈愛を"の掛け声により中級回復魔法と同じ効果を発揮する。先端部の穴に投入された魔力石の魔力が無くなるまでは使用可能、無くなった場合は補充すれば再び使用可能になる』


 ほほう。回復魔法か。

 私には回復薬と治癒魔術があるから要らないな。


「私は要らないので水帝もらっていいぞ」


「よろしいのですか!?」


 水といえば癒やされそうなイメージなので似合いそうである。まぁ、杖の長さが宝箱の幅より長い気がするがそこは気にしないことにする。


「せっかくなので魔力石を投入してみよう」


 長杖の先端に付いていた複雑な紋様の彫られた球体に穴が開いていたので、空間収納から適当な魔力石を取り出し投入する。


「おや?」


「スルッと入っていきましたね」


 これは何個も飲み込むパターンだな。

 穴の内部が空間収納のようになっていたので魔力石を10個ほど入れておいた。


 水帝がどうしてもと言うので宝箱本体も空間収納に回収し再び出発。いやはや面白いものが見られた。

 宝箱探しも楽しいかも知れないな。




 ◇ ◇ ◇




 改めて7階層を通過、8階層を目指す。


 ――今更だがこの魔王城ダンジョンは何階層あるのだろうか。私が今までに訪れたことのあるダンジョンで1番深いのが5階層の『樹魔の楽園』である。


 リステリアの王城が塔まで入れると5層なので7階層の時点で体感としてはかなり深い。15までは行かないのではないだろうか。10辺りか?


 私が勝手な予想をしている間に階段を抜けて8階層に到達した。

 4階層が鉄球転がしであったので、何が待っているか少し楽しみにしていたりする。


「これは酷いですね……」


 水帝が続く言葉を失っている。

 粉砕された壁、崩れた柱。

 その身の大部分を抉り取られ三日月のような形になってしまった球体。

 ――至るところに破壊の残滓が散見される状態であった。


「ふむ……痕跡からすると闇魔法だな」


「そうなのですか? 即死魔法のイメージでした」


「もちろんそれは闇魔法の得意技だな。――だが生体相手だけではなく、あのように物体を浸食するのも闇魔法の特徴だ。この威力だと超人薬の使用に踏み切った可能性が高い」


「10分に賭けたのでしょうか?」


「いや、劣化版ではない超人薬だと1時間だ。しかし先が読めないこの階層で使用するとは……。恐らくだが、帝王の温存が難しくなってきたのだろう」


 見ると多数の球体の残骸がある。

 あれらが階層中を複雑な軌道で動き回っていたと仮定すると、帝王を温存したまま犠牲無しでの通過は確かに厳しいかも知れない。


「1時間で四天王をあと1名撃破して、更に帝王様を魔王の許まで送り届けるつもりということでしょうか……」


「無茶な計画だとは思うが、完全回復薬がある状況であれば無理筋ではないかも知れんな」


「それは体に悪そうですね……急ぎましょう」


 私は頷くと廃墟と化した8階層を飛ぶ。

 私がいつも読む冒険小説であれば、こういうシーンでは場面が切り替わり先行した仲間たちが活躍したり危機に陥ったりする場面に移行するものだ。


 そこに追いかけてきた仲間が良いタイミングで乱入したりするものなのだが……。

 いかんせん私自身が参加していると目線が私自身から移行するわけもなく、こうして後追いの全行程を余すことなく見なくてはならないわけだ。


 やはり大冒険というものは読む側からでないとテンポが悪くなっていけない。まぁそれが本来の目的というわけではないのでそこは我慢である。


「ポンさん! 階段の先、扉が見えます!」


 む? 水帝が扉を発見したようだ。

 9階層で扉か。では10階層に魔王が居るような構成なのだろう。

 積み上がった瓦礫にぶつからないよう縫って飛ぶのは神経を使うが、こういう苦労ももうすぐ終わりかと思うと感慨深い。


 さて、あとは残り大部屋2つといったところか。

 ほぼ追い付いたな……。


 8階層の階段を上り、手狭な緩衝地帯を抜けて9階層の大扉へと到達した。


「水帝、中を確認してくる。ここで火帝を見ていてもらえないだろうか」


「そうですね……。火帝ちゃんを置いていくわけにもまいりませんね。お待ちしております」


 昏睡中の火帝を連れてボス部屋に入るのは危険度が高い。守り切れなかったらさすがに申し訳ないところである。


 2人をボス部屋前に残し、私は大扉に手をかけた。




 ◇ ◇ ◇




 水帝と火帝を残し見慣れたボス部屋の大扉を開く。


 ――少し開いただけでも、中で激戦が繰り広げられているのが分かった。連続してドカンドカンと景気のいい音がしているのである。


 扉の隙間から見ると黒色の魔法同士が無数に衝突し合い、相殺というよりは魔法の喰らい合いのような戦況のようだった。

 どうやらここの主は闇魔法の使い手で、そしてその相手をしているのが闇帝というわけだなこれは。


 闇帝以外は先行したのだろうかと扉の隙間から頭を出してあちこち眺めてみた。

 だが部屋の中の弾幕が厚すぎて普通に危ない。


 私の場合は命の危険があるわけではないが、無闇にダメージを受けるのは私も嫌である。例えるなら人が火の粉の降りしきる中を歩くようなものなのだ。


 視界の隅に人影が映ったような気がして見遣ると、美しいフォームでこちらに全力疾走してくる男の姿があった。


 ――おお。拳帝は健在だったか。

 少し心配していたが元気そうで安心したぞ。

 だが強面の男性が真顔で迫ってくる絵面はできればやめていただきたいものである。


「うおお助かったぁぁぁ!」


 合流したいのかと少し扉を開けてやると、珍しく大声を出しながら転がり出てきた。

 ふむ? まずは話を聞いた方がいいか。


 私は一旦扉を閉め、空間収納から中級回復薬を取り出し拳帝に差し出す。部屋の中で大冒険だったようで、水分が足りていなさそうな雰囲気だったのだ。


「……普通はそこは水だからな? 回復薬を水代わりに出すヤツ初めて見たぞ。まぁ……ありがたくいただくけどよ」


 おお。良く分かったな。さすが常識人枠だ。

 どこがズレているのか教えてもらえるのは助かる。


 せっかくなのでコップを取り出し水で満たすと、回復薬の空き瓶と交換してやった。


「――ぷはぁ! 水うめえ……! ついでに着替え出してくれ。もうボロボロだ……」


 見ると上は穴だらけのシャツのみ、下も同じく穴だらけと数年遭難した人のようになっている。予想はしていたが、なかなか過酷な探索だったらしい。


 私が立てた光学障壁の向こうに着替えを受け取った拳帝が消えていき、皮の上下姿に戻って帰ってきた。


「改めてお疲れさん。――火帝は大丈夫なのか?」


「はい。魔力切れで倒れているだけです」


「火帝が魔力切れ起こしてるの初めて見たぜ。もしかしてアレか? 超人薬か?」


「ああ。劣化版の方だな。効果が切れたら反動で倒れてしまうようだ。――闇帝が使用したのは劣化版ではない方か?」


「そうだ。もうあと少しだろうから使ってしまおうとか言ってサッと飲みやがってだな……。アレは作戦とかじゃなくて使ってみたかっただけだぜ絶対」


 おや? 苦肉の策で使ったのかと思っていたが、意外と愉快な理由で使用されたようだ。


「そういえば火帝ちゃんも『仕方ないな〜』とか言いながら飲んでましたねぇ……」


 ――訂正。全然意外ではない模様。

 どうやら帝ランク保持者は我が身を顧みず貪欲に強さを追い求める素晴らしい者たちらしい。良く言えば。


「そっちもかよ。こいつは効果が切れたらぶっ倒れるやつだなと思って付き添いで残ったが、それで正解だったな……」


 なるほどな。それで拳帝がここに居るのか。




 ◇ ◇ ◇




 そういえばなぜ拳帝はあんな危険な部屋にずっと居たのであろうか。


「いや俺もこっち側に避難しようとしたんだがな。ここの仕様なのかボスとの戦闘中は内側から扉が開けられなくなるみたいなんだ。お前が扉を開けてくれて本当に助かったぜ……」


「ああ、私の時もそうでした。逃げられなくてどうしようかと」


 ほう。そうだったのか。

『樹魔の楽園』などはボスが健在でも普通にボス部屋から出られたが、ここにはそんな罠があったらしい。拳帝も水帝も災難だったな。

 外からなら開けられるのであれば対策も可能ではあるが……。


 さて、どうするか。

 闇帝を手伝うか、任せて先に行くか、任せた上で闇帝が倒すまで待つか――。


「闇帝の様子はどうであった? 優勢に戦えていたか?」


「正直なところ避けるので精一杯でだな……」


「それもそうか。すまんな」


 火力10倍の帝ランク保持者が大暴れしていたら周囲の者がそうなるのは当然である。むしろ余波とはいえ全て避けられるだけでも凄いことだ。


 仕方ない。自分で確かめよう。

 本音を言えば帝王対魔王の決戦は近くで観戦したいので、この場は闇帝と拳帝にお任せしてさっさと次に進んでしまいたい。


 しかしそのせいで闇帝が負けてしまったり拳帝や水帝まで巻き添えになったりしては本末転倒である。

 お仕事なのだから優先順位を間違えてはいけない。


「では戦況を確認しに行く。そうだな――5分ほど経ったら扉を開けてみてくれ。余裕そう、もしくは優勢なら私が戻ってきているはずだ。劣勢ならそのまま手伝ってくるので、中を覗いてそこに私が居なかった場合は入ってこないように」


「了解。多分アレに割って入れるのはお前だけだ。頼んだぜ」


「うむ。――そういえば渡した完全回復薬はまだ持っているか? 消費したなら次を渡しておくが」


「あー、悪い。3層で飛んできた火帝を受け止めた時に速攻で割れちまった……。お前の言った通りすぎて悔しいぜ」


 その時に火だるまになっているはずなので、どのみち腰のポーチを気にする余裕はなかったであろう。

 空間収納から完全回復薬を3本取り出して渡しておく。


「いや多いだろ」


「たまには回復役も良い経験ではないか?」


「こんなゴツいヒーラー居てたまるか」


 互いにフッと笑う。

 私が期待する働きを正確に理解し、そして遠回しではあるが了承してくれる。気心の知れた仲間が居るというのは本当にありがたいことだ。


 気を取り直して扉に手をかける。

 ――さて、闇帝の命運やいかに、だな。

 火力10倍に明かせて圧倒してくれていればいいのだが、魔王の配下も恐らく最強格が配置されているはずだ。楽観視はできないだろう。


 押し開いた扉の隙間から再び轟音が漏れ出してくる。少なくとも闇帝が既にやられているということは無さそうである。




 ◇ ◇ ◇




 ボス部屋の中は今までとは趣の違う内装をしている。

 定間隔に腰の辺りまでの切り揃えられた石が並んでおり、まるで墓地のような様相を見せていた。


 これはダンジョンの構造として墓地の風景が選択されているだけであり、この石1つ1つの下に死者が眠っているわけではないだろう。まぁ、それが分かっていてもあまり気持ちのいい風景ではない……。


 ――またもや響く爆発音。

 墓地に林立する監視塔のような塔たちに阻まれて姿が見えないが、前方で闇帝が戦闘しているようだ。


 音のする方へ急いで向かう。

 全能力が10倍になれば一瞬で雌雄が決してもおかしくない。それが長引いているならばそれなりの理由があるはずである。


 例えばクシャのように空間に干渉できる能力を持っているならば苦戦は免れないだろう。しかしその線は薄い。クシャの上に同じ空間干渉能力者が居たならば、ヤツはあれほど油断の塊のような性格にならないはずだ。

 ――では戦いが長引いている理由は何であろうか。


 障害物と乱れ飛ぶ闇魔法たちを避けながら低空を飛んでいくと、ほどなく闇帝の姿が見えてきた。


 何やら無数の人影が押し寄せているのに対抗して闇魔法を大量にバラ撒いているようである。見ると闇魔法が命中した個体が倒れる様子はなく、威力が充分浸透していない様子だ。


 ……闇魔法の威力自体は充分に高いようだな。劣化は見られない。

 ということは人影の方に理由があるのだろう。


 一様に上げている奇妙なうめき声。

 古風な木製の鎧のように見えるボロボロの装備。

 あちこち砕けた装備の隙間から見える地肌は固く黒ずんでいる。


 ううむ……。闇帝に押し寄せている人影を観察すると、どうも死体が動いているような状態らしい。空想の世界であればよく登場する存在ではあるが私も見るのは初めてである。なるほど、それで墓地なのか……。


 墓地の割には一般人のような雰囲気ではなく戦没者のような様相だが何か意味があるのだろうか。単に操っている悪魔の趣味である可能性も高いが。


「闇帝! 超人薬の効き目はどうだ?」


「――ポンか! 薬は素晴らしい万能感だが相手が悪い!」


 おお。眉間の皺が取れて目がギラギラと輝いている。

 初めて見る表情なので判別が難しいが喜んではいるようだ。

 しかし相手が悪いとはどういうことか。


「よりによってアンデッドが相手とはな! 闇の魔力を吸収し、闇魔法はほとんど効かん! そして俺は――闇魔法以外使えんッ!」


 そう言って近くの墓石を闇魔法の衝撃で粉砕し、飛び散った破片で付近の人影を撃破していた。そういう倒し方しか出来ない状況だったらしい。説明助かる。


 それにしてもアンデッドか――確かリーゼロッテの使い魔のロクローがアンデッドサムライマスターとか言っていたような気がする。


 ロクローは動く死体だったのか。

 前言撤回、見たことがあったようだ。

 彼は全身を鎧に包まれているので予備知識がないと中身の予測ができない案件である。気付かなくても仕方ないだろう。うむ……。


 ともあれ闇魔法以外ならば効果があるわけだ。

 闇帝に気持ちよく戦ってもらうためにも露払いは私が引き受けようか。




 ◇ ◇ ◇




 アンデッドは闇属性の魔力を吸収すると言っていた。

 それだけ聞くと私と似たような存在のように聞こえるが、ここで言う吸収は私の貯蓄構造とは違い回復薬のような効果をもたらすだけとのこと。断じて似ていないと主張したい。


 ではどの属性が効果的かを模索したいところではあるが……。

 やや安直ではあるが光属性で試してみよう。


 以前光帝が使用していた超級魔法があったがあれは広範囲であるし状況に合っているように思う。

 唱えていた神の言語の文言を忘れたので全く同じものは無理だが、魔術で再現するくらいなら出来るだろうか。


 胸の前に魔力を収束させて圧縮魔力球を作成。

 更に魔力を投入して臨界状態に持っていく。

 そして光属性に変換し広範囲に広がるよう圧縮から解放した。

 光球がそのまま発動核となり勢いよく光のベールを全方位に吐き出し始める。


 ――視界が白い光で埋め尽くされてしまった。眩しい。

 ううむ。光帝の魔法に比べると効果範囲が若干狭いようだ。もう少し改善の余地ありだな。


 拡散された光属性の魔力に触れたアンデッドたちは、全身を硬直させると灰色の煙を立ち上らせながらシュワシュワと変な音を立て始めた。

 何の音かと観察してみると急速に体の端から消滅していっているようである。恐らく光属性で大正解だ。


「――くううううッ!」


 なぜ闇帝も苦しみ始めているのだ?

 消滅している様子は無いが、肌が焼けるのか急にフードを被り身を縮める。

 もしかして闇帝もアンデッドだったのだろうか。


「違うッ! 光属性に弱い体質なんだ!」


 よく私の考えていることが分かったな。

 いや、この状況で疑わしげに見ていたら分かるか……。

 だがそういうのは先に教えておいてほしいものである。


 ううむ。悪いことをしたな……。

 いや、確か良いものがあったはず――あった。

 私は空間収納からスキルオーブを取り出すと闇帝に差し出す。


「『光属性吸収』のスキルオーブだ。使っていいぞ」


「なん……そんなスキルがあるのか!?」


「トレントが落としたものだな」


「光合成できる体にならないかそれは!?」


「鑑定結果にそのような記載は無い。恐らく大丈夫ではないか?」


「確信はないのか!? くううッ! 全身緑色になったら恨むからなぁ!」


 不確かな情報に悲鳴のような声を上げるも、しかしあまり余裕も無いのか闇帝はスキルオーブを受け取ると迷わず使用する。


「――む? おお? 楽になった、な?」


 そして若干慌てながら己の手の平や甲を何度も確認し始めた。ともあれ危険な状態は脱したようだ。


「すまんが顔色とか変わってないか? ちょっと見てみてくれ」


 周囲で戦没者アンデッドが次々と天に召されている風景の中で呑気なものだとは思うが、本人にとっては死活問題なのだろう。大丈夫、いつもの仏頂面だ。


 おっと。魔術がもうすぐ終わりそうだ。発動核に魔力を追加投入して維持することにしよう。


 ふむ……。

 どこから供給されているか知らないが、この憐れな死者たちは途切れることなく次々と送り込まれている。また、それとは別に大量の闇魔法も飛来している。どちらも光のベールに包まれてシュワァと消えていくので現状特に問題ない。


 ――闇帝も大丈夫そうであるし、根源を探しに行くか。




 ◇ ◇ ◇




 死者たちが歩いてくる方向に向かって移動を開始。

 光球も手でぐいぐい押して移動させる。


 アンデッドたちは勝手に寄って来ては天に召されていくので別に大変ではないのだが、消滅の速度自体はそこまで迅速ではないので道の先の方が詰まってしまっている。倒されるのが分かっていて寄ってくるということはあまり知能が残っていないのであろう。

 ともあれあまり速く移動できそうにないな……。


「闇帝。効果時間は充分残っているか?」


「む? あと30分くらいだ。切れたらマズいか?」


「劣化版を飲んだ火帝は魔力切れで倒れた。劣化版ではない方の結果は闇帝待ちだ」


「俺を実験台にしていないか……?」


「嬉々として飲んだと聞いているぞ。貴重な実例への協力感謝する」


 頷く私を見て闇帝は少し頭が痛そうな仕草をした。


「ぬう……まぁいい。貴重な薬を提供してくれたのは事実だ。とてもありがたいと思っている。だが薬が切れた後に倒れた場合は保護を頼むぞ……?」


「もちろんだ。警備に拳帝も付けてやろう」


「お前はいつか拳帝に怒られると思うぞ……」


 そうだろうか?

 面倒見のいい男なので恐らく自発的に引き受けるだろうと思う。少なくとも闇帝を見捨てるような真似はするまい。




 ――アンデッドたちを消滅させながら早足で歩くこと5分ほど。城の上層なのに下層より広いとはどういうことだと思い始めた辺りで、この部屋のボスの姿が見えてきた。

 戻りは飛行魔術で戻ろうと思う。


 ボスの悪魔はゆったりとした漆黒の法衣に身を包んだ白骨死体のような外見をしていた。

 上級悪魔のトレードマークである捻くれた2本の角もあるので、分類としてはアンデッドではなく悪魔であると推測できる。


 2種類の魔法をどう器用に発動しているのかと不思議に思っていたが、飛来する闇魔法は杖に仕込まれた術式を発動させ、アンデッドたちの召喚は床に仕込まれた魔法陣に頼っているようである。


 つまり意外と技術的な事は何もしていない。

 もしやそこまで強くないのでは?

 闇帝との相性は最悪そうではあるが……。


「まさか……あれは生成陣ではなく召喚陣か。悪魔に言うのも何だが悪魔の所業だな……」


 闇帝が何かに気付いた様子で不快そうに顔を顰めていた。どういう意味であろう。


「召喚陣だとマズいのか?」


「マズくはないが――召喚しているということは、あれだけ大量の死者を体と魂ごとどこかに拘束してあるということだ。アレの準備を整えるためだけに国を丸ごと滅ぼしていてもおかしくない」


 そうか……都度都度作成しているのではなく、予め準備していたならそういうことになるわけか……。


 脳裏を『自分は愛する故郷と人々を守り切れなかったのだ』と悔やんでいたロクローの姿が過ぎる。

 鎧の造型は近いがまさかな……。


 もしかすると、頼りになる同僚の憎き仇かも知れないわけだ。だが何の証拠も無いので念のため念入りに滅ぼしておくか。

 まぁ、元々その予定なので問題なかろう。


 ――ボスの上級悪魔が待ち構える広場に到着。

 私たちが姿を現しても変わることなく同じ動作を繰り返している。

 恐らくこれが奴の必勝パターンなのだろう。




 ◇ ◇ ◇




「片方引き受けよう。召喚陣を受け持とうか?」


「ああ、頼む。どのみち相性は悪いが単体の方なら俺でも手数で倒せるかも知れん」


 私の問いに闇帝は素直に頷いた。

 よほど闇魔法が効かない大群に懲りた模様。まぁ当然か、愚問だったな。


 すぐさま闇帝は無数に飛来する闇魔法を相殺しながら光魔術の領域から飛び出して行った。

 身体能力も10倍になっているのでまるで超人のようである。いや、そういう薬だったな。


 さて、私も自分の仕事をしよう。




 ――まずは観察。

 幸い私には時間制限が無い。確実に行こう。


 召喚されるペースは5秒に1回程度、数は1度に10体といったところか。


 既に召喚されていたアンデッドたちと共に次々と消滅していっているので、このまま光魔術を維持するだけで『出現して即消滅』の状態に間もなく突入する。


 そこら中に溢れていたのは闇帝が処理しきれていなかったためであろう。まぁ、召喚ペースが異常に早いのでそれを闇帝の力不足と評するのは酷である。


 つまり撃破の方は放置でいいとして――。

 ――問題は囚われた死者たちの解放だ。


 召喚を止めること自体は容易い。魔法陣を破壊すればこと足りる。

 しかしそれでは、悪魔に魂ごと封じられた死者たちは封じられたまま放置になってしまう可能性が高いのだ。それは……あまりにも不憫である。


 もしかするとロクローのかつての仲間たちかも知れないと思うと、見捨てる気にはなれない。

 さて、どうするか――。


 ひとまず召喚陣を観察する。

 恐らく場所を示す文言がどこかにあるはずだ。

 ……光魔術の反射光で若干見づらい。


 ふむ。使用されている言語は神の言語だな。

 ただ、文末などに独特の言い回しが含まれるので『悪魔の言語』と分類した方がいいかも知れない。公用語と方言くらいの差異である。


 あそこが魔力の供給回路だとすると――あの辺りに書いてあるはず――あった。


『ヴァイシュ設定座標2番より』と書いてあるな。

 悪魔はヴァイシュという名前らしいが、よりによって召喚座標が主観的すぎる。なんと雑な魔法陣か。


 仕方ない。魔法陣を私からも発動して逆探知をかけてしまおう。なぜ私までアンデッド召喚を行わねばならないのか……まったく。


 ――敷設されている魔法陣に魔力を送り込み、1度だけ召喚術を発動させる。召喚されたアンデッドたちは一瞬で光魔術の中に溶け消えた。


 送り込んだ魔力が封印に触れたのを検知――。

 即座に転移門を展開して腕を突っ込み封印を鷲掴みにする。


 むう、想定よりだいぶ固いな。

 2つの封印を絡めることで強度を跳ね上げているようだ。『2番』とのことなので『1番』もあるのだろう、その2つの封印の端を結び合わせているらしい。どういう思考回路をしているのか。


 ――何が封印されているかは知らないがまとめて破壊してしまおう。


 封印の術式に魔力干渉を開始。

 空間からの干渉を併用し、物理と魔力の両面から同時に破壊を試みる。


 結び目を切断し、術式を一部崩して緩みを作る。その上で捻ってやれば――。


 ブチブチという嫌な手触りと共に封印が崩壊。

 無理に拡張されていた封印の空間が急速に縮んでいき中身が押し出されるように解放された。


 ――それは永遠に続くはずだった悪夢からの解放。

 私の展開した転移門から何十万という光の粒が一斉に飛び出してくる。


 それらは一様に舞い踊りながらしばらく空中を漂い、やがて虚空へと消えていった。

 彼らにもやっと安らかな死が訪れたはずだ。


 最後に転移門からポロリと半透明な石が出てくる。

 魔力石の赤色とも、核石の青色とも違う緑の石だ。

 恐らく『1番』の方に封印されていたものであろう。


『鬼姫・安珠の鬼石』

『鬼姫・安珠の鬼石。鬼族の姫である安珠(アンジュ)の魂が結晶化したもの。適切な手段を取れば復活させることができる』


 これは……恐らく人質だ。

『2番』に入っていた者たちが大人しく封印されていた理由がコレなのだろう。

『適切な手段』とは何なのかをフロッサに訊いてみなければなるまい。


 とりあえず壊したら大変なので空間収納に仕舞っておこうか。




 ◇ ◇ ◇




 さて、闇帝の方は上手くやっているだろうか。

 激しい魔法戦の音は聞こえていたが、展開している光魔術のおかげでここは安全地帯と化しているので意識からほぼ外していた。


 ――見るとあまりにも闇魔法の効きが悪すぎたのか物理で殴っている。

 どうにかなるかもとは言っていたが物理攻撃のことであったか。超人薬で力も10倍になっているはずなのでとんでもない威力である。敵の闇魔法を相殺しながらよくやるものだ。


 ……それにしてもその辺の岩で殴り倒される上級悪魔というのも少し可哀想だ。もっと良い武器は無かったのだろうか。言ってくれたら殴るのにちょうど良さそうな杖を貸してやったものを。




「馬鹿なぁ! 三百年を生きるこの儂が! その辺の岩などに――」


「滅びろオラァ!」


 悪魔が体勢を崩しながら放った闇魔法は正確に強度を合わせられた闇魔法と衝突し綺麗に消滅。


 空いた間合いにメロンくらいの大きさの角張った岩を両手で掴んだ闇帝が滑り込み、茫然とする悪魔の頭部に叩き付けた。


 ……ちょうど尖ったところが当たったな。

 相手が倒すべき悪魔だからいいが、絵面としてはかなり衝撃的だ。英雄的な撃破というより犯行現場と呼ぶのが正しい気がする。


 ともあれ闇魔法を相殺できる闇帝だからこそできる攻略法であり、ただの戦士系帝ランクたちでは恐らく悪魔まで辿りつけないであろう。

 絵面はアレだが凄いことをやっているのである。


「おの……れ……」


 私が内心で謎のフォローをしている間に、確かヴァイシュという名の上級悪魔は灰となり崩れていってしまった。

 闇帝は岩をもう1度振りかぶり、間髪容れずしっかり核石も粉砕して処理する。さすが、油断の欠片もないな。


「お疲れ。倒れる前に皆と合流してしまおう」


 岩をポイっと捨てた闇帝は、背後で私が腕組みしながら観戦していたことに声を掛けられたことで気付いたのか、振り返って変な顔をする。


「……泥臭いところを見られたな」


「いやいや、最善手であろう。ぜひ語り継ぐべきだ」


「頼むからやめてくれ……」


 闇帝は一気に疲れた表情になった。

 薬の効果が切れてくる頃合いなのであろうな。




 闇帝の両手を掴んでぶら下げながら飛行。

 これなら途中で薬の効果が切れても転落事故にはならないわけだ。ちなみにおんぶは断られた。


 扉の前まで戻ったところで案の定意識を失ったので適当な大きさの布を作成して浮かせ、その上に闇帝を寝かせる。

 診察してみたがやはり魔力切れのようだ。


 しかし面白いことに火帝と違いじわじわと回復しているようである。恐らく『光属性吸収』スキルのせいで、明るい場所では回復する体になってしまったのだろう。放っておいても問題なさそうだ。


「――終わったぞ。もう入って大丈夫だ」


 部屋のボスを倒したことで開けられるようになったのだろう、普通に開けられた扉から顔を出すと水帝と拳帝は暇そうに座っており火帝は変わらず静かに寝ているようだ。


「おっ。さすが早いな。闇帝は無事か?」


「火帝と一緒の状態だ。同じく倒れる前にしっかりボスを倒していたぞ」


 拳帝は立ち上がり、火帝が寝ている布の端を掴んで引っ張りながら近寄ってくる。短時間の内に『浮いている布』の扱いに慣れてしまっているのが少し面白い。


「相性悪いのに大したもんだぜ……。あっ、腹減ったんだがバナナあるか?」


 おっと。部屋に入る前に渡しておいてやれば良かったな。

 通りやすいよう扉を広げてやりながら空間収納を開き、バナナを1房取り出した。


「これを100以上準備してある。遠慮はいらない」


「多すぎるだろ……。まぁ、助かるけどな」


 というわけでまずはバナナ休憩となった。

 多分火帝も起きたら腹が減ったと騒ぐだろうということで5本組を1房枕元に追加で置く。

 ではそろそろ次の階層に向かおうか。





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