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5

 

 ――魔王城へ斜め上空から接近する。


 外の連中は置き去りでいいとは思うが、かと言って挟み撃ちに遭うのもいただけない。ならば適度に半壊させながら突入するとしよう。


 まずは加速しながら私達の前に物理障壁を展開。

 そして頂上の尾根に居た悪魔たちを通り過ぎざまに空間ごと上下に真っ二つにする。


 ――それを切っ掛けにしたかのように城門前に居る悪魔の集団から遠距離攻撃が始まった。

 しかし高速移動する空中の遠方にそうそう当たるわけがないので、たまたま当たりそうなものだけ相殺しつつ接近を継続。


 ではこちらからも攻撃を開始しよう。


 周囲に魔力球を10個展開、魔力を押し込んで圧縮する。

 それらを風属性に変換すると毎度お馴染み雷魔術の完成である。


 完成と同時に高速で射出。並行して回避行動を続けながら次々に作成しては射出していく。

 悪魔の群れへと吸い込まれるように着弾した雷魔術たちは、広範囲に破壊をばら撒きながら激しい光の塊へと変貌を遂げていった。


「――城門の前が空いた!」


 集中的に狙ったのが功を奏し、灰となり崩れ落ちる悪魔たちの先に城門が大きく口を開けているのが見えた。

 帝王の声に反応し、すかさず大量の雷球を城門内に撃ち込む。

 門の奥は長い通路になっていたようで、弾ける雷光たちが無数の崩れ去る人影を浮かび上がらせた。


 次の瞬間、通路の奥から何かが飛び出してくる。


「ンハハハーッ! やっと来てくれたンだなぁーッ!」


 聞き覚えのある口調と声。

 どうやっているのか分からないが、頭だけを具現化させた黒いモヤが急速接近してくる。帝都に侵入してきた上級悪魔だ。物体透過どころか飛行まで出来るらしい。


 ……いや、空気も物体だから飛行という概念で移動しているわけではないのかも知れない。大声で笑いながら騒がしく接近してきている。


 順調に倒せていると思ったところにコイツか……。

 空間断裂攻撃が効かない厄介な相手である。

 恐らく物体透過が空間干渉能力に属するのだろう、『そういうのは分かっちゃう』と言っていたことであるし。


「到着して早々悪いンだけどーッ! 退場ヨロシクーッ!」


 上級悪魔の首が馬車ほども大きくなり大口を開ける。あれが私の物理障壁を突破できるかは不明だが、空間干渉能力を持っているならいささか分が悪いかも知れない。


 私は即座に大型の魔力球を6つ展開。

 6属性に変換して高速発射する。


 黒いモヤに何が効くか分からないなら全部試せばいいのだ。悪いがこの場で実験である。

 属性魔術たちは上級悪魔の喉奥に殺到し――口腔内で大爆発を起こした。


「ぼへぇぇぇ! あんまりだあぁぁぁーッ!」


 悪魔は錐揉み回転しながらあらぬ方向へ吹っ飛んでいく――。灰になっていないので倒せてはいないようだが、恐らく何れかの属性が効いたのであろう。


 私たちは突撃の勢いそのままにぽっかりと空いた城門前の空間を通り抜け城門内へ。

 そのまま城のホールへと繋がる長いトンネルを抜け、魔王城最初の部屋と目される空間に到着した。




 ◇ ◇ ◇




 ホールに集まっていた没個性な悪魔たち――恐らく下級悪魔――を雷球で一掃し、部屋の奥に着地する。

 帝ランクの皆には板から降りてもらい、板は空間収納に仕舞った。


 魔王城の最初の部屋は巨大であった。大人数での舞踏会が開けそうなほどの広大さである。

 入って来たトンネルの他には左右に通路が、そして奥の壁に設置されているダブルサーキュラー階段を上った先に、更に上へと続く階段が見えた。


 外観から予測するに階段を上っていった最上階に魔王が居ると思われる。

 左右の通路の先は居住区か何かしか無さそうな構造をしていたはずだ。


「――この上だね。みんな、行こう!」


「待ってくれ。私はここに残る」


「えっ?」


 階段を見上げて号令をかける帝王に私が水を差した。

 驚いたのか帝王は1歩踏み出した状態で停止している。


 皆を驚かせてしまったようなので理由を説明することにしよう。ついでに空間収納から完全回復薬を1本取り出して拳帝に渡しておく。

 別行動を取るなら唯一完全回復薬を持っていない拳帝にも渡しておいた方がいいのである。


「済まん、先ほどの上級悪魔が気になっていてな。アレを確実に仕留めてから後を追おうと思う」


「確かに……。アレは脅威だね。僕かポンさんしか対抗できないかも知れないくらいには」


 私は頷く。


「ああ。奴は恐らく空間干渉能力持ちだ。潜伏と奇襲に長けているだろう。できれば背中を見せたくない」


「了解。なるべく早く追いかけて来てね」


 そう言って6人は階段を上って消えていった。

 結構な段数のある階段なのだが皆軽快である。

 さすがは帝ランク保持者。鍛えているな……。


 ――さて、準備をするか。

 私は入り口のトンネルを振り返る。

 例の上級悪魔は必ずこのトンネルから来るだろう。


 妙な形状の外壁のアーチ。

 開閉される様子の無い城門。

 どこを見ても存在しない扉。

 明らかに不自然な構造であるトンネル。


 これらはここがダンジョンであることを示唆している。

 簡単に言うと『ボス部屋以外には扉がなく、最奥のボス部屋へズルして楽に到達するルートは無い構造』になっているのだ。


 ここまで露骨に徹底されたら流石に気付く。城のエントランスがトンネルというのは美的センスが無いにも程がある、というわけだ。


 そしてそれは何を意味するかというと、あの上級悪魔がやって来るルートが明白になる。

 まず間違いなく空間の歪んでいるこの魔王城型ダンジョン内では、奴も気軽に壁抜けができないはずなのである。


 あとはあの黒いモヤを攻略できれば倒せるはずだ。

 私は待ち時間を利用して罠を張る。

 空間を操り、それに長け、果てに頼り切りになっている者ならばきっと――。


「――よくもやってくれたンだなーッ! あンな節操の無い攻撃ッ! 何を考えてるンだなーッ!」


 しばらく待つとトンネルの向こう側が減光し、騒がしい異形の影がうねりながら接近してくるのが見えた。


 どうやら全属性の同時攻撃などという雑の極みの様な攻撃を受け腹に据えかねているようだ。

 悪魔に丁寧さを評価されるというのも変な気持ちだが、実際に雑だったのでそこは認めよう。


 そのまま見ていると、上級悪魔は背後にゾロゾロと弱い悪魔たちを引き連れているのが分かった。外に居た連中はあれだけ減らされてもまだ向かってくる気概があるらしい。素晴らしい敢闘精神だな。




 ◇ ◇ ◇




 悪魔たちがトンネルを抜けて大ホールへと雪崩れ込んでくる。


 先頭の上級悪魔は怒りに任せて突進――して来るかと思ったが……天井の方へと逸れた。

 先に手下の悪魔たちをけしかける算段らしい。意外と冷静である。


 だがむしろ好都合だ。できれば情報を抜きたかったので、騒がしいその他大勢が邪魔だったのだ。


 ――瞬時に大規模な雷魔術を展開。

 練り上げる暇は無かったが広範囲を灼ければ何でもいいのである。


 弱い悪魔たちが大ホールに広がったその瞬間を狙って水平に魔術を放射。何度も作り直された蜘蛛の巣のような複雑な紋様を描き稲妻が走る。


 おや、撃破できない個体がいくつか居るな。

 灰になったものが下級、耐えたものが中級といったところだろうか?


 まぁそれはどちらでもいい。狙いを付けて右腕を振ると、生き残った悪魔たちも空間ごと両断されて灰となり崩れ去った。結論として大して変わらない。


「はあぁぁーッ!? いくら何でもおかしいンだなーッ! そんなサクッと倒せるような戦力じゃないンだなーッ!?」


 上級悪魔は納得行かない様子で頭とモヤをくねらせている。静かになったことであるし声をかけてみようか。


「そこの上級悪魔。四天王の一角と見受けるが名は何という?」


「ンハハーッ! それを聞いてどうするンだなーッ?」


「どうもしない。帰還後の報告に必要なだけだ」


「なに帰る準備始めてるンだなーッ!? 帰れると思ってることに驚きなンだなーッ!?」


 むう……話が進まないな。

 悪魔相手に会話が成り立つと思わない方がいいのだろうか。だがもう少し粘ってみよう。


「先ほど『やっと来てくれた』と言っていたな? 私たちが魔界に侵入したことに気付いていたのか?」


「そんだけ感情垂れ流してたら当たり前なンだなーッ!? 悪魔何だと思ってるンだなー!?」


 ほほう。意外とまともな回答が得られた。

 つまり感情の塊が7つも侵入すればすぐに分かるというわけか。……野営地の原状回復はあまり意味が無かったようだな。


「もう1つ訊きたいのだが。――そこで余裕そうにしているのはなぜだ。もう少し焦ったらどうだ?」


 空間干渉能力に絶対の自信を持っているのだろうか。その割にはあまり大胆な攻め方をしてこないようだが。


「当たり前なンだなーッ! お前はボクを殺せないンだなーッ!」


「どういう意味だ?」


 実力うんぬんの話ではなさそうである。

 保険をかけてあるような口ぶりだが……。


「ボクを殺そうもンなら帝都が呪いで滅びる羽目になるンだなーッ! ンハハハーッ!」


 ――思い出した。

 そういえば呪いらしきものに冒された子が居たな。犯人はコイツか。


「全身に黒い紋様が浮き出る呪いのことか? 一体何人に仕込んだのだ」


 人数によっては対処の仕方を考えなければならないだろう。


「何人!? このクシャ様特製の呪いなンだなーッ! 1人で充分帝都を滅ぼせるンだなーッ! あまり舐めないで欲しいンだなーッ!」


 くるんくるんと空中を回りながら得意気にしている。

 どうやらクシャという名前らしい。四天王であるかは不明。


 ふむ……。

 呪われた子は完全回復薬で治っているはずだ。

 ――では特に問題無いな。名前も分かったことであるし倒してしまうか。




 ◇ ◇ ◇




 黒いモヤの上級悪魔ことクシャは余裕そうに天井付近を旋回している。

 私は準備を諸々整えてから空間収納を開き完全回復薬を取り出した。


「――クシャとやら。この光る薬が分かるか?」


「……それが何なンだなー?」


「帝都で全身に黒い紋様が浮かび上がる珍しい病気に罹った子どもが居てな。その子に使用した薬と同じものだ」


 すぐに私が何の件について話しているか気付いたのだろう。

 悪魔は嬉しそうに顔を歪ませると、くるりくるりと楽し気に宙を舞う。


「この薬の名は『完全回復薬』といってな。――どんな病気も呪いもたちどころに癒してしまうというものだ」


 薬の名を聞いた瞬間クシャの動きが止まる。

 その事実が何を示すのかに気付いたのだろう。


「…………はぁーッ!? いやいやありえないンだなァ!? なんでそンなもの偶々持ってるンだなーッ!?」


「持っていたものは仕方なかろう。――で、逃げなくていいのか?」


 周囲に多数の魔力球を展開。圧縮して強度を上げつつ各属性に変換していく。

 予想では光属性あたりが怪しいと思うのだがどうだろう?


 私の勧告に我が身の危うさを思い出したのだろう。クシャは硬直していた様子から一変、頭部すら黒いモヤへと姿を変えトンネルの方へと弾かれたように飛んで行く。


 ――そのモヤを属性球たちが貫いた。


 しかし何事も無かったかのようにモヤは移動を続けている模様。

 おや? 少々予測が外れたようだ。あの状態ならばこちら側の空間からの影響を完全に遮断できるようである。


 ……ということは先ほどの攻撃が効いたのは、属性うんぬんではなく具現化している頭部を狙ったからということになるわけか。ややこしい奴め。


 そのままトンネルから逃げようとする黒いモヤは、残念ながら叶わず次元の壁にぶつかってしまった。戸惑うように高速で右往左往している。


 空間に干渉する能力を持つ者はとにかく他者から優位に立てる。

 他者からの攻撃の無効化、自分の攻撃の貫通性など有利になる点が多いからである。


 しかしそれは同時に傲慢と油断を招きやすい。

 なにしろ多少不利でも簡単に逆転してきた経験が積み重なるからだ。


 ゆえに、あのように次元ごと空間を閉じてしまうと、干渉できずに戸惑う羽目になるわけだ。しっかり罠に掛かってくれたようで何より。


 あとは空間への干渉能力の勝負になるわけだが――あのモヤが視認可能なことから分かる通り、転移門が作成可能なほどの干渉力を奴は持っていない。

 つまりは隠れんぼの域を出ないのである。

 まぁ、それでも普通の人間には脅威ではあるが。


 ――次元への干渉を開始。

 上位の干渉力で空間を歪ませ、隙間に隠れていた本体を引き摺り出す。

 ダンジョン内ということで若干やりづらいが、さすがに目の前に居る者を掴むくらいは問題ない。


「な、何なンだなァーッ!? 意味がッ! 意味が分からないンだなァーッ!?」


 経験したことが無いのだろう。

 無敵と確信していた己の能力が脆くも敗北するなど。


 激しく動揺し、無様に足掻き、身を捩り。

 ――そして瞬時に細断されて悪魔は灰と崩れさった。


 溢れ落ちた核石も地面に落ちる前に両断。念入りに止めを刺しておく。これでよかろう。


 私は証拠である核石の欠片を拾い、収納に放り込むと階段の上を見上げた。


 さて、帝王たちを追いかけようか。

 先にも四天王が待っているはずだ。

 皆無事であればいいが……。




 ◇ ◇ ◇




 風属性を操り『飛行』の魔術を発動させる。

 そうそう危機に陥るような者たちではないが早めに合流するに越した事はない。少し急ごう。


 階段を上った先は石造の迷路になっていた。下の大ホールと同じくらいの規模があると仮定すると、かなり広い迷路である。


 ううむ、面倒だな……。

 ――ズルができないか試しに強度を上げた探知波を打ってみると、壁に含まれた高濃度の魔力が邪魔をするも、逆に壁が無い場所がどこなのかくらいは分かるようである。意外といけるな。


 探知の結果的に『よく分からない塊が存在』というのが恐らく階段だと思うのだが、候補が2つあるのが問題である。


 仕方ないので両方回るつもりでいこう。最初から当たりを引く気満々で行動すると大抵がっかりする羽目になるので、精神衛生上そう考えておいた方がいい。


 頭の中に展開されている地図に従って飛んでいくと5分ほどで最初の候補の場所に着いた。場所としては大体中央付近にある小部屋のようだ。


 もう小部屋の時点でハズレなのでがっかりではあるのだが、心の準備をしていた私に隙は無い。精神へのダメージは最小限である。


 それよりも、見た目小部屋であるのに『塊』であると認識されてしまった原因をちょっと調べて行こう。攻略の参考データにはなりそうだ。


 ――扉の無い小部屋を覗き込むと、入口のすぐ内側に腰ほどまでの段差がある変な部屋であった。

 この段差があるせいでここは『塊がある』という探知結果になったようだな。なるほどなるほど。


 その段差は小部屋の中央辺りで噴火したかのような穴が開いている。これは上からではなく下から破壊した穴だ。


 ということは……。この段差は元々吊り天井の罠だったのだろう。それを拳帝辺りが下から粉砕して難を逃れた、といったところか。


 拳帝は己を場違いだと評価していたが、なんだかんだで役に立っているようである。その辺りは光帝の英断とも言えるな。


 吊り天井の残骸である段差の上を通り抜け向こう側の出入り口から出る。一応これが順路というか短縮経路になっているのが性格が悪い。

 いや、ここは魔王城なのだから当たり前か……。


 更に5分ほど飛ぶと次の候補が見えてきた。

 今度はさすがに階段である。

 良かった。もしも階段ではなかったら頭を抱えねばならないところであった。危ない危ない。


 内心胸を撫で下ろしつつ次の階層へ向かうと、3層目には階段前に広めの空間が確保されているだけで足場が無く、ぽっかりと落とし穴というには大規模すぎる暗がりが広がっているだけの階層であった。


 このすぐ下に迷路があるはずなのだが不思議と底が見えないくらいに深い。完全に別空間なのだろう。


 何も無いおかげで次の階段と広場は見えているが、移動手段が飛ぶしか無いというのも変である。

 絶対に攻略できないダンジョンというものを作れる仕様ならば有り得る話だが、そういうのは禁止されていそうな気がする。


 その辺りの検証は制作側でないとできないので今は諦めるとして、私自身は飛んでいるので特に問題ない。次の階層へ向かおう。




 ◇ ◇ ◇




 飛んで穴の上を通過する。

 灯りの魔術を随行させてはいるが照らし出す対象が無いので暗いままのような感じである。

 底が見えない穴の上を飛ぶというのも落ち着かないものだな。まさか落ちた者は居るまいな……。


 試しに探知波を打ってみたが、探知可能範囲に底が無いらしく何も分からなかった。深いな。


 それよりも順路というか直線距離から外れた方向。正確に言うと左側の壁際に、壁から少しだけ張り出した小さな足場があるようだ。


 空が飛べる者が趣味で探索でもしない限りは見付けられないその足場には、小さな箱が置かれている様子である。箱……?


 ……寄り道はよくないが気になるので少しだけ見に行くとしよう。


 飛んで行ってみると、人が3名ほど寝転がれそうな広さの足場の真ん中に宝箱が置いてある。


 ――何というか、怪しい。

 まず宝箱がこんな所にあるのが不自然である。

 宝箱というのは宝を安置するための保管用具、つまり基本的に宝物庫の中にしか無いものなのだ。ここは明らかに宝物庫でも城の主人の私室でもない。


 ……まぁ、ここはダンジョン内だからな。

 不自然や不思議に関しては今更だとも言える。

 私は整合性を得る努力を諦めた。


 現実をありのままに受け入れるとなると、気になるのはその中身である。宝を得る方法が少々想定外だが、冒険者が戦利品として宝を得るのは物語によくある展開だ。

 それにこんな所に置かれているのだから中身を得たとて怒られることは無いだろう。


 早速、箱の隣の空間に降りて横から箱を開けてみる。


 ――その瞬間、鍵穴から針のようなものが射出され暗闇の底に消えていくのが見えた。


 おっと……罠が仕掛けられてあったらしい。

 次の機会があるか分からないが、次は気を付けるようにしようか。私はともかく私の周りに人が居ないとも限らないだろう。


 気を取り直して中身を見ると、中には1振りの剣が入っていた。長さからすると片手剣より短いので短剣の部類に入るだろうか?


 取り上げてみると非常に軽く、白塗りの鞘と握り、部分部分に施された銀の装飾、と女性受けしそうな仕上がりである。

 少し抜いてみると両刃の刀身が薄っすら光を発しており、特別な効果があると主張しているかのよう。

 ううむ。これは鑑定しておいた方がいいな。


「『鑑定』」


『殺魔の剣 ――柊――』

『殺魔の剣。悪魔に特別な効果を持つ。この剣に傷付けられた悪魔は1撃で大幅に弱体化する』


 ……なぜこのような危険物が悪魔の城にあるのか。

 普通は大急ぎで処分されそうなものだが……?


 意味が分からないが、考えても答えが出そうにないものは考えても仕方がない。

 とりあえず空間収納に入れておこう。


 多分フロッサ辺りはこういうのが好きそうだな。

 普段使いに向いていないのが難点だが良いお土産が出来た。


 だが、女王に見せるかどうかは要検討かも知れない。

 国宝にしたいなどと言われたら断りきれないだろう。


 見せる相手は慎重に選ぼうと心に決め、再び飛行を開始する。今度こそ階段を目指さなければ。




 ◇ ◇ ◇




 次の階層への階段がはっきりと見えてきた。

 近付いてみて気付いたのだが、階段の両脇からロープが計2本垂れ下がっているようだ。


 片方のロープに近付いて掴んでみると全く持ち上がらない。凄く頑丈で重いロープである。

 何のロープだこれは?


 鑑定してみると『魔王城ダンジョン3層、アスレチック階のロープの一部。焼失している』と出た。


 焼失……?

 つまり火帝が焼いたのか?


 ああ――分かった。

 恐らくロープを渡るアスレチックのクリアが難しかったので、皆で火帝に掴まって飛んでクリアしたのだろう。その際にうっかりロープを焼き落としてしまったに違いない。


 それ自体はいい作戦だとは思うがアレは上手く着地できるような技だっただろうか。

 どちらかというと突撃系の技だったような……。


 心配になって見回してみると、黒焦げになった皮の上着が端の方に落ちているのを見つけてしまった。一緒に中級辺りの回復薬がいくつか転がっている。


 これは……。

 火帝の噴き出す炎の影響をまともに受ける位置は拳帝が担当したのだろう。

 ついでにクッション役までやっていそうな回復量だが大丈夫だろうか。


 今回はそういう役回りだとはいえ体を張っているな……。

 早く追いついて着替えの上着を届けてやらないとである。






 ――次の階層に上ると、階段の前が丁字路になっている階だった。

 右に行くか左に行くか迷いどころである。


 先行している者たちの痕跡が何か無いか見回していると、右側から何か重いものが転がってくるような音がすることに気付く。


 危なそうなので覗き込まずに眺めていると、右の通路から左の通路へ勢いよく巨大な鉄球が転がっていった。


 ……いやはやシンプルながら驚異的な質量兵器である。石畳が砕けないことが驚きだ。

 もしかすると石ではないのかも知れないな。


 どういう仕組みなのか気になって通路を覗くと、左の方は球が飲み込まれる用の穴が開いていた。分かりやすく通行不可である。


 右の方を覗くと次の球がもうすぐ転がってくるところだった。一旦頭を引っ込めよう。


 道幅いっぱいを占拠しながら唸りを上げて通り過ぎる鉄球を眺めていて思ったのだが、この球の補充はどうなっているのだろう。

 毎度作成していたらコストが嵩張るので使い回しではなかろうか。


 試しに次に転がって来た鉄球を空間収納に落とす。

 次が転がってきたので落とす。落とす――。

 ――3個落としたところで静かになってしまった。

 意外と低コストで回していたのだな……。


 右の通路は上り坂になっていたので浮かび上がり飛んでいく。

 通路の両側に定期的に避難スペースがあるので、鉄球をやり過ごしながら少しずつ上っていく仕様だったのだろう。なんか申し訳ないな。


 一応、避難スペースで動けなくなっている者が居ないか確認しながら飛んでいくと、5分ほどで1番上に到達。階段も発見した。


 階段を上ると5階層なのだが、上った先には大きな扉が立ちふさがっていた。

 魔王の居場所にしては早すぎる気がするので、四天王でも居るのだろう。

 先ほどのクシャを四天王の一角と仮定してもあと2名居る計算である。


 さて――扉が赤熱してもうもうと陽炎が立ち上っており、正直触りたくないのだがどうしたものか……。




 ◇ ◇ ◇




 ――躊躇していても話が進まないので扉を開けることにする。

 触った端から体組織が溶けていきそうで嫌なので、大黒檀の端材から小さいブロックを切り出して両手に握り、扉に押し付けて押し開く。


 さすが最高級素材だけあって熱にも強い様子。これにも耐えるとは凄い。

 しかしそんな努力を嘲笑うように、開いた隙間からとんでもない温度の隙間風が流れ込んできた。これは絶対火帝だな、少しは加減してほしいものだ。


 急いで風属性を操って空気の壁を作り周囲の気温を強制的に下げる。

 部屋の中に入って眺めてみると、予想通りの地獄絵図であった。




 ――1階層の大ホールくらいの空間に巨大な火の玉が浮いている。

 王都の闘技場で見た火の鳥と同じくらいの規模ではあるのだが、炎が勢いよく下から上へと循環しており火の玉というより大きすぎる玉子のようである。


 そして何より色がおかしい。

 炎であるのに青白い色をしており、温度が高い炎なのか吹き付けてくる熱波が尋常ではない。


 他は全滅したのか大部屋内には敵が1体しか居らず、3階建ての建物ほどある人型悪魔が両腕をクロスし熱に耐えているのが見て取れた。


 ――他の者は無事だろうか?

 大黒檀の欠片を空間収納に放り込みつつ大部屋を見渡してみると、近くの柱の陰に1名居るのを見つけた。

 光源的に色の判別が難しいが恐らく水帝だ。水魔法で熱波を防いでいる様子ではあるが余裕があるようには見えない。


「水帝……! 大丈夫か!」


 近寄って私の魔術の効果範囲に水帝を入れる。

 周囲の気温が下がったことに気付いたのだろう、水帝は驚いたように素早く振り向いた。


「ポンさん! 追いついたのですね!」


「ああ、状況を教えてくれ」


 水帝は頷くと柱の向こうに顔を向ける。

 表情は見えないが、その仕草は火帝を案じているように見えた。


「あそこに居る大きな悪魔は四天王の1体です。シュトラと名乗っていました。私と火帝ちゃんで引き受けて帝王様たちを先に行かせたところまでは良かったのですが……」


「火帝の様子がおかしいように思えるがあれは?」


「そうなのです! あの上級悪魔が非常に手強くて……火帝ちゃんが黒い薬を取り出したと思ったらあのような――あの薬が何かご存じですか?」


 なるほど、闇帝から巻き上げた薬の使い所がここであったか。


「あれは『劣化超人薬』という火力が3倍になる薬だ。効果時間が10分のはずだが――今何分くらい経ったか分かるか?」


「5分以上は経っているはずです。……副作用はありますか?」


「鑑定結果には特に記載が無かった。だが反動で動けなくなる可能性はある」


 それを聞いた水帝は焦った様子を見せる。

 上級悪魔を前にして行動不能に陥るというのは、すなわち死を意味するからだ。


「落ち着け。効果時間が終了し次第割り込む。それまでは火帝に任せてみよう」


「ですが……!」


「――横槍を入れたら火帝は怒ると思うぞ?」


 水帝は少し思案し、拗ねる様子が簡単に想像できたのか渋々提案を受け入れた。

 それを考慮に入れなかったとしても、効果時間については闇帝が教えていたのでそろそろ仕掛ける頃合いだ。今出て行くのは少々危ない。




 ◇ ◇ ◇




 見守る私たちの視線の先で戦況が動く。

 熱に耐えていた上級悪魔が火球に近寄り始めたのだ。


 ――奴は時限式であることを知らない。このままでは何もできない内に敗北する、と勝負を焦ったのであろう。


 物語に登場する巨人のような悪魔が体の前面を焼かれながらも前進する。

 近付けば近付くほど熱くなるであろうになかなか根性がある。


 両腕を広げて掴み掛かろうとするも、頭部の防御が無くなった瞬間少し怯んだ様子を見せた。さすがに顔面を炙られるのは辛かったらしい。


 ――それを隙と見たか火帝が動く。

 2本の炎の腕を形成し、逆に掴みかかった。

 悪魔の両腕を掴んで力比べの体勢に移行する。


 ……どうやらあの炎には物理的な干渉力まであるようだ。一体どんな炎なのかと首を傾げてしまうが、エネルギーの塊であるという概念から物理変換することも不可能ではないような気もする。どちらにせよ相当な無茶だが……。


 悪魔の足元から火柱が上がる。力比べではなく動きを封じたかったようだ。

 悲痛な絶叫を上げる上級悪魔。相当苦しいらしく激しく身を捩り始めた。


 全身に火傷を負いながらも炎の腕を振りほどき、炭化したのか黒ずんだ両腕で巨大な火球を両側から鷲掴む。なりふり構わない死闘である。


 ――青白い炎が少し膨れ上がったように見えた。


 悪魔の両腕を一瞬押し返し、続いてネジを押し込むように掴まれた状態から火球がするりと抜け出す。


 青の火球は急上昇。天井すれすれを旋回し一気に大部屋の端へ。

 そこで更に大きく燃え上がる。


「紅く――!」


 勢いよく回転しながら突撃を開始する火帝。

 周囲に撒き散らされた熱と炎を急速に巻き込みながら火球ごとどんどん膨れ上がっていく。


「染まれぇぇぇ――!」


 なるほど。ずっと動かず火球を維持していたのは、周囲の温度を上げ続けることでこの技の威力を可能な限り増大させるためであったらしい。

 そのせいで水帝はだいぶ迷惑だったようだが……その辺りも考慮してほしいものである。


 全身を損傷した悪魔はもはや抗う術を持たない。

 巨大な青白い光球と化した火帝は悪魔の体を端から蒸発させていき、灰と化して残った核石さえもそのまま粉砕してのけた。


 ちなみに光源が青いので紅く染まってはいない。多分火帝独特の決め台詞か何かなのであろうな……。私も何か考えておこうか。


「火帝ちゃん……!」


 薬の効果時間が切れたのか急速に炎が霧散していく。

 技の発動に消費されて周囲の熱も一気に引いたようだ。


 火帝はと見ると、萎んでいく火球と共に地面に降下していきそのままパタリと倒れ込んでしまった。水帝が慌てて走り出す。


 おっと……やはり反動が大きいようだ。

 大きな力を放出するぶん消耗が激しいだろうとは思っていたが、帝ランク保持者でも耐えきれないほどの反動らしい。


 あれは劣化版特有の現象かも知れないし、逆に劣化版ではない超人薬だともっと反動が大きいかも知れない。エイラやフロッサに与えるならその辺りを検証してからの方が良さそうである。


 まぁ、今は頑張った火帝を癒すのが先だな。




 ◇ ◇ ◇




「ポンさん。何か着るものを持っておられませんか?」


 火帝のもとに歩いていくと、先に到着していた水帝からそう声をかけられた。


 見ると、いつも着ている赤い外套は焼失したのかぴったりと全身を覆うタイプのインナーだけの姿になっている。内側に耐熱性の高いものを着ていたようだな。確かにこうも正体が顕わになった状態のまま放置するのは可哀想か。


 私は魔力を物理変換し、手早く火帝がいつも着ている赤い外套を作成した。


「変声機能はついていないが形だけ似せて作ってみた。これでどうだ?」


「充分――むしろ期待以上です。ありがとうございます」


 早速、運搬の魔術で火帝の体を浮かせ水帝の着付けを補助してやる。

 ぐったりと寝転んだ人間に服を着せるのは難しいものだ。


「火帝の性別に驚かないのだな?」


「……今さらですし。でも想像していたより可愛いお顔でしたね」


 言われてみれば短い金髪の似合う小顔の少女だったような。

 確かにあれほど荒々しい炎を操る魔法使いにしては厳つさが足りない顔つきだったとは思う。


「火帝が女性であることを私が知っていると、火帝は把握している。もし困るようなら服を着せたのは私だと言えばいい」


 水帝は首を傾げた。

 しかしすぐに頭を振り否定する。


「いえいえ。いい機会ですから、私も火帝ちゃんの正体を知っている組の仲間入りをさせてもらおうと思います。気を使わなくて済むようになりますし」


 ああ、それは確かにいいかも知れない。

 本人が隠したがっているなら、それに協力しやすくなるということでもある。


「その辺りは任せる。それより――これからどうする? 私は帝王たちを追って先に進むが、一緒に運んでやろうか? それともここに残るか?」


「連れて行くのはポンさんの負担になりません?」


 私は大きな布を取り出して布団のように広げ、運搬の魔術で宙に浮かせた。


「これで運ぶから大丈夫だ。負担としては大して変わらないので気にしなくていい」


「乗り心地良さそうですね……。ここに居ると危ないかも知れませんし、お願いしても?」


「もちろんだ。これに火帝を積んでしまおう」


「あっ。先に治療を――」


 水帝は慌ただしく完全回復薬の小瓶を取り出した。

 しかし私は蓋を開けようとする動きを制止する。


「待て。外傷が無いなら必要ないかも知れん。まずは私が診察してみよう」


 未だ浮いたままの火帝の肩に触れ、魔力を浸透させて診察を開始。――終了。


 診たところ残念ながら筋肉痛にはなりそうだが、目立った内部損傷の方は無い。


「魔力枯渇だけだな。少し補充してやれば問題なかろう」


 火帝の魔力に波長を合わせ、火球10発分くらいの魔力を補充してやる。あとは勝手に回復するはずだ。


「しばらくしたら目を覚ます。もしも筋肉痛を訴えるようなら中級回復薬を飲ませるといい」


 2人を布に載せ、空間収納から中級回復薬を取り出して水帝に渡しておいた。


 では落ち着いたところで帝王たちを追いかけよう。

 1階層の時からするとかなり追い付いているはずだ。

 もしかすると少し移動すれば背中が見えるかも知れない。





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