4
――茫漠とした灰色の荒野が広がっている。
少し低い気温と薄暗い空。
まばらに生えた植物たち。
魔界とはそんな世界であった。
イメージ通りすぎる不毛の大地なのだが、悪魔の餌は感情とのことなので食料難の心配は要らないのかも知れない。……建築資材には困りそうだな。
――あれから戻ってきた里の長に仰天されてしまった。
里の者にとって儀式に必要な魔力量は膨大で、その大部分は村人が交代で休み休み魔力供給をするための時間だったらしい。
第2段階の『門』の起動と第3段階の安定化は1時間ほどで完了し、あとは別の部屋に帰りの分の魔力石を積んでおいて再度の儀式のために石舞台に魔力供給しておけば特に問題無かった。
極端な話、『門』に直接必要な魔力量を叩き込めば同じことができそうな感じではあった。
それが解析結果というのは申し訳ないので、帰るまでに『門』の複製と設計図を用意して渡すようにしよう。
腐食耐性のある金属で作ってやれば小型化も可能である。魔力の伝導率を上げてやれば省力化もできそうだ。石舞台の代わりに魔力石から魔力を供給する装置も付けてしまえば完璧であろう。
『門』の起動に感謝を述べ、礼に大きな酒樽を在庫の5つ全て進呈し、皆で『門』を通ってきたというわけだ。
儀式より何より酒樽を1番喜んでいたな。中身が葡萄酒であることは伝えたのだが、別に全く構わないそうだ。色々な意味で寛容な者たちである。
「出迎えの悪魔は居ないようだな……」
闇帝が先頭で腕組みをする。
彼はこういう時に先鋒や斥候の役割を担うことが多いようだ。
しかし隠密的な意味合いではなく殴り込みや一番槍といった『場を引っ掻き回す』方の意味合いの先鋒役らしい。
「悪魔に情報が流れてまだ数時間だからね。さすがに集まりが悪いんじゃないかな?」
帝王が言うように予定時刻の2日前から出待ちする熱心な悪魔は居なかったらしい。まぁ当たり前か。
――振り返ると『門』が役割を終えて空間の接続を切断するところであった。これからあちらは再封印の手順に入るのであろうが、こちら側からはよく分からない。後には浅い洞窟の入口が残されている。
ここが帰り道か……目印に片手剣を洞窟内に突き立てておこう。こうしておけば相対的な座標程度なら分かるようになる。
「帝王様。どの方角を目指しましょう?」
光帝の問いに帝王は少し考え込む様子を見せた。
知らない土地なのだから考えても仕方ない。
あれはきっと探知か何かを行なっているのだろう。
「なんとなくだけど――あちらを目指そう」
そう言って左前方を指した。
確かにほんの僅かだが空気中の魔力濃度が高い方角である。
気圧や風向きによるものかも知れないのだが、手掛かりが無い状況では最も有力なのだ。
さすが私の探知波を察知して、逆に私の居る位置に転移してくるほどの魔力感度である。
魔力生命体ならぬ人の身でよくもそこまでの能力を持ったものだ。
「承知した。――では転移門を展開しながら進むので私の後について来てくれ」
私は目視可能な距離の先とすぐそこを転移門で繋いで進む。
少し6人の戸惑いを感じながら全員が転移門を通るのを確認して転移門を解除。
また少し魔力濃度の高い方を眺めて転移門を展開する。
「――ポンさん。僕がやりましょうか?」
帝王が申し出てくるが、ここは断ろう。
「帝王の力を温存するために私が呼ばれたのだ。このような雑用で消耗している場合ではあるまい?」
「ですが……」
「私にとっては歩くのとそう変わらない。気遣いは無用だ。――それより景色を観察して野営地の選定でもしていてくれ」
悪魔から『門』を守るプロセスが必要無くなってしまったので、ここからは自由日程である。
つまり急ぐ必要が無いのだ。
しかも彼らはずっと歩きなので疲れ始めている者も居るだろう。野営は挟んだ方がいい。
◇ ◇ ◇
――目視できる遠方に転移門を繋ぎ、距離を稼ぎながら進むこと2時間ほど。辺りが薄暗くなってきた。
いや、元々薄暗かったのが本格的に暗くなってきたと表現すべきだな。
「――ポンさん。あちらの岩場の一部が洞窟のようになっています。あそこにしましょう」
次の転移門の設置場所を探して前方を眺めていると背後から帝王に呼ばれた。良い野営地が見つかったようだ。
確かに暗くなる前に寝床の準備を終えた方がいいだろう。行動の方針を切り替えようか。
言われた岩場を見ると、巨大な1枚岩の根元に深い穴が空いているのが分かる。
……洞窟ではなく何かが勢いよく衝突した跡のように見えるな。
早速その位置に転移門を繋いで皆で移動。
手分けして危険が無いか調べてみたが、どうやら穴が空いたのはかなり昔の出来事だったようで特に待ち伏せも罠も無かった。
問題なく野営地として使えそうなので洞窟内に転がっている岩たちを空間収納に落として整地しておくとしよう。
岩場の周囲を土属性の魔術で壁を作成して囲う。
これで火を使っても明かりが漏れないのだ。壁の上部を少し内側に傾けるのがコツである。
帝王はその間に壁の外に簡易トイレと壁を設置してきたようだ。
私は引き続き簡素な煮炊き用のかまどを作成し、近くにテーブルと椅子を土から立ち上げて硬質化させる。だがこれでは座り心地があまり良くないので、魔力の物質化を利用し薄手のクッションを作成して椅子に設置した。
帝王はその間に洞窟へマットレスを敷きに行き、洞窟の入口に布をかけ、男性向けのテントをいくつか空間収納から取り出して設置していた。
「なんか凄い勢いで快適空間が展開されていってて頭がついていかないんだが……」
拳帝が両手を遣り場なく中途半端に持ち上げながら困った顔でぼやいている。
恐らく手伝おうにも手の出しようがないのだろう。
「帝王様と行動すると野営が快適なのはいつもの事なのだけど――今回はそれが倍のようね」
光帝が軽く腕を組み、そして悩ましげに左手をフードの上から頬に当てた。
私は空間収納から籠を取り出してテーブルに並べると、3つの籠にパンを数個ずつ載せていく。
余った籠には果物を数種類置き、果実水の小樽と人数分のカップを用意してセット完了である。
帝王は私の作ったかまどに薪を敷いて点火。
載せた金網の上に空間収納から取り出した寸胴鍋を設置してスープを温め始める。
予め温かい食事を仕込んで収納しておいたらしい。
むむむ……やるな……!
「別に張り合わなくていいからな? 数日くらいは水と干し肉とかで俺は全然問題ないぞ」
なるほどな……。
パンの籠らの隙間に干し肉を追加で詰めておく。
「いや干し肉を催促したわけではないぞ?」
拳帝は急に疲れたような表情になる。
なんだ。実は干し肉大好き人間なのかと思ったら違ったのか。
「――もうちょっと固い方が好みだけど、なかなかの味わいだな……。何の肉だコレ?」
「火帝ちゃん。戴き物に文句を言ってはいけませんよ。――あら、このバナナも美味しいわねぇ」
いつの間にか火帝と水帝がテーブルについていた。
「ちゃん付けで呼ぶな!」「あらあら」と早速談笑している。適応力が高いようだ。
光帝と拳帝は顔を見合わせると、現実をありのままに受け入れることにしたのか大人しく席に座った。
闇帝もスッと何事も無く座り、帝王も元々温めてあったのか湯気の立ち上る寸胴鍋を持って来て配膳を始め、無事食卓が完成である。
うむ。休める時はしっかり休んでほしい。
特にこの先、激しい戦いが予想されるのだから。
◇ ◇ ◇
食事を終えると夜番の順番決めが始まった。
どうせ私が夜通し起きているので別に私に丸投げでも良かったのだが、そういうわけにもいかないとのことである。律儀なことだ。
厳正なる光帝采配により、まずは火帝と水帝が夜10時頃まで私と一緒に夜番となった。
他の者たちは休むためにテントや洞窟内へと消えていく。
私は拳帝が消えたテント内に空間収納の出口を出現させ、酒瓶を1本と干し肉を数枚落としてやった。
後は勝手にやるだろう。
「――ポンさん」
「……何だ?」
気付かれただろうか。
内心の動揺を隠しつつ振り返る。
露見したところで怒られるのは拳帝なのだが、私も共犯といえなくもないのであまりバレて欲しくないところである。
「慌ただしくて自己紹介がまだでしたね……。本名は明かせませんが、私はランク11 ――水帝の称号をいただいている者でございます」
なんだ自己紹介か。魔力代謝が止まるような気持ちになった……。
「丁寧に済まないな。私はポン。この世界に喚ばれ、面白そうだったので使い魔をやっている別の世界の魔物――魔力生命体だ」
「面白そうだったからやってんのか……」
火帝がバナナを剥く手を止め呆れたような声を出した。さては目の前にあるとついつい食べてしまうタイプだな。殻を剥くタイプのナッツも置いてみよう。
「主人が在学中ということもあり、割と自由にやらせてもらっている。異世界は刺激が多くてなかなか楽しいぞ」
「そういう感じの生活なのですね。――魔力生命体というのが上手く想像できないのですが……詳しく聞いても大丈夫ですか?」
「構わない。――私は吸魔と呼ばれる魔物でな。魔力を吸収することで力を増し、寿命を延ばすという魔物だ。逆に魔力が尽きれば消滅するし、魔力が得られる環境ならば永遠を生きる」
「永遠……⁉︎」
「もしかして依存するのは魔力だけなのですか?」
「魔力だけだな。物理現象は私に何の影響も及ぼさない。睡眠の必要が無いのもその1つだ」
「ほぉー。物理が無効ねぇ……ムグムグ――んん? もしかして闘技場の時って……!」
おっ。火帝が気付いたな。
私はニヤリと口角を上げてやる。
「そうだ。斧帝までの試合はほぼ茶番だった。もちろん魔力の込もった攻撃なら私にダメージを与えることが出来るのだがな。あのような場では彼らもそこまで本気を出さないであろう?」
「やたら大きな武器使ってアイツ遊んでやがんのかと思ってたら、本当に遊んでたのかよ……」
「火帝との試合は本気でやったぞ?」
「当たり前だ……! アレが遊びでたまるか……」
「ふふっ。火帝ちゃん『絶対リベンジしてやる!』って燃えてましたねぇ」
「ちゃん付けすんなし……! あっ、最後のアレって結局どういう攻撃だったんだ? 光ってるわ硬いわで意味分かんない内に負けてすげぇ悔しかったんだけど」
「それ本人に聞いちゃうの……?」
「簡単に説明すると、ただの魔力の放出だ。だが放出の勢いが強すぎて魔力濃度が高くなりすぎると、あのように発光現象が起きる」
「答えちゃうんですね……」
「マジかよ。勢い任せのゴリ押しじゃんか」
「正確に伝わったようで何より」
「俺の火が吹き散らされたからどんな仕組みかと思ってたらそういう事かよ……。絶対どうにか攻略してやる」
攻略されてはたまらないのだが……。
まぁ、アレはシンプルであるが故に弱点が無い。そう簡単には無理であろうな。
悔しがる火帝を宥めながら夜は更けていく。
結局交代の時間までにナッツが1皿消えた。
◇ ◇ ◇
火帝と水帝が次の者を起こしに向かう。
最初は闇帝と拳帝が最初の時間帯を担当しようかという話だったのだが、交代の際に女性を起こしに行く勇気が無いとのことで彼らの順番は最後に回されたという経緯がある。気持ちは分からんでもない。
――しばらくすると帝王と光帝がやってきた。
野営の時間帯ですら一緒に居たいとは……大した忠誠心である。
まだ寝足りないのか2人とも少しフラフラしている。夜番は真ん中が一番つらいと聞くが本当のようだな。
私は空中に水球を生成すると温度を上げ、小分けの茶葉を空間収納から取り出して投入する。
そのまま空中でグルグルと撹拌して茶葉をサッと煮出すと、空中のまま液体と茶葉を分離し茶葉の方は空間収納へ。完成したお茶の方は片手間に作成したポットへと流し込んだ。
「――珍しい淹れ方をしますね……」
帝王は少し呆れているようだ。道具を使わなすぎたことで面倒臭がりと思われてしまったのかも知れない。
「回復薬を作成する時はいつもこうだな。どうやらお茶も問題なく作れるようだ」
それを聞いた光帝は頭痛を我慢するような仕草をする。
「初めて試したんですか……。ですがせっかくのご厚意です。いただきましょう」
2人ともテーブルにつき湯気の立ち上るポットから自分のコップに注いで飲み始めた。特に苦情が出ないので上手く作れたようである。目が覚めただろうか。
「そうだ。言おうと思っていたのだが、私に対して丁寧な口調は必要ない。別に偉い身分ではないし、お客様気分でもないのでな」
「――手伝っていただいてますので……」
「そこだ。私としては主人の安全を守るために必要な仕事だと認識している。私からしてみれば魔王討伐の道案内を得たようなものなのだ。当事者の1人として扱って構わないぞ」
「まるで単独でも可能なような物言いですね?」
光帝は少し不思議そうに言う。
「可能かも知れないぞ? 単独で行なうのは楽しくないであろうがな……」
「――楽しいかどうかが考慮に入るんだね?」
早速帝王は言葉を崩したようだ。
実際問題、口調が丁寧だと咄嗟の指示が遅延する可能性がある。
ここは今の内に崩しておくのが正解である。
「もちろんだ。世界最強たちと共に、世界の境界を越えて魔王討伐の旅へ。――まるで物語の主人公になったかのようであろう? それに比べて単独で黙々と悪魔の相手をするなど想像するだに楽しくなさそうだ……」
帝王は驚いたのか少し固まったあと楽しそうに笑う。
「――あはは! それは分かるかも! こうして一緒に戦える仲間が居るというのは、実はありがたいことだったんだね……!」
「帝王様……」
「そっか……。楽しい――楽しいか……」
フードの中の暗がりがコップの湯気を見つめている。
恐らくこれまでの彼の戦いは楽しさと無縁だったに違いない。
例え周囲に仲間が居たとしても彼について行ける者などいない頂点。
常に義務と重責に彩られた孤独な玉座を独り守り続ける日々だったであろう。
「――うん。改めてよろしくね、ポンさん」
「うむ。存分に頼るといい」
私は大きく頷いた。
「――でもそれだと不思議なんだけど。リステリアに支払ったあのお金は何だったの?」
あっ。マズい……!
さすが帝王。頭が回るな。
よし、無理矢理協力させられたかのような顔をしておこう。
「私が凱旋したらあの金で祝賀会を開く、と女王は言っていたな」
帝王は椅子に座ったまま仰け反る。
「くっ、やられた……! 本当にあの女王は油断も隙もない……!」
祝賀会に供される予定である黄緑色のブドウを出して機嫌を取りつつ野営の時間は過ぎていく。
◇ ◇ ◇
そろそろ時間だと帝王が言うので拳帝を起こしに行く。
私は時計を持っていないが時刻が分からないのはこういう時不便だな……。
男を起こしに行くからと光帝は寝床に帰し、帝王に闇帝を任せて私は拳帝を担当した形だがもちろん理由がある。
拳帝が寝ているテントを開けると当たり前だが酒臭かった。やはりな……。
「拳帝、起きろ。交代の時間だぞ」
転がっている酒瓶を空間収納に回収しつつ拳帝を起こす。
頬を何度か叩いてやっと覚醒してくれた。少々熟睡しすぎではなかろうか。
テーブルに戻って彼らにも茶を作ってやり提供する。
少し手慣れてきたかも知れないな。
研究する価値はあるかも知れないが、私は味音痴なので成果が良く分からないのが難点である。
「ん――? 闇帝ちょっと緊張してないか?」
「分かるか……」
拳帝は闇帝のちょっとした違いに気付いたらしい。
出された茶を飲みながら目を向けた闇帝の様子は、彼がよく知るいつもの闇帝とは違ったのだろう。
確かに闇帝は魔法職系帝ランクにしては珍しくフードを被らず素顔を晒してはいるが、いつも無表情か眉間に皺を寄せているかのどちらかなので機嫌の良し悪しはよく分からないのだ。よく気付いたな。
「珍しいな? 闇帝はいつも淡々と仕事してるイメージだったんだが。別にコレが怖いわけではないんだろ?」
おい指を差すな……。
「確かに俺はソレに1度敗北したが、互いの使命の果てに衝突した結果だ。悔いも遺恨も無い」
ソレとは……。本当に欠片も遺恨が無さそうだな。
「ではやはり悪魔か。だが闇帝って確かけっこう強くなかったか? 緊張するほどではないだろ」
拳帝の言葉を受け、闇帝の眉間の皺が深くなる。
「……今回は相手が悪いのだ。悪魔に闇属性は効きが悪い。少なくとも即死効果は望めないだろう」
……そうなのか。悪魔というくらいだから闇への親和性が高いのかも知れない。有り得る話だ。
だが水の魔獣には水魔法が全く効かないかというとそんなことはなく質量分の衝撃ダメージ自体は与えられるように、闇魔法も全く効果が見込めないわけではない。
「なるほどな。相性による火力不足を懸念していると。――ならばコレだ」
私は空間収納を開き大きな黒い果実を取り出した。
「見た目は大きな柿だが黒いな。何の実だそれ」
拳帝が訝しげに目を細める。心配しなくてもこの場面で美味しいものを取り出すほど美食家ではない。
「大黒檀の実だ。『超人薬』という魔法薬の素材になるらしい。今の話を聞いてちょっと作ってみようという気になってな」
「魔法薬で火力アップってことか?」
「そういうことだ」
私は頷くと早速作業に入る。
まずは全体を粉砕し以下略。真っ黒な薬が3本出来た。
「『鑑定』」
『劣化超人薬』
――超人薬の劣化版。作業手順に不備があり品質が劣化している。一時的に力、耐久力、魔力を3倍にすることができる。効果時間10分――。
なかなか尖った性能の薬ができた。
やはり全体を粉砕すると劣化版ができるらしい。
そういえばセンスが無いとか言われたな……。
大黒檀の実をもう1個取り出し、次は皮と果肉と種に分けて以下略。黒い薬と黒い薬とほんのり光る白い薬が出来た。これは種が正解のようだ。
『超人薬』
――超人となる薬。一時的に全ての能力を10倍にする。効果時間1時間――。
出来上がった4本の薬を闇帝に渡す。
ちなみに皮と果肉から出来たのはジュースだった。
効果を説明すると闇帝は目を見開く。
「――それは凄まじい性能だな。いいのか?」
「もちろんだ。協力は惜しまないぞ」
「……感謝する」
小瓶を持ち上げ思案する闇帝。
――さて、あと10本ほど作っておくか。
◇ ◇ ◇
「おっ――そろそろ明るくなるな……」
やる事もなく暇つぶしに柔軟運動をしていた拳帝が空を見上げて呟いた。
「そういえば朝食って何か用意してるのか?」
水と干し肉でも出してやろうか。
……いや、恐らくただの純粋な質問なので意地悪せずに回答しておこう。
「私が用意できるのは果物、パン、干し肉、生卵、砂糖、塩、小麦粉、香辛料セットといったところだな。あとナッツ類が数種類あったはずだ。飲み物は水とお茶と果実水が用意できる」
「修行中みたいな品目だな……」
ちょっとよく分からないが、恐らく彩りに欠けるとか味気ないとかそういうニュアンスだろう。
「バナナでも出そうかと思っていたぞ?」
そのために『樹魔の楽園』まで行ったくらいだ。
「まぁそれでもいいとは思うが、毎日だとキツいかも知れんなぁ……。よし、玉子がある内は俺が適当に何か焼いてやるよ。フライパンとフライ返しあるか?」
無かったのでその場で作成する。デザインは家でメリルが使っていた物と同一である。
玉子を1籠出して、香辛料セットも出した。
「おっ、香辛料セットってのはコレか。――塩は無いのか? うお。大袋かよ……」
塩の大袋を取り出したら驚かれてしまった。
うむ。私も大きいと思う。
適当に小瓶を作成し、大袋から塩を掬って渡す。
これならだいぶ使い勝手がいいはずだ。
「拳帝は料理ができるのか?」
「ん? いや別に普通だ。自慢できるような腕をしてるわけじゃない。砂糖もくれ――うわ砂糖も大袋か」
塩と同じく砂糖も小瓶に詰めて渡す。
ボウルとかき混ぜる用の棒が欲しいと言うので追加で作成して渡した。
む? 2本なら2本と言ってくれ……。
簡易のかまどに火球を固定し熱源とする。
爆発はしないようにしてあるので安心するように。
「おっ。コレ意外といいな。火力が安定してて使いやすいぞ」
拳帝はボウルに玉子を割っていき、溶いて砂糖と塩をサッサッと加えて混ぜると、熱したフライパンに流し入れて加熱する。
そのまま器用によく分からない動きで形を整えていき、気付いた時には1人分のプレーンオムレツが出来ていた。
空間収納から皿を出してオムレツを受け止め、オムレツはそのまま空間収納へと格納する。
こうした上で時間を止めてやれば焼きたてを提供できるわけだ。
「上手いものだな……。感心したぞ」
「い、いや別に普通だろこのくらい。――それより油とか持ってないか? ――無いのか。仕方ない。頑張って焼くわ」
聞くと油をフライパンに敷かないと、玉子がフライパンに張り付いて焦げるのだそうな。
戻ったら探して買い求めておかねば……。
拳帝は次々とちょっと焦げたオムレツを仕上げていき私以外の全員分を作り終えた。
「玉子って在庫あとどのくらいだ?」
「あと7籠ある」
「そんなにあるのか。毎日焼いても大丈夫だな」
それ以外に大きなパンを薄めにスライスして食卓の中央へ。
聞くと、このタイプのパンはこうやって食べやすくしてから提供するのが普通らしい。
間違っても女性に丸々1本手渡すような代物では無かったようだ。ヒルダには悪いことをしたな……。
次に拳帝プロデュースにより桃を取り出して皮を剥き、カットしておく。
あとは皆が起きてくるのを待つだけだな。
見上げると空から星が見えなくなっており、朝が近いことを報せてくれていた。
◇ ◇ ◇
起き出してきた皆が朝食を終えたのを見計らって野営地を元に戻しておく。
特に火を使った痕跡は地中に埋め込んで始末した。
ここが魔界でなければ野営の痕跡があっても野営しやすい場所が他の者にも分かりやすいだけで特に問題ないのだが、ここが魔界である以上私たちの痕跡は無ければ無い方がいい。
「では出発するか」
「はぁ……転移門を使うとはいえ、今日は1日中歩くのですね……」
準備が整ったので先頭を行こうとすると、水帝が悲しそうな声を出す。
確かに、魔法職に強行軍は厳しいか。
魔王の本拠地に辿り着いたとて、疲労困憊では意味が無いだろう。
「私の魔術で空を行くか?」
「――それは目立つんじゃないかな?」
「地面の近くを低く飛べばいいんじゃないか?」
「俺は体力温存を優先すべきだと思う」
「うーん……。じゃあ凄く目立つようなら中止するけど、とりあえず試してみようか」
帝王の許可が出たので空間収納から大黒檀の端材を取り出して長い板を切り出す。
ヒルダ達に使用した長い布では微妙に長さが足りないだろう。
「おう……なんか高級品が無造作に出てきて雑にカットされた気がしたんだが……」
「気にするな。気にしたら負けだ」
拳帝と闇帝が仲良く会話する横で残った端材を空間収納に戻した。
板に運搬の魔術を施して低空に固定する。
そして皆に横座りしてもらって準備完了である。
板の端を掴み、全員まとめて風属性の『飛行』の魔術の効果を波及させた。
魔力濃度が高い方角は――あちらか。
低空を滑るように動き出し、徐々に加速。
進行方向に転移門を展開、肩に担いだ板ごと転移門に突っ込み視界の最遠、地平線の辺りまで一気に移動する。
高速で移動を続けながら転移門の先で探知を展開。
再び魔力濃度が高い方角へ微調整を入れながら次の転移門を展開し通過を繰り返した。
30回ほど行なったところで静止が掛かる。
「――ポンさん! 一旦休憩入れましょう!」
帝王の声が聞こえたので減速を開始。
平らな場所を探して着地し、皆の足がつく高さまで板の高度を下げ、飛行の魔術による身体の固定を解除した。
……どうやら何名か酔ったようだな。
普段から激しく動いている帝王と火帝と闇帝は平気そうだが、光帝と水帝と拳帝は板からフラフラと降りて座り込んでしまった。
拳帝はもしかしたら二日酔いかも知れない。
「――ちょっと速すぎたかも知れないね」
「申し訳ありません……足元がぶつからないか気になって見ていたら気分が……」
「なるほどなー。そういう時はなるべく遠くを見るといいぜ」
「まだ足の下がフワフワするような気がします……」
へたり込んでいる光帝に火帝がアドバイスしている。水帝も回復までしばらくかかりそうだ。
休憩して協議した結果、速度が速すぎたのが反省点という結論になったので、人が歩くくらいの速さで再開することになった。
帝王が懸念していた『目立つかどうか』という件に関しては、もし発見されても次の瞬間には地平線の辺りに移動するのであればもはや関係ないのでは?
という結論に落ち着いた。
では今日1日皆で迷子といこうか。
特に時間制限が無くて良かった。
◇ ◇ ◇
――丸1日怪しい方角に向かい続けてまた暗くなってきた。
結構な距離を移動し続けているはずだが一向に城どころか町や村なども出現しない。
野営の準備を終えた夕食の席でそのまま作戦会議となった。
「――全然見つからないね……ちょっと想定外だ」
「魔王どころか町すらありません……」
帝王と光帝が並んで頭を抱えている。仲が良いな。
そこに拳帝が手を上げ帝王と議論を始めた。
「ちょっと思ったんだが、そもそも悪魔の町って存在するのか?」
「どういう意味?」
「いやな、悪魔が社会生活を営んでいる姿が想像できなくてだな……」
「ええ……でも悪魔がみんなその辺の地べたでゴロ寝生活っていうのも変じゃない……?」
「それはそうなんだが、家賃を払う悪魔とかゴミ出しの日を守る悪魔とかも想像できないだろ?」
「それは分かるけど……うーん。悪魔について何か根本的な勘違いをしている気がしてきた……」
あっさり行き詰まった議論に2人は唸る。
「ポンはどう思う?」
議論の行く末を静観していた闇帝から水を向けられた。彼は呼び捨て派のようだな。
「――私か。今日1日景色を眺めていて気付いたことはある」
「なんだ?」
「ここ魔界には『道』が無い。ひたすら荒野だ」
「それが?」
「思うに魔界には物流というものが無いのだろう」
人間などは逆に物流のために道を作る生き物だが、普通は重い物や大量の荷物を移動させ道ができる。
魔界にはそれが無いのだ。
「私の仮説としては、一極集中型の拠点がどこかにあり、他との交流や交易を行なっていないと見ている」
「……自給自足できる砦みたいなものか?」
「例えるなら、どちらかと言うとダンジョンだな」
「ダンジョン? それらしい岩は見当たらなかったが……」
私は頭を振る。
「それは固定観念だな。ここは魔界だ。――魔王仕様の城型ダンジョンがあっても私は驚かない」
闇帝は唸ってしまう。
可能性を否定する材料が無かったのだろう。
まぁ肯定する材料も無いので困っているわけだが。
食後のバナナに手を伸ばしていた火帝が不思議そうに口を開いた。
今朝方、火帝が闇帝から劣化超人薬を1本巻き上げているのを目撃してしまったので、内心彼女とはあまり関わりたくない。火力3倍を受け止めるのは勘弁願いたいところだ。
「けどさ。結構見て回ったのに城なんて全然無かったよな?」
「そこなのだ。魔王というと城のイメージだが、この分だと地下迷宮の最奥に鎮座していると考えた方がまだ納得だ」
「地下に隠れてるんじゃ目で探すのは無理だなー」
そう呟いたあと、火帝は何かを思い出したのか顔を水帝に向ける。
「――そういや水帝。お前占いができたよな? 魔王がどこに居るか占ってくれよ」
水帝は困ったように左手をフードの上から頬に当てた。
「構いませんが、占いというのは必ず当たるようなものではありませんよ?」
「別にそれでいいんじゃね? 手掛かりが何にも無いなら取っ掛かりくらいにはなんだろ」
「まぁ……それでよいのでしたら」
全幅の信頼を寄せられても逆に困るのだろう。水帝はあまり気が進まなそうだが、仕方なく帝王に頼んで荷物から小道具を取り出してもらっていた。
持って来てはいるのだな……。
◇ ◇ ◇
「では、始めます」
水帝は底が平らな水盆に水を満たすと、そのまま操り渦を巻かせ始めた。
そして取り出した小瓶から玉を7つ取り出して水盆に投入する。
玉の数が私たちの人数と一緒なので、もしかすると全体ではなく個別の占い結果なども出るのかも知れない。少し楽しみである。
玉が投入された直後に渦が止まる。
ずっと回し続けたら全部の玉が中心に集まるだけの結果になってしまうので当たり前か……。
玉たちは結構重たいらしく底にスッと沈んで思い思いに少しずつ動いた後完全に停止した。
「まずは全体運から見ましょう。――吉方は南西、凶方は北西と出てますね」
「……南西ってどっちだ?」
「方角で言われてもな」
「結果が方角で出るんですもの……」
拳帝と闇帝が揃って首を傾げるが、水帝にも分からないらしく困っている様子。
「――ポンさんは方角把握してない?」
帝王から質問されたので真面目に考察しよう。
確かに移動を担当していた私が1番把握している可能性が高い。
片手剣を突き刺してきた『門』の相対位置を計測し私の感覚と比較してみる。
「夜明けに明るくなる方を東と仮定すると、南西はあちらだ。しかし、帰るための『門』もあちらだ」
「えっ……。それって『帰れ』ってことにならない?」
「占いには詳しくないが恐らく。――と、なると。魔王が居るのは北西か?」
「――消去法だとそうなるね。不吉だなぁ……」
帝王と2人で唸っていると水帝が少し焦った様子でフォローしてくる。
「いえいえ、占いは未来予知とは違いますからね。『良いものがある方角』とか『悪いものがある方角』という受け取り方もできます」
「ああ……それなら納得かも」
確かに帰り道はとても大事で良いものである。
吉方なのは間違いないな。
「他に何か、個別の結果は出ていませんか?」
光帝も私と同じ予測をしたようだ。
投入された玉の数が7つなのは偶然だろうか。
「ええと……細かく見ていきますね。少々お待ちください――。あっ、これは……。いやでもこっちがこう出てるからギリギリ……。ええっ、こっちも……?」
なにやら不穏な独り言が始まった。
しばらく待つと水帝は納得したように頷く。
「はい。結果が出ました。『何名か命の危険がある』という辺りですね」
「て、帝王様は無事なんでしょうね!?」
「ひゃ! 極端な相が出ておりませんので! 死者が出るほどではないかなと!」
光帝が水帝にぐいぐい迫っている。
帝王が心配なのは分かるが、そこに居る無事な本人が居心地悪そうにしているぞ……。
さすがに見かねた拳帝が止めに入った。
「落ち着け光帝。命の危険があるのは最初からだ。今に始まった話じゃない」
「――はっ! ……言われてみればそうですね。――おほん。では北西でしたか? 明日はそちらを目指すということでいいですね?」
両肩を掴んでいた水帝を解放し、光帝は取り繕うように咳払いを入れた。しかしこと帝王に関して動揺しやすいのは今更なので取り繕えていない。
本当に見上げた忠臣である。
「承知した。明日は北西――あちらの方角に向けて飛ぶとしよう。目視にはなるが、共に本拠地探しを頑張ろう」
私の言葉に皆が頷きで応える。
確実ではないらしいが手掛かりが掴めてよかった。
◇ ◇ ◇
――翌朝。
朝食と身支度を整えた皆を板に座らせた。
今日は右向きに3名と左向きに3名で座ってもらい捜索能力向上を図っている。
「では出発する」
全員を風属性魔術の影響下に置き、今日は少し高度を取ってから前進を開始。
昨日色々試した結果、どうやら地面から遠い位置を飛ぶと酔いにくいようなのだ。
速度は徐々に加速していき馬車の4倍ほどとかなり速い。地面から遠いならば速度と酔いはあまり関係ないようである。
ただ、あまり速くし過ぎて魔王の本拠地を見逃してしまうと本末転倒なので今回は転移門は使用しない。
――前方の高い山が近付いてきた。
北西方向に高い山があるのはずっと見えていたが、このままではぶつかってしまう。
回り込むか、それとも北西の示唆に従って上るか迷い所である。
「――ポンさん! 山の頂上辺り! 悪魔の集団が居るように見えない!?」
先頭に座っている帝王が何かを見つけたようだ。
私が板を肩に担いでいるような形で飛んでいるため頭上から声が聞こえてくる。
見ると山は三角ではなく上3割ほどが無い台形をしており、その頂上の尾根に立つ異形の人影が観測できた。よく見付けたな。
今までどんなに飛んでも見当たらなかった悪魔を早速発見できるとは。占いもなかなか侮れないものだ。
「うーん……。全員こっち見てるっぽいなぁ……。これは多分すでに発見されてるね……」
確かに横向きの人影が居ない。
全員が後ろ向きの可能性も無くはないが、それは流石に希望的観測が過ぎるだろう。
「――恐らくあの山が本拠地だね。洞窟暮らしかな? ポンさん。あの山の頂上へ!」
帝王の指示を受け一気に高度を上げる。
既に発見されているなら高度を取った方が安全だ。
皆を包む風属性魔術に追加干渉して気温の低下に対応しておく。火帝以外は高空の低温が辛いであろう。
山の頂上よりも高く上がり斜め上から接近を試みる。それで初めて気付いたのだが、この山は頂上にカルデラを持つ火山だったようだ。
その外輪山に囲まれた中央に巨大な建造物が見える。
悪魔のデザインセンスに詳しくないので良し悪しについては言及を避けるが、恐らくあれが魔王城だ。
「あっ。そっちか……。洞窟暮らしなわけないよね、うん……」
なにやら帝王が独自に反省している。
それはさておき、なるほど低空を飛んでいたら発見できないわけだ。
こんなところに本拠地を隠しているとはな……。
魔王城は普通の城のようにも見えるが、特筆すべき特徴がある。
外壁から伸び上がる数本の巨大な柱が、城全体を囲うアーチを形成しており、全景としては半球のように見えるのである。
「――ポンさん。たぶん城門からじゃないと入れないと思う。……素直に入れたら、だけど」
私も同意見である。
恐らく城を囲う半球は、大黒檀の時のように破壊不能の壁として機能している可能性が高い。
きっと頑張れば突破できなくもないのだろうが、解放されている城門がある状況では頑張るメリットがあまり無い。
よってここは城門を目指すのが正解だ。
問題は城門付近および城の周囲に大量の悪魔がひしめいていることである。
発見できて嬉しい気持ちとうんざりする気持ちで複雑な心境だ。
「よし。突っ込むぞ」
幸い城門は大きく高さがある。
いかに悪魔が大柄だとて完全に塞げるようなものではない。無理に通ろうと思えば何とかなりそうなのだ。




